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ノベライズフェス

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 久々に会社に出社すると三浦さんが何やら企んでいる顔で出迎えた。
 三浦 聡美。年齢は僕より年上で僕の担当編集者だ。性格はいわゆる好奇心の絶えない探検家みたいで何でも面白そうな物は試す人だ。僕がこうして売れっ子になれたのも三浦さんのおかげでもある。時々その強引さについて行けないけど。
「どうしたんですか?今日はやけに機嫌良さそうですけど。」
「フェスよ~。やっとこの時期がやって来たかって感じなのよ~。」
 ………は?何を言っているんだこの編集者は。いや待てよ?確か日記に『ノベライズフェス』って単語を見たような…。
「で、今はファンタジー系のやつを書くんでしょ?原稿案があるんだったら今すぐミーティングする?」
 いや、今その話の詳細を聞いたので案もクソもないですよ。えっとー?誰が言ってたんだっけ?
「…あれ、その様子から見るとまさか話聞いてなかったり?じゃあ一体どの多重君に言ったのかしら?」
「僕が知ってる訳無いでしょう!?」
 あはは~、それもそうか~、あっけらかんと笑う編集者に頭痛と目眩を覚える。とにかく、今度はこっちのネタも考えないといけないのか。何にしようかなぁ。
「…あ、多田重信。」
 え、と振り返ると色が抜けた明るいストレートな茶髪を毛先だけ赤くし、ぱっちりとした目、シュッとした顔つきの青年がやって来る。
「あぁ、一君か。久しぶりだね。」
「久しぶり、じゃねぇよ。テメェ、今度のフェスで勝負だ!!」
 初星一、ペンネームは『一等星』。連載中の『殲滅の翼』が大人気の戦闘ファンタジー専門作家だ。僕とは違い、掛け持ちはせずにシリーズ物は完結した物の数がそこそこ多い。隠れた伏線を貼るのが得意であっと驚くような展開も事前に決まっていたという書き方をする秀才。性格はご覧の通り闘争心が強く、同年代である僕とよく対決を挑んで来る。適当にあしらってるけどね。口悪いしオラついてるし…。
「今失礼な事考えてただろ。」
 滅相な、僕はただ君の性格を分かりやすく解説してみただけだ。決して君の事を悪く言った訳じゃない。
「まぁとにかく!!俺と勝負しろ!今回こそは同じジャンルで書けよ!?」
 そういった後風のごとく去っていった…。忙しい奴だなぁ。
「…で、どうするの?ファンタジーで行けそう?」
「あー、ちょっとPCのデータ見てそれっぽいのが無ければ書きます。一応今設定は構成しつつあるので。」
 その場を適当に誤魔化して本来の目的である次のそし巻の締め切りについて話をした。次は3ヶ月後か…、僕である内に書ける所までは進めておかなきゃな。
 帰宅後、優愛は部活でまだ帰っていなかったので誰も居なかった。僕は自室のPCを立ち上げてデータを見る。今の所無さそう…?
「あれ、これ何のメモだろう…。」
 何か単語のみ書かれたデータを見つけた。これ、まさかフェス用のアイデアかな。…日記に書いとこう。個人チャットを開き、僕のアカウントを入れてから入室する。
 このチャットはやってる奴以外からは見えないようになっていてチャット相手には新着メッセージ通知が来るという優れ物だ。と言っても『私』が自力で作ったらしいけどね。ハイスペックだなぁ…。
(えっと、『ノベライズフェスって誰が参加するの?誰もしないんだったら僕がやるけどいい?』)
 返信は…一週間後まででいっか、期限を設けて、っと。これでよし、さぁて、仕事に取り組もうかな。

「んー、なかなか良いアイデアが浮かばない…。」
 そし巻をある程度まで書き、気分転換にフェス用のネタを考えてみたもののどれもイマイチパッとしない。そし巻のIFストーリーも考えたが駄作になりそうだから却下した。原作者が書くIFストーリーほど駄作はないと僕は個人的に思っている。僕はね。
(………まぁいいや、明日があったら明日にしとこっと。)
 優愛が帰ってきた音がしたので下へと降りて晩御飯の準備をし始めた。
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