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ここ2週間近く私は午前中は勉強、午後は兄様と魔法の練習をしていた。兄様の入学前の日常に戻ったみたいで少しだけ懐かしかった。父様達のところも今のところは何の問題も起こってないらしい。討伐隊はシルバー家を素通りしてそのまま魔領に向かったようだった。魔物の数が減っているという連絡も来た。魔獣を想うと複雑だが、父様たちの安全を考えると少しは彼らに感謝しても良いかもしれない。
朝の勉強をしながらそんなことを考えていると窓の外が騒がしくなる。何事かとカーテン越しにその原因を覗き見ると意気揚々と出て行った討伐軍のボロ雑巾姿が点々とあった。かろうじて骨組みが残っているような馬車には茶色く汚れ切った布が被されて中が見えないようにされていた。聖女と王子の姿が見当たらない。まさか…。嫌な人たちだったけどそこまでじゃ…。どこか祈るように列が途切れるまで探し続けたが2人の姿を見つけることは結局できなかった。

「兄様!帰還した者たちの中に聖女の姿が見つからないよ!」

兄様の部屋にノックと同時に入る。淑女としてあるまじき姿だけど、今日だけはどうか目をつむっていただきたい。そんな願いが届いたのか兄様は苦笑いを浮かべて、そしてすぐに真顔に戻った。

「落ち着いて、今父様から手紙が届いたところだったんだ。レティ、エティ様、どうか落ち着いてほしい。討伐隊は魔物がいる魔領の1層部分では飽き足らず、魔獣たちが住む2層まで入り込んだらしい。」

『ばかな!あそこには親父殿が結界を張っているはずだ。親父殿が認めた者以外は入ることができない。』

「フェンリルの結界があるはずだって。」

「聖女の聖魔法の力だよ。魔力差がありすぎるはずだから、普通は格下が幻獣の結界を破ることはできないはずなんだけど闇と聖の性質なのか、聖女に特殊な何かがあったのかわからないけど、フェンリル様の結界が破られたんだと思う。」

『人間の小娘風情がそんなことできるわけ!魔領の様子はどうなのだ。』

「みんなは無事なの?」

「レティはよくわかってると思うんだけど、魔獣たちは人間に友好的だ。それに対して王都の人間は魔獣も魔物と同列に見ている。その一瞬の隙を突かれたんじゃないかって父様は書いていた。魔獣が数体が聖女に…。そして、フェンリル様が聖女に対して反撃したらしい。相反する性質だけあって聖女は致命傷を負った。聖女を失った討伐軍が魔領の中心でどうなるかなんて想像に難くないだろう。」 

『………………………』

「…そんな、魔獣たちが………。フェンリルは大丈夫なの?」

「フェンリル様は元気だが、魔領の回復が追い付かないみたいなんだ。そこで、二人には今から魔領に向かってほしい。私も屋敷に戻るように指示があった。」

「わかった。エティ!」

体の大きさを自在に変えることができるようになったエティに大きくなってもらって、飛び乗る。

「兄様!ご無事で!父様達に大丈夫だって言っておいて!」

「任された!私たちも外からできる限り動く!」

兄様からのまっすぐな視線に頷いて、窓から飛び出す。エティが私に気遣わずに走れるように、自分に風魔法で作った空気の防御膜とエティを後押しするように風を操る。

「………」

『………』

私たちは一言も喋らずにひたすら魔領を目指した。魔領を目指すにつれて点々とした野営の跡が目に付く。地球生まれの聖女ならこんなに汚い跡も浄化とかできるんじゃないの?ここを誰の領だと思っているのよ!いや、シルバー領とわかった上でのこれなのね。もういいわ、地球生まれだからチートで無双しようとしていてもどこかでこの世界のために力を使うんだと思ってた。それで聖女としての立場を手にしたんだって。でも違った、こんなことをするのは聖女じゃない。自分勝手に悪を仕立てて、私の友達を殺すなんてまるで魔王の所業じゃないか。この世界に害をもたらしているのはそっちの方だよ!


――――王都側と魔領側では完全に善悪が逆転していた。人間が持つことができない聖属性を持つアリサが聖女として立ち上がった王都側は世界を破滅に導く魔王であるフェンリルとその配下である魔物、そして魔王に味方するシルバー家というシナリオが出来上がっていた。シルバー家では知能がある魔獣に幻獣であり、世界の魔力を調整してくれているフェンリルに敬意を払い、魔領の問題を解決しようと奔走していた。そんなときに聖女と王子が討伐隊を引き連れて魔領に向かって行き、フェンリルの逆鱗に触れて返り討ちにあった。討伐隊が魔領を出た後、魔領に入りフェンリルから大まかな状況を聞いて、王都にいる当主の子息たちを呼び戻した。この一連の流れから、予言であった“世界を滅亡に導く者”は聖女と呼ばれる少女の方であり、“それを救う少女”はレティアナだと考えていた。

――――さて、どちらが正義でどちらが悪なのだろうか。
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