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第2話
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「まさかじゃねえよ。今日吉野が相川を無理やり連れ出したのだって、普段誘っても来てくれない相川先輩を誘い出した私、を褒めてもらいたかっただけだろ」
「そんなわけないでしょ。そんな風に思われるわけない」
「あのな。そんなに俺のいうことが信じられないわけ?」
「糸川のことは元々信じてない」
「……お前な、」
「そんな嘘ついてどうするの? 糸川になんの徳があるわけ?」
「だから嘘じゃねえって。はー……まあいいや。モテるって自覚されても困るしな」
「え……?」
「なんでもない。ま、あとその指輪も効果あるんじゃね? 彼氏持ちの女に告るなんて、よっぽど自信がある奴しかいないだろ」
「だから……彼氏じゃないって」
「それはわかった。でも、じゃあなんで指輪してるんだよ」
「これは、好きなアイドルが出してる指輪で」
「は?」
糸川の眉間に皺がくっきり刻まれる。
「お前、そんなん付けてんの?」
「そんなのって何よ。ちゃんとしたブランドとコラボした商品だし。私がどんな指輪を付けてようと勝手でしょ」
「はー、くっだらねえ」
吐き捨てた糸川が私の右手を掴んだ。まじまじと薬指を見られる。
「やめてってば」
振り解こうとするのに、力強い腕は全然離れない。
「アイドルにハマってるから彼氏ができないんじゃね?」
「だから別に彼氏欲しいわけじゃないんだからいいの!」
「負け惜しみ?」
「違うってば。その恋人がいないとダメみたいな考えこそ、卑しいと思わないわけ?」
高い位置にある糸川の顔を睨みつける。
すると真っ向から睨み返された。
「思わないね。別に恋人じゃなくても、好きな奴がいた方がいいに決まってるだろ」
「なんでよ」
「なんでって……。そいつのために頑張ろうって思えるからだよ」
糸川がつと視線を逸らした。予想外の答えに、ぽかんと口が開いてしまった。
「意外。糸川ってロマンチストだったんだ」
「別に普通だろ。相川はないわけ、そういうの」
訊ねられて、今度はこちらが視線を逸らす晩だった。
子どものころは、好きな人がいても頑張ろうだなんて思えなかった。
そのひとから嫌われないように、笑われないように。それだけで十分だったから、できるだけ近づかないように過ごした。
裏切られるかもしれないと思うと、好きなひとなんて作ろうという気にならなかったし、出来もしなかった。
それに拒絶される怖さを考えると、好きなひとなんて、とても――。
「相川ってもしかして今まで彼氏いたことなかった……り……」
冗談で言い始めたであろう糸川の言葉が、徐々に小さくなっていく。
まさか、と露骨に顔に書いてある。
「いいでしょ、別に」
「いや別にいいけど……じゃあお前もしかして」
ごくりと糸川が唾を呑んだ。
「経験もないってこと?」
「最っ低……!」
咄嗟に腕を振り上げる。怒りと恥ずかしさで顔が熱い。
でも振り上げた拳は、糸川に掴まれてしまった。
至近距離で、目が合う。
糸川の瞳が、妖しく揺れた。
「してみたいって思ったことねえ?」
何を言い出すのだ、と思った。
もう一度殴りかかろうとするけれど、相変わらず腕はびくともしない。
そして見下ろしてくる糸川の表情は、真剣だった。
悔しいけれど整った顔。すらりとした長身。仕事は文句なくできる。
たぶん、私も酔っていたのだ。
だから、心の奥底に眠らせていた、ちょっとした好奇心とトラウマを刺激された。ただそれだけ。
次の瞬間、確かに私は頷いていた。
「そんなわけないでしょ。そんな風に思われるわけない」
「あのな。そんなに俺のいうことが信じられないわけ?」
「糸川のことは元々信じてない」
「……お前な、」
「そんな嘘ついてどうするの? 糸川になんの徳があるわけ?」
「だから嘘じゃねえって。はー……まあいいや。モテるって自覚されても困るしな」
「え……?」
「なんでもない。ま、あとその指輪も効果あるんじゃね? 彼氏持ちの女に告るなんて、よっぽど自信がある奴しかいないだろ」
「だから……彼氏じゃないって」
「それはわかった。でも、じゃあなんで指輪してるんだよ」
「これは、好きなアイドルが出してる指輪で」
「は?」
糸川の眉間に皺がくっきり刻まれる。
「お前、そんなん付けてんの?」
「そんなのって何よ。ちゃんとしたブランドとコラボした商品だし。私がどんな指輪を付けてようと勝手でしょ」
「はー、くっだらねえ」
吐き捨てた糸川が私の右手を掴んだ。まじまじと薬指を見られる。
「やめてってば」
振り解こうとするのに、力強い腕は全然離れない。
「アイドルにハマってるから彼氏ができないんじゃね?」
「だから別に彼氏欲しいわけじゃないんだからいいの!」
「負け惜しみ?」
「違うってば。その恋人がいないとダメみたいな考えこそ、卑しいと思わないわけ?」
高い位置にある糸川の顔を睨みつける。
すると真っ向から睨み返された。
「思わないね。別に恋人じゃなくても、好きな奴がいた方がいいに決まってるだろ」
「なんでよ」
「なんでって……。そいつのために頑張ろうって思えるからだよ」
糸川がつと視線を逸らした。予想外の答えに、ぽかんと口が開いてしまった。
「意外。糸川ってロマンチストだったんだ」
「別に普通だろ。相川はないわけ、そういうの」
訊ねられて、今度はこちらが視線を逸らす晩だった。
子どものころは、好きな人がいても頑張ろうだなんて思えなかった。
そのひとから嫌われないように、笑われないように。それだけで十分だったから、できるだけ近づかないように過ごした。
裏切られるかもしれないと思うと、好きなひとなんて作ろうという気にならなかったし、出来もしなかった。
それに拒絶される怖さを考えると、好きなひとなんて、とても――。
「相川ってもしかして今まで彼氏いたことなかった……り……」
冗談で言い始めたであろう糸川の言葉が、徐々に小さくなっていく。
まさか、と露骨に顔に書いてある。
「いいでしょ、別に」
「いや別にいいけど……じゃあお前もしかして」
ごくりと糸川が唾を呑んだ。
「経験もないってこと?」
「最っ低……!」
咄嗟に腕を振り上げる。怒りと恥ずかしさで顔が熱い。
でも振り上げた拳は、糸川に掴まれてしまった。
至近距離で、目が合う。
糸川の瞳が、妖しく揺れた。
「してみたいって思ったことねえ?」
何を言い出すのだ、と思った。
もう一度殴りかかろうとするけれど、相変わらず腕はびくともしない。
そして見下ろしてくる糸川の表情は、真剣だった。
悔しいけれど整った顔。すらりとした長身。仕事は文句なくできる。
たぶん、私も酔っていたのだ。
だから、心の奥底に眠らせていた、ちょっとした好奇心とトラウマを刺激された。ただそれだけ。
次の瞬間、確かに私は頷いていた。
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