初めてはアイツと!?〜大嫌いなチャラ同期に、鉄壁の秘密を暴かれました〜

萩野詩音

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第7話

3

 仕事を早々に終わらせる算段を立てていると、夕方、上司が「そろそろA社の件、相川にも入ってもらった方がいいな」と零し、心臓が跳ねた。
 全身の細胞が一気に入れ替わったような気がする。勢いよく頷きたいのをなんとか堪え、十分に間をおいてから頷く。すると上司はあっさりと相川を呼んだ。
 思わず手が震える。これが武者震いというのだろうか、と本気で考えた。
 ただ二人で指示を受けたあと、「望み通り相川を専任にするんだから、期待してるぞ」と部長が零したときには背筋をたらりと冷たい汗が伝った。乾いた笑みを浮かべながら、頭をフル回転させてごまかしの言葉を探す。けれど横に並ぶ相川の表情をこっそり窺うと、彼女は何も疑問を覚えていないようだった。一切表情を動かさない相川に、喜びと悔しさがない混ぜになったような気持ちを覚える。
 ただその時、ふわりと甘い香りが鼻の奥をくすぐった。それが相川から漂う柔らかい香りだと気づいた瞬間、再び自分の胸が鳴った。
 入社して五年。やっと相川とがっつり組める。
 まさかこっちがずっと「相川を専属にしてくれ」と頼み続けていたことは、できるなら本人には隠しておきたい。そう思っているはずなのに、自分の気持ちも身体も、素直に喜びを表現したくてたまらなかった。


 ミーティングルームで現状の報告と、取り急ぎ頼みたい作業を相川に伝える。
 二人しかいないから不自然じゃないだろう、と長机の隣同士に座った。
 視線が同じ高さになるのは久しぶりだ。資料をめくるたび、揺れる相川の肩が触れそうになる。彼女と隣り合っている自分の左半身だけが、ほのかにあたたかく感じるのは、相川の体温を感じているからだ。
 相川は渡した資料に素早くペンでメモを取りながら、早速確認事項を書き出していた。書道でも習っていたのだろうか、という整った文字を眺めていると、矢継ぎ早に質問が飛んでくる。不意に五年前の研修を思い出す。やっぱり話がスムーズだ。
 相川がわざとらしく敬語で話しかけてくるところだけは、どうかと思うけれど。
 相川の理解力の高さと適切な質問のおかげで、二人でのの打ち合わせはすぐに終わってしまった。部署に戻りながら、やんわりと相川の仕事量を心配したけれど、「まあ。他の業務と並行して大丈夫だと思います」とあっさり返された。

「さっすが。クールビューティは優秀だなあ」

 落ちかけた沈黙をごまかすように言葉を零す。けれど、相川の白い眉間にはくっきりと皺が寄った。

「ていうか何、クールビューティって」

 まるで初めて聞いたと言わんばかりに不審な目を向けられる。
「え、知らないの? 相川、みんなにそう呼ばれてるの」
「何それ。ブリザードじゃなくて?」

 相川の口調が崩れて、じんわりと胸があたたかくなる。けれど本人の口から漏れたあまりに似合わない言葉に、思わず吹き出してしまった。

「なんだよブリザードって。聞いたことねえんだけど」
「うそ」

 けれど、相川は本心から言っているようだった。

「え、何本気で言ってる? まあ……他には雪の女王ならぬ氷の女王なら聞いたことあるけど。あーでも、俺的にはどっちかって言うと女王よりプリンセスって感じだけどな~」

 このくらい軽く本音を混ぜても許されるだろうか。まれに見せる柔らかい笑みは、俺にはそう見える。惚れた弱みと言われればそれまでだけれど。
 けれど一瞬、相川は虚を突かれたように動きを止めた。その表情は変わらない。
 背筋が強張った。言い過ぎただろうか。

「別に何でもいいですけど」

 いつもの口調でぴしゃりと言った相川は、もうこの会話を続けるつもりはないとばかりに口を閉ざした。
 ぐっと胸の奥が詰まる。戻ってしまった距離が、まるで空洞のように広がっていく。
感想 2

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