38 / 77
第7話
4
「そういえば相川、今日飲み会くんの?」
わざと高い声でそう訊ねると、相川は無言で頷いた。少しだけ相川の纏う温度が下がった気がする。やっぱり乗り気ではないんだろう。
嫌な予感が兆した。
吉野は、飲み会に参加するのが珍しい相川と話したい男が寄ってくるのを狙っているはずだ。
できることなら一緒に会場に向かって、隣に座りたいところだが……残った仕事を考えると、難しいだろう。
ずん、と不安が重しのように胸に沈んだ。
「マジか。気をつけろよ。企画部の男性陣、結構押しが強いから。飲まされそうになったら呼んで」
「……なんで」
「なんでって。まあ相川ならすぱっと断れるのかもしれないけど。さすがに鉄仮面のお前でも、初めて会う人間には少しくらい気を遣うだろ」
ストレートに「モテるんだから気をつけろ」と言ったところで、相川は取り合ってくれそうもない。なんなら「彼氏持ちの女に寄ってくる男なんていない」と言い返されそうだ。
そもそも相川は自分の価値をわかってなさすぎる。
「飲み会でまで愛想悪くするつもりないけど」
そう言われ、固まった。
なんでだよ。飲み会で愛想良くする必要ねーだろ仕事でもないんだし。
他の男に優しくするなって言いたいだけなのに。なかなか伝わらない意図に、不安が焦りに変化していく。
「いや、飲み会でこそ愛想悪くしとけ。無闇に優しくする必要ねーから」
「私だって場所くらいわきまえますけど」
「そうじゃなくて!あー、まあいいや。」
言っても言っても伝わらない。仕方ない。
そこが相川の良いところでもある。でも、この自己肯定感の低さみたいなものは、なんなのだろう。
これだけ美人で異性から好意を寄せられていれば、多少自意識過剰になったっていいのに。
ガシガシと頭を掻く。だめだ。何と言ったらいいのかわからない。
そうこうしているうちに、営業部に戻ってきてしまった。
「じゃあ、今日の進捗はメールします」
そう言ってデスクに戻ろうとする相川に、「そういえば」と慌てて付け加えた。
あの不自然な強さのカールが目に飛び込んできて、本人が席にいることに気づく。ぐっと腰を折って、相川にだけ聞こえるよう耳元に近づいた。
突然近づいた距離のせいか、相川の髪がわずかに揺れて、俺の頬を掠める。甘い香りに、一瞬仰け反りそうになった。けれどその前にこちらを見上げた黒い瞳に、自分が映っていることに気づく。ごくりと喉が鳴った。
「……吉野には気をつけろよ、仕事だけじゃなくて飲み会も」
「え?」
「あいつ、いろんな手使ってくるから」
毎日、必死に吉野の面倒を見ている相川たちアシスタントのことを思うと、あからさまな陰口は言えなかった。でも吉野はきっと相川をダシにするつもりだ。自分のことしか考えていないはず。
どこまで俺の言葉を本気で受け取ってくれたのか、「はいはい」と頷いて席へ戻っていく相川の背を、俺はしばらく見つめていた。
定時間際に相川から送られてきたメールに目を通しながら、舌を巻く。
一時間そこそこで作ったとは思えない資料の雛形が添付されていたからだ。素早く目を通し、要望点を箇条書きにして返信した。
相川に、この程度か、と思われない仕事をしたい。相川の存在は、間違いなく自分のモチベーションだ。
わざと高い声でそう訊ねると、相川は無言で頷いた。少しだけ相川の纏う温度が下がった気がする。やっぱり乗り気ではないんだろう。
嫌な予感が兆した。
吉野は、飲み会に参加するのが珍しい相川と話したい男が寄ってくるのを狙っているはずだ。
できることなら一緒に会場に向かって、隣に座りたいところだが……残った仕事を考えると、難しいだろう。
ずん、と不安が重しのように胸に沈んだ。
「マジか。気をつけろよ。企画部の男性陣、結構押しが強いから。飲まされそうになったら呼んで」
「……なんで」
「なんでって。まあ相川ならすぱっと断れるのかもしれないけど。さすがに鉄仮面のお前でも、初めて会う人間には少しくらい気を遣うだろ」
ストレートに「モテるんだから気をつけろ」と言ったところで、相川は取り合ってくれそうもない。なんなら「彼氏持ちの女に寄ってくる男なんていない」と言い返されそうだ。
そもそも相川は自分の価値をわかってなさすぎる。
「飲み会でまで愛想悪くするつもりないけど」
そう言われ、固まった。
なんでだよ。飲み会で愛想良くする必要ねーだろ仕事でもないんだし。
他の男に優しくするなって言いたいだけなのに。なかなか伝わらない意図に、不安が焦りに変化していく。
「いや、飲み会でこそ愛想悪くしとけ。無闇に優しくする必要ねーから」
「私だって場所くらいわきまえますけど」
「そうじゃなくて!あー、まあいいや。」
言っても言っても伝わらない。仕方ない。
そこが相川の良いところでもある。でも、この自己肯定感の低さみたいなものは、なんなのだろう。
これだけ美人で異性から好意を寄せられていれば、多少自意識過剰になったっていいのに。
ガシガシと頭を掻く。だめだ。何と言ったらいいのかわからない。
そうこうしているうちに、営業部に戻ってきてしまった。
「じゃあ、今日の進捗はメールします」
そう言ってデスクに戻ろうとする相川に、「そういえば」と慌てて付け加えた。
あの不自然な強さのカールが目に飛び込んできて、本人が席にいることに気づく。ぐっと腰を折って、相川にだけ聞こえるよう耳元に近づいた。
突然近づいた距離のせいか、相川の髪がわずかに揺れて、俺の頬を掠める。甘い香りに、一瞬仰け反りそうになった。けれどその前にこちらを見上げた黒い瞳に、自分が映っていることに気づく。ごくりと喉が鳴った。
「……吉野には気をつけろよ、仕事だけじゃなくて飲み会も」
「え?」
「あいつ、いろんな手使ってくるから」
毎日、必死に吉野の面倒を見ている相川たちアシスタントのことを思うと、あからさまな陰口は言えなかった。でも吉野はきっと相川をダシにするつもりだ。自分のことしか考えていないはず。
どこまで俺の言葉を本気で受け取ってくれたのか、「はいはい」と頷いて席へ戻っていく相川の背を、俺はしばらく見つめていた。
定時間際に相川から送られてきたメールに目を通しながら、舌を巻く。
一時間そこそこで作ったとは思えない資料の雛形が添付されていたからだ。素早く目を通し、要望点を箇条書きにして返信した。
相川に、この程度か、と思われない仕事をしたい。相川の存在は、間違いなく自分のモチベーションだ。
あなたにおすすめの小説
手を伸ばした先にいるのは誰ですか~愛しくて切なくて…憎らしいほど愛してる~【完結】
まぁ
恋愛
ワイン、ホテルの企画業務など大人の仕事、そして大人に切り離せない恋愛と…
「Ninagawa Queen's Hotel」
若きホテル王 蜷川朱鷺
妹 蜷川美鳥
人気美容家 佐井友理奈
「オークワイナリー」
国内ワイナリー最大手創業者一族 柏木龍之介
血縁関係のない兄妹と、その周辺の何角関係…?
華やかな人々が繰り広げる、フィクションです。
鬼上官と、深夜のオフィス
99
恋愛
「このままでは女としての潤いがないまま、生涯を終えてしまうのではないか。」
間もなく30歳となる私は、そんな焦燥感に駆られて婚活アプリを使ってデートの約束を取り付けた。
けれどある日の残業中、アプリを操作しているところを会社の同僚の「鬼上官」こと佐久間君に見られてしまい……?
「婚活アプリで相手を探すくらいだったら、俺を相手にすりゃいい話じゃないですか。」
鬼上官な同僚に翻弄される、深夜のオフィスでの出来事。
※性的な事柄をモチーフとしていますが
その描写は薄いです。
ワケあり上司とヒミツの共有
咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。
でも、社内で有名な津田部長。
ハンサム&クールな出で立ちが、
女子社員のハートを鷲掴みにしている。
接点なんて、何もない。
社内の廊下で、2、3度すれ違った位。
だから、
私が津田部長のヒミツを知ったのは、
偶然。
社内の誰も気が付いていないヒミツを
私は知ってしまった。
「どどど、どうしよう……!!」
私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?
【完結】あなた専属になります―借金OLは副社長の「専属」にされた―
七転び八起き
恋愛
『借金を返済する為に働いていたラウンジに現れたのは、勤務先の副社長だった。
彼から出された取引、それは『専属』になる事だった。』
実家の借金返済のため、昼は会社員、夜はラウンジ嬢として働く優美。
ある夜、一人でグラスを傾ける謎めいた男性客に指名される。
口数は少ないけれど、なぜか心に残る人だった。
「また来る」
そう言い残して去った彼。
しかし翌日、会社に現れたのは、なんと店に来た彼で、勤務先の副社長の河内だった。
「俺専属の嬢になって欲しい」
ラウンジで働いている事を秘密にする代わりに出された取引。
突然の取引提案に戸惑う優美。
しかし借金に追われる現状では、断る選択肢はなかった。
恋愛経験ゼロの優美と、完璧に見えて不器用な副社長。
立場も境遇も違う二人が紡ぐラブストーリー。
【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました
藤浪保
恋愛
大手IT会社に勤める早苗は会社の歓迎会でかつての後輩の桜木と再会した。酔っ払った桜木を家に送った早苗は押し倒され、キスに翻弄されてそのまま関係を持ってしまう。
次の朝目覚めた早苗は前夜の記憶をなくし、関係を持った事しか覚えていなかった。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました
入海月子
恋愛
有本瑞希
仕事に燃える設計士 27歳
×
黒瀬諒
飄々として軽い一級建築士 35歳
女たらしと嫌厭していた黒瀬と一緒に働くことになった瑞希。
彼の言動は軽いけど、腕は確かで、真摯な仕事ぶりに惹かれていく。
ある日、同僚のミスが発覚して――。