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第7話
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ここにいたら、他の社員が通りかかるかもしれない。相川の泣き顔は、誰にも見せたくなかった。
人目につかないところを探し、相川の腕を引いて店の外に出る。
店外に置かれた待合用のベンチは空だった。そこへ相川を座らせ、待っているように言って、座敷へ取って返した。
自分の鞄と相川の鞄を掴んで、同じ営業部でもある幹事に「俺と相川先に出るから」と耳打ちする。
すると幹事はわざとらしく笑って、バシンと背中を叩いてきた。
まさか俺の長年の片思いはばれていないと思っていたけれど、身近な人間はとっくにわかっていたのかもしれない。でもそんなことはどうでも良かった。
「相川の荷物これだけだよな?」
ベンチで肩を震わせていた相川が、視線だけ動かして、無言で頷いた。良かった。
この状態で戻ったら、座敷中の注目を集めていたに違いない。
「良かった。吉野に聞くのは癪だったから」
行くぞ、と手を差し出すと、相川は緩慢ともいえるほどゆっくりした動作でこちらを見上げた。
微動だにしないので、腕を引っ張って立ち上がらせる。
被ったジャケットが落ちそうになって初めて、相川は慌てた様子で押さえた。
そのせいで、掴んだ腕を振り払われてしまう。
「あー、大丈夫だったら返して」
そう言うと、相川は素直にジャケットを手渡してきた。受け取ったそれを自分の腕にかけて、階段を降り始める。
後ろを振り返ると、相川はまだその場で立ち竦んでいた。
「相川も帰るだろ。もう座敷戻るのも……あれだし」
「やだ。戻る」
「なんでだよ。泣いたってわかるぞ」
そう言うと、相川はぎゅっと唇を噛み締めた。
戻らない理由と、帰る理由を天秤にかけているように見えた。
「でも、会費とか……」
「幹事に言っといた。俺と相川は明日払うからって」
「え?」
「心配すんなって。帰ろうぜ」
念押しするように、なるべく穏やかにそう言うと、きょろきょろと視線を彷徨わせてようやく相川が頷く。
こっそり、ほっと胸を撫で下ろした。
真っ赤な目の相川を、他の社員に見せたくなかった。何より自分が傷つけた相川をこのままあの場に帰すなんて、考えられない。
相川が頬に落ちた髪を耳にかける。そのさりげない仕草のさなか、淡い輝きを放つリングが目に飛び込んできて、唇を噛んだ。
階段を降りて雑居ビルを出る。相川は半歩後ろを黙ってついてきていた。
通りを行き交う人のざわめきに混ざる、カツンカツンと相川のヒールが地面を叩く音を耳は拾い続ける。
一定の間隔で響くその音が、今は救いだった。
しつこい、と思われるかもしれない。
けれど、どうしてももう一度確認したかった。もし、本当なら、俺は――。
「なあ」
「なに?」
柄にもなく心臓が早鐘を打ち始めたのを感じる。
唇が妙に乾いているのを感じた。口を開きかけて、また閉じて、を数回繰り返して、短く息を吸った。
「相川って、本当に彼氏いないの?」
「……いない」
またその話か、と言わんばかりに相川は答えた。俺は、ますます心臓の音が大きくなるのを感じながら、それをごまかすように「ふーん」と相槌を打つ。
この後に、何と言えば正解なのか、頭のなかがぐるぐると動いている。
じゃあ、俺と――。
そう言おうとしたタイミングで、
「糸川からしたら考えられないだろうけど」
吐き捨てるように言う相川の言葉が、胸に刺さる。
「なにが?」
「彼氏がいないなんて」
「別に。ていうか俺も彼女いねえし」
相川以外なら、彼女なんていらない。
もうずっとそう思っているのに。
「は? 嘘ばっかり」
心臓を突き刺すような、固い声が響いた。
人目につかないところを探し、相川の腕を引いて店の外に出る。
店外に置かれた待合用のベンチは空だった。そこへ相川を座らせ、待っているように言って、座敷へ取って返した。
自分の鞄と相川の鞄を掴んで、同じ営業部でもある幹事に「俺と相川先に出るから」と耳打ちする。
すると幹事はわざとらしく笑って、バシンと背中を叩いてきた。
まさか俺の長年の片思いはばれていないと思っていたけれど、身近な人間はとっくにわかっていたのかもしれない。でもそんなことはどうでも良かった。
「相川の荷物これだけだよな?」
ベンチで肩を震わせていた相川が、視線だけ動かして、無言で頷いた。良かった。
この状態で戻ったら、座敷中の注目を集めていたに違いない。
「良かった。吉野に聞くのは癪だったから」
行くぞ、と手を差し出すと、相川は緩慢ともいえるほどゆっくりした動作でこちらを見上げた。
微動だにしないので、腕を引っ張って立ち上がらせる。
被ったジャケットが落ちそうになって初めて、相川は慌てた様子で押さえた。
そのせいで、掴んだ腕を振り払われてしまう。
「あー、大丈夫だったら返して」
そう言うと、相川は素直にジャケットを手渡してきた。受け取ったそれを自分の腕にかけて、階段を降り始める。
後ろを振り返ると、相川はまだその場で立ち竦んでいた。
「相川も帰るだろ。もう座敷戻るのも……あれだし」
「やだ。戻る」
「なんでだよ。泣いたってわかるぞ」
そう言うと、相川はぎゅっと唇を噛み締めた。
戻らない理由と、帰る理由を天秤にかけているように見えた。
「でも、会費とか……」
「幹事に言っといた。俺と相川は明日払うからって」
「え?」
「心配すんなって。帰ろうぜ」
念押しするように、なるべく穏やかにそう言うと、きょろきょろと視線を彷徨わせてようやく相川が頷く。
こっそり、ほっと胸を撫で下ろした。
真っ赤な目の相川を、他の社員に見せたくなかった。何より自分が傷つけた相川をこのままあの場に帰すなんて、考えられない。
相川が頬に落ちた髪を耳にかける。そのさりげない仕草のさなか、淡い輝きを放つリングが目に飛び込んできて、唇を噛んだ。
階段を降りて雑居ビルを出る。相川は半歩後ろを黙ってついてきていた。
通りを行き交う人のざわめきに混ざる、カツンカツンと相川のヒールが地面を叩く音を耳は拾い続ける。
一定の間隔で響くその音が、今は救いだった。
しつこい、と思われるかもしれない。
けれど、どうしてももう一度確認したかった。もし、本当なら、俺は――。
「なあ」
「なに?」
柄にもなく心臓が早鐘を打ち始めたのを感じる。
唇が妙に乾いているのを感じた。口を開きかけて、また閉じて、を数回繰り返して、短く息を吸った。
「相川って、本当に彼氏いないの?」
「……いない」
またその話か、と言わんばかりに相川は答えた。俺は、ますます心臓の音が大きくなるのを感じながら、それをごまかすように「ふーん」と相槌を打つ。
この後に、何と言えば正解なのか、頭のなかがぐるぐると動いている。
じゃあ、俺と――。
そう言おうとしたタイミングで、
「糸川からしたら考えられないだろうけど」
吐き捨てるように言う相川の言葉が、胸に刺さる。
「なにが?」
「彼氏がいないなんて」
「別に。ていうか俺も彼女いねえし」
相川以外なら、彼女なんていらない。
もうずっとそう思っているのに。
「は? 嘘ばっかり」
心臓を突き刺すような、固い声が響いた。
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