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第7話
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「はー……まあいいや。モテるって自覚されても困るしな」
「え……?」
負け惜しみのように呟いた言葉の真意は、相川には届かない。
それはもう、嫌と言うほど理解していた。
「なんでもない。ま、あとその指輪も効果あるんじゃね? 彼氏持ちの女に告るなんて、よっぽど自信がある奴しかいないだろ」
「だから……彼氏じゃないって」
「それはわかった。でも、じゃあなんで指輪してるんだよ」
「これは、好きなアイドルが出してる指輪で」
「は?」
今日一日、相川の発言に何度も驚かされたけれど、また思わぬひと言に、間の抜けた声が漏れた。
「お前、そんなん付けてんの?」
「そんなのって何よ。ちゃんとしたブランドとコラボした商品だし。私が何付けてようと勝手でしょ」
確かに相川のお守りとやらを馬鹿にしてしまったのは悪かった。
でも、こっちはその指輪のせいで何年も彼氏がいると思って生きてきた。
それはいったい何だったのだろう。いや確認しなかった自分が悪い。それはそうだ。でも――。
「はー、くっだらねえ」
今までの自分の行動も悩みも、すべて空回りだったなんて。
まさか、彼氏からの贈り物だと思っていたものが、アイドルのグッズで、相川が自分で買ったものだったなんて。
とっさに相川の右手を掴んで、薬指を凝視した。指先が強張ったのに気付きながらも、無視してそのまま目を凝らす。ダイヤの輝くシルバーリング。そこそこ高級そうに見える。
ていうか今はこんなグッズも出ているのかすげーな……。
現実逃避のように考えていると、「やめてってば」と相川が腕を振り解こうとした。
でももう絶対離してやらない。
そう決意して、掴む手に力を込める。
手首から、規則正しく脈打つ心音が伝わってきた。
自分の胸が早鐘を打つのと同じくらい、速い。
「アイドルにハマってるから彼氏ができないんじゃね?」
「だから別に彼氏欲しいわけじゃないんだからいいの!」
「負け惜しみ?」
「違うってば。その恋人がいないとだめみたいな考えこそ、卑しいと思わないわけ?」
華奢な指を掴んだ手から力が抜ける。
するりと抜け出た右手をさすりながら、相川は真っ向から睨んでくる。
アイドルじゃなくて、目の前にいる俺を見ろよ。
そう言いたくて、堪らなかった。
こっちは相川のことを考えると、どんな仕事だって頑張れるし目標数値だって達成できるし、全部の行動が、お前に好かれるためのものにかわるんだ。
深く、内臓ぜんぶに行き渡るように息を吸う。
「思わないね。別に恋人じゃなくても、好きな奴がいた方がいいに決まってるだろ」
「なんでよ」
「なんでって……。そいつのために頑張ろうって思えるからだよ」
本人を目の前にすると羞恥心がこみあげて、思わず目線を逸らした。
相川が、驚いた表情でこちらを見ているのを、視界の隅に捉える。
「意外。糸川ってロマンチストだったんだ」
「別に普通だろ。相川はないわけ、そういうの」
彼氏でなくても、好きなひとはいるかもしれない。
そう思って訊ねたのだが、すっと視線を露骨に逸らされてしまった。
「相川ってもしかして今まで彼氏いたことなかった……り……」
きゅっと唇を噛み締めた相川に、軽い気持ちで発した言葉は、最後まで紡げなかった。相川の表情が、徐々に強張っていくのがはっきりとわかったからだ。
でもそれと同時に、俺のなかには仄暗い気持ちが湧き上がってくる。こんなことで喜ぶのは間違っている。
でも。
「いいでしょ、別に」
「いや別にいいけど……じゃあお前もしかして」
ごくりと自分が唾を呑む音が、やけに大きく響いた。
「経験もないってこと?」
「最っ低」
相川が俺に向かって腕を振り上げる。その顔に浮かんでいるのは明らかな怒りだ。
でも、俺にとっても自分の人生を動かすくらい、大事だった。振り上げられた拳をなんなく掴む。
相川に一歩近づく。もう引くことはできなかった。
「してみたいって思ったことねえ?」
相川が、俺の掴んだ手を再び振りかぶろうとする。
もうこのまま引き下がるのは嫌だ。その一心だった。
相川を見つめる。
街灯の光を反射して揺れる瞳に、必死に縋る自分が映っている。
それでも、止める気にはならなかった。
他の、誰のものにもならないで欲しい。ただそれだけ。
喉の奥がひりつく。カラカラに乾いて、息を呑むことさえままならなかった。
その必死さが伝わったのだろうか。少しの沈黙のあと、相川がそっと頷いた。
「え……?」
負け惜しみのように呟いた言葉の真意は、相川には届かない。
それはもう、嫌と言うほど理解していた。
「なんでもない。ま、あとその指輪も効果あるんじゃね? 彼氏持ちの女に告るなんて、よっぽど自信がある奴しかいないだろ」
「だから……彼氏じゃないって」
「それはわかった。でも、じゃあなんで指輪してるんだよ」
「これは、好きなアイドルが出してる指輪で」
「は?」
今日一日、相川の発言に何度も驚かされたけれど、また思わぬひと言に、間の抜けた声が漏れた。
「お前、そんなん付けてんの?」
「そんなのって何よ。ちゃんとしたブランドとコラボした商品だし。私が何付けてようと勝手でしょ」
確かに相川のお守りとやらを馬鹿にしてしまったのは悪かった。
でも、こっちはその指輪のせいで何年も彼氏がいると思って生きてきた。
それはいったい何だったのだろう。いや確認しなかった自分が悪い。それはそうだ。でも――。
「はー、くっだらねえ」
今までの自分の行動も悩みも、すべて空回りだったなんて。
まさか、彼氏からの贈り物だと思っていたものが、アイドルのグッズで、相川が自分で買ったものだったなんて。
とっさに相川の右手を掴んで、薬指を凝視した。指先が強張ったのに気付きながらも、無視してそのまま目を凝らす。ダイヤの輝くシルバーリング。そこそこ高級そうに見える。
ていうか今はこんなグッズも出ているのかすげーな……。
現実逃避のように考えていると、「やめてってば」と相川が腕を振り解こうとした。
でももう絶対離してやらない。
そう決意して、掴む手に力を込める。
手首から、規則正しく脈打つ心音が伝わってきた。
自分の胸が早鐘を打つのと同じくらい、速い。
「アイドルにハマってるから彼氏ができないんじゃね?」
「だから別に彼氏欲しいわけじゃないんだからいいの!」
「負け惜しみ?」
「違うってば。その恋人がいないとだめみたいな考えこそ、卑しいと思わないわけ?」
華奢な指を掴んだ手から力が抜ける。
するりと抜け出た右手をさすりながら、相川は真っ向から睨んでくる。
アイドルじゃなくて、目の前にいる俺を見ろよ。
そう言いたくて、堪らなかった。
こっちは相川のことを考えると、どんな仕事だって頑張れるし目標数値だって達成できるし、全部の行動が、お前に好かれるためのものにかわるんだ。
深く、内臓ぜんぶに行き渡るように息を吸う。
「思わないね。別に恋人じゃなくても、好きな奴がいた方がいいに決まってるだろ」
「なんでよ」
「なんでって……。そいつのために頑張ろうって思えるからだよ」
本人を目の前にすると羞恥心がこみあげて、思わず目線を逸らした。
相川が、驚いた表情でこちらを見ているのを、視界の隅に捉える。
「意外。糸川ってロマンチストだったんだ」
「別に普通だろ。相川はないわけ、そういうの」
彼氏でなくても、好きなひとはいるかもしれない。
そう思って訊ねたのだが、すっと視線を露骨に逸らされてしまった。
「相川ってもしかして今まで彼氏いたことなかった……り……」
きゅっと唇を噛み締めた相川に、軽い気持ちで発した言葉は、最後まで紡げなかった。相川の表情が、徐々に強張っていくのがはっきりとわかったからだ。
でもそれと同時に、俺のなかには仄暗い気持ちが湧き上がってくる。こんなことで喜ぶのは間違っている。
でも。
「いいでしょ、別に」
「いや別にいいけど……じゃあお前もしかして」
ごくりと自分が唾を呑む音が、やけに大きく響いた。
「経験もないってこと?」
「最っ低」
相川が俺に向かって腕を振り上げる。その顔に浮かんでいるのは明らかな怒りだ。
でも、俺にとっても自分の人生を動かすくらい、大事だった。振り上げられた拳をなんなく掴む。
相川に一歩近づく。もう引くことはできなかった。
「してみたいって思ったことねえ?」
相川が、俺の掴んだ手を再び振りかぶろうとする。
もうこのまま引き下がるのは嫌だ。その一心だった。
相川を見つめる。
街灯の光を反射して揺れる瞳に、必死に縋る自分が映っている。
それでも、止める気にはならなかった。
他の、誰のものにもならないで欲しい。ただそれだけ。
喉の奥がひりつく。カラカラに乾いて、息を呑むことさえままならなかった。
その必死さが伝わったのだろうか。少しの沈黙のあと、相川がそっと頷いた。
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