最強悪魔､子供拾ったので育てます｡

線引き

「ルカーシャ様～！ズアがパン焦がしました～！」

「違うもん！ネフリスがタイマーかけるの忘れたんでしょ！」

「おぬしたち、またやりおったな……！」

　

朝の冥府の屋敷は、戦場のごとし。

パンは焦げ、紅茶はぬるくなり、
レピオは水魔法でキッチンの床をうっかりびしゃびしゃにする始末。

ルカーシャは朝食のテーブルを整えながら、
大きくため息をついた。

　

「……今日も騒がしいのう､」

　

そう口にしながらも、声に笑みが混じってしまうのは仕方がなかった。

　

「ルカーシャ様、これ……焦げちゃいました」

ネフリスが真っ黒なトーストを差し出してきた。
焦げ目の香ばしさが天井を満たしていく。

「ふむ……これはもう“炭”じゃな」

「ごめんなさーい……」

「良い、良い。わらわが直してやろう」

　

そう言って、ルカーシャが軽く指を鳴らすと、
パンはふわりと焼き直され、黄金色の焼き加減に変わった。

　

「うわ～！すっごーい！あったかい！しかも美味しい！」

ズアが感激しながら口にほおばる。
ネフリスは安堵の表情、レピオはどこかで見たような得意げな顔をしている。

　

「レピオ、魔力制御はまだ不安定じゃな。
　今朝の床は水たまりになっておったぞ」

「……すみません」

「ま、慣れればわらわより上に行くやもしれぬがの。ふふん」

「ほんとー？じゃあ次は空飛ぶ焼き魚とかできる！？」

「ズア、そういうのはおかずが空中でバラバラになるんだってば～」

「わははっ！それは困るのう！」

　

食卓の笑い声が、冥府の天井に弾む。
普段は静かなこの地に、まるで普通のーーー家族のような“朝”が流れていた。

　

そんな時だった。
ズアがぽつりと、無邪気に言った。

　

「でもさ、ルカーシャ様って、ほんと“お母さん”みたいだよね！」

　

その瞬間、空気がわずかに、止まった。

ネフリスはスプーンを持ったまま固まり、
レピオは、何かを察したようにズアの方をじっと見た。

　

ルカーシャは、笑っていた。

けれど――その笑みは、いつものそれとは少し違っていた。

　

「妾は……母ではないぞ？」

　

ズアが首を傾げる。

「え～？でも、ごはん作ってくれるし、怒るし、甘やかしてくれるじゃないですか！」

「それはな……育てているからじゃ」

　

静かに、けれどはっきりと、ルカーシャは言った。

　

「妾はたまたま、おぬしたちと縁があった。
　育てることになった。それだけのことじゃ。
　それに……おぬしたちには、“母”がちゃんとおる」

　

ズアとネフリスが、目を合わせる。

レピオは黙って、紅茶をすするだけだった。

　

ルカーシャの声は、やさしかった。
でも、そこにあったのは――明確な“《線》”だった。

　

「母親のように、すごくもない。
　妾はただ、妾でおるだけじゃ」

　

しばらくして、ズアがぽつりと。

　

「……じゃあ、でも、ルカーシャ様が好きって気持ちは……」

「それは、否定せぬぞ」

　

ふっと、ルカーシャは微笑んだ。

「おぬしたちが妾を好くのは、妾の勝手では止められぬ。
　だが、“母”とは、そう……もっと、特別な存在なのじゃ」

　

3人は、それ以上何も言わなかった。
そして、笑い声がまた戻ってきた。

　

「なーんか難しいなー！」

「でもルカーシャ様って、やっぱ優しいよね～！」

「さっき自分で“騒がしい”って言ったのに、一番笑ってたし」

「そ、それは妾の貫禄というやつじゃ！」

　

賑やかな食卓が、また戻ってきた。