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新米冒険者カイリの場合
第1話「冒険者になりました!」
しおりを挟む雲をも貫く巨大な樹――結界樹。
その『結界樹の加護』で、ダンジョンから魔物が溢れてくるモンスターウェーブが過去600年一度も起きていない奇跡の街、自由都市国家リンドベル。
多くの都市へと繋がる物流の要衝でもある街には今日も多種多様な人々が行き交っており、何度も来た者は慣れた様子で。初めて来た者は街の北にあるその結界樹にまず圧倒される。
「ふぁー、あれが……結界樹。本当に大きいなぁ」
ここにいる一人の少女もまた、そんな一人だった。
少女――カイリ=ラングー。17歳。
田舎の村からリンドベルにやって来た冒険者の卵だ。
「来る途中から見えてたけど……はぁ、たしかにこれは拝みたくなるかも」
しばらく圧倒された彼女だったが、ハッとする。ボーっとしている場合じゃない。自分は冒険者になるためにやって来たのだ。
「早く宿を取って、冒険者登録に行かないと!」
大きな街に戸惑いつつも、なんとか予算に合う上に清潔な宿の部屋を確保し、一息つく。
「あー、でも……ワクワクするなぁ!」
街を眺めながら冒険者ギルドへ向かう。迷うことはない。なにせ冒険者ギルドはあの結界樹の足元にある。
北へ向かって歩いていくほどに結界樹の迫力が増し、その根本の雰囲気にも気づく。街の明るさとはまるで異なる砦のような建物があった。
ごくり、とカイリはつばを飲み込んだ。
近くに行けば行くほど結界樹の巨大さに圧倒されると同時に、堅牢な冒険者ギルドと、そこを出入りするいかつい冒険者たちの姿に気圧されたのだ。
「ふーっ……よし!」
カイリは深呼吸をして気合を入れてから、若干指先を震わせつつ冒険者ギルドの中へと入っていった。
中は外の石造りと違い、木が多く使われていて、シンプルながら温かみを感じさせた。……が、何よりも忙しない。強そうな人たちが行き交い、ギルド職員たちが忙しそうに走り回っている。そしてどこからかお酒と料理の匂いもして……見てみると、待合のためなのか、食堂が併設されているらしい。
「えっと、えと……冒険者登録は……」
先程の気合はどこへ行ったのか。カイリはおどおどしつつ周囲を見渡す。
たくさん紙の貼られた掲示板が目についた。依頼が貼られているようだ。他にもたくさんの受付があった。
ダンジョン入退場、素材買取、講習、住居相談……様々な受付がある中で、ようやく見つけた。
だが、
「ああっ?だからよぉ、さっさと変更をしろってんだよ!」
「ですからっ。前の拠点での情報と異なるため、今すぐには――」
【登録/拠点変更受け付け】
と書かれた受付の前では強面の冒険者が何やら職員に強く言い募っていて、今のカイリには近寄る勇気はなかった。
タイミングが悪かったようだ。
せっかく勇気出して来たというのに、とカイリが少し落ち込んでいると
「ん? そこの君、どうしたの?」
明るい声にカイリは振り返る。するとそこにはハニーブロンドのショートヘアの少女がいた。年齢はカイリと変わらないだろう。澄んだ青い瞳はどこまでも明るく輝き、純粋に不思議そうだった。悪意はなさそうな上に、自分と年齢も近いのも相まってカイリは息を吐き出し、事情を説明した。
「実は私、冒険者の新規登録に来たんだけど――」
その少女はカイリの目線の先を見て「ああ」と頷く。驚いた様子もないのでよくあるのだろう。
「拠点変更ってちょっとややこしくて問題起きやすいんだって。だから今、新規登録受付と分けるか話し合ってるんだって、レイ姉が言ってたよ」
「れ、レイ姉?」
「そう。レイ姉。総合受付の……あ! ちょうど空いたみたいだよ!総合受付でも新規登録できるし、レイ姉なら親切だよ! ほらっ行こう?」
「えっ、ちょ」
少女に引っ張られて行く。細身に見えたが腰には剣が見えたので剣士。鍛えてるのだろう。
「レイ姉ー!新規登録者さん連れてきたよ! 名前は……あ! 名前聞いてなかった。ライラはライラって言うの!ライラ=ガルだよ、君は?」
「私は……カイリ、です」
「カイリちゃんだね! よろしく!
レイ姉っ! だってさ。登録お願い」
すっかり少女――ライラのペースに巻き込まれていると、総合受付にいたギルド職員の女性。黒縁の眼鏡をかけた銀髪ショートの女性が少しため息を付く。紺色の制服の名札には「レイリア=クローズ」と書かれてあった。
「ライラ。前から言っているけど、少し落ち着きなさい。彼女困ってるでしょ」
深い紫の瞳をメガネのレンズ越しにコチラに向けたレイリアは、咳払いすると冷静な表情になった。
「冒険者の新規登録ということでよろしいですか?」
「は、はいっ!」
「ではまずコチラの用紙に記入を……字は書けますか?」
「大丈夫です」
緊張しつつも用紙とペンを受け取って書いて渡す。レイリアが書類を確認していく。
「……カイリ=ラングー。17歳。ハーフエルフ。村では狩りをしていたと……なるほど」
レイリアがメガネ越しにカイリの背負う弓を見て、それから水晶のような魔道具を差し出してきた。
「手をかざしていただけますか?年齢確認のためですのでご了承ください」
世界には多種多様な種族がいる。見た目も文化も違うが、冒険者には年齢規定もあるので、こうして魔道具で確認するのだという。決して他のプライバシーなことは見えないから大丈夫だ、と説明を受けた。
カイリは頷いて手をかざすと、魔道具は青く光った。
「はい、大丈夫です。ありがとうございました」
問題ないとは分かっていてもカイリはホッとした。それから年齢確認のためだけの魔道具とは贅沢な気がした。しかし、軽く周囲を見ただけでも彼女のようなエルフの血を引くものを始め、いろんな種族がいたのでパッと見ただけで年齢が分からない。必要なのだろう。
「前ね、ライラ、岩人の子を今日みたいに案内したことあるんだけど、その子、ライラより大きいのに10歳だったの!びっくりしちゃった」
ライラが教えてくれた。冒険者になれるのは11歳からなのでアウトだ。見た目と年齢が合わないというのは母がエルフであるカイリにはよく分かることだった。
とはいえ、カイリは実の母の詳細の年齢を知らない……村の人が言うには少なくとも100年前には村にいたらしいが……女性に年齢を聞くのはご法度だ。
二人の少女がそんな話をしている間にもレイリアは淡々と作業を進めており、魔道具にて何かを操作すると不思議な金属板を差し出してきた。そこには『冒険者証。カイリ=ラングー。ランクF』と書かれてあった。
「はい、こちらが冒険者証になります」
手渡された冒険者証をカイリはしっかりと握りしめる。心臓がドキドキとうるさく、彼女の頬が興奮で少し赤らむ。
眼の前でそんな変化を見ていたレイリアは微かに口元を緩ませ、注意も促す。
「今日からあなたはリンドベル所属の冒険者になります。他の街での依頼の授受は可能ですが、入場できるダンジョンはこの街だけとなりますので注意してくださいね。
あと、冒険者証は失くさないように。再発行は出来ますが有料となります。また、再発行が多いと補講のペナルティもありますから」
レイリアはそう淡々と説明しつつ、ちらっとライラを見た。ライラは「うぐっ」と目線をそらしたので何度か失くしてその「補講」とやらを受けたようだ。
ライラはカイリの視線を受けて慌てたように手を振り、話題を変える。
「ライラのことより、カイリちゃんのことだよ! 初心者講習があるんだけど、受けた方が良いよ! いろんなためになること教えてくれるから」
「……はぁ。そうですね。ギルドとしても最初は講習を受けることを勧めています。副ギルド長の提案でこの講習を始めてから、冒険者の方の生存率が上がったのですよ」
レイリアはライラに呆れた目を向けつつ、カイリには真剣に、それでいて優しく促した。カイリはコクリと頷く。
「はいっ! 出来れば一番早い日がいいんですが」
「一番早いとなると、今日の午後……2時ですがよろしいですか?」
「お願いします」
「分かりました。予約入れておきます。講師は……あっ……レイヴン様、ですね」
テキパキと講習の予約を入れたレイリアが「あ」という顔でカイリを見て「頑張ってください」と応援した。横ではライラも「げッ」と悲鳴を上げていた。
「氷の副長さんが講師……が、がんばってね! カイリちゃん! ライラ、遠くから応援してる!」
「え? え?」
二人から可哀想な目を向けられたカイリは、順調に行きかけた冒険者人生に、また少し不安を覚えるのだった。
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