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染舞(ぜんまい)

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料理人ダンのレシピ帳

最終話「酒と温かいスープと冒険者の青年」

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 リンドベルは、いつだって賑やかだ。
 人の出入りが多く、見知らぬ顔と知った顔が交差する。

 だからだろう。ダンはこの静かな一角に来ると、とても違和感を覚え、むず痒くなる。
 瓶を片手に持ったダンが迷うことなく歩いていくその一角は、平たく整えられ、高い建物がない。代わりに石が整然と並んでいた。

 ダンは、そんな石の一つの前に立つと、動きを止めた。
「花は持ってきてねえぞ。お前もいらねーだろ?」
 そんな風に石に声をかけ、代わりとばかりに酒が並々と入った瓶を逆さにして、石にかける。
「味わって飲めよ。知り合いの商人に頼んで取り寄せた、良い酒なんだからな」

 その酒がどれだけ貴重か。手に入れる苦労を、文句を言うようにダンは話す。他のことは語らない。まるで返事が聞こえているように、ただ……『今』の話だけをした。
 失った話ではなく、今も続く出来事を語る。

「ギルのやつは、最近ますます肉しか食わなくなってきたよ。野菜も食えって言ってんだがな。俺が出さないと食いやしねぇ。
 レイヴンも見かねたのか。俺に『弁当を作ってほしい』なんて言ってきたが断ったぜ。俺はお前等のオフクロじゃねーってな」

 普段はこぼさない愚痴。それをダンは散々語り、息を吐く。――いつの間にか、酒瓶からはもう液体が落ちてこなくなっていた。

「よし。これだけ愚痴れば、酒代の元は取っただろ。俺はもう行くぜ。じゃあな。もっといい酒飲みたきゃ、愚痴は覚悟しろよ」
 最後まで、まるでそこに相手がいるように話したダンは、背を向けて歩き出す。挨拶をしに来ただけのように、その足取りは軽い。

 だが、そんなダンとは違う、重たい足取りの青年とばったり出くわす。
 鋼の鎧。赤いマントに、短い黒髪、精悍な顔立ちの期待の冒険者、ヴァレリオ。
 ヴァレリオ=アークライト。
 彼は普段の明るく柔和な表情をどこへ置いてきたのか。赤い瞳を濁らせてそこにいた。





「あ……ダンさん」
 その声もどこか乾ききったようだ。

 ダンは、しかし眉をしかめることも、変に彼を明るく慰めることもしない。

「よお。来るか?」
 短い誘い。重くも軽くもない言葉。しかしそれが、ヴァレリオの沈んだ心をすくい上げる。
 ヴァレリオは赤い瞳を少し細めて笑った。

「はい……夕方になって少し、冷えましたから。ダンさんのスープが飲みたいです」

 そう言う彼の指先は確かに少し震えていた。炎の魔法を自然発火した天才でありながら、ヴァレリオは『あの日』から、自分自身を温めることが出来ないでいる。
 しかしダンは何も言わない。ただ笑った。

「ははっ、スープか。スープだけでいいのか? 最近いい酒が手に入ったんだが……」
 顎に手を当て、にやりと笑うダンに、ヴァレリオはしばらく唖然としてから「う」と声をつまらせた。
 赤い目が揺れる。
 明らかに酒に興味を惹かれているが、つい先日酒に酔ってダンの店で眠りこけ、一夜明かしてしまったことを思い出したのだろう。

「いや、でもまたあの日のように、ご迷惑おかけするわけには――」
 酒の誘惑に抗おうとする眼の前の青年の目に、濁りはなくなっていた。
 そこには、天才と言われて孤独を抱える姿も、二つ名の重圧に苦しむ影も……過去から抜け出せずに足掻く様子も、ない。
 ただの……どこにでもいる、酒好きの青年がそこにいた。

 呆れたようにダンは肩を竦める。

「迷惑ってなぁ……今更だろ? あれで何回目だと思ってるんだ。いい加減ふっきれたらどうだ?
 ギルなんて俺の家を自分んちみたいに泊まってくぞ」
「それはギルバートさんだからで、俺はっ、その……」

 ヴァレリオは悩み、酒は飲まない、と口にした。

「ま、無理強いはしねえよ。お前が飲まないなら、俺が飲める量が増えるから、こっちとしてもありがたいしな」
「え? ダンさんは飲むんですか?」
「そりゃそうだろ。俺が買った酒だぞ。俺が飲まないでどうするよ。まさか……お前にやるとでも思ったのか?」
「! そ、そうじゃ、ないですけど……」

 赤い瞳は恨めしそうだった。本当は飲みたいのに我慢する自分の前で飲むのか、と目だけで文句を言っていた。

 ダンは知らないフリをして前を向いた。

(さて。どれだけ強がりが持つかな)






 温かなスープと料理に、お茶と酒がテーブルに並ぶ。
 ダンが自分の分だけの酒を注ぐと、ヴァレリオは「本当にダンさんだけ飲むんですか?」と言いたげに口を尖らせた。酒を飲まないと言ったのは彼自身なのに、だ。






 何も気づかないふりをして、ダンは美味そうに酒を飲む。それから視線に気づいたように、ヴァレリオを見た。

「かぁっ美味ぇ! ん、どうした? そのお茶も俺が選んだんだ。美味いだろ?
 ほら、遠慮せずに飲めよ」
「う……はい……うぅ、お茶、美味しいです」

 普段は素直なのに、こういうときだけ頑固になる青年が、美酒の誘惑に負けて泥酔するまで、そんなにかからなかった。

 ソファの上で心地よさそうに寝ている青年に毛布をかけて、ダンは呟いた。

「さてと。明日の仕込みでもするかな」
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