7 / 12
商人マリエッタのコーヒータイム
第1話「まいどあり! と彼女は笑う」
しおりを挟むチリン。
マリエッタは店の入り口から聞こえた音に振り返り、見慣れた銀髪に笑顔を浮かべた。
「あ、レイヴン様。いらっしゃいませ」
コーヒー豆の独特な香りに少しだけ頬を緩ませた男、レイヴンは美しい銀髪を揺らして頷いた。氷と呼ばれる水色の瞳は、しかしよく見れば暖かさに溢れている。
(本当に優しい人なんだけど、中々気づいてもらえないのよねぇ。伝わるようになればもっとモテるでしょうに……)
もったいない。
マリエッタはそう思ってからふと考え込む。
柔らかに微笑むレイヴンを想像したら、たしかにモテるだろう。しかし、彫刻のように整った顔立ち、さらに地位もお金も持っているとなると、モテすぎるかもしれない。……それはそれで、彼にとって大変かも、と想像の中で心配した。
(あのヴァレリオも一時大変だったものねぇ。端から見ていてもうんざりしたし)
モテすぎて苦労した某冒険者を思い浮かべたマリエッタは「何事もバランスよね」と一人ウンウンと頷いた。レイヴンはそんなマリエッタを呆れた顔で見ている。彼女が一人で勝手に考え込み、一人で納得するのはいつものことだ。しかし――同情するような目で見られて怪訝そうではあった。
「…………」
「あら、ごめんなさい、レイヴン様。コーヒーですよね? いつものにします? それとも……最近入った別の、試されます?」
視線に気づいて我に返ったマリエッタが店主モードに入ると、レイヴンは少し安堵の息を吐き出し、意外そうに目を細めた。マリエッタは他の客には新商品を勧めることもあるが、レイヴンにはあまりしない。
何せレイヴンは好みにうるさく、今のコーヒーがとても気に入っていることを彼女は知っているからだ。
「あなたが私に勧めるということは、私好みということでしょうか」
「もちろんですよ。
といっても、正確にはコーヒー豆じゃなくて、たんぽぽの根を使ったコーヒーなんですけどね。体に優しくて、夜に飲んでもいいみたいですよ」
「たんぽぽ……夜に、ですか?」
「ええ。夜遅くまで仕事をされるレイヴン様にまさしくぴったりでしょっ?」
レイヴンが眼鏡の奥の目を驚きに染め、興味深そうな顔をした。マリエッタは笑う。
「興味あるなら、ちょっと試飲してみられます? 今丁度私も飲んでて……」
マリエッタは返事を聞かずにささっと淹れてしまう。そうしないとレイヴンは律儀に「お金を払ってから」とか云々言い出すからだ。
実際、財布を出そうとしたレイヴンは「はい、どうぞ」と差し出されたカップを前に、困ったような雰囲気で動きを止めた。それからマリエッタを見て、「はぁ」と諦めたようにカップを受け取る。
その水色の瞳は、しかしどこか恨めしそうにマリエッタを見た。これがきっとギルドの新人職員ならビビったかも知れないが、マリエッタには効かない。どころかニコニコしている彼女にレイヴンの方が気圧されている。
「……いただきます」
「はい、どうぞー」
レイヴンは不思議そうな顔で香りをかぎながら、そっとコーヒーを飲み、ほおっと息を吐き出した。
「少し風味は違いますが、たしかに落ち着く味わいですね」
「でしょ? とある国ではタンポポの根を薬にも使うそうですし、このコーヒーは妊娠中の人や子供でも飲めるんです」
マリエッタはそう言ってから、両拳を握って笑顔で言う。
「ギルバートさんのことで胃を痛めているレイヴン様に、ちょうどいいなって思ったんですよ!」
彼女の善意の笑顔に、レイヴンはなんとも言えない顔をした。そんなに自分は疲れているように見えるのかと、レイヴンは思わず店のガラスに映る自身の姿を確認してしまった。――いつも通りで彼はホッとする。
「それは……お気遣いありがとうございます」
「でしょでしょー? で、買います? 輸入しないとなんで、ちょっと普通のよりお高めですけど、効能は保証しますよ!」
「あなたは本当に……はぁ。はい。いつものと、こちらを少し頂けますか」
「まいどありー!」
コーヒーの香漂う店内に、マリエッタの輝く声が響いた。
0
あなたにおすすめの小説
俺は異世界の潤滑油!~油使いに転生した俺は、冒険者ギルドの人間関係だってヌルッヌルに改善しちゃいます~
あけちともあき
ファンタジー
冒険者ナザルは油使い。
魔力を油に変換し、滑らせたり燃やしたりできるユニークスキル持ちだ。
その特殊な能力ゆえ、冒険者パーティのメインメンバーとはならず、様々な状況のピンチヒッターをやって暮らしている。
実は、ナザルは転生者。
とある企業の中間管理職として、人間関係を良好に保つために組織の潤滑油として暗躍していた。
ひょんなことから死んだ彼は、異世界パルメディアに転生し、油使いナザルとなった。
冒険者の街、アーランには様々な事件が舞い込む。
それに伴って、たくさんの人々がやってくる。
もちろん、それだけの数のトラブルも来るし、いざこざだってある。
ナザルはその能力で事件解決の手伝いをし、生前の潤滑油スキルで人間関係改善のお手伝いをする。
冒険者に、街の皆さん、あるいはギルドの隅にいつもいる、安楽椅子冒険者のハーフエルフ。
ナザルと様々なキャラクターたちが織りなす、楽しいファンタジー日常劇。
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
過労死した俺、異世界で最強農業チートに目覚める。神農具で荒野を楽園に変えたら、エルフや獣人が集まって最高の国ができました
黒崎隼人
ファンタジー
「君、死んじゃったから、異世界で国、作らない?」
ブラック企業で過労死した俺、相川大地。
女神様から授かったのは、一振りで大地を耕し、一瞬で作物を育てる**最強の『神農具』**だった!?
右も左もわからない荒野でのサバイバル。
だけど、腹ペコのエルフ美少女を助け、頼れるドワーフ、元気な猫耳娘、モフモフ神狼が仲間になって、開拓生活は一気に賑やかに!
美味しいご飯とチート農具で、荒野はあっという間に**「奇跡の村」**へ。
これは、ただの農民志望だった俺が、最高の仲間たちと世界を救い、種族の壁を越えた理想の国『アグリトピア』を築き上げる物語。
農業は、世界を救う! さあ、今日も元気に、畑、耕しますか!
【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活
シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!
美味しい料理で村を再建!アリシャ宿屋はじめます
今野綾
ファンタジー
住んでいた村が襲われ家族も住む場所も失ったアリシャ。助けてくれた村に住むことに決めた。
アリシャはいつの間にか宿っていた力に次第に気づいて……
表紙 チルヲさん
出てくる料理は架空のものです
造語もあります11/9
参考にしている本
中世ヨーロッパの農村の生活
中世ヨーロッパを生きる
中世ヨーロッパの都市の生活
中世ヨーロッパの暮らし
中世ヨーロッパのレシピ
wikipediaなど
〖完結〗終着駅のパッセージ
苺迷音
恋愛
分厚い眼鏡と、ひっつめた髪を毛糸帽で覆う女性・カレン。
彼女はとある想いを胸に北へ向かう蒸気機関車に乗っていた。
王都から離れてゆく車窓を眺めながら、カレンは振り返る。
夫と婚姻してから三年という長い時間。
その間に夫が帰宅したのは数えるほどだった。
※ご覧いただけましたらとても嬉しいです。よろしくお願いいたします。
異世界もふもふ食堂〜僕と爺ちゃんと魔法使い仔カピバラの味噌スローライフ〜
山いい奈
ファンタジー
味噌蔵の跡継ぎで修行中の相葉壱。
息抜きに動物園に行った時、仔カピバラに噛まれ、気付けば見知らぬ場所にいた。
壱を連れて来た仔カピバラに付いて行くと、着いた先は食堂で、そこには10年前に行方不明になった祖父、茂造がいた。
茂造は言う。「ここはいわゆる異世界なのじゃ」と。
そして、「この食堂を継いで欲しいんじゃ」と。
明かされる村の成り立ち。そして村人たちの公然の秘め事。
しかし壱は徐々にそれに慣れ親しんで行く。
仔カピバラのサユリのチート魔法に助けられながら、味噌などの和食などを作る壱。
そして一癖も二癖もある食堂の従業員やコンシャリド村の人たちが繰り広げる、騒がしくもスローな日々のお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる


