リンドベルの裏方たち

染舞(ぜんまい)

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ギルド職員キルガのやさぐれ日記

第2話「ベーコン買ってこさせると心に決めた」

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「うぃーっす、リーナさん。いつもの受け取りに来ましたー」

 キルガは挨拶しながら薬屋のドアを開けた。
 その瞬間に鼻をくすぐる様々な薬草の匂い。苦手な者もいるかもしれないが、キルガはなんとなくこの店の匂いは好きだった。

「あら、いらっしゃい。キルガさん。準備はできてるわよ」

 彼を出迎えたのはリーナこと、シルヴィーリーナ。尖った耳からエルフであることが分かるが、その見た目は口調や仕草と違い、とても幼く見える。





 緑色の髪と大きな帽子を被った彼女の姿には「店番偉いねー」なんてよしよししたくなる愛らしさがあるが、この街で彼女にそんな事をする人はいない。

――実年齢を聞こうとするバカもいな……いや、いた気もする。

(そういやあいつは……違う。俺は何も見てない。何も見なかった。何も知らない)

 何かの記憶を振り切るように首を横に振ったキルガは、懐から注文票を取り出して、シルヴィーリーナが示した先に置いてある箱の中身を確認した。中にはたくさんの薬瓶――魔法薬(ポーション)が入っている。

「えーっと……初級と中級の外傷用と、毒消し……魔物避けに、上級……うわ、この上級ポーション、まじか。すっげぇ純度。もしかして、フィン製っすか?」
 ギルドで消費する薬品の数々だが、その中でもひときわ輝くポーションにキルガは呻く。上級が作れる錬金術師はそれだけで貴重。そんな中でも、天才と名高い彼が作るものはさらに質がいい。
 シルヴィーリーナは「ふふ、さすがキルガさん。見ただけで分かるのね」と妖艶に微笑んだ。――でも見た目は幼女。頭がバグる。

「そりゃね。俺も多少は魔力の流れ分かるんで。上級ってだけで均等な魔力感じるってのに、あいつが使うのは一味違いますし、実際効果も高い……本人はムカつくけど」

 ぼそりと文句を呟くキルガに、シルヴィーリーナはますます楽しそうにした。
「どうやってあの偏屈錬金術師と契約してるんですか? あいつが定期的に薬を卸すなんて信じられないんですけど」
 何度か直接頼みに行ったことがあるキルガは、心からその方法を知りたかった。
 シルヴィーリーナはくすっと口元に手を当てた。

「ないしょっ」

 ですよねー。
 ハートマークがついてそうなその声に、キルガは納得した。納得するしかなかった。

 そうして内容確認し終え、代金を払った彼は箱を抱えて店を出た。背後からは「まいどありー、またね」という艶めいた声がかけられた。
 その声を聞くたびにキルガは思うのだ。

(リーナさんとは正当な取引をしたはずなのに、いつもなんか罪悪感覚えるんだよな。変にドキドキするというか……。
 え? 本当におかしなことしてないよな? 俺)

 どうしてこんなに不安になるのかとキルガは首を傾げつつ、瓶が割れないように箱を抱え直す。
 あとは持ち帰ってギルドの倉庫に納品すれば、今日の彼の仕事は終わりで、久々に早上がり出来る。

「――んだよ、偉そうにしやがって!」
「なんだとっ! こっちは状況を聞いているだけだろうっ。いつも貴様らは」

 はずだった。
 ついそちらへ目を向けると、冒険者らしい青年と警備隊が何やら言い争っていた。
 またかよ。
 と言いたげにキルガは遠い目をした。それから知らなかったふりをしようと一歩踏み出した。

(俺は割れ物を抱えてる。俺は割れ物を抱えてるんだぞ! しかも、これ割ったら俺の給料減間違いなし。そもそも関わったらはや上がりできない。絶対にあの店の自家製ベーコン売り切れるっ。あの超絶うまいクリムホッグのベーコン……酒ぇ……)

 頭の中で言い訳を繰り返したキルガだったが、言い争う両者の間でおろおろしている中年の夫婦の姿に、深々とため息つく。彼の足はギルドではなく、声の方に向かった。

「お前ら、何してんだよ」
 どこかイライラしたように声をかけたキルガに、争っていた両者はビクリとした。

「あ、キルガさん! 聞いて下さいよ、警備隊のやつらいきなり俺等を疑って」
「そんなことは言ってないだろうが。メンラースさん! あなたたちのギルドではどういう教え方してるんですか」

(あー、もう。うるせー。どういう教え方って、別に俺等はこいつらの親じゃねえよ!)
 キルガは内心ブチギレていたが、表には出さない。箱の中が割れてしまう。

「はぁ……とにかく、黙れ」
「っ」
 なので一言告げる。ただ一言。それだけで両者は動きを止めた。未だにぱくぱくと口を動かしているが、音の響きにはなっていない。
 静かになったので、キルガは屈んで座り込む中年女性と、そんな彼女に寄り添う男性に声を掛ける。

「んで? どうしたんです?」

 二人は唖然としていたが、キルガがギルドの制服、それも戦闘員の証であるバッジをつけてるので納得し、事情を説明しだした。
 スリに遭った女性が転んだところに通りかかった冒険者たちが助けに入り、そこへ騒ぎを聞きつけた警備隊が『お前らか?』と勘違いしてしまう――まぁ、リンドベルではよくある話だった。
 冒険者と警備隊は、気質が違いすぎて反発し合うのだ。

 キルガがパチンっと指を弾くと、ようやく警備隊と冒険者の声が戻った。
「ということらしいぞ。お前等、もうちょっと冷静になれよ」
「う……すみませんでした」
「その、もうしわけありません」

 謝罪する二人にひらひらと手を振って、キルガは箱から一瓶取り出し、女性に渡す。
「これどうぞ。ギルドの支給品なので気にせずに」
 遠慮する女性に半ば強引に渡したキルガは、そのまま冒険者ギルドに帰った。







「一瓶足りませんね」
「ああ、副長。それには事情が――」
「始末書と補充をお願いします」
「あの、俺今日早上がり」
「…………」
「補充行ってきます!(くっそ、あいつら。次会ったら絶対許さねぇ。俺のベーコン返せよぉ!)」






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