リンドベルの裏方たち

染舞(ぜんまい)

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ギルド職員キルガのやさぐれ日記

最終話「今日も街は平和だった」

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 ダンジョン。
 それは世界に突然現れる時空の穴。
 青く光渦巻くソレをくぐると、そこには別世界が広がっている。広がる空間は各地のダンジョンごとで異なり、洞窟内もあれば、雪山もあり、建物内であることもあるようだ。そしてダンジョンの奥にダンジョン、多層であることが多い。
 ここ、リンドベルのダンジョンの一層目は、浮島郡だ。

 初めてここをくぐった者は、まずその予想外に美しい光景に動きを止める。美しい平原。咲き乱れる花々と舞い飛ぶ蝶。流れる川は美しく、遠くに見える緑の森も目に優しい。





 そんな唖然としていては危険そうだが、まず入口付近には魔物よけの香も焚かれているし、そもそもなぜか魔物たちは基本ダンジョン入口には近づかないので、そこそこ安心だ。

「相変わらず空気うめぇなぁ」
 キルガはそんなダンジョンをくぐって息を吸う。別に街中の空気が悪い訳では無いが、ここは格別だ。
 ダンジョン内でなければ、デートスポットにでもなりそうだ。

「ぎしゃああああっ」

 人の顔ほどのサイズの蝶が大きな口を開けて飛びかかってきたのを、キルガは軽くダガーを振って切り裂く。
「でもまぁ、虫嫌いには最悪か?」
 そんな軽い感想を呟きながら、彼は慣れた様子で奥へ向かう。

 ダンジョンの監視。それもギルドの役目であり……そもそもが冒険者ギルドの発足理由だ。
 モンスターウェーブ。魔物の氾濫がいつ起きるかわからない。そんな危険なものを放置せずに管理する。

(……が、今じゃあ資源の宝庫だって言って取り合ってんだから、ほんと人間ってやつは欲深いな……俺も人間だけど)

「いや、だってなぁ。やっぱりベーコンは美味いよ」
 つい先日、久しぶりに食べられたベーコンの美味さを思い出すと、それだけで涎が出そうだ。
 
 キルガはそのまま、迷うことなく浮島の草地を蹴り、ダンジョンの端につく。端といっても壁があるわけではなく、むしろ世界はまだまだ広がっているように見える。
 先に見える雲からは滝のように水が流れ落ちているので、あの雲の塊の中にも浮島があるのだろう。
 しかし、ソレ以上進もうとするキルガを、バチッと弾く何かがそこには存在する。

「いてっ……相変わらず境目は元気に存在してるな。魔力も感じないのに……ほんとなんなんだこれ」
 目に見えないが、たしかに存在する壁。もしかしたら向こうに見える雲は幻覚で、本当にここが壁で終わりなのかも知れないが、どちらが本当なのかもわからない。

 ダンジョンとは、そんな分からないだらけの場所で、そんな分からない場所を生活に利用しているのだ。それがどれだけ危険なことか、分かるものには分かる。

 キルガも正直、なるべく入りたくはない。今この瞬間、ダンジョンの『更新』――環境の激変やダンジョン消失が起きて、この空間に取り残される可能性だってある。
 実際今までもそうして行方不明になった者もいて、見つかった例はない。

「いやまてよ? そうしたらもう書類仕事に追われることも、クレーム対応に苛つくことも、ベーコンを取り逃すこともないんじゃ……ベーコン作り放題?」
 馬鹿なことを呟きながら、キルガは懐から筒を取り出すと、それを地面に突き立ててメモを取っていく。

「北方向はオッケー。西……」
 呟きが途切れる。キルガがペンの動きを止めてじっと筒を見つめた。
「2センチ減少」
 再開された呟きは、とても重くその場を支配した。


***


 ギルド長執務室。
 ダンジョンから戻ったキルガは、隻眼の男を前に今日の報告をしていた。
 いつもは書類仕事を嫌がって執務室にいないギルバートは、普段の明るい笑い声を出さず、ただ右目を鋭く細めた。





「縮んだか」
「はい。あと、報告のあった魔物の変異種ですが、今回は確認できませんでした。
 しかし、違和感のある個体を見つけたので持ち帰り、調査部に渡しました」
「そうか。ご苦労だったな」

 部屋の空気は、なんとも言えないものだった。確実なことは言えない。
 しかし、キルガの頭に浮かんだ単語――モンスターウェーブという言葉が、ギルバートの脳裏にもよぎっているのは間違いなかった。

「ギルド長。俺、日記書いてるんですよ」
 ふいにキルガがそんなことを言った。ギルバートが青い目を見開く。

「は? お前が?」
「ええ、そうですが? なんですか! 俺が日記書いちゃだめですかっ?」
「いや、ダメじゃないが……お前が?」
「え、2回言います? エンドレスしちゃいます?」

 これでもかと驚く上司に「ひどい! 俺の繊細なハートが傷つきました!」と騒ぐキルガ。ギルバートは「うるせぇ! お前が繊細なら、俺のハートはガラス製になるぜ!」と反論した。

(な、なんてひどい上司なんだ)

 キルガが恨めしくギルバートを睨むも、彼は鬱陶しそうに手を振った。さっさと続きを話せということだろう。

「でもまぁ、日記って、書くの面倒じゃないですか」
「お前、自分が何言ってるか分かってるか?」
「だったらギルド長には書けるんですか? 毎日違うこと」
「無理だ! 面倒くせぇ!」
「でしょう? だから俺、毎日こう書いてるんです。

『今日も街は平和だった』

 って」

 ギルバートの目がキルガをまっすぐに見た。キルガもまっすぐに見返した。

「俺、コレ以外書く気ないんで、よろしくお願いしますね、『剛剣のギル』様?」

 そう言ったキルガに、ギルバートは「がははっ」といつものように笑った。空気が震えるような笑い声だった。

「人任せかよ。お前も手伝えよ」
「えー」
「ベーコン奢ってやるから」
「くっ……もう一声」
「酒もつけてやる」
「乗った!」

 今日も街は平和だ。
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