聾唖のバレリーナ

夜千流

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病弱フィガロとプリマドンナ

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「ゴホッ、ごほっ…!」

咳き込む海色の髪の青年…
彼の名は、フィガロ
生まれつき重度の呼吸器障害を持つフィガロは、走る事さえ困難な自分の身体を恨めしく思う
自身の病気を治療しようと、医学の知識を独学で習得した
しかし、我が身を蝕む病を治す術は見つからない…

夢も希望もなく、虚ろな表情で雪道を歩く
両親が見たら、血相を変えて止めるだろう…
それでも構わない…
いっそ、終わりにしよう…
フィガロは樹氷の森の中、拓けた場所にある湖を目指す
あの場所なら、誰にも見られずに逝けるだろう…
両親も、まさか息子がこんな場所まで来るとは思うまい…
雪に埋もれ、雪解けと共に湖へ沈む自分の姿を想像した

「ゴホッ、ゴホッ…」

苦しい…
はやく終わらせたい…
フィガロは肺も凍てつく寒さの中、ようやく湖へと辿り着いた

すると、そこには…

「…っ!」

陽だまりのような少女がいた

「可憐だ…」

氷の湖の上を滑り、舞い踊る少女…
フィガロは、一目で彼女に恋をした

「凄いな…」

スケートシューズもなく、凍った水面の上を自由に跳ねる
凄まじいバランス感覚だ…
運動などしたことのないフィガロは、彼女の軽やかな動きに魅せられた

「ゴホッ、ごほっ、ゴホッ…!」

少女に魅入って忘れていた病がフィガロを襲う

「…?」

少女がフィガロの存在に気づいた
氷の上を滑って、少女はフィガロに近づく
蹲って咳き込むフィガロの背を、少女が摩る

「ハァ…ハァ…ありがとう…」

フィガロは、少女にお礼を言う

「…!」

すると少女は、身振り手振りで何かを伝えようとしている…
これは…手話だ…!

手話についての知識も身につけていたフィガロは、少女と同じように手話でコミュニケーションを図る

「…?…!」

どうやら彼女は、生まれつき聴覚障害を患っているらしい
[[rb:聾唖 > ろうあ]]のバレリーナである、と…
フィガロは少女に、自らの持病を明かす

「…!…!」

生まれついてのハンデを背負った互いの運命に、シンパシーを感じた
フィガロは、少女に名前を問う

「あ…き…ら…」

ぎこちないながらも、自分の口で彼女は名乗った
はらはらと、雪の降る昼下がり…
フィガロは晶と出会い、生きる希望を見出した





聾唖のバレリーナ…

自宅に戻ったフィガロは、晶について調べた
フィガロが住んでいる街の、一番大きな劇場のバレリーナである、と…
まだ19歳の、大人になりきれない未熟な少女…
そんな彼女は、高校卒業後、瞬く間に劇場一のプリマドンナへと上り詰めた
幼少の頃より、学校に通いながら厳しいトレーニングを重ねていたのだ、と…

知れば知るほど、フィガロは晶を好きになる
樹氷の森で出会った陽だまりの少女は、フィガロの凍った心を溶かしていく…

晶の事を、もっと知りたい…!

フィガロは難病の身体を引き摺って、足繁く晶の出演する舞台へ通う

相手役の男に支えられ、白鳥のように宙を舞う晶…
ああ…あの男のように晶と踊れたら…と、フィガロは憂う

甘い恋…
激しい愛…
暗い嫉妬…

フィガロにとっては全てが初めてで、晶を想えば胸を焦がす痛みさえ愛おしい…

晶の存在は、フィガロの人生を照らす光となった





通信制の大学を卒業したフィガロは、20歳になった晶に手話でアプローチした

〘晶…きみのことが好きだ〙

「…?!」

今までは、観客と演者…
それだけの関係だった

ずっと、客席から眺めていた
舞台の上のプリマドンナ…

しかしフィガロは、それだけの関係では到底満足できなくなったのだ

親指、人差し指、小指を同時に立てる

〘愛してる〙

フィガロは、手話で思いの丈を晶に伝える

「…///」

晶は、赤面して俯いた
それから…ゆっくりと顔を上げてフィガロを見つめ、あるポーズをとった

「…っ、そのマイムは…!」

両手で心臓を包むような動作…
何度も晶の出演する舞台を観たから分かる…
『愛してる』のマイムだ…!

晶も、あの日…樹氷の森で出会った見目麗しいフィガロに恋をしていたのだ

二人は言葉を交わさず、仕草のみで互いへの愛を伝えあった
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