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沈黙の聖女は、ある日すべてを暴露する
後編
しおりを挟む「なっ」
「えっ」
ハイル殿下とシンディ様の声が、同時に上がった。
ヒース卿こと、ヒース・スプリーン公爵閣下は、ハイル殿下の異母兄にあたられる。
正妃腹ではないため、早々に公爵位を授けられ、臣籍降下された元王子だ。
継承争いを避けるための措置だったが、ヒース卿を推す貴族も根強く、公爵本人も密かに私兵を増強している……ことは、知る人ぞ知る話。
シンディ様はそんなヒース卿と親密な間柄らしく、他者に強請って得た資金。宝石やドレスをのぞく鉱山や土地などは、ヒース卿に捧げていた。
もし王太子の婚約者になった暁には、ハイル殿下の情報まで細やかに流すことだろう。
神殿の仕事をしないシンディ様が叱られなかった理由は、彼女の背後にヒース卿がいたから。
多額の寄付を寄せてくれるヒース卿のご機嫌を、神殿長は損ねたくなかったとみえる。
(そのシワ寄せが、わたくしや周囲に来ていたのだけど。ハイル殿下はずっとお気づきではなかったようね。そんな呑気さで王国が担えるのかと問いたいけれど、王家では、殿下の足りない部分、側近たちで補うご算段なのでしょう)
それが、殿下のご生母である王妃様の思し召しで。
事実わたくしも、"婚約者"として殿下の補佐にあてられていた。
聖女の仕事に加え、殿下の仕事も振られては、寝る時間もなかった。
(そう、わたくしはとっくに限界だったのね)
毎日が必死で、気づけなかった。
(つまり婚約破棄はわたくしにとって慶事で、王家からの解放なのだわ)
世界が急に、鮮やかに色づいた。もうずっと忘れていた景色。
きっかけをくれたのは、今も昔も──。
(ジンク様……)
「カーナが言ったことは本当か? シンディ」
「う、あ、だって……。ヒース様の深い褐色の髪、漂う色香、神秘的な眼差し。大人の魅力でめっちゃかっこいいんだもの……! ヒース様はあたしの"推し"なの。課金するのは当然じゃない?」
(推し? 課金?)
聞きなれない単語だけど、意味はなんとなく伝わる。ハイル殿下もわかったらしい。
「くっ! この尻軽め! 私一筋だと言っていたくせに!」
「な、何よ。あたしのことは、ハイル様が勝手に盛り上がったんじゃない!」
ぎゃあぎゃあと、互いを貶め合う口喧嘩が始まった。
たくさんの貴族が集うこの場で、見せる姿ではない。
(この様子じゃ、ハイル殿下の王太子位も危ういわね)
もちろんシンディ様の今後も、どうなるか知れたものではないが。少なくともハイル殿下とは破局だろう。
(神殿や伯爵家の恥として、厳罰もあり得るかも)
ちょっと小気味良く、胸がすく思いでいると、わたくしの手を取ったままだったジンク様が、柔らかな声で提案された。
「ところでカーナ嬢。いま小姓が急ぎ、国王陛下を呼びに行っているようですが……。陛下が来られて事態が終息するまでに、急ぎ聞いていただきたいことがありまして」
「まあ、なんでしょう」
ジンク様は生き生きとした瞳で、わたくしを見つめている。
(なんだかすごく恥ずかしい)
けれど目が逸らせないのは、いつも落ち着いているこの方の、少年のような笑みを久々に見たから?
ドキドキと落ち着かない鼓動が、わたくしの期待を高めていく。
彼の男らしい声が、わたくしの耳に染み込んだ。
「貴女の夫候補に、俺が名乗り出ることをお許しいただきたい。カーナ嬢。ジンク・キドニーは聡明な貴女に求婚します」
「!!」
体中のすべての血液が、興奮に騒ぎ、一気にわたくしの頬が染まる。
(わたくし今、プロポーズされましたわ! ど、動揺してはダメ。聞き間違いかもしれないもの)
「で、でも、こんなわたくしでは──。その、髪も目も、とても見苦しいですし」
「こんな? 俺の目には、春の女神しか映っていません。陽光に弾ける若々しい緑の瞳。あたたかく優しい栗色の髪。それに俺は、貴女の見た目より心根に惚れています。初めてお会いした時から、ずっとお慕いしておりました」
ジンク様との思い出が、瞬時に駆け巡った。
わたくしとジンク様は、幼い頃、共に学び、遊んだ仲。
長じてからはそれぞれ武門と神殿、別の道へと歩み、接点もなくなったけれど、それでも忘れられなかった大切な相手。
(わたくしの婚約は王家に決められた政略関係だったけれど、心はいつも、辺境に向かっていた。ジンク様も、わたくしを想っていてくださったなんて)
「貴女の婚約がなくなった途端申し込むのは、せっかちでみっともないと承知していますが……。魅力あふれるカーナ嬢だから、すぐにでも次の相手が名乗り出て来そうで。そうなる前に、俺の気持ちを伝えておきたかったのです。どうか、この憐れな男の懇願を、前向きにご検討いただければ嬉しいです」
(ああ、ああ、ジンク様……!)
喜びと感動が溢れる。ただ、懸念があるとすれば。
「しかしわたくしは、もう貴族ではなく……」
「あれはハイル殿下が勝手に発言されたこと。おそらくカーナ嬢のご実家では、大切なご息女を守るため、猛抗議があるはずです。地位は守られますよ、きっと。それにもし貴族でなくなっても、問題ありません。爵位を買うなど造作もない。俺のほうで、貴女を迎え入れるために必要な準備は、完璧に整えてみせます」
その言葉はとても力強く。彼の鉛色の瞳が熱く、揺らめいて。
「ジンク様! わたくしもジンク様のことが大好きです。あなたの妻にしてください!」
感極まって、わたくしはジンク様に抱きついてしまっていた。
「カーナ嬢!?」
困惑されながらも、ジンク様のお顔が喜びに崩れる。
背中に回されたジンク様の腕が、力強く抱擁を返してくださった。すごく嬉しい!
パチ、パチ……、パチパチパチパチ。
控えめに始まった拍手が、すぐ盛大な音に変わる。
成り行きを見守っていた貴族たちが、ことのあらましを理解し、その上で祝福してくれたのだ。
「こら、そこ──! 私たちを差し置いて、勝手に盛り上がるな」
「そうよ、何してんのよ。場をかき回しておいて──!」
感動の場面に、外野から野次が飛ぶ。
(最初に場をかき混ぜたのは、ハイル殿下とシンディ様ですが)
脂のせいで満足に動けないふたり(藻掻くハイル殿下に、シンディ様が巻き込まれた)をシレッと無視していると、高らかな報せが響いた。
「国王陛下の、おなりです──」
その後。
登場したブレイン陛下の沙汰により、ハイル殿下はきつく叱られ、王太子の地位も一時返上。功績をあげるまで王都からの放逐となった。
おそらく陛下は、ヒース卿の動きもご存知で、いつかこんな日を待っておられたのかも知れない。
王妃様とそのご実家を慮って、次男のハイル殿下を王太子に立てていらしたけれど、目をかけておられたのは、ご長男、ヒース卿の方だったから。
ハイル殿下が戻られるのが先か、ヒース卿がその間に彼を引き離し、王位に近づくか。
しばらくは緊迫した関係が続きそうだが、おかげで各地は活性化している。国が良い方向に進みそうだ。
シンディ様は神殿と伯爵家から除籍。
ヒース卿からも見捨てられた後は、激務を課せられ、独り寂しくこなされているそうだけれど。
心臓に毛が生えてるくらいエネルギッシュな方なので、なんのかんの、とても元気らしい。
国に生まれる"穢れ"については、神殿の人員を大増員して、対処することになった。わたくしを酷使せず、最初からそうして欲しかった。
自由になったわたくしは想いを叶え、ジンク様と辺境領へ。
これ以上なく幸せになって。
それぞれが、落ち着くべきところに、落ち着いたのだった。
《沈黙の聖女は、ある日すべてを暴露する》完
---------------
本作のモデルは、実は東洋医学の《五臓》を模したキャスト配置でした。気づかれました方、いたらすごい!
"沈黙の臓器"と呼ばれる肝臓。神経が無いから痛みを伝えず、自覚症状がないままに悪化して、脂肪肝とかなっちゃう臓器です。
沈黙の臓器…、まるで虐げられても声を上げない令嬢のよう…。からの、異世界恋愛テンプレで《五臓》の関係性覚えちゃえ、でした。
以下、人物紹介です。
◆【肝臓】カーナ・レバー侯爵令嬢
---
浄化の聖女。シンディ【心臓】を育てる立場
属性は「木」、「春」。緑の瞳に、茶色の髪。怒りの感情と結びつく
◆【心臓】シンディ・ハート伯爵令嬢
---
聖女見習い。ヒース【脾臓】を気にかける
属性は「火」、「夏」。赤い髪。喜びの感情と結びつく
◆【脾臓】ヒース・スプリーン公爵
---
臣籍降下した元第一王子。ハイル【肺】の兄
属性は「土」、「土用や長夏」。深い褐色の髪。思の感情と結びつく
◆【肺】ハイル・ラング王太子
---
カーナの婚約者。ジンク【腎臓】の主君筋
属性は「金」、「秋」。金髪。悲・憂の感情と結びつく
◆【腎臓】ジンク・キドニー辺境伯
---
カーナの幼馴染。カーナ【肝臓】にプロポーズ
属性は「水」、「冬」。白銀の髪、鉛色の瞳。驚・恐の感情と結びつく
寒暖差激しい季節なので、皆様どうぞご自愛ください。
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>沈黙の聖女…は、変わった名前だなぁと思っていた
ご明察(笑) こちらはテンプレ中のテンプレ婚約破棄物語でした。
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