ブサイク令嬢は、眼鏡を外せば国一番の美女でして。

みこと。

文字の大きさ
4 / 17
アルドンサ視点

4.暗幕の世界で約束を

しおりを挟む
 突然。世界が黒い幕に覆われた。

「何が起こったの?!」

 暗闇の中で、私は慌てた。

 私の他には誰もいない。今の今まで、すぐ隣にいたファビアン様も。
 そして目の前には光る……。

「クラゲ?」

「失敬だなぁ! クラゲはないだろう!」

「クラゲが喋った!!」

 ふよふよと漂う発光体が、目の前で青白く上下している。
 丸い傘部分に、何本もの細い触手。見た目はクラゲそのものだ。

「だからクラゲじゃないってば! 吾輩には顔があるし、体は水で出来てないぞ?」

(顔……?)

 確かに、子どもの落書きのような目と口がついている。
 アンバランスに歪んだそれは、見ようによっては可愛く見えない……こともない?

「あなた、何?」

「ん──。君たちのいうところの、死神?」

 なぜ疑問形。
 でも待って。

「死神ですって??」

「そうそう。アルドンサ。キミに幽冥界の視力を与えたのは吾輩だよ」

「なっ!」

 私が人生迷惑してるのは、このクラゲ──、もとい死神のせい?!

「いやぁ、参っちゃったよ。アルドンサ、意中の彼と共謀して、たくさん命救っちゃったねぇ」

 共謀。悪いことしたみたいに表現されて、カチンと来る。クラゲはなおも続けた。

「吾輩、上司にすっごく怒られちゃったよ。あの火災で死ぬはずだった人間が、大勢助かっちゃってさ。幽冥界の入荷数が足りなくなったわけで」

人間ひとの命を品物みたいに……」

「まあまあ。こっちにもいろいろ事情や都合があるんだ。だけどアルドンサ? これまでは死期が見えても、妨害なんてしなかったでしょ? それが今回の"裏切り"だよ。"与えた能力を回収してこーい"って上から大目玉」

("裏切り"ですって?)

 ぷるぷると、握りしめた拳が震えた。

 声が、気持ちが、絞り出される。

「今までだって……。救えるものなら救いたかったわよ!! 歩くだけで、母を亡くすだろう幼子おさなごを見かけ、息子を失くすだろう老父を見かけ、どれだけ悲しく泣いてきたことか!! あげくに自分の母親からは気味悪がられて、父親からは利用されて!!」

 ずっと押さえつけていた気持ちが吹きこぼれる。
 この死神のせいで! 私はずっと割り切れない思いを抱え続けてきた!

「うんうんうん。人間には重すぎる力だからねえ」

「わかっているのなら、なんで私に──」
「アルドンサのパパが望んだからだよ。吾輩、彼に助けられたんだよね」

「っつ」

 それは父も、言っていた。

「当時、吾輩は新米でさ。知ってる? 死神ってそんな万能じゃないわけで。死んだ人間に、この触手を絡ませて魂を吸うんだけど、完全に死んだ相手じゃないと、逆にこっちが吸われちゃうんだよ」

 クラゲが何本もあるヒラヒラとした触手を動かして言う。

「それで、しくじっちゃったんだなぁ。まだ息がある人間に、うっかり命を吸われかけて」

「……」

「その人間にサクッとトドメをしてくれたのが、アルドンサのパパだったわけ」

「な!!」

(それはつまり父が、人を殺したという意味で──)

「いやぁ。すごかったねぇ。壮絶だった。多勢に襲撃されて、ぜーんぶ返り討ちにしちゃうなんて、パパ何者?」

「え……?」

(父が襲撃された? どういう状況なの?)

 そんな話は聞いてない。父はただの強欲な伯爵家当主で、強いなんて欠片カケラも聞いたことがない。

 そう答えると、クラゲは「ふぅん?」と、愉快そうにフワリと揺れた。

「まあいいや。それで吾輩、うっかりパパに姿を見られちゃったんだ。回収焦って早く駆けつけすぎたし、暗幕・・も張り忘れてたし。で、彼との会話で、生まれて来る子に力を与えるよう約束しちゃったわけ。パパは常々命のやり取りをする立場にあるっぽいし、我が子に自分の死期を知ってて貰いたかったのかもね。覚悟が出来てれば、別れる心積もりも出来るでしょ」

「父はそんなつもりで、私に力を望んだわけじゃないと思うけど……」

「ま、そこは親の心子知らずっていうか、互いにわかんないよね。誰の心もさ。さてと、話を戻すよ? そういうわけで、アルドンサの力を回収したい。代わりに、キミの要求に応じるね。望みは、片思い相手の延命、ということでいいのかな?」

 クラゲみたいな死神の言葉に、もう一度自分の心を確かめる。

 この視力があれば、今日みたいに人助けが出来る。

 だけど、この力のせいで、これまで散々苦しんできた。
 消えゆく命を見守るだけというのは、本当に精神こころを削られることで、何度経験しても決して慣れはしない。

 諦めの中で生きるうち、自分がとても薄情な、最低な人間のようにも思えて辛かった。

 ずっと力を手放したいと願い続け。
 その上、初恋相手の命を助けることが出来るのなら。

(私が報われたいわけじゃない。ファビアン様には、この取引を一生秘密にするつもり)

「ええ。それでお願いするわ」

 私はクラゲ死神相手に頷いた。


「でも死相が見えなくなったら、ファビアン様の病が癒えてるかどうか、私には確かめられないわね……」

 "本当に約束を守ってくれる?"
 疑問を持ってクラゲを見たら、クラゲは妙に嬉しそうだ。

「アルドンサのそういうところ、しっかりしてて吾輩は良いと思うよ。だから特別……」

 そう言ってクラゲは、ファビアン様だけでなく、万病に効く特効薬の作り方を教えてくれた。
 
「この薬で愛しい彼を治してあげなよ。きっと感謝されるから」

「いいの? 彼だけじゃなく、他の人にも使える薬のレシピなんて……。たくさんの命を救ったら、死神と幽冥界が困るんじゃないの?」

「ハハハ。今日みたいにいっぺんに運命をくつがえされないなら、治療の間にこっちも人数を融通出来るんだよ」

 幽冥界にも何かの法則があるようだ。

 クラゲの傘がフープスカートみたいに、ブワッと膨らみ広がった。

「ねえアルドンサ。これからは自分の目に見えてることだけじゃなく、みて。そしたらキミの人生はもっと豊かで、いろどりに満ちてることに気づくと思うよ」

「? 見えてない部分は、見えないでしょう?」

 ナゾナゾみたいなことを言う。
 不満を顔に出すと、クラゲが私の機嫌を取るように言った。

「まあまあまあ。とりあえず、その丸眼鏡はもう外すといい。若いキミには似合わないから」

 その言葉と共に、私の周りの黒い幕は立ち消え、目の前には私に向かって心配そうに呼び掛ける、ファビアン様のご尊顔があった。
 近ッッ!!
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

【完結】ブスと呼ばれるひっつめ髪の眼鏡令嬢は婚約破棄を望みます。

はゆりか
恋愛
幼き頃から決まった婚約者に言われた事を素直に従い、ひっつめ髪に顔が半分隠れた瓶底丸眼鏡を常に着けたアリーネ。 周りからは「ブス」と言われ、外見を笑われ、美しい婚約者とは並んで歩くのも忌わしいと言われていた。 婚約者のバロックはそれはもう見目の美しい青年。 ただ、美しいのはその見た目だけ。 心の汚い婚約者様にこの世の厳しさを教えてあげましょう。 本来の私の姿で…… 前編、中編、後編の短編です。

傷物令嬢シャルロットは辺境伯様の人質となってスローライフ

悠木真帆
恋愛
侯爵令嬢シャルロット・ラドフォルンは幼いとき王子を庇って右上半身に大やけどを負う。 残ったやけどの痕はシャルロットに暗い影を落とす。 そんなシャルロットにも他国の貴族との婚約が決まり幸せとなるはずだった。 だがーー 月あかりに照らされた婚約者との初めての夜。 やけどの痕を目にした婚約者は顔色を変えて、そのままベッドの上でシャルロットに婚約破棄を申し渡した。 それ以来、屋敷に閉じこもる生活を送っていたシャルロットに父から敵国の人質となることを命じられる。

『二流』と言われて婚約破棄されたので、ざまぁしてやります!

志熊みゅう
恋愛
「どうして君は何をやらせても『二流』なんだ!」  皇太子レイモン殿下に、公衆の面前で婚約破棄された侯爵令嬢ソフィ。皇妃の命で地味な装いに徹し、妃教育にすべてを捧げた五年間は、あっさり否定された。それでも、ソフィはくじけない。婚約破棄をきっかけに、学生生活を楽しむと決めた彼女は、一気にイメチェン、大好きだったヴァイオリンを再開し、成績も急上昇!気づけばファンクラブまでできて、学生たちの注目の的に。  そして、音楽を通して親しくなった隣国の留学生・ジョルジュの正体は、なんと……?  『二流』と蔑まれた令嬢が、“恋”と“努力”で見返す爽快逆転ストーリー!

追放令嬢の発酵工房 ~味覚を失った氷の辺境伯様が、私の『味噌スープ』で魔力回復(と溺愛)を始めました~

メルファン
恋愛
「貴様のような『腐敗令嬢』は王都に不要だ!」 公爵令嬢アリアは、前世の記憶を活かした「発酵・醸造」だけが生きがいの、少し変わった令嬢でした。 しかし、その趣味を「酸っぱい匂いだ」と婚約者の王太子殿下に忌避され、卒業パーティーの場で、派手な「聖女」を隣に置いた彼から婚約破棄と「北の辺境」への追放を言い渡されてしまいます。 「(北の辺境……! なんて素晴らしい響きでしょう!)」 王都の軟水と生ぬるい気候に満足できなかったアリアにとって、厳しい寒さとミネラル豊富な硬水が手に入る辺境は、むしろ最高の『仕込み』ができる夢の土地。 愛する『麹菌』だけをドレスに忍ばせ、彼女は喜んで追放を受け入れます。 辺境の廃墟でさっそく「発酵生活」を始めたアリア。 三週間かけて仕込んだ『味噌もどき』で「命のスープ」を味わっていると、氷のように美しい、しかし「生」の活力を一切感じさせない謎の男性と出会います。 「それを……私に、飲ませろ」 彼こそが、領地を守る呪いの代償で「味覚」を失い、生きる気力も魔力も枯渇しかけていた「氷の辺境伯」カシウスでした。 アリアのスープを一口飲んだ瞬間、カシウスの舌に、失われたはずの「味」が蘇ります。 「味が、する……!」 それは、彼の枯渇した魔力を湧き上がらせる、唯一の「命の味」でした。 「頼む、君の作ったあの『茶色いスープ』がないと、私は戦えない。君ごと私の城に来てくれ」 「腐敗」と捨てられた令嬢の地味な才能が、最強の辺境伯の「生きる意味」となる。 一方、アリアという「本物の活力源」を失った王都では、謎の「気力減退病」が蔓延し始めており……? 追放令嬢が、発酵と菌への愛だけで、氷の辺境伯様の胃袋と魔力(と心)を掴み取り、溺愛されるまでを描く、大逆転・発酵グルメロマンス!

【完結】魔力の見えない公爵令嬢は、王国最強の魔術師でした

er
恋愛
「魔力がない」と婚約破棄された公爵令嬢リーナ。だが真実は逆だった――純粋魔力を持つ規格外の天才魔術師! 王立試験で元婚約者を圧倒し首席合格、宮廷魔術師団長すら降参させる。王宮を救う活躍で副団長に昇進、イケメン公爵様からの求愛も!? 一方、元婚約者は没落し後悔の日々……。見る目のなかった男たちへの完全勝利と、新たな恋の物語。

「いらない」と捨てられた令嬢、実は全属性持ちの聖女でした

ゆっこ
恋愛
「リリアーナ・エヴァンス。お前との婚約は破棄する。もう用済み そう言い放ったのは、五年間想い続けた婚約者――王太子アレクシスさま。 広間に響く冷たい声。貴族たちの視線が一斉に私へ突き刺さる。 「アレクシスさま……どういう、ことでしょうか……?」 震える声で問い返すと、彼は心底嫌そうに眉を顰めた。 「言葉の意味が理解できないのか? ――お前は“無属性”だ。魔法の才能もなければ、聖女の資質もない。王太子妃として役不足だ」 「無……属性?」

婚約破棄された令嬢は、“神の寵愛”で皇帝に溺愛される 〜私を笑った全員、ひざまずけ〜

夜桜
恋愛
「お前のような女と結婚するくらいなら、平民の娘を選ぶ!」 婚約者である第一王子・レオンに公衆の面前で婚約破棄を宣言された侯爵令嬢セレナ。 彼女は涙を見せず、静かに笑った。 ──なぜなら、彼女の中には“神の声”が響いていたから。 「そなたに、我が祝福を授けよう」 神より授かった“聖なる加護”によって、セレナは瞬く間に癒しと浄化の力を得る。 だがその力を恐れた王国は、彼女を「魔女」と呼び追放した。 ──そして半年後。 隣国の皇帝・ユリウスが病に倒れ、どんな祈りも届かぬ中、 ただ一人セレナの手だけが彼の命を繋ぎ止めた。 「……この命、お前に捧げよう」 「私を嘲った者たちが、どうなるか見ていなさい」 かつて彼女を追放した王国が、今や彼女に跪く。 ──これは、“神に選ばれた令嬢”の華麗なるざまぁと、 “氷の皇帝”の甘すぎる寵愛の物語。

婚約破棄された令嬢、気づけば王族総出で奪い合われています

ゆっこ
恋愛
 「――よって、リリアーナ・セレスト嬢との婚約は破棄する!」  王城の大広間に王太子アレクシスの声が響いた瞬間、私は静かにスカートをつまみ上げて一礼した。  「かしこまりました、殿下。どうか末永くお幸せに」  本心ではない。けれど、こう言うしかなかった。  王太子は私を見下ろし、勝ち誇ったように笑った。  「お前のような地味で役に立たない女より、フローラの方が相応しい。彼女は聖女として覚醒したのだ!」

処理中です...