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アルドンサ視点
5.眼鏡を外した世界
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王都の劇場火災の一年後。
権威ある大聖堂で、貴族令嬢たちが扇子で口元を隠し、会話をしていた。
「今日の結婚式、わたくしまだ信じられませんわ。ファビアン様には密かに憧れてましたのに」
「まったくですわ。王女殿下の婚約者だからと諦めてましたけど、こんなことならわたくしがファビアン様を狙えば良かったわ。アルドンサ嬢如きにとられてしまうなんて」
「いまからでもお誘いすれば、心変わりされるんじゃなくて? 伯爵家の婿養子だなんて、ファビアン様には不足過ぎですもの」
「そうね。それに奥方となられる方が、あの丸眼鏡の"ブサ令嬢"ではね」
めでたい式場で、ひそひそと陰口が囁かれる。
この一年、社交界には驚きのニュースが駆け抜けた。
ひとつ、カタリナ王女とファビアン公子の婚約が解消となったこと。
ふたつ、カタリナ王女は男爵令息マルケスと、ファビアン公子は伯爵令嬢アルドンサとそれぞれ婚約したということ。
そして今日の壮麗な式は、ファビアンとアルドンサの結婚のため準備されたものだった。
彼らの挙式は、王家が執り行うことになっていた。
人々はなぜ目立たない伯爵家の婚姻に王家が乗り出すのかと首を傾げたが、目をかけていたファビアン公子の晴れ舞台だからと納得した。
妬み半分、身の丈に合わない婿を迎えるアルドンサを笑ってやろうと、物見高く人々が注目する中、新郎新婦の入場となった。
「!!!!」
「えっ……? どちらのご令嬢?」
「ファビアン様のお相手は、ブサ令嬢のアルドンサではなかったの?」
客席がそうどよめく程、花婿花嫁ともに煌びやかな美男美女が、祭壇に向かってゆっくりと歩く。
丁寧に誂えられた純白のドレスは、隙間なく凝った刺繍が施され、散りばめられた宝石と共に、揺れるたびに光を放つ。
そんな格調高いドレスに身を包んだ花嫁は、ドレスよりもいっそう美しい美姫。
もちろんその白い顔に、無粋な眼鏡などかかっていない。
丸眼鏡姿のアルドンサ・リブレを想定していた者たちは、それこそ目玉が転がり落ちるほど驚いた。
(あの眼鏡の素顔が、これ???)
令嬢方はぽかんと口を開け、令息方は悔しがった。
年配の貴族は「なるほど、ファビアン公子は大層な面食いだったか」と談笑する。
その日から、アルドンサ・リブレは"王国一の美女"と呼ばれるようになった。
一方、美しさの象徴とまで言われていたカタリナ王女だが、最近はそのファッション・センスにも精彩を欠き、恋人のマルケスとも喧嘩が絶えないという。
知る人ぞ知る、王女のコーディネートは婚約者のセンスによるところが多く、ファビアンを失い、マルケスでは補えなくなった彼女は、始終イライラと騒ぎを起こすようになった。
王家の力で揉み消したものの、中には見逃せない失態もあったらしい。
カタリナ王女は近く、王都から離れた領地をあてがわれ、マルケスとともに送られるそうだ。
王都に滞在する際には、国王の許可を要するという。
男爵家の末息子は女癖が悪く、あちこちの貴族家から訴訟が起こったことも、この措置に絡む一端といえよう。
その後、ファビアンとアルドンサは仲睦まじく長生きし、アルドンサの薬は多くの人を救った。
ファビアンも様々に活躍したが、一例として、劇場の改築アドバイスを明記しておこう。
彼の提案と開発援助で、舞台には防火繊維で織った緞帳が掛けられることになった。
その他、各所に配された自動散水装置。
日々の誘導訓練と、しっかりとわかりやすい避難通路の表示。
そしてなぜか、秘密の地下通路。
アルドンサの孫は、後に語る。
「アルドンサお祖母様、子どもの頃はリブレ伯爵家の家業に気づかなかったみたいで。乳母の膨らんだスカートから武器と、丸めたお団子ヘアから針金が出てきた時に、とても驚いたみたいです。あと、リブレ家では"血の臭いを子どもに嗅がせないため、(戦闘要員たる)使用人たちは一定の距離を保つ"んですけど、嫌われてると勘違いしてたのだとか。まあ、まさか実家が"国王直属の国防集団"だなんて、想像もしませんよね」
"曽祖父は、娘を血塗られた道に進ませたくなかったようだし、曾祖母は娘の精神成長上、嫌なものは見せたくなかったみたいだし"
当時のアルドンサの環境を、孫はそう評する。
──眼鏡を外して見る世界が、こんなに多彩だったなんて。──
実家の真実を知った後、彼女はそう呟いたという。
武力に、知力と治癒力が加わったリブレ家は、長く栄えたのだった。
権威ある大聖堂で、貴族令嬢たちが扇子で口元を隠し、会話をしていた。
「今日の結婚式、わたくしまだ信じられませんわ。ファビアン様には密かに憧れてましたのに」
「まったくですわ。王女殿下の婚約者だからと諦めてましたけど、こんなことならわたくしがファビアン様を狙えば良かったわ。アルドンサ嬢如きにとられてしまうなんて」
「いまからでもお誘いすれば、心変わりされるんじゃなくて? 伯爵家の婿養子だなんて、ファビアン様には不足過ぎですもの」
「そうね。それに奥方となられる方が、あの丸眼鏡の"ブサ令嬢"ではね」
めでたい式場で、ひそひそと陰口が囁かれる。
この一年、社交界には驚きのニュースが駆け抜けた。
ひとつ、カタリナ王女とファビアン公子の婚約が解消となったこと。
ふたつ、カタリナ王女は男爵令息マルケスと、ファビアン公子は伯爵令嬢アルドンサとそれぞれ婚約したということ。
そして今日の壮麗な式は、ファビアンとアルドンサの結婚のため準備されたものだった。
彼らの挙式は、王家が執り行うことになっていた。
人々はなぜ目立たない伯爵家の婚姻に王家が乗り出すのかと首を傾げたが、目をかけていたファビアン公子の晴れ舞台だからと納得した。
妬み半分、身の丈に合わない婿を迎えるアルドンサを笑ってやろうと、物見高く人々が注目する中、新郎新婦の入場となった。
「!!!!」
「えっ……? どちらのご令嬢?」
「ファビアン様のお相手は、ブサ令嬢のアルドンサではなかったの?」
客席がそうどよめく程、花婿花嫁ともに煌びやかな美男美女が、祭壇に向かってゆっくりと歩く。
丁寧に誂えられた純白のドレスは、隙間なく凝った刺繍が施され、散りばめられた宝石と共に、揺れるたびに光を放つ。
そんな格調高いドレスに身を包んだ花嫁は、ドレスよりもいっそう美しい美姫。
もちろんその白い顔に、無粋な眼鏡などかかっていない。
丸眼鏡姿のアルドンサ・リブレを想定していた者たちは、それこそ目玉が転がり落ちるほど驚いた。
(あの眼鏡の素顔が、これ???)
令嬢方はぽかんと口を開け、令息方は悔しがった。
年配の貴族は「なるほど、ファビアン公子は大層な面食いだったか」と談笑する。
その日から、アルドンサ・リブレは"王国一の美女"と呼ばれるようになった。
一方、美しさの象徴とまで言われていたカタリナ王女だが、最近はそのファッション・センスにも精彩を欠き、恋人のマルケスとも喧嘩が絶えないという。
知る人ぞ知る、王女のコーディネートは婚約者のセンスによるところが多く、ファビアンを失い、マルケスでは補えなくなった彼女は、始終イライラと騒ぎを起こすようになった。
王家の力で揉み消したものの、中には見逃せない失態もあったらしい。
カタリナ王女は近く、王都から離れた領地をあてがわれ、マルケスとともに送られるそうだ。
王都に滞在する際には、国王の許可を要するという。
男爵家の末息子は女癖が悪く、あちこちの貴族家から訴訟が起こったことも、この措置に絡む一端といえよう。
その後、ファビアンとアルドンサは仲睦まじく長生きし、アルドンサの薬は多くの人を救った。
ファビアンも様々に活躍したが、一例として、劇場の改築アドバイスを明記しておこう。
彼の提案と開発援助で、舞台には防火繊維で織った緞帳が掛けられることになった。
その他、各所に配された自動散水装置。
日々の誘導訓練と、しっかりとわかりやすい避難通路の表示。
そしてなぜか、秘密の地下通路。
アルドンサの孫は、後に語る。
「アルドンサお祖母様、子どもの頃はリブレ伯爵家の家業に気づかなかったみたいで。乳母の膨らんだスカートから武器と、丸めたお団子ヘアから針金が出てきた時に、とても驚いたみたいです。あと、リブレ家では"血の臭いを子どもに嗅がせないため、(戦闘要員たる)使用人たちは一定の距離を保つ"んですけど、嫌われてると勘違いしてたのだとか。まあ、まさか実家が"国王直属の国防集団"だなんて、想像もしませんよね」
"曽祖父は、娘を血塗られた道に進ませたくなかったようだし、曾祖母は娘の精神成長上、嫌なものは見せたくなかったみたいだし"
当時のアルドンサの環境を、孫はそう評する。
──眼鏡を外して見る世界が、こんなに多彩だったなんて。──
実家の真実を知った後、彼女はそう呟いたという。
武力に、知力と治癒力が加わったリブレ家は、長く栄えたのだった。
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