啾啾鬼哭

Vivo

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1日目

友達

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 自室でようやく一人になることができ、大和は畳敷きの床に座り込んで深く息を吐いた。肩の力が抜けていくようだ。つくづく個性の強い人たちばかりだった。本当にこれからうまくやっていけるだろうか。特に、終始そっけない態度だった百合子や首藤と。
 そして、首藤がこだわりを見せていた「退魔師」の件。隆之や定清は首藤の妄想扱いしていたが、大和には妙にひっかかっていた。自分に2年前以前の記憶がないのは確かだ。ひょっとしたら「退魔師」はその記憶と関わっているかもしれない。仮に神月家を退魔師とすると、退治されるべき「魔」とは一体何を指しているのか?
 明日、同好会の皆がふもとの村でフィールドワークをしている間に、地下室の資料を漁ってみようか。そこに答えがあるかどうかは分からないにしても。
「悩み事が多いようだね、少年」
「えっ?」
 すぐ後ろから響いた声に驚いて振り返ると、頬に人差し指が当たった。
「ひっかっかった」
 悪戯っぽい笑みを浮かべた晶が、いつの間にか背後に回っている。同好会の女子3人の中で最もサイズの大きな胸が、大和の肩下に当たった。
「あ、ああきあらきさん? どっ、どうしてここに?」
「悪い悪い、女子部屋の居心地が微妙でさ。神月クンと遊んでる方が面白そうな気がしたから来ちゃった」
 うろたえて後ずさる大和を楽しげに見ながら、晶が畳の上にあぐらをかく。
「僕と、遊ぶ……?」
「そんな緊張すんなって。ゆっくりお喋りしたいだけだぜ。あと、アキラでいいんだぞ」
「ええと、じゃあ、アキラ……さん」
「なーんか微妙だけどそれでいっか。ともかくさ、気になることがそろそろ溜まってんじゃない?」
「気になること?」
「ぶっちゃけこのサークル、やたらキャラの濃い奴ばかりで全体像掴みづらいだろ」
「まっまぁ、うん……」
「知りたいことがあればあたしが教えたげる。その代わり神月クンのこともいろいろ教えてほしいな、あたしもキミのこと知りたいしさ。ま、理由なんてどうでもいいよ。友達の第一歩はくだらないお喋りってわけ」
「友達」
 普段通っている隣町の学校では居場所がない大和にとって、こんなことを面と向かって言われたのは初めてだった。どんとこい、とばかりに晶は堂々と胸を張っている。なんとなく気恥ずかしくて大和が何も言い出せずにいるうち、また晶の方から口を開いた。
「じゃあさ例えば、神月クンは普段どうして過ごしてんの? 学校は?」
「学校……バスで隣町の学校に通ってる」
「部活とかは無いのか?」
「うん、入ってない……この家でゆっくりしてるのが一番落ち着くんだ」
「へー、思ったより引きこもり体質なんだな。そんなにここが落ち着くかね」
「ひ、引きこもり? そうかな……」
「す……竹下みたいだ。そういやさっき話してた退魔師どうこうって、あれは結局なんだったんだ?」
「僕にも分からない。本当に初耳だったから」
「そりゃそうか。ま、退魔師だろうが太鼓持ちだろうがどうでもいいけどさ」
「あら……アキラさんは、蛇人間や退魔師に興味ないの?」
「んー、正直あんまり。あたしはオカルト自体に関心が持てないな。せいぜいヒマな時に部室に置いてあるホラー映画観るくらい。同好会に入ったのも、単に数合わせで千堂に誘われて、全員同学年のメンバーが面白そうだったからってだけだし」
「でも、活動に出てたら興味が沸いてきたりしない?」
「竹下や黒鷺が面白いって勧めてくる都市伝説をネットや本で調べてみたりはした。けどなんつーかなぁ」
 晶は言葉を探すように床へ目を落とし、手で頭の後ろを掻き始めた。やがて、やや冷淡な調子で話を再開する。
「そういうのって読んでると多少は引き込まれるけど、ちょっとしたきっかけですぐ現実に引き戻されちまうんだよな。所詮、こういう物語の向こうにはそれを考えた人間がいるんだなって思い知らされる」
「きっかけ……例えば、どんなこと?」
「特定の集団に対する語り手の偏見とか、話としての盛り上がりを意識してんのがバレバレの展開とかが目についてさ。特に前者だな。頑張って本当っぽく怖いエピソードをでっち上げる前に、自分自身の歪んだ認識をなんとかしたらどうなんだって思うよ」
 イメージとは裏腹に晶がドライで合理的な考え方をすることに、大和は少なからず驚いていた。
「だからあたしからすると、都市伝説なんつってどう見ても誰かの作り話に決まってるものに、やたら振り回されて真剣に考察してんのはよくわからない。蛇人間だの退魔師だのも、どうせ似たようなものだろ」
「僕はそこまで割り切れない……オカルトって呼ばれてる話でも、実態がどうなっているかはものによるんじゃないかな」
「かもね。ま、どう感じるかは一人ひとりの勝手だ。あたしだって全く興味ないわけじゃないよ、だからこそ入部したの。兼部で、メインは演劇部だけどね」
「演劇部だったんだ、アキラさん」
「ちなみに藤原も元演劇部。人間関係がうまくいかなかったようで、すぐ辞めちまったけどな。あたしが千堂と知り合ったのも演劇部だったんだよ。アイツは入って数か月で幽霊部員になっちまったけどさ」
「隆之くんも演劇部に?」
「ああ。今はココ一本に絞ってるけど、昔はいろんな部活を兼部してたみたいだな。で、やがて千堂は都市伝説同好会を立ち上げて、演劇部にいたころ割と仲の良かったあたしと藤原を誘ったってわけ」
「演劇部と比べて、同好会はどう?」
「そだな、まぁこっちの方が居心地はいいな。この合宿にしたって随分アットホームだし。演劇部は楽しいし充実してるけどたまに雰囲気悪くなる。慕ってくれるヤツがいるのは嬉しいんだけどさ。男の嫉妬も女の嫉妬も本当に勘弁してほしいぜ」
「そ、そうなんだ……ところで、合宿に来なかった同好会の人はいる?」
「いんにゃ、ここに来てる6人で全員。サークル設立当初からの初期メンバーがあたしと藤原と千堂と黒鷺で、後から入ったのが冬部と竹下。あんまし勧誘もしてないからな。学校側から部活として公認もらうには4人いれば十分だったし。そうそう、実はあたし副部長なんだよ。あたしも藤原も千堂も黒鷺を副部長に薦めたんだけど、本人が断るもんだからさ。消去法であたしになった。実際のとこなんにもしてなくて、全部部長任せの名誉職だけど」
「そうなんだ……やっぱり隆之くんが仕切ってるのかな」
「そうだな。千堂はいつの間にかみんなの中心にいるヤツだよ、ちょっとしたカリスマ性かもしんない。神月クンは1年間千堂の実家で一緒に暮らしてたんだろ? どうだった?」
「とっても親切で優しい、お兄さんみたいな人だった。『弟ができたみたいだ』って、いつも僕のそばでいろんなことを教えてくれたんだ。僕がまともに生活できるようになったのは、隆之くんのおかげだよ」
「へー。あたしには千堂本人より生活力高そうに見えるけど」
「そんなことないよ、記憶喪失だったし……。僕が家事をするようになったのも、隆之くんと叔父さんとおばさんに恩返しがしたかったから。この夏休みで、みんなと一緒にこの家に来てくれるって電話で聞いたとき、すごく嬉しかった。昔よりたくましくなってたな」
「ほへー……千堂のことを話してるときのキミ、楽しそう」
「えっ、ええっ? そう……?」
「ほんとほんと、目が輝いてるし弁も冴えてる」
 晶はニヤニヤと笑いながら、いつの間にか身を乗り出していた大和の鼻先を人差し指で軽く突っつく。大和は真っ赤になって混乱気味にぶるぶると頭を振った。
「……ま、こういうとこもアイツの不思議な魅力ってとこか」
「うっ、うん。彼女までできてたし……でも、考えてみれば隆之くんなら当然だ。冬部さんとの仲も良いみたいだし、二人とも幸せそうで羨ましい」
 それを聞いた晶はなぜか目を細め、唇の端を歪めて言い淀んだ。
「お似合い、ねぇ……」
「アキラさんはそう思わないの?」
「いや、うーん、まぁそうだな、お似合いだな! それよりさ、神月クンは……」 
 それから1時間近くに渡って、大和と晶は二人だけで話し続けていた。はじめは緊張と遠慮を隠せなかった大和も、次第にはきはき喋るようになっていく。東京とのテレビ番組の違いの話題に区切りがついたところで、晶が腕時計を見た。
「そろそろあたしは女子部屋に戻るか。あんまし長くお邪魔するのも失礼だし」
「ううん、アキラさんといろんなお話ができて楽しかった。また二人で遊びたいな」
「そう言ってくれると嬉しいぜ。キミとの時間、あたしも楽しかった。また夕食の時にな。じゃ、がんば」
 晶はそう言って大和に親しげなウィンクを投げ、スキップするような足の運びで部屋を出ていった。一人になった大和はまた脱力して座り込み、先程までの会話を頭の中で反芻する。
 唐突に現れて、風のように去っていった新城晶。最初はやや苦手に感じたが、少しずつ彼女のことが分かってきた。悪戯好きなだけではなく、面白くて頼りがいがある人のようだ。これからも仲良くしてほしい。
「これからも……うん。これからも、ね」
 雨の音がずいぶん強くなってきている。ふもとの村までの道は大丈夫だろうか。

――――――――――

 晶が女子部屋に戻って数十分が経過し、落ち着いてきたところで、大和は自室を出て2階の男子部屋へ向かいはじめた。せっかく皆が来ているのにずっと一人で部屋に籠っているのも勿体ない。晶とのお喋りは面白かったし、もっと積極的に皆と交流した方がいいだろう。
 階段を上がったところで、廊下の向こうから歩いてきた定清と目が合う。
「神月君じゃあないか! いいところで会った。少し付き合いたまえ」
 定清はつかつかと歩み寄ると、いきなり大和の二の腕を取った。
「えっ、ええ? 何を……」
「神月君を探していたところだったのだ」
 定清は大和の手を掴みながら強引に引っ張っていく……ちょうど大和が訪れるつもりだった、男子部屋へ。
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