啾啾鬼哭

Vivo

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1日目

都市伝説同好会

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 ピンポーン、という呼び鈴の音がだだっ広く静かな屋敷内に響いた。神月大和は即座に立ち上がり、小走りに自室を出て袴を手で押さえながら玄関へと駆けていく。
「今開けるよ」
 大げさな鍵のかかった扉を開いて姿を現した屋敷の主に、門前で待っていた高校生たちの様々な視線が集中する。隆之とは全く似ていない小柄で中性的な顔つきの大和を興味深げに見る女子もいれば、全く無関心な様子で手元のスマートフォンから目を移さずにいる男子もいた。
「おー大和、元気にしてたか」
 男女6人の先頭に立つ千堂隆之が破顔し、手を振った。顔を合わせるのは1年ぶりの、気さくで頼れる数少ない親族に大和も笑いかける。千堂隆之……彼こそ裏紙高校都市伝説同好会の部長であり、大和のいとこでもある。そしてこの合宿の立役者だ。
「おいみんな、ここにいるハンサム君が神月大和だ。大事な俺のいとこさ。これから四日間ずっとお世話になるんだから失礼のないように頼むぜ」
「何!? ハンサムだと?」
「へー、キミが千堂の……ふーん」
 列の後ろからギャル風の外見をした女子がひょっこり顔を出し、好奇心に満ちた目で大和をじろじろと観察する。
「神月大和です。はじめまして」
 大和は少し緊張気味にぺこぺこと頭を垂れる。都市伝説同好会の面々はみな夏休みらしいラフな格好をしており、和装の自分がいきなり浮いてしまったように思えてやや落ち着かなかった。
「よろしくお願いします。冬部千春だよ」
 千堂の隣にいた清楚そうな白いワンピースの女子が、誰よりも早く丁寧なお辞儀と挨拶を返す。大和は顔を上げた。冬部千春ということはこの子が隆之くんの彼女か、と内心納得する。
「自己紹介は腰を落ち着けてからにしない? いいかげん足が棒になりそうだわ」
 流れるような黒髪で背の高い少女がやや不機嫌そうに言った。田舎の山間にぽつんと立ったこの古い日本家屋風の屋敷からふもとの村まで、徒歩で20分以上も要するのだ。隣町から通っているバスはふもとの村の端までしか運んでくれず、村でもそれなりに歩く必要がある。ここで一人暮らしを始めて1年になる大和はそんな環境にすっかり慣れきっていたが、都会っ子たちの顔には疲労が滲み出ていた。
「それもそうだな。大和、家ン中の案内頼んでいいか」
「うん、もちろん」
「そんじゃお邪魔させてもらうぜ」
 同好会の面々が続々と玄関を上がり、大和の導きで廊下から広間へと流れていく。純和風の作りとはどこか違った雰囲気で、そこはかとなく木の匂いが漂う年期の入った屋敷の内装を、何人かは感嘆の息をついて眺め回しながら歩いている。天井や足下に設置された洋式の照明器具やインテリアと、列を成して壁に掛かっている狐のお面や江戸時代に描かれたと思わしき妖怪の墨絵が、混沌として同じ空間に溶け込んでいた。
「クフッ……地味にここ電波入ってる、チカラ。でも今日の引きはねこちゃんまんスク水、微妙。水着ときたら競泳一択だろ常考」
 そんな中、少し痩せていて縁なしの眼鏡をかけている男子は、大和にも屋敷にもほとんど関心を示さずひたすらスマートフォンの操作を続けながら、ブツブツと蚊の鳴くような小声でソーシャルゲームの進行状況を呟いていた。大和は自分が何かこの男子の気に障ることをしてしまったのだろうかと不安になったが、結局それを確かめる前に広間へ到着してしまった。
 中央に四角テーブルの置かれた畳敷きの広間は開放的な空間になっており、入り口になっている襖の向かい側、奥の壁には「一期一会」の掛け軸がある。同好会の面々は荷物を隅に放り、座布団に腰を下ろしてくつろぎ始めた。大和が焙じ茶を出そうとしたところで、隆之に肩を軽くポンと叩かれる。
「お茶は俺が淹れるよ。みんな、一人ずつ大和と自己紹介しててくれ」
 3人の部員が大和の方を振り向いた。表情が楽しげでスタイルがよく活発そうな金髪セミロングの少女、カッと目を見開いて大和を凝視する銀髪オールバックに極彩色コートのやや老けた男子、そして栗色のショートカットにフェミニンなワンピースで優しげな微笑を浮かべた冬部千春。大和は慌てて手近な座布団の上に正座した。
「あたしは新城晶。裏紙高校2年D組あらきあきら。覚えにくいよな。アキラでいいぞ」
テーブルを隔てて大和の向かい側に座っているギャル風の金髪女子……新城晶が口火を切った。
「ええと……改めて、僕は神月大和です」
「ですますは要らないって。16歳だろ? あたしたち全員高2で歳ほとんど違わないし、タメ口でいいんだぜ。ホラ、やり直し!」
「う、うん。神月大和……って言うんだ。よろしく」
「よろしく。アキラでいいからな。足も崩しなよ」
 晶に言われ、大和は硬い表情と足を崩すようにしてあぐらをかいた。大和の境遇や隆之との関係については、ここへ来る前に隆之があらかじめ同好会の面々に概略を話していたのだ。神月大和16歳。一昨年から去年までの一年間、東京在住の叔父……すなわち隆之の父のもと千堂家で暮らしていた。だが叔父と隆之の反対を押し切り、去年からは田舎に戻ってこの山間の屋敷で一人暮らしをしている。両親はおらず、一昨年より以前の記憶が判然としないらしい。隆之は部員たちにそれ以上の説明をせず、彼らもいかにも複雑そうな家庭の事情へあえて立ち入ろうとはしなかった。
「さっき挨拶したけれど、冬部千春だよ。改めてよろしくね、神月くん!」
「ハンサム……すなわちイケメン。イケメンの自覚があるのならもっとニカッと笑いたまえ神月君。イケメンは常に歯並びの良さを見せつけているものだ」
 奇抜な服装の男子が尊大に言い放った。大和は彼の言葉の意味がよく分からず、そのままの表情でわずかに首をかしげる。
「ああ、申し遅れた。僕は……ふむ。さて、僕はなんという名前だっただろうか。当ててみたまえ、神月君」
「えっ……えっ?」
「僕をよく見たまえ。このイケメンフェイスとイケメンコーディネートから、僕のイケメンフルネームを推理してみろと言っているのだ」
 銀髪オールバック男子の大きな額が天井の光を反射する。大和は返答に窮しておろおろと目を泳がせた。千春は苦笑気味で、晶は「また始まった」とでも言いたげな呆れ顔をしている。
「ヒントをあげよう、漢字四文字だ。この国の歴史を……つまり、イケメンの栄光の歴史を感じさせてくれる名前さ。さぁ神月君! 君のイケメン洞察力を試させてもらうぞ」
「……あ、在原業平? 直江兼続とか?」
「おいおい、僕をガッカリさせないでくれよ。業平はまだいい。よりによって直江? 愛だと? センスのないチョイスにも程がある。いいかい、この世にあって大事なものは『愛』なんかじゃないんだ。もちろん『勇気』でもないし、『金』でもなければ『絆』でもない。では何かって? もちろんそれは『容姿』さ。恵まれた容姿があってはじめて愛も勇気も金も絆も後からついて来る。ブサイクとは何も『持たざる者』のことなんだ。悲しいね。だが君は『持たざる者』ではないのだろう? それなのにこんなことも理解していないようでは先が思いやられる」
「初対面でいきなり意味不明な無茶ぶりと演説はやめような、藤原定清」
「ああーッ! なぜバラしてしまうんだ新城君、これでは神月君のイケメンポテンシャルを判断できないじゃあないか!」
「そうかすまねーな藤原定清。そういうわけでイケメンネーム神月クン、こいつの自称イケメンフルネームは藤原定清だ。まぁこんなヤツだけどよろしく頼むぜ」
「自称ではないッ! 万人が認める事実じゃあないか!」
 芝居がかった話し方をする男子……藤原定清を、慣れた様子であしらいながら晶が本人に代わって大和に紹介する。
「ともかく神月君。いつか僕のイケメンメイクアップスキルならびにイケメンコーディネートスキルを君で試させてもらうぞ。君は僕のようなタイプのイケメンとは異なる女性的な顔立ちだが、千堂部長の言った通りハンサムボーイには違いない。及第点……いや、それどころか僕にとっても新境地だ。共にイケメンロードを究めていこうじゃないか」
「う、うん」
 一方的にまくし立てる定清の勢いに呑まれ、大和は曖昧にうなずいた。定清は親指でゴーサインを作り、並びの整った真っ白な歯をアピールしながら笑った。
「おーい、お前らも神月クンに自己紹介しろよー」
 自己紹介に参加しようとせず少し離れた位置で思い思いに過ごしている二人に、晶が呼び掛ける。たまにテレビのCMで流れている旋律を口ずさみながら、相変わらず画面に向かい続けているキリっとした眼鏡の男子と、持参した本を読んでいる黒髪ストレートのスレンダー女子。男子は聞こえないふりをしたが、女子の方は持っていた本をぱたんと閉じた。
「黒鷺百合子よ。よろしく」
 それ以上の会話は不要とばかりに短くぴしゃりと言い切ると、間髪入れず手荷物から新しい本を取り出し、ページをめくり始める。百合子の刺々しく近寄りがたい雰囲気に大和が声をかけられずにいると、千春が口を挟んできた。
「もー、ゆりは愛想なさすぎ。せっかく神月くんがいるんだから、みんなでお話しようよ」
「疲れたから無駄な会話はしたくないわ。千春だってそうでしょう、私よりずっとバテているはずよ」
「そんなことないよ、わたしだってゆりを見習って体力つけようとしてるもん!」
「体力をつけようとしているだけで実際についてはいないのね、汗ダラダラよ。無理する必要はないと思うわ」
「そ、そんなことないもん。1週間前からずっと朝早く起きてストレッチしてるんだから」
「同じセリフを1か月前にも聞いた覚えがあるわね」
「そ、それはきっとわたしじゃなくてわたしのそっくりさんだよ」
「あっそう。それにしても、千春のそっくりさんな女の子はどうして体力が必要になったのかしらね」
 大和そっちのけで雑談を始めてしまった千春と百合子を見て、首藤がやれやれと肩をすくめる。同時に、席を立っていた晶が、整った黒髪に眼鏡の男子を無理やり引っ張ってきた。
「神月クンにレッツあいさつ」
「TL遡ってる最中だったのに。あー、人生はクソゲー」
「あ・い・さ・つ!」
「漏れは竹下首藤です。よろしくお願いします。おわり」
 百合子以上に投げやりな調子で名乗った首藤に、沸かしたばかりのほうじ茶が入った湯呑みを隆之が手渡す。その場の全員に焙じ茶を配って回った後、隆之は大和に囁きかけた。
「どうだ大和、こいつらと馴染めそうか」
「うっうん、たぶん大丈夫……」
 このメンバーを、特に男子たちを部長としてまとめられる隆之くんは相当すごい。大和は内心そう思ったが、口には出さなかった。
「よっしそんじゃ落ち着いてきたことだしブリーフィングといくか。お前ら、ちゅーもーく」
 隆之は広間の中心の席に陣取り、やや声を張り上げた。部員たちが静かになったのを見計らって、これからの予定に関する話を切り出す。
「みんな知っての通り、今回の合宿は三泊。その間ずっとこの屋敷に泊まらせてもらう。今日はもうずっとここで休むことにするが、明日から日中はふもとの村に降りて実地調査だ。主に村人への聞き込みや怪しいスポット・核心に迫る資料探し。忙しくなるぞ」
「実地調査か。ふむ、興味深いね。ところで、僕達がするのは何の実地調査だったかな」
「おいおい藤原、今までさんざん話をしただろ。もう忘れたのか?」
「『蛇人間』の言い伝えのことだよね。例の都市伝説。わたし気付いちゃったんだけど、都会じゃないのに都市伝説って言うんだね。なんだか変な感じだなぁ」
「伝わっている地域が都市部であろうと田舎であろうと、近代以降に普及した口承は都市伝説に分類されるわ」
 この集まりが「都市伝説同好会」の合宿であることを思い出し、大和は不思議な気分になった。部員たちの様子からしてあまりそうは見えないが、一応はオカルト研究サークルであり、夏休みの合宿としてこの寂れた田舎の山間に来ているのだ。偶然にもふもとの村にお誂え向きの怪しい伝承があり、合宿先の候補の一つになったため、隆之が部員たちと大和の双方に提案し、神月屋敷を宿にして「蛇人間」のフィールドワークをすることが決まった。そして今に至る。
「そうだ、思い出したよ蛇人間! 心がブサイクな者の前にしか現れない、スネイクフェイスの殺人鬼のことだな」
「黒衣にすっぽり身を包んだ謎の人物。悪人の前にしか現れない。通常ではありえない死に方をもたらす。それが『蛇人間』ね。顔が蛇になっているとも、口から蛇が出てくるとも伝えられているわ」
「なんというブスネイクだ。恐ろしいものだね。それで、通常ではありえない死に方とはなんだったかな」
「『蛇人間』と遭遇しその赤く鋭いまなこで睨まれた者は、恐怖のあまり体に変調をきたしてしまう。そして体内のバランスが一瞬で崩れ、臓器や骨が破裂し、苦しむ間もなく死ぬ。言い伝えではそういうことになっているわね」
「そ、そうなのかい……」
「実際に『蛇人間』に殺されたとされている死体の写真が存在しているわ。体内の激しい損傷のせいで吐血しているけど、外傷はないからぱっと見は毒殺死体にも見えるわね。でも司法解剖の結果、毒物は検出されなかったそうよ。見る? 死体写真」
「ぼ、僕は遠慮しておくよ。イケメンスマイルが作れなくなりそうだからね」
「わたしも、前に見せてもらったとき少し気分が悪くなっちゃったから……」
 百合子が淡々と滑らかに語る物騒な内容に、定清と千春はやや腰が引けている。
「そう。じゃあ別にいいわ、以前の会合で千堂や竹下には見せたものね。……あなたは? 見たい? それとももう見たことあるかしら」
 唐突に百合子が大和へ水を向けた。大和は思わずどぎまぎしてしまう。
「え、ええと……今は遠慮しておきます」
 毎日村と屋敷を往復する大和でも蛇人間の詳しい話を聞いたことはなく、蛇人間という名称と殺人鬼だという特徴を知っているにとどまる。死体写真が存在するなど思いもしなかった。ほとんどの村人は、同好会の部員たちが期待しているほど蛇人間への高い関心を持ってはいないのだ。
「さすがにあれは俺でもキツかったぞ……すき好んで見たくはないな」
「写真が残っているからこそ、わざわざフィールドワークをする価値があるんでしょう。言い出したのは千堂じゃない」
「それもそうだな。にしても、ネーミングと外見の割に悪人しか殺さないってのが不思議っちゃ不思議だ。勧善懲悪を通り越してほとんど義賊じゃないか、そういうのあまり聞かないからさ。だから殺されてない蛇人間の目撃者がいるってことになってんのかもな」
「確かにその点は興味深いわね。蛇が関わってくる都市伝説はそれなりに多いけれど、こういうタイプは少ないわ。蛇の怪異といえば上半身が腕六本の人間の女性、下半身が大蛇という『姦姦蛇螺』なんかが有名よね」
「黒鷺お前、ほんとオカルトの話だといきなり饒舌になるよな」
 不意に晶が呟いた。百合子は少しムッとした様子で晶を睨む。
「オカルトサークルなんだから当然じゃない。何が悪いの?」
「それがゆりの個性だもん、むしろかっこいいと思うな。わたしは調べてるうちに時々怖くなっちゃうけど……」
「そうだぞ。新城や藤原も黒鷺を見習って、もっと積極的に活動に貢献すべきだ。ただ部室に来てホラー映画を観て遊んで帰るだけじゃダメだぞ」
「へいへい」
 普段の活動態度をたしなめられても晶は涼しい顔をしている。部員の半分は明らかにオカルトへの興味が薄いことに大和は気付いた。百合子や隆之はともかく、定清と晶と千春は活動に積極的なように見えない。全体としてオカルトマニアのサークルという雰囲気ではなかったのも納得だ。だとしたらどうして入部したのだろうか?
「ところでゆり、蛇人間が出るのってこのあたりだけなのかな」
「出るかどうかなんて知らないけれど、蛇人間にやられたとされる変死体の目撃談なら、この地域だけじゃなくて日本中のあちこちで伝えられているわ。そのためか、蛇人間から派生したいろんな都市伝説が各地にあるようね」
「ふもとの村だけじゃなかったんですか?」
 大和が口を挟んだ。これも初耳だ。
「ええ。肝心の蛇人間の容貌について諸説あるのも、地域によって伝えられている姿が異なるからよ。ただし……黒衣を纏っている、悪人しか遭遇しない、遭遇した人間の体内を破壊して死に至らしめる。この三点は共通しているわ」
「そういや、神月クンはここに住んでるんだし何か知ってたりするんじゃ? その蛇人間について詳しいことをさ」
「僕は名前くらいしか知らなかったよ。みんなの方がよく調べてると思う」
「ふーん。ま、そんなもんだよな」
「そのことなんだけど」
 全員が一斉に声の方を振り向いた。それまでずっと会話に参加せず、俯いてスマートフォンの操作に没頭していたはずの竹下首藤だ。
「神月大和、君さ、おたくのことを『退魔師』だってネットに書きこんでる人がいるの知ってる?」
「えっ……? 退魔師?」
「ある無名オカルトブログの蛇人間について書かれた記事のコメント欄に、神月家を名指しして『退魔師』と呼んでる自称村人がいんの。誰も反応してないけど。ここに来て分かったんだけど、少なくとも神月家は実在していて、クフッ、しかもちょっとワケありだよね。例の村と中途半端に距離があるし、周りに家も建ってないしさ」
 喋り始めるや否や早口でまくし立てる首藤の様子に、全員が目を丸くしていた。
「何よそれ、退魔師? 私たちもそんなの聞いてないわ」
「そのブログ昨日見つけたばっかだから。で、一応聞くけど、『退魔師』が何を指しているか心当たりはある?」
 首藤は無表情のまま、しかし真っ直ぐに大和を見据えて問いかけた。
「ごめん、なんにもない……『退魔師』なんて聞いたことない」
「本当? そのコメ欄には、『神月家の人間が自分から退魔師と名乗った』って書いてあるんだけど、誰かから言われたことないの?」
「ううん、やっぱり知らないよ」
言ってから、得体の知れない違和感が大和を襲った。退魔師。どこかで聞いたことがあるような。いつだったか、ずっと前に誰かが何回もその言葉を……。
「この屋敷に、何か手掛かりは……」
「おいおい、いい加減そのくらいにしとけよ竹下。大和が困ってるぞ。本人が否定してんのにあまりしつこく問い詰めるもんじゃない」
 首藤を咎めるように隆之が口を挟む。その表情は、心なしか少し強張っているように大和には見えた。
「だいたい、その書き込みをしたのって一人だけで、しかも誰も反応を返さなかったんだろ。そんなのをいちいち本気にするなよ」
「あっそ。部長がそんなに言うなら別に」
 そっけなく言うと、首藤はあっさり引き下がった。そしてスマートフォンの操作を再開する。
「た、竹下?」
「さて今回の月末ガチャは……チカラ。きつねこちゃん最高、クフッ」
「いつもの竹下くんに戻っちゃった……」
「退魔師って、竹下君の大好きな犯罪的二次元アダルトパソコンゲームによく出てくる怪しい職業だろう? ひょっとして、よからぬ妄想と現実を一緒にしてしまったんじゃあないかい」
「藤原も詳しいんだな、二次元アサルトパンパンなんとかのこと」
「ちっ違う! 新城君、勘違いしないでもらいたい! 別に僕自身、二次元アダルトパソコンゲームが好きでハマっているわけじゃあない。ただ、二次元キャラクター風メイクやコーディネートは参考になるかもしれないと思ったから、時おり竹下君に借りているだけだッ」
「し、知らなかったぞそれ」
「それこそ実地調査で聞くべきことかもしれないけれど、『退魔師』はちょっと突拍子もなさすぎるわね。そんな噂が『蛇人間』とは別にこの地域にあるっていうの? 聞いたことがないわ」
「もういいよその話は、ブリーフィングはこんなとこでいいだろ。それよりそろそろ移動しようぜ。大和、俺たちの部屋を用意してくれたんだろ?」
「うん、2階の空き部屋。準備ばっちりだよ」
「んじゃお喋りはいったんやめだ」
 隆之に促され、大和も部員たちも座布団から立ち上がる。大和が部員たちの先に立って広間を後にし、上り階段の方へと廊下を歩き出した。
 ふと窓の外へと目を向ける。まだ夕方のはずなのにずいぶん暗くなっていた。今夜は大雨の予報だ。
「この屋敷、地下があんの?」
 また首藤が大和に話しかけてきた。彼の視線は、廊下の角にある下り階段に向いている。
「あるけど、地下室には鍵がかかってるよ」
「何があんの?」
「僕もほとんど入ったことがないけど、確か……。そうだ、神月家の代々の当主が残した書籍や資料があった気がする」
「後で入っていい?」
「うーん……ぜんぜん整理してないし、埃だらけだと思う。ちょっと困るかな」
「そう」
 今度は首藤もそれほどしつこく訊いてこなかった。大和は訝る。首藤はどうしてこの家のことにここまで関心を示してくるのだろう。それとも、おかしいのは自分の方なのか? 神月家と何の接点もない首藤がしてきた今までの質問に、まるっきりまともに答えられなかった。自分が何者なのか全く知らないし、知ろうともしていない。
「おい大和、どこ行くんだ?」
「……ああっ、ごめん!」
 考えごとをしながら歩いていたら、いつの間にか上り階段の前を通り過ぎていた。大和の後ろにいた皆は、階段の傍で足を止めて笑いをこらえている。
「神月クンったら、あざといなァ」
「わ、わざとじゃないよ!」
 慌てて階段の方へ戻り、赤くなった顔を隠しながら2階の廊下に上がって、部員たちを空き部屋へと案内していく。屋敷の2階には八畳間の空き部屋が二部屋もあったので、掃除と整理をして客室代わりにしているのだ。以前は誰かの居室だったのかもしれないが、大和が初めて足を踏み入れた際、生活の痕跡はほとんど確認できなかった。
「手前が男子部屋で、隣が女子部屋だよ」
「おー、ずいぶん広いじゃん。旅館みたいだ」
「畳敷きの部屋もいいものだね。オリエンタルハンサムの息遣いを感じるよ」
 部屋を見回している部員たちのおおむね好意的な反応を見て、大和は少し安心する。
「部屋の移動は構わないが、寝る時は自分の部屋に戻ること。風呂は一人ずつ交替で入る。全員、11時には就寝だ」
「食事はどういう予定なの?」
「夕食の時間になったら広間に集合。味は俺が保証するぜ、なんたって大和が作ってくれるんだからな」
「神月クンが夕食を? ひょー、こりゃ楽しみだわ」
「うん。みんなの口に合うかどうか分からないけど、頑張ってみる」
 大和はしっかりとうなずいた。料理はそれなりに自信のある数少ない分野だ。千堂家にいた頃は趣味としてよく手料理を振る舞っていたし、隆之にも隆之の両親にも好評だった。
「わたしも手伝ったほうがいいかな?」
「大丈夫、もう仕込みは済んでるから」
「楽しみにしてるね、神月くん!」
「う、うん。それじゃ、またあとで」
 明日からは千春にも手を貸してもらった方が無難そうだ。ともかく、夕食までは各自好きに過ごすことになっている。ひとまず1階の自室に戻って休むことにした。

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