カイイユウギ

Haganed

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予期せぬ始まり

Hide or Touchの決定戦

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 人1人を抱えつつ後ろを振り返って晴彦がついて来ていることを確認しながらとあるアパートに到着し、南京錠を2本のレンチを使って破壊したあと屋上へと上がった。疲弊状態の晴彦と錯乱状態からある程度回復した宮崎梨愛の2人を休ませると、康平は持ってきた手提げ鞄からバードウォッチング用に買ってもらった双眼鏡を使用してバケモノの姿を探す。そして蠢いている肉々しい何かを目撃するとすぐに双眼鏡から目を離しある程度の位置を把握すると、2人の元へと駆け寄って視線を合わせるためにしゃがんだ。


「ひとまずここなら暫く時間は稼げる、見つからないように後で向こう側に移動して。」


 先程バケモノを見つけた方向とは逆向きの場所を指さし、2人とも頷いて答えると次に宮崎の方へと顔を向け彼女にここに来た経緯を訊ねた。


「分かんない……分かんないわよ……! 今日は家のベッドで横になってただけなのに、なんでまたここに……外にだって学校以外出てないのに!」

「……その発言は信じるけど、一応確認のために聞かせて。本当に学校以外で外には出てないんだね?」

「そうよ! なのに、なのに……。」


 泣きっ面に蜂といわんばかりの状況である彼女の目から涙が流れる。彼女からしてみれば何故と言う他ないのだから、こうなっても仕方の無いことだろう。彼女の弁を聞き届けた康平は手提げ鞄からハンカチとポケットティッシュを取り出しそれを差し出す、色々と考えることもやる事もあるが何よりも先ず目の前の涙を止めることが先決としたが故の行いだった。それを受け取った彼女は涙を拭きティッシュで鼻をかみ、多少の落ち着きを取り戻したところで康平は2人に自身の考えを話し始めた。


「2人とも聞いて。休みの日に色々と調べて、あのバケモノに勝つ方法が見つかった。僕はこのままその方法を実行しに行く。」

「はっ?」

「今日の昼も聞いたけど、本当にできるの?」

「ちょっ、ちょっと待ちなさい! あんなバケモノに勝つ? 出来るわけない!」

「出来る方法を見つけたからそう言ってる。それに単にバケモノから逃げるだけなら打つ手は無かったけど、相手がかくれんぼをしているのなら話は別だ。」


 話が見えてこない2人は何の事か分からぬ様子であったが、鞄から取り出した物を見ると驚愕の表情へと変わる。出てきたものは先程使用したレンチ2本とは別にバールと折り畳まれたゴム製の手袋と何かに加え、何かの液体と唐辛子が数本入ったペットボトルとビニール紐、最後に折り畳まれた布製の何かと手提げ鞄から小さめの肩掛け鞄を取り出し先程のそれらと双眼鏡を中へ詰めたあと、肩にかけ体に密着するように長さを調整して準備は完了した。


「かくれんぼの勝利条件は至ってシンプル。鬼側は全員見つけること、僕らは見つからないように隠れて鬼が諦めるか制限時間が過ぎても見つからなければ良い。ただ諦めて解放されるのは得策じゃないから、今回の場合だと制限時間の超過しか選択肢は無い。」

「何で? あのバケモノが捜すのを止めたら解放されるんでしょ、そっちの方が安全じゃない!」

「あのバケモノが簡単に諦めるようなヤツに見える? 諦めて解放されるまでこの世界で過ごせる? 僕には無理だ。」

「じゃあ、どうやって時間を計るっていうのよ?! それこそ時間も分からないのに制限時間なんて何で判断すれば良いのよ?!」

「悪いけどもう行くよ、説明してる時間が惜しい。晴彦君は宮崎さんと一緒に屋上から降りないで、あのバケモノは僕が引き付ける。」

「……本当にやるんだね、康平君。」


 何も言わず晴彦に向けてただ頷いたあと、康平は屋上から降りてあのバケモノとのかくれんぼを終わらせに行く。康平に向けて叫び散らす彼女を他所に少しして屋上から康平の走っている姿が確認されると、どうしようもない不安を抱えたままそれを表に出すことなく飲み込んだ彼は待つ事しかない自分の状況に腹立たしくも思った。



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 肉を引き摺るような音を伴いながら移動しているバケモノはその軌跡を自らの肉体から漏れ出る血によって描いていた。目玉が埋め込まれているはずの肉体から紐状の何かを伴って幾十もの目玉が浮かんでいて、周囲を確認するように広がり監視の目を広げており絶対に逃す気は無いといわんばかりにあった。

 風が吹くこともなく、空模様が移り変わることもないこの空間であったがただ1つバケモノは何かが変わったことに直感で気付いていた。それが何なのかは未だ預かり知らぬことではあったものの頭の片隅にも置く必要のない事だとして隠れた人間を探すために彷徨うろつく、監視の目も出して反応があればそこに向かって全員見つけて、かくれんぼに勝つだけなのだから。本能ではない何かに強く押されながら少女だったものは機械的にそう動き続ける。

 そうして肉とコンクリート地面の摩擦によって不快な音を発しながら移動していると目の反応が確認された、小刻みに動き続けている何かを見つけたようで早速そちらの方へと向かって行く。ずるずると肉を引き摺っているにしては俊敏で追いかけられれば簡単に捕まるぐらいの速度を出していた、目から送られてくる対象の動きは未だに小刻みに動き続けるのみ。隠れる様子もなく簡単に捕えられる、呆気なく1人が脱落すると思っていたが到着して大きな目玉で見た先にあったのは秒針が動き続けている壁掛け時計であった。

 人では無いものがこの世界で動いている、一体何故なのだろうかと考えはしたもののすぐに考えることを止め右腕をそれに乗せて破壊するとその場から去り始めていく。少しばかり移動しているとまた目玉から反応がやって来て、何かが移動しているらしく早速その場所へと向かっていると途中から少しずつぬめりを感じ始めたところで動きを止めた。この辺りは何度も通ったことはあるがこのような滑りは初めてであった、気になっているのは確かであるのだが目玉からの反応を優先することにして力の加わりにくさを味わいながらも反応のある場所へと移動していく。

 反応のある場所まで向かっているとバケモノは坂に差し掛かる、反応もこの近くらしく登ろうと試みた。滑りによって進みにくいものの道路にある若干の凹凸に手をかけることで支障なく登ることが出来たが、坂の頂上に近付いたところで何かがやって来ていることに気付く。細長いビニール紐を伝ってこの世界に似つかわしくない火がすぐそこまで迫ってきていた、そして火がバケモノの元まで辿り着く。

 直後、絶叫。火種は炎と変貌しバケモノに付着したものと道路に流れた油によって燃え広がっていき、一帯がバケモノを巻き込んで炎の絨毯を作り上げていた。炎に包まれながら悶え苦しみ登ってきた坂を転がり落ちていったバケモノはそのまま絶叫しながら暴れ狂う。火を消そうと転がるも油が全身に回るため炎の勢いは止めどなく、更に暴れることで周りの建造物に被害が出始めている始末。無作為な破壊を繰り返し────唐突に火は消えた。そして自身に付着した油が全て離れ、周囲の建造物に火が燃え移っていく。

  バケモノの肉体から紫色の瘴気が漏れ出ていることから、何かしら超常的な力が働いたことは明瞭であるだろう。先程の行いへの報復行為なのか、バケモノは二足歩行となり全身から目玉を領域一帯に伸ばし始めた。絶対に逃さない意志を感じられるような理不尽さをまざまざと見せつけているようにいたバケモノは飛ばした目玉から1つの動く何かを発見したことを知り、また地面に這いつくばってそちらへ移動しようとした途端に痛みと共にその目玉との接続が切れた。


【ヤ゙ア゙ア゙ア゙ァ゙ア゙?!】


 目玉と接続していた紐状の何かを戻してみれば途中で何かに切られたような痕跡が見受けられる、すぐに目玉の方は再生したがバケモノは怒り心頭になり全ての目玉を総動員させ先程目玉を切断された場所の付近に動かし自身も這いつくばった姿勢のまま四肢を素早く、力強く躍動させるよう動かしながら移動していく。その速さたること車に近しくあったもののバケモノが到着した時には既に逃げられており姿は無かったが、目玉の幾つかは動いている何かを追いかけているためその場を通り過ぎていった。

 目玉を頼りに進んで行った先はバケモノがかつて少女だった頃に遊び場として使用していた森林公園、この場所まで誘われたかのようであったがバケモノがそれに気付くことは無く手当たり次第に動いている何かに狙いを定めその場所まで向かった。かつて通っていた並木道、無邪気に遊び楽しんでいた公園の遊具、それらを無視してただ目標を追いかけ続けるさまは人間の面影など何処にも無くおぞましく変わり果てたナニカとなった証左として現れていた。

 動き続ける何かを追いかけ木々が密集した場所を通ったところで、バケモノは追いかけさせていた自身の目玉が付属している紐状の何かが絡まって動きを止めているのを発見した。動いている何かに対する反応だけはあるみたいだが絡まって動けなくなっている、行動するのに不便では無いものの自由に目玉を飛ばすことが出来ないのならば捜すのに手間がかかるため、自らの手で目玉に付いている紐状の何かを切り落とす。

 バケモノの苦悶の叫びが辺りに木霊し、その代わり目玉はまた復活しそれらを肉体に収めるとバケモノは目玉を出さぬまま探し始めていく。木々の間を四肢を使って滑らかに移動し、大きな目玉と肉に埋め込まれた状態の複数の目玉で捜し続ける。隠れている者を見つけ、勝つことこそがこのバケモノを動かし続ける呪いとして機能していた。しかし一向に何かが動く気配など無く、強いて動いているものを挙げるなら自身の肉体に当たる木々や草などでありそれ以外は全く見当たらない。

 とはいえバケモノは目玉の反応を追いかけてここまでやって来た、今更戻って別の人間を捜す選択肢を取るつもりも無かった。そんな中、バケモノの真上にある幾つかの目玉が何かが動く反応を捉えた。それを元に動いていき示された場所に到着し大きな目玉を上へと向けたところで上から何かの液体が降ってきた。その液体が大きな目玉に当たると、次の瞬間バケモノは2度目の絶叫を響かせる。地面に数本の唐辛子が落ちたが、それに気を向けられるほどの余裕は無くなっていた。

 大きな目玉はその肉体で覆い被さりバケモノの視界は機能しなくなったが、勢いで肉体に埋め込まれた目玉の全てを外に放出させ監視の目を広げようとした。だが暴れに暴れて木々にぶつかり倒木させていき、倒れていく一連の流れに目玉たちは注目する始末。これでは見つけることさえ不可能となり、遂にはバケモノの動きが止まった。大きな目玉に耐え難い苦痛が与えられ監視の目として広げた目玉さえ上手く機能しなくなり、気付けばかなりの時間がその場で経過していた。

 ようやく痛みが引きかけていたところに、監視の目玉が何かが動いた反応を示した。目玉たちはずっと動いた何かの周りを浮遊しながら見ており、バケモノも肉体で覆い被された目を外気へと出し目玉たちが見ている何かがある場所を見た。バケモノから近い場所にあったそれは、女児向けアニメの絵がプリントされたオモチャの腕時計。そして画面に表示されている時間は16:59を示していて、すぐに17:00に切り替わるとその腕時計からアラームが鳴った。そこでバケモノはかつての記憶を思い出す。

 もう、帰る時間だ。見つかってないのも居るけど家に帰らなきゃ、とそう思った理由も思い出せないままバケモノはその腕時計と共に薄らと消えかけていく──そのタイミングを狙い済ましていたかのように、どこかで葉っぱが舞い上がり向かってくる誰かが居た。




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 前日、日曜日に駈剛は康平へ向けてあのバケモノを倒す説明をしていた。聞いていて突拍子もない事ばかりであったが、その方法でなければ今の2人が敵う相手では無いと念頭に押されたため彼は信じるしか無かった。


(ではあのバケモノの倒し方についてだが、まずはアレのかくれんぼに勝て。負けたと向こうが判断して消えようとするところで、お前はバケモノに触れろ。)

「触れるとどうなる?」

(領域の権限が俺様に移る。敗北という事実を突きつけ、アレが負けを認めると隙が生まれるのでな。その隙を狙って俺様がアレを領域に閉じ込める、勝負方法もそのルールも変えてな。)

「それとなく想像は付くけど、一応聞いとくよ。駈剛は何の勝負で挑むんだ?」

(分かっているなら答えられるだろう?)


 鼻笑いをしてそう言った駈剛であったが、すぐに自身から答え始めた。


(俺様の姿から想像される勝負方法など、1つに決まっているのだからな。)

「だよね。で、駈剛の領域になったら僕はお役御免?」

(いいや、残念だがまだ働いてもらうぞ。言ったはずだ、俺様とお前で解決に導かねばならないとな。)

「……具体的には何をするつもり?」

(今説明してやる。まずは領域に閉じ込めてからだがな────)


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 遠くの草木の中で同じ植生の木々や草などを取り付けた網のような布、簡易型ギリースーツを脱ぎ捨ててバケモノへと近付きその消えそうな肉体に康平は触れた。


「駈剛!」

(応よォッ!)


 直後、バケモノの肉体と触れている手の間から青紫色の何かがこの領域の全てを支配した。消えかけていたバケモノがハッキリした姿をとったところで康平はすぐに離れて間隔を空け、バケモノと顔合わせする。あまりにも常識離れした醜悪な姿を見て顔を歪ませたが、駈剛が出現し地に足を着けたことでそちらへ意識が向いた。同時にバケモノの方も現れた駈剛の姿を見て若干後ずさった。


「っぁあー! 久方ぶりの娑婆の空気だなぁ!」

「娑婆って……え、あっちも見えてるの?」

「領域内なら俺様も肉体を伴って現れる事が出来るからな。あー少し待て、準備運動するからな。」

「いや駈剛は要らないでしょ。というか必要なの僕じゃん、あーもう準備運動しなきゃ。」

「お前こそ要らないだろう、先程まで動き回っていた癖に。」

「動かすの駈剛なんだから多少の無茶が出来るようにしないと不味いでしょうが。」


 唐突に康平と駈剛の会話と準備運動が始まり、一体何を見せられているのだろうかと困惑していたバケモノは、ふっと我に返って康平に向かって突撃しようと飛びかかる──前にいつの間にかバケモノの目の前に移動していた駈剛によって片手で止められた為、殺すことは叶わなかった。


「全く、節操のない奴め。犬でも“待て”ぐらいは出来るぞ。とはいえさっさと事を進めたいのは此方も同じなのでな、今からやる事を説明してやるから有り難く耳かっぽじって聞け。」


 ふわりと浮かぶように後ろへ跳んだ駈剛は康平の背後に着地し、目の前のバケモノに向けてプレッシャーを与えるような面持ちで語り始めた。


「これより、俺様達はお前に勝負を申し込む! 勝負内容は至って単純! 10を数えた後、30の間にお前を捕まえれば俺様達の勝ち! 30を過ぎればお前の勝ちのをしてもらう! 拒否権は無く勝敗は絶対、以上!」

「耳キーンってなったんだけど。」

「我慢しろそのぐらい。それよりさっさと覚悟を決めろ、始めるぞ。」

「フー…………ぃよっし、やるよ!」

「では、鬼ごっこを始めるとしよう!」


 1、と駈剛は数え始めると同時に康平の中へと入っていく。瞬間、康平は自身の内側から湧き上がる何かが止めどなく溢れていくような感覚を覚え苦しんでいるような叫び声を出す。バケモノはその光景に驚き竦むが、カウントが10へと徐々に近付いている現実に直面し這いつくばったままその場から逃げ去っていく。その間も駈剛のカウントは進み、康平の叫びは続く。

 カウントが進んでいく度に康平の体躯と四肢は伸びていっているが、それに伴い身体中の水分が抜け落ちていくように骨のみが浮き上がる。カウントが6に到達したところで康平は自身の顔面を両手で覆うと、その手の中へと何かが落ちる。顔から離せばその手にあったのは自身の乾いた両目と抜け落ちた全ての歯で、人間の頭部を軽く包み込めるほど大きく細い長い手の間から零れていった。カウントが8になり康平は脱力して項垂れたかと思いきや、額から2本の角を生やしながらゆっくりとその肉体は起き上がり始める。

 2mは優に超え、あのバケモノよりもデカい骨と皮膚のみの体躯と額の角に目が行ってしまうだろうが最も注目すべきは顔面の方である。両目と歯があったはずの口の中には、どこまでもどこまでも黒く染まりきった何かがあるのみとなり、まるで虚無をその中に宿しているようにも見えた。何よりその表情は人間が絶望した時のようなものとなっていて、鬼というよりも怨霊と言った方が当てはまっているような形相をしている。そしてちょうどよく、最後のカウントが駈剛の声色で康平の口であった箇所から発せられた。


【10。では、鬼ごっこを始めるとしようかッ!】


 頭の中で30からスタートすると駈剛の操るその肉体はその場から瞬時に消え去り、そのすぐあとに暴風が吹き荒れる。周囲の木々など諸々を風圧の余波によって薙ぎ倒す勢いで逃げたバケモノを追い始め、2秒もしない内に森林公園から住宅街の中心部へと移動し捕獲対象を視界に捉えた。暴風によって建物は倒壊し道路も破壊され、現実でこうなれば交通機能に多大な影響を与えかねないがここは現実を参考にした異界であり予想される影響は無い。

 逃げるバケモノも速い。怒り心頭になって移動していた時以上に速く、それを普通自動車程の速度とするなら今はスポーツカー並の速度を出しているのだ。さまざまな障害物を無視して逃げていたのだろうが、相手が悪すぎた。通り過ぎた痕が災害のような光景を生み出すほどの速度を出せる、この時点でバケモノの敗北は決まっていたのだ。


【コイツで……終いよ!】


 27までカウントが減ったところで駈剛はバケモノへ突撃し触れようとした。しかしバケモノは肉体に埋め込まれた目玉の1つを飛ばしその手に触れさせる、すると目玉はその紐状の何かごと消し去っていったがバケモノ本体は健在のまま逃げ続けている。


【ほぉ、その目玉は今まで集めた人間の魂といったところか。別の対象として判定させ囮として使い、お前自身は逃げ切りを狙うと────甘いわッ!】


 残りカウント、24。バケモノは苦肉の策を使い積極的に小さな目玉の全てを駈剛に向けて放ち残り時間をやり過ごすつもりでいた、この無数の目玉を犠牲にすればまたかくれんぼをすることが出来ると考えて。駈剛は向かって来る目玉を無視することなく露骨に避け始め、縦横無尽に動き回り手も足も出ない状況へと追い込まれた。

 残り17。このままやり過ごすことが出来ればバケモノの勝利が決まる。まだ無数の目玉を避けている駈剛から距離を取り続けようと必死にバケモノは自身の四肢を動かし続けていた、そう思ったのも束の間目玉たちの動きに何か異変が起きているが気にしていられるほどの余裕は無くただ只管ひたすらに逃げ続けていた。あの光景を見るまでは。


【────オオヅメ】


 残り12。突如、バケモノの上空から颯爽と目の前に立った駈剛を大きな目玉で捉えた。一瞬何が起きたのか理解できなかったが、駈剛の右腕と右手が更に長く大きく変化しているのをその目で見た。そして飛ばしていた筈の目玉はそれぞれにあった紐状の何かが絡まって一塊になっており、とても囮として使用できない状態にまでさせられていた。この12秒の時間を使って駈剛はそれを成し遂げ、こうしてバケモノの目の前に立った。止まろうと動きを止めるが既にその判断は遅く、右腕の大きさを戻した駈剛は左手を突き出しながらバケモノに向かって突撃しその大きな目玉に触れた。


【お前の負けだ、糞ガキ。】


 残り10。駈剛がそう言った直後、バケモノの肉体は支える力を失ったように地に伏した。無数の小さな目玉も霧散していき残ったのは大きな目玉とぶよぶよで肉々しい体のみ、駈剛は大きな目玉の両側の肉を挟み持ち上げた後それを顔へと近付けた。するとバケモノの肉体の一部が引き伸ばされるように歪み、駈剛の方へと吸い込まれていく。この状況から逃れようと必死に藻掻くものの強い力で押さえ込まれ抜け出すことが出来ないまま、虚無のような黒い箇所へと吸収され最後は叫ぶことしか出来なかった。


【マ゙マ゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ァ゙!】


 ハッキリと聞こえたその断末魔を最後にバケモノの全てが消え去り、残されているのは崩壊した住宅街だった光景とその中で1人立つ鬼ごっこの勝者のみだった。
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