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戦争編〜序章〜
第105話 悪運の強い男だった
しおりを挟むグリーン子爵が状況を見ていた、ということもあって彼の説明は的確だった。
私が来る前の様子はまあ予想通りのもの。第2王子を引き連れたトリアングロの2匹が再戦宣言をしたところで私が現れたという訳だ。
「リィン、キミが気絶してすぐトリアングロの2人は去っていったよ。ライ、アー……、彼も」
グリーン子爵の声のトーンが引くなる。
「……彼はキミの箒を壁に向けて蹴り飛ばすと、レヒト・べナードとエンバーゲール様を置いて行くようにさっさと謁見の間を出て行った。その間、トリアングロとヴァイスの接触は無かった様だけど」
謁見の間での出来事をそう語る。
シュランゲを連れてきてしまったけれど、その場では何も問題を起こさなかった様子。もちろん、私がカジノで気絶していた最中にやり取りを終わらせていたのなら……。
「そんなリィンを保護したのがエ……彼のお父上で」
グリーン子爵の向けた視線の先にクロロス。
クロロスの父親かぁ。保護してくれたことは有難いけど、恩を売られてしまった。普通に嫌。
「その方が急いで回復職を呼び、ひとまずの保護をということで屋敷にお連れした、というわけです」
「それで俺が、恐らく王宮の密偵に呼び出されましたので急いで駆けつけました」
「オレも一緒にクロロスとやってきたってわけ」
それは普通に謎。
あー、つまりクロロス父が私を保護(仮)してくれたので、その息子であり私と繋がりがあるクロロスを鼠ちゃん(推測)が呼んでくれた、ってことか。
──何故か庶民と一緒に。
いやそこはやっばり謎なんだよ。
「なに、ゆえ、ペイン?」
「あー、ほら、オレ保護者みてーなもんじゃん?」
その時、思考回路は全員違った。
ペイン「(まあ俺はギリギリ王族だし、グリーン子爵やエルドラード伯爵みたいな下手に貴族を頼るよりはこいつ知ってる俺が保護した方が安全だろう)」
クロロス「(金の血は絶対保護したいし俺の親父も同じこと思ってる。出来ればヴォルペール殿下と意気投合して王家もしくはそれに近い家に養子に行ってくればいいんだけど)」
子爵「(リィン嬢が辺境伯令嬢であると知っているのか分からないけど、冒険者のリィンを保護出来る立場は私しかいない。というかこの黒髪の少年誰だ……庶民相手に下手なこと言えないな……)」
白蛇「(愉☆快)」
リィン「(庶民に保護されても実家力持ってますから……いややっぱ同い年の子が保護者ってどうしろと。クロロスにもペインにも漏らせないから大人しくグリーン子爵頼るし)」
エリィ「(お腹空いたなぁ)」
「あっ、そうだ黄金の君。キミの箒なんだけど」
丁度話題に出たからかクロロスが視線をそろりと机の上に向けた。その視線を追い掛け、軽く絶望した。箒が、壊れている。
箒の横にはクズクズになった魔石も便に入れられて保管されてある。
……そういえば蹴り飛ばしたとかグリーン子爵が言ってたな。
そこまで重要では無いとは言えと、他の魔法職からすれば魔石の付いた杖は必需品。魔石無くして魔法は使えないのだ。
「大人しく、してくれてますよね?」
「……はぁい」
何がクロロスの琴線に触れたのだろうか。リィン、こいつ結構な狂人だと思ってるんだ。しかも正常な人間のフリをしたタイプ。
魔力すっからかんだからアイテムボックスも使えないし、怪我も痛いし。大人しくしてる以外無いかァ。
「そういう、すれば」
口から吐き出される痛みを押し殺し、ダイナミックこんにちはしたエリィに視線を向ける。
「何故いる?」
「しかも窓から。エリィ、ここ、俺ん家なんだけど……。いや言ったって無駄だろうけどさ」
「窓から入る方が早いのではなくて?」
全員ちょっと言ってる意味が分からなくて首を傾げた。窓から入る方が早い?? それ説得するより殺した方が早いって言って残虐の限りを尽くし世界統一を企んだ古代史のセイント・バンブーと同じような感じだと思うんだけど……?
「はぁ~~~~そういうやつだよエリィ」
クロロスは顔を覆って天を仰いだ。
「クロロス」
「はぁーい……なんですか黄金の君」
「『保護』されてますけど、本当に『保護』? 私、これでもトリアングロの狐疑惑で冤罪ぶっかけるされてる立場ですけど」
思っていたこと。
私は元々王宮側から疑いの目を掛けられていた。本物の狐が隣に居たと気付かったけど、ドリアンクロの幹部とコンビを組んでいたことは知られている。
グリーン子爵はクロロス父が保護した、と言っていたけど。あの場に居た貴族の中のどれかなら王宮の政治にガッツリ関わる人なんだろう。
「──自由ぞ奪う、とか弱点ぞ握る、とか」
保護じゃなくて『トリアングロ側の人間を手引きした重要参考人』とか『裏切り者の監視』とか、捕獲の間違いじゃなくて?
「いやそれは無い」
「ないないないない」
クロロスとグリーン子爵が同時に否定した。
「俺の親父ですよ、絶対無いですって。まぁ黄金の君の自由を奪うというか監禁するにやぶさかではないけど」
「やぶさかであれ」
スパンッとクロロスの頭をペインが引っぱたいた。おい、そいつ一応貴族。
「……まぁ、彼の父上でありますから。そこはご安心を。今王宮で戦争に関しててんやわんやしているでしょうし、今はゆっくりとおやすみなさい」
「そういえば、グリーン子爵もお仕事があるのでは」
「はは、生憎とこの蛇のお陰で私は戦争に関して政治発言する余裕がなくてですね。精々領の復興を急がせるくらいですよ」
あ、そうか。スパイを長いこと国に潜伏させてしまっていたのはグリーン子爵。
私はシュランゲを恐る恐る見た。
もしかしてだけど。
「バレるしても発言力ぞ削ぎ、バレずとも妨害工作要員……?」
「ほっほっほっ、なんのことやら」
グリーン子爵を完全に封じ込める為に存在しているようなものなんじゃないだろうか。
朗らかに笑って誤魔化しているけど目は笑ってない。
「……そもそも、私が言うした口じゃないですけど、スパイ許すし過ぎでは」
「「「面目ない」」」
エリィ以外が口を揃える。クロロスは王都貴族として、グリーン子爵はシュランゲの寄生主として、ペインがどこ目線か分からないけど多分クレイジーちゃん。
「あ、クライシス。アイツの発言によるすれば」
完全に騙されちゃったんだけど、アイツ王都に向かうまでに聞き出したトリアングロの形態。特に『狐の外見』の特徴。
「あぁ、話してた狐の事? 確かアイツが言うにはクライシスより少し低めで赤褐色の髪色、だっけ」
「狐の特徴とはライアーかけ離れるしてるですよね」
「まっってください? え、なぜ、え、なんであんたら2人そんな情報を得てるんですか?」
「「クライシスが」」
「……リィン嬢。詳しくお教え願えますかな」
「あー、オレオレ。オレのパーティーのフード被ってるやつ。アイツがクライシスって言うんだけどさ」
ペインが軽い調子で混乱を見せるグリーン子爵に話しかける。
「──アイツトリアングロのは元鶴なんだよね」
「「なんでですか!?」」
トリアングロに縁深すぎて笑えない…………。
「……ふむ、クライシス殿の言っていた狐の特徴は恐らく前任の事でしょう」
そこで発言したのはトリアングロの白蛇だった。
どういうこと? 今のルナールではなく、それより前のルナールの特徴……?
「今のルナール殿。ライアー殿、と言いましょうか。彼は前ルナール殿の補佐としてこれまで動いておりました。と言っても、私はヴァルム様に従えていたので活動内容自体は知らないのですが」
シュランゲって絶対、トリアングロのスパイ組の本命だったんだろうな。ルナールもべナードもあまりにもお粗末過ぎるポジションに居たから。
「前ルナール殿は赤めの茶髪をしておりまして、ライアー殿の従弟でございました」
「…………あぁなるほど……なるほどね……」
そういう、事か。
私は思わず寝転がったまま頭の角度を上に上げ、誰も視界に入らないようにする。
ライアーは20年前、服毒した。
川に毒が流され、村はほぼ壊滅したと言っていた気がする。
それで王都に居た親戚──従弟と暮らしていた、と。約4年前に、その従弟が死んだのだと。
「クライシス殿もライアー殿も元々前任が家系にいたということで、仕事の補助などしていたと聞きます。まぁ、クライシス殿は例外ですが」
「分かる……」
アイツ本当になんなんだろうね。
「う……はぁ、頭痛い……。あの、そろそろ痛む限界です。ちょっと、寝るです。クロロス、部屋、かりるです」
回復魔法を掛けてもらったらしいけれど、回復力の手助けをする程度しか回復されない。そんな悲しい現実、分かっていたけど本当に回復魔法かけたのかってとっちめたくなるくらいには痛い。
「あぁ、はい。ゆっくりと休んでください。俺達は退出するので……エリィ行くぞ」
「えっ、私もここでリィンさんと一緒に寝るわ」
「だーめ。いい子だから言うこと聞いて。お菓子食べたいエルフは手ぇ上げて~」
「……! はぁーい!」
部屋を出る2人の幼女を見て、ペインは振り返り私を見た。
「アレ、色恋じゃねーの?」
「じゃねーぞ」
そんな驚いてもアレがデフォです。色気はないです。微塵も。
「ヴァイス、しばらく預かって起きましょうか」
「お願いするです」
「えぇ」
ペインとグリーン元主従も退出した。
「はぁー…………」
深くため息を吐く。
ズキンと胸が痛む。物理的にも。
「──絶対、ぶん殴る」
その夜、私はクロロスの屋敷を抜けすことにした。
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