悪役令嬢は死亡フラグから逃げられない!

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物語が終わらない!?ループする世界!

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いまが幸せすぎて少しだけ怖くなるの、魔王は僕を抱き締めながら苦笑を溢した。それは旅の最中に立ち寄った外国の片田舎にあるごくあり触れたホテルの、スプリングが強いダブルベッドの上で聞いたことだ。

「魔王でも怖いと思うことがあるんだね。」

意外だと言外に言えば自慢じゃないけれどアタシが怖いと思うものは沢山あるわようと魔王は笑う。

例えば直射日光はダメね、大敵よ、アタシぐらいの歳になると日焼けから出来るシミやソバカスは親の仇並みに憎いし怖くなるのよ。

お肌はケアしないとあっという間に衰えるんだからと頬に手を添えて魔王は嘆息して、ベッドに散らばったハーレクイン小説を魔王は指差した。

怖いと言えばお気に入りの作家さんが絶筆して新作が読めなくなることも堪らなく怖いわねと魔王は真面目に怖がる。

確かにそれは怖い、とは言えそんなことかと肩を落とした僕の頭に魔王は顎を乗せる。

「でも一番怖いことは、今ある幸せがこれから来る不幸の前の下準備じゃないかってことかしら。」

アタシこれでも極悪非道の魔王なの、ダーリンには到底言えないことを沢山してきたしされてきたりもしたわ。それこそ屍山血河を数多と踏み越えて今のアタシはある。

頭の毛先から脚の爪先まで血に濡れていないところなんてありはしない、そのことを今更恥じるつもりはないとは言えたまに考えてしまうのよ。アタシが辿ってきた道は間違いだったんじゃないかって。

「魔王でも?」

「魔王でもよ。」

それでもこれだけは言えるのよ、すべてはダーリンと出逢うために必要なことだったって。そう思えば涙で枕を濡らした夜さえも決して無駄なんかじゃなかったって思えるのだから恋って不思議ね。

「覚えておいて、アタシはダーリンが思っているよりも、うんと深く貴女に恋をしているのよ。」

だから不安なの、こうして触れ合える位置に貴女が居て、同じ想いを返して貰える。それってとても幸せなことなのよ。けれどいまが幸せであればあるほどに次に訪れるだろう不幸が怖くなるの。

「···アタシの前から居なくならないで。」

貴女が居ない世界で生きていられるほどアタシは強くはないのよ。そう言って儚く笑った魔王のことを僕は確かに覚えている。

「僕は魔王を置いていったりしない。」

「約束よ。」

「約束だ。」

そう言って優しく頬を撫でた少しばかり低い温度の指先も、僕にだけ見せる甘く蕩けるような望月みたいな金色の瞳も、愛しさを含ませた良く通るテノールの声音も、すべて僕は確かに覚えている。

そんな僕が言えることはひとつだけ。

「芦屋メイ!今日この時をもって君との婚約を破棄させて貰おう!」

無限ループって怖すぎやしないか。死んだ目で婚約破棄を言い渡してきた許嫁に僕は力なく乾いた笑いを口から溢した。


学園ファンタジーを謳う乙女ゲーム「あやかしにしき-愛しき吸血鬼に口づけを-」通称バンキスの世界にすべての攻略対象のルートで死ぬことが確定している悪役令嬢の芦屋メイに生まれ変わってしまった「私」。

名もなき元アラサーにして人間性をオタク活動に捧げたどこに出しても恥ずかしい喪女な「私」だったが生まれ変わってしまった以上は生き残りたい、二度目の人生途中棄権はもう嫌だ。

そう決意して芦屋メイである「僕」になった「私」だった、けれど強く意気込んだ矢先に「僕」はヒロインの攻略対象であり婚約者である土御門葉月という少年に恋をしてしまう。

ヒロインが葉月を攻略するルートでは悪役に操られ、ヒロインを襲って傷つけたことで九尾の狐の先祖返りである葉月に「芦屋メイ」は狐火で塵も遺さず燃やされる運命にあった。

それでも葉月を諦めきれない僕は運命を変えようと足掻き始めた。けれどもゲームのクライマックスである学園主催のプロムナードの当日に僕は婚約破棄を葉月から言い渡されてしまう。

変えられなかった運命を前に絶望の淵にあった僕を救い出してくれた人が居た。

それがゲームではヒロインの通う学園でありながらあやかしと呼ばれる生き物と戦う組織である「逢魔ヶ刻学園」に封じられ、国家転覆を企んでいた「魔王」神野悪五郎だった。

彼は稲生平太郎という少年が三十日間に渡って怪異に襲われ、数多と押し寄せる怪異に耐えに耐えたその勇気を評して現れた山本五郎左衛門という怪異と魔王を束ねる頭の座を争っていた存在。

そして芦屋メイである「僕」を操りヒロインを襲わせるはずだった「悪役」だったのだ。

彼は魔王の頭の座を賭けた勝負に勝ったはずが山本五郎左衛門の騙し討ちに遭い、人間に封じられたことを恨んで復讐の機会を待ち望んでいたかに思われた。

「今更人間に復讐なんておブスの極みなことしたりしないわよう?第一に人間を滅ぼしたりなんかしたら新刊が読めなくなるじゃないの!!」

ところがこの魔王なんと熱心なハーレクイン読者であった。へたな乙女より乙女らしくて人間よりも情が深い、本当なら僕を操り死をもたらすはずだった魔王は、なにもかもなくした僕を救い上げてくれた。

魔王の手を借りて悪役令嬢という肩書きを脱ぎ捨てた僕は魔王と学園を飛び出して、彼とまだ見ぬ世界を見るため旅して回っていた筈だったんだけど。

『空港に着いたらアタシが熱いベーゼで起こしてあげるから安心してお眠りなさいな。』

『あー···キスは別にいらないかな?』

『ダーリンのイケズ!』

しくしくと膝を抱えて泣き真似する魔王に僕は口を尖らせた。だってキスをしてるときの魔王は女の僕から見ても肌が粟立つほど色っぽい、そんな魔王を見たら誰だって近寄らずにはいられないだろう。

今でさえ魔王目当てに声を掛けてくる人間が居るんだ、魔王に近づく人間が増えるのは少しばかり面白くない。だって魔王は僕の恋人なんだから。心が狭いのは重々承知しているけれども。

『あんまり可愛いことばかり言うと今すぐ押し倒すわよ。』

『魔王?そのあやしい手つきはなんだ!?時間を止められるから人の目は問題ない?君も大概チートだな!!?いや、ちょ、やめ!?』

ゴツンと乱気流に揺れた飛行機の窓枠に頭をぶつけて涙目になる魔王に苦笑する。乱れた服を直して付箋が張られたガイドブックを開く。聖地巡礼に行きましょうか、そう切り出した魔王の発案でイタリアに向かう飛行機のなかに僕たちは居た。

聖地巡礼、それはもちろん聖人の足跡を巡ることではなく、物語の舞台になった場所を旅するためだ。というのも魔王が言うには数あるハーレクイン小説のなかでも人気を博しているシリーズがあるのだという。

それが大月夢香美という女性作家が書く「きらめく恋はコマンドー」だ。ふざけたタイトルに反して中身は本格派を謳っていて、物語の舞台はイタリアの名門寄宿学校。

主人公は格式ある寄宿学校に勤めることになったアメリカ陸軍特殊部隊に務めていたという異色の新米教師メイトリックスだ。

一般家庭出身であることから良家の子弟である学生たちとは価値観の違いでぶつかるメイトリックス、けれど熱い情熱で体当たりで学生たちと交流していくなかで主人公に何時しか学生たちも打ち解け。

何時しか顧問をすることになった生徒会の会長で名門テッラポルタ家の御曹司アゴストと身分違いの恋に落ちることになる。だが学生と教師、良家の令息と一般家庭の娘。二重の身分差のなかで主人公の恋は二転三転していく。

ときに主人公の上腕二頭筋に惚れ込み一途に慕う一年生でフットサルクラブのキャプテンを務めている青年ジュンニョが心を決めたはずのメイトリックスを掻き乱した。

かと思えばアゴストとは幼馴染みで、テッラポルタ家と双璧をなす名門の令嬢であり学園卒業後に結婚することが決まっている許嫁の女性を前に自分たちの身分差を目の当たりにするメイトリックス。

それでもメイトリックスたちは持ち前の筋肉にものを言わせ数多の試練を乗り越えながら道ならぬ恋をひた走り、やがてアメリカ国防省の中枢で蠢く陰謀に巻き込まれ、第三次世界大戦を阻止するべく動き出すというのが大まかなストーリーだ。

血湧き肉踊るような筆致と意外なまでに繊細な心情表現、そしてあたかも実際に起きたことを見たかのような微細な描写が目の肥えたご婦人がたにも人気を呼んでいるらしい。

ふとガイドブックを見ていると肩に加わった重みに僕は横を見る。欠伸を小さく溢して僕の肩に凭れながら魔王は笑う、その仕草だけで絵になるのだから美形という生き物は怖い生き物だ。

『イタリア行きを決めて「きらめく恋はコマンドー」を徹夜で読み直してたら眠くなっちゃったわ。』

イタリアに着くまで時間がある、肩にかかる重みを感じながら眠気に誘われて僕は目を閉じた。目覚めたときにはイタリア、そう思って。

(そう言えば「きらめく恋はコマンドー」のヒロインのライバル令嬢の名前は何て言うんだってか?)

けれど目覚めた僕が見たのはもう二度と帰らないと決めた芦屋家の見慣れた屋敷の天井と記憶した姿より若い乳母である千代さん。

なぜだか上手く動いてくれない身体に不安になって声を上げた僕を千代さんはあらあらと笑いながら抱き上げる。

『メイお嬢様はお転婆でいらっしゃいますわね。』

覗きこんだ千代さんの目のなかに写った僕はあどけない赤ん坊の姿をしていた。

その時の僕の絶望を上手く現す言葉を僕はいまだに知らずにいる。




「私」の人生を換算すると通算三回目の幼児期を死んだ目で過ごし、僕が自分の置かれた状況を飲み込めたのは「芦屋メイ」としては二巡目にあたる世界で幼稚園に入ってから。

僕の考えが正しいならこの世界は時間が巻き戻っている、その考えに確信を持ったのが幼稚園にあやかし襲撃事件の際に以前とは違う行動に出たことだった。

二巡目の僕はあやかしから逃げずに立ち向かい力及ばずに死んだんだ。

意識を失う直前に世界は暗転して、気がつけば僕はまた芦屋家の屋敷で乳母である千代さんにあやされていた。

ならばと三巡目のあやかし襲撃事件で兄様たちに助けを求めれば命は助かったが直後に再び暗転、また赤ん坊からのリスタートを切ることになる。

四巡目のとき試しにあやかし襲撃事件で大人しく葉月の助けを待つことにする、このときは時間は巻き戻ったりはしなかった。けれど10歳のときに葉月との婚約を拒絶した直後に時間が巻き戻る。

そしていまは通算五巡目の世界に当たる訳だが、五度目となると馴れたものだと御遊戯会に発表するダンスを練習しながら僕は溜め息を誤魔化すように考える。

ひとまず時系列を整理しよう、まず芦屋家の末子として誕生した0歳児を自分のスタート地点としてみる。

0歳児から4歳児までは特筆すべきことないとして、第一の関門が5歳になったとき。御遊戯会が終わった次の日に起きる幼稚園あやかし襲撃事件だ。

このときに僕は土御門葉月と初めて対面することになる訳だが、ゲームではこのときの出逢いを切っ掛けに「芦屋メイ」は術師として修行を始めることになる。一巡目の僕も大筋その通りに修行を兄様たちに着けて貰った。

それから約五年間で「芦屋メイ」は優れた術師となり芦屋家の跡継ぎとして認められ、それを受けて土御門家の御曹司である葉月の婚約者候補となるのは一巡目の僕も同様だ。

次に第二の関門は10歳で両家の顔合わせの席で正式に「芦屋メイ」は葉月の婚約者となったことだ。

このとき葉月の婚約者になるだけでなく「芦屋メイ」はヒロインと一方的ではあるが面識を持つことになる。

一巡目の僕も葉月の婚約者になり遠目からヒロインの姿を確認している、気になるのはヒロインである姫宮皐月の容姿が異なっていたこと。これが意味することは分かっていない。

第三の関門は「逢魔ヶ刻学園」にヒロインが転入してきたときだろうか。

葉月の命令で「芦屋メイ」はヒロインの教育係りとして放課後の課外授業ことあやかし退治に付き合うことになり、石塔戦で封印されていた「魔王」がヒロインのミスで解き放たれることになる。

これにより「芦屋メイ」は自我を失って「魔王」に操られる傀儡となる。一巡目の僕もヒロインの教育係りとして課外授業に付き合い、魔王である彼に出逢ったんだ。

第四にして最後の関門は卒業式の当日に行われる学園主催のプロムナードでの婚約破棄だ。

ゲームでは「芦屋メイ」が「魔王」の傀儡になっていることをヒロインが突き止め、婚約破棄を言い渡すことで動揺した隙を突いて葉月が狐火で燃やして、「芦屋メイ」の身体のなかに居た「魔王」の正体を暴くというのが大まかな筋書だった。

このときに「芦屋メイ」は自我を取り戻す、だがヒロイン憎しで襲い掛かり逆に血を奪われたうえで葉月に塵も残さず燃やされることになる。

その一週間後に葉月たち「生徒会」はヒロインと共に総力戦で「魔王」に挑むというクライマックスを迎えることになる。

けれど一巡目の僕は魔王の傀儡にはならなかった、それどころか本来なら敵対すべき魔王に救われ。恋をしたんだ。

だが学園を飛び出して魔王と世界を巡る旅に出たところで一巡目の僕は再び赤ん坊からのリスタートを切ったことになる。

ゲームのシナリオを踏まえて考えたとき、時が巻き戻る切っ掛けとして考えられるのは「芦屋メイ」らしからぬ行動を取ったときに時間が巻き戻るのではないかということ。

二巡目と三巡目のあやかし襲撃事件、四巡目の婚約拒否、いずれも本来の「芦屋メイ」なら取らない行動に出た直後に時間が巻き戻っていた。

「芦屋メイ」として逸脱した行動を取ると時間が巻き戻る。

それはつまりこの世界はどうあっても「芦屋メイ」の生存を認めないということに他ならない。

なぜならば「芦屋メイ」として逸脱した行動のなかには僕の生存も含まれているからだ。確証はない、けれど僕の生存以外に一巡目で巻き戻しが起きた理由が見当たらないのだ。

「芦屋メイ」の死を世界は望んでいるなんて、まるで出来の悪い悪夢を見ているみたいだと僕は自嘲を溢した。

「メイちゃんダンスの練習終わったよ?」

「···八千代ちゃん。」

その声に思考の海から浮上した僕は思わず伸ばされた彼の手を掴んだ。諦めるのはまだ早いかもしれない。

ゲームのなかの「芦屋メイ」と僕には幾つかの相違点がある。特筆すべきことは人間関係だ。

僕には幼馴染みの八千代ちゃんが居たけれど「芦屋メイ」に幼馴染みは居なかったはずだ。それに「芦屋メイ」と違い僕は兄様たちとの仲は良好だ。

本来の「芦屋メイ」は兄弟を差し置いて芦屋家の跡継ぎになったことで兄に疎まれていた、だが僕は兄様たちに疎まれてはいない。

そもそも僕に術師としての修行をつけてくれたのは兄様たちであり、一巡目の世界では芦屋家の跡継ぎになるよう後押しをしてくれていたことを僕は知っている。これはゲームではなかった出来事だろう。

それらの相違点は「芦屋メイ」として逸脱した行動には含まれてはいない。どこまでが「芦屋メイ」として逸脱した行動になるのか見極める必要がある、僕が死なずに済む道を見つけるためにも。

(なによりも魔王にもう一度出逢うために。)

いまの魔王は石塔に封印されたまま眠り続けている。会いにいったとしても五巡目にあたるこの世界の魔王は僕のことなど知らないだろう。

僕が愛した一巡目の魔王には二度と会えないのだ、ならばせめて巻き戻されたこの世界の魔王に一目だけでも会いたいと思う。

(そう思うことを一巡目の魔王は許してくれるだろうか。)

なんにしろやるべきことは定まった、先生に呼ばれ八千代ちゃんの側を離れた僕に知らない。

「まさかこの世界が巻き戻っていることにメイちゃんも気づいたというの?」

驚愕を見せた幼馴染みである少年を、巻き戻しに気づいていた同胞を、僕はこのとき気づかずに居たんだ。

それから通算にして四十五回。僕は人生を繰り返すことになる。






タイムリープを繰り返す主人公の気持ちが少しだけ分かったかもしれない、と死んだ目で離乳食を千代さんに食べさせて貰いながら僕は黄昏れる。まさか第三の関門に辿り着くことなく通算四十五回も巻き戻しの憂き目に遇うとは誰が思うだろう。

この世界において「芦屋メイ」として逸脱した行動と見なしているものを探るためには必要だったとは言っても、流石に四十五回も巻き戻しに遇うと気が滅入る。けれどお陰で分かったことがある。

まず友人が居ることは逸脱した行動にはならないらしい。また攻略キャラが相手の場合において友人以上の関係、例えば二十五巡目に婚約者が葉月ではなく他の攻略キャラである大上睦月になったことがあったが婚約が本決まりになった時点で巻き戻しが行われた。

このことから葉月以外の婚約者あるいは恋人が出来ることは逸脱した行動と捉えられているみたいだ。

一巡目に起きた巻き戻しの理由には魔王と恋人になったことも含まれているのかもしれない。

一方で兄たちと親密な関係を築くことは問題ないらしい。一巡目で仲が良かったこともありゲームのように仲違いしなくて済むことに安堵せずにはいられない。

では逆に「芦屋メイ」として逸脱した行動にカウントされるものについて見てみよう。例えば術師としての修行を疎かにすること、またこれによって芦屋家の跡継ぎにならないことが挙げられる。

基本的にはゲームの「芦屋メイ」がしないだろうと考えられる行動はすべて逸脱した行動になると思って良いようだ。

なにせ気分転換にセミロングの髪をショートにしただけで巻き戻しが起きたのだから。その癖して邪魔だからとまとめて三つ編みにしたときは巻き戻しが起きなかったことは少しばかり腑が落ちないところである。

また三十二巡目で修行に明け暮れるあまり着替えるのが面倒くさくなって中学生時代のジャージを愛用していたら物の見事に巻き戻しに遇った。だけでなくダメ出しのように幾度も服装が原因で巻き戻しが起きた。

どうやら令嬢である「芦屋メイ」のイメージを崩すようなことにも巻き戻しが起きるようで。

(元アラサー喪女にファッションセンスを求めないで貰えますかねえ!?)

お陰様で清楚でハイソな、どこに出しても恥ずかしくない深窓の御令嬢な見た目にはなったさ。もっとも中身はお察しだが。

なお服装にさえダメ出しが入るならばと言葉使いを変えてみたことがあった。分かったことは戦闘力が53万なあの方の話し方は許されても渋谷界隈で生息していたギャルたちの言語は許されないということだけだったが。

かくして様々な試みを繰り返して四十五巡目のリスタートを切らされた訳だが、今度こそ第三の関門を突破して魔王に会いたいところだ。そのためにも、いまは乳幼児らしく吐き戻しから始めようと口を開いた。

「メイお嬢様がお吐きになれましたわ!?」

「やっぱりドリアン味のプリンはメイには早かったかしら。」

「母さんドリアン味のプリンは大人でもキツいよ!!」

大変お見苦しいところをお見せしています、御視聴の方は綺麗なお花畑をご覧ください。 

僕の表情筋仕事して。激動の乳幼児期を乗り越えて通算四十五回目の幼稚園生。

園内の幼稚園児たちの年齢に先生方の年齢を足しても僕の精神年齢は余裕で上だ。

だから大概のことにはすっかりと動じなくなってしまったせいで園内では仏の芦屋なんて渾名をつけられてしまった。たぶん何度も巻き戻しに遇う内に仕事を放棄した表情筋のせいだろう。

「お前はあやかしが怖くないのか!?」

まさか表情筋が仕事をしなかったせいで葉月に怪しまれることになるとは流石に思わなかったが。

幼稚園に襲撃してきたあやかし。それは幼稚園に程近いところにあった石塚を地区開拓事業で商業ビルを建てようとして壊してしまい、そこに封じられていた器物のあやかしたち。

時経て精霊を得るも人により捨てられたことを恨み妖怪に変じた器物。その名を付喪神とするものたちが工事の影響で解き放たれ、労せず捕食出来る幼子が居る幼稚園に押し寄せたのだ。

一巡目のときは詳しい事情を知らなかった。まして張り巡らした結界に張り付き涎を垂らしながら躍起になって壊そうとするあやかしの姿を詳細に検分する余裕はなかったが。

かれこれ精神年齢三桁越えの身だ、今更怖がるほどの可愛いげは生憎とない。

冷静に逃げ遅れた八千代ちゃんたち幼稚園児を背中に隠して結界を張り待つこと暫し、見慣れた少年の登場により駆逐されていくあやかし達に僕は手を合わせる。

そこで奇異な目を葉月に向けられた訳だ。普通なら泣き叫んで怖がるところなのだろう、安堵から涙を流す幼稚園児たちの姿こそ本来あるべき姿だと分かっては居るが僕は頬を掻いた。

「助けに来ることは分かっていたからね。」

だから僕は助けが駆けつけるまでの時間を稼げば良いってことも理解していた。それに君なら必ず駆けつけるって思っていた。現に君は僕たちを助けに来てくれたから。

「怖いことなんてなにもなかったさ。」

「···お前よく変な奴だって言われないか。」

「この深窓の令嬢を捕まえて失礼な奴だな君は。」

でも、ありがとう葉月。君が居たから僕は友達をなくさずに済んだ。そう言って笑った僕に葉月は口許に手を当て気恥ずかしげに赤くなった顔を横に反らした。

「ま、まあ!頼られて悪い気はしないからな!」

またなにかあったら助けてやることもやぶさかではない。だ、だから頼るのは俺だけにするんだな。

そう言って逃げ出すように幼稚園の前に停めた車に乗り込んで立ち去る葉月を見送って、今のは初めての反応だったなと僕は首を傾げた。

葉月が立ち去ってから暫くして幼稚園に駆けつけた兄様たちに術師の修行をするよと僕は告げる。

「···それは構わないが理由を聞いても良いか?」

理由によっては断ると言外に言う春信兄さんに僕は。

 『――――アタシの前から居なくならないで。』

耳の奥で響いた声に振り返る。居るはずのない彼の姿を必死に探し、どこを探しても見つからない彼に僕は手に目を落として奮い立たせるように強く握り締める。

「どうしても会いたい人が居るんだ、彼にもう一度会うためなら僕はどんなに過酷な修行でも耐えきって見せる!」

「···意思は堅いみたいだな。」

溜め息混じりに明日から修行を開始する。そう告げた春信兄さんに僕の表情筋はようやく働くことを思い出したみたいだった。

「何度巻き戻してもお前が土御門の息子以外を求めることなどありはしないと思っていたんだがな。」

月日は流れる。修行に明け暮れること五年、ようやく10歳になった僕は葉月の婚約者に無事に選ばれた。

とは言え何時か破棄される婚約だ、不本意かもしれないがその時が来るまで耐えて欲しいと顔合わせの席で目を見開く葉月に頬を掻いた。

「あー···その、なんだ、親父たちの話は聞いていてもつまらんだろう?」

土御門家当主と芦屋家当主、要するに葉月と僕の父たちの表面上は和やかな、実際は腹の探りあいである会話を眺めていると葉月に一緒に抜け出さないかと耳打ちされる。

懐から紙を切り抜いて作られた人形を取り出した葉月に自分の分はあるから問題ないと着ていた振り袖の袂を手で探れば目当てのものに指先が触れる。

葉月が幻術でその場に居るように見せ掛けて、父から離れると僕は指先で挟んだ人形に息を吹き掛けて手を離すと自分に良く似た少女になって父の側で軽く手を振った。

「お前も式神を使えるのか芦屋?」

「得意という訳ではないけれどそれなりには使えるかな。」

なにせ四十五回も人生を巻き戻して居るのだ。僕はそこまで式神を使うことは得意ではなかったが幾千幾万と繰り返し修行をしていればそれなりに使えるようにはなるものだ。

なお式神術の師匠であり商社マンである春信兄さんは自分の姿にした式神を複数使って営業に行かせているらしい。

普通の式神は基本的に単調な命令しか出来ない、にも関わらず本物と遜色ない営業トークを見せる春信兄さんの式神の話をした僕に葉月はよくそんな人を押し退けて芦屋家の跡継ぎになったなと溢した。

「基本的に春信兄さんを含めて僕たち兄妹は一芸特化型なんだ。」

春信兄さんは式神術に優れ、夏樹兄さんは占術を得意とし、千秋兄さんと千冬兄さんは結界術に長けている。

しかし兄様たちは得意とするものに比べたら他のことは平均的らしい。とは言え得意としないだけでそこらの術師より実力は上であるのだが。

そんな兄様たちを差し置いて僕が芦屋の跡継ぎになったのは、芦屋が代々に渡って継承してきた「魂鎮め」に適正が振り切れていたからなんだ。

本来の魂鎮めは荒ぶる御霊、言わば神を慰撫すること。だが芦屋に伝わるそれは「封印術」として継承されてきたもの。舞いと歌を持って悪しきものを封じるのだ。

僕はその芦屋家に伝わってきた「魂鎮め」の適正が見込まれて跡継ぎに選ばれたんだ。

「芦屋の「魂鎮め」については父から聞いたことがある、それは見事な舞だとおっしゃっていたからいつか見てみたいものだと思っていたんだ。」

「僕なんかの舞で良ければ何時でもと言いたいけれど、基本的にあやかし退治意外にはやらないから機会があったらだね。」

なんて暢気に会話をしていた僕は流石にこんなに早くフラグを回収するとは思わなかったなと料亭の庭園に現れたあやかしを前に内心頭を抱えるはめになる。葉月と庭園を歩いていたらあやかしに襲われている少女を見つけたんだ。

「芦屋!」

「葉月は結界を維持したままその女の子の側から離れないで!!」

現れたあやかしは赤毛の猫又、恐らく最近化生したばかりの猫だろう。急激にあやかしと化したことで自我を失ってしまったようだ。芦屋の「魂鎮め」は封印術、あやかしを封じるものを必要とする。僕は赤珊瑚の帯飾りを外して空中に投げる。

帯飾りが空中で留まったのを見て僕は祝詞を口ずさみながら振り袖を翻し音を踏んで踊る。季節は秋、料亭の庭園に植えられた紅葉が散るなかで舞う僕を葉月が見逃すまいと瞬きすら惜しんで見ていたことも。

あやかしに襲われて僕たちに助けられた黒髪の少女が、ヒロインである姫宮皐月が憎らしげに僕を見ていたなんてことも知りもせず。

最後の音を口から吐き出して、両手を包むように掲げると空中に投げた赤珊瑚の帯飾りが静かに落ちてくる。

玉の形をしていた帯飾りは猫が香箱を作り微睡む形に変わっていた。手に伝わる意思から封じた猫又を解き放つと喉を鳴らしながら肩に乗って頬に顔を擦り付けくる。

『あっしは芝衛門と言いやす!姐さんに惚れやしたぜ!!どうかあっしを姐さんの舎弟にしておくんなせい!!』

「舎弟って僕はどこの極妻なんだ。」

なつかれて嫌な気はしないけれども。肩に乗って二股に分かれた尾を揺らす猫又を撫でながら僕は葉月を振り返る。どうやら腹の探りあいをしていた父たちも騒ぎを聞き付けたらしい、腕を組んで仁王立ちする父の姿に顔をひきつらせた。

「これは顔合わせから逃げたことに説教されるかな?」

あやかしは退治、というか手なづけたので目溢しをしてくれないかなと肩を落として。一言も話さない葉月に首を傾げた。

「行かないのか葉月?」

「名前。」

「名前がどうかしたかな?」

お前の名前はなんだ、そう言って僕の腕を掴んだ葉月に今回はまだ言ってなかったかなと頬を掻いた。

「僕は芦屋メイだよ!」

父に呼ばれ駆け出した僕を目に焼き付けるように葉月が見ていたことをこのとき知っていたのは土御門家当主である彼の父と、忌々しげに僕を睨んでいた姫宮皐月だけだった。



僕らが通う「逢魔ヶ刻学園」はエスカレーター式で、初等部から始まり高等部で終わる。現学園長の意向で学生の自主性に重きを置いていて授業は選択式。

だから基本的には自分のやりたい授業を受講するんだけど、僕を挟んで何故か睨みあう八千代ちゃんと葉月に目を遠くした。

「二人とも僕に付き合って同じ授業を受けなくても良いんだよ?」

「べ、別にお前が受けるからこの授業を選んだ訳ではない!かかか勘違いするなよ!!?」

「へー、私はわざわざ隣の席に座るからメイちゃんと一緒に授業を受けたいのかなって勘違いしちゃった!だから勘違いしちゃわないように離れた席に座ってくれないかな土御門君?」

私は土御門君と違ってメイちゃんと同じ授業を一緒に受けたかったからこの授業を選んだんだよ。席をくっ付けて僕と腕を絡ませた八千代ちゃんに葉月が唸る。

「随分と俺の婚約者に馴れ馴れしいんじゃないか八千代!!」

「ぽっと出の君と違って私とメイちゃんは生まれたときからの幼馴染みだもの、産院も一緒だったんだから。」

というか君に八千代って呼び捨てにされたくないかな。ギリギリと睨みあいながら授業を受ける葉月と八千代ちゃんに僕は何故この二人の間に挟まれてるのだろうと首を傾げた。

初等部から中等部、中等部から高等部。クラス替えがあっても何故か八千代ちゃんと葉月と必ず同じクラスになりながら時は過ぎ。

ようやく逢魔ヶ刻学園にヒロインである姫宮皐月が転入してきたようだ。巻き戻しが起きないように生徒会に入り副会長になっていた僕に生徒会長である葉月はやはり教育係りを言い渡した。

「か、勘違いするなよ!学園に不馴れだから目をかけているのであって好意を抱いているから姫宮を特別扱いしている訳ではないぞ!」

(って言ってたけれど葉月も素直じゃないなあ。)

姫宮さんの教育係りである関係上彼女と接する機会は多い。一巡目と違って葉月に恋していないこともあり葉月の恋を応援するつもりでいたんだけど。

姫宮さんを探す度に攻略キャラである青年たちに口説かれているところに出会すとはこれいかに。

僕は葉月攻略ルートを姫宮さんが歩いているとばかり思っていた。けれど観察してみると姫宮さんは葉月だけでなく生徒会メンバー全員の好感度を上げようとしているように見えた。

もっともそれはゲームをしていた僕だからそう感じるのだろう。生徒会メンバーの好感度を意図して上げている自覚は姫宮さんにはないはずだ。

とは言え恋をしている相手に他の男友達と同等に扱われているとは葉月も報われないな。婚約者、というより友人として見ている葉月に対する扱いに切なさを覚えていると中庭のベンチで生徒会メンバーとお弁当を食べいる姫宮さんを偶然廊下の窓から見つける。

「焦らしプレイにもほどがあんぞヒロイン!!」

「確かに。」

耳に入った嘆きに僕は頷く。姫宮さんが葉月に取る思わせ振りな態度は無意識なのだろうが見ているこちらが焦れったくなる。

「でも姫宮さんは鈍感ヒロインだから仕方ないね。」

「だなー、今回も一応葉月ルートみたいだし心配はしてないけどさ。」

「それなら葉月が振られるってことはないのか。」

安心したと頷きかけて僕は勢い良く振り返る。そこには生徒会勢揃いのなかで一人だけ中庭に居なかった攻略キャラ。

大上睦月君が双眼鏡片手にスマフォに目にも止まらない早さで文字を打ち込んでいた。

「大上君?」

「あ!いや!これは別に新刊のネタにしようとかこれっぽっちも!!?」

慌てたように双眼鏡を隠そうとして大上君が取り落として足先に転がって来たスマフォを拾った僕は思わず目を瞬かせた。

「゛メイトリックスの周りに集まる役員たちに人知れず溜め息を噛み殺したアゴストを婚約者であるメイは見逃さなかった゛ってまさかこれって「きらめく恋はコマンドー」の一節?」

思わず打ち出された文面を確認して、魔王に付き合わされて呼んだ本にはなかった場面、そして新刊のネタにと口走ったこと、おおかみむつきという名前をアナグラムとして組み直したとき浮かび上がる名前。

そしてライバル令嬢の名前に僕は大上君を見て唾を飲み込んだ。

「まさか「きらめく恋はコマンドー」の作者大月夢香美が君だとは思わなかったよ大上君。」

「俺も芦屋の御令嬢がハーレクイン小説を読んでるとは思わなかったかな。」

次の瞬間僕たちは顔を見合わせて勢い良く口火を切った。

「乙女ゲームにありがちなこと!」

「攻略キャラが取る首を痛めたポーズ!!」

「突然の突風にヒロインは!?」

「攻略キャラの台詞を聞き逃す!!」

「高確率で言われるよ!」

「「俺様キャラの゛お前変わった奴だな、気に入った、俺の女にしてやるよ゛!!」」

それは遠い異世界の地で仲間を見つけた瞬間だった。

空き教室に場を移して僕たちは改めて自己紹介を始めることにした。

「少しの間ここに人を寄せ付けないでくれ。」

『姐さんの頼みなら合点承知でさぁ!!』

式神にした猫又こと芝衛門に見張らせて。僕は芦屋メイ、元はどこにでもいるアラサーのOLだよと切り出した。

「俺は大上睦月って改めて自己紹介するとなんだか気恥ずかしいな!」

生まれ変わる前は女子高校生だったんだ。つっても車両脱線事故に巻き込まれておっちんじまって気づいたらそんときに嵌まってたバンキスの大上睦月になってたんだわ。

「車両脱線事故?」

「高校の部活の朝練に行くのに乗った始発の電車だった。」

「僕も残業終わりに乗った始発の電車で事故に遭って死んだんだ。」

「もしかしたら同じ電車だったのかもしれないな。」

「かもね。」

互いに自己紹介をしたところで切り出すのは巻き戻しについて。大上君も理由は分からないなりに巻き戻しには気づいていた。

そこで四十五回の巻き戻しで気づいたことを僕は大上君に打ち明けることにした。

「つまり「芦屋メイ」として逸脱した行為をしたとき巻き戻るのか。」

空き教室に置かれていたパイプ椅子に座って考え込む大上君。なにか気になることがあるのかいと訊ねた僕に大上君は頭を掻く。

キャラクターから逸脱した行動を取ると巻き戻しが起きるということには心当たりがある。

「芦屋さんは「大上睦月」の趣味を覚えているか?」

大上君の質問に遠い記憶を掘り起こす。サッカー部のエースである大上睦月。彼は意外なことに文学少年である、自分でも小説を書くこともあり彼の攻略ルートでは意外な彼の趣味を知ることから始まる。

「生まれ変わる前の俺は漫画家志望だったんだ、当然この世界でも漫画家になろうとしたんだけどGペンを握った途端に巻き戻しがあってさ。」

だから仕方なく小説を書くことにして、けれどもゲーム通りになるのはなんだか悔しくて、大上睦月が書きそうにないハーレクイン小説に手を出したんだ。

それに本当はバスケの方がサッカーより得意でさバスケ部に入ろうとしたんだ。

そんときにも巻き戻しがあったからキャラクターから逸脱した行為をしちまうと巻き戻しに遇うってことは理解できる。

「芦屋さんと婚約者になったときも巻き戻しがあった訳だしな。」

「あったね、そんなことも。」

四十五回突然巻き戻しが起きた理由も芦屋さんにあることも理解した、お陰ではっきりしたよ。

「巻き戻しが起きるのはそれだけじゃないってことが。」

「大上君それはどういうことだい?」

「恐らく姫宮が納得するエンドを迎えられなかったときも巻き戻しが起きるんだ。」

芦屋さんが巻き戻しに気づいた、つまり前世を思い出すよりも前からこの世界は巻き戻しが起きているんだ。

その数は俺が覚えている限り百三十五回、芦屋さんが記憶を取り戻したのが九十回目だから九十回は巻き戻しがあった計算になるな。

「その九十回で姫宮は生徒会全員を攻略してバッドエンドを除くすべてのエンドを回収している。」

けれど姫宮が唯一回収していないエンドがあるんだ。生徒会全員の攻略が開放条件のエンドがあることを僕はこのとき大上君の言葉で思い出す。

「姫宮さんが狙っているのは生徒会全員の攻略が条件だったハーレムエンドか!」

「たぶんな。」

順繰りに生徒会全員の攻略を終えたあと、それでも巻き戻しが起きることから姫宮がハーレムエンドを狙っているんじゃないかって俺は推測を立てた。

そんで注意深く見てみたら姫宮がハーレムエンドのために必要な生徒会全員の好感度を上げているのが見てとれてさ。

「だから姫宮が納得するエンド、つまりハーレムエンドを迎えるまでこの世界の巻き戻しは終わらないんじゃないかな。」

とは言っても何時もハーレムエンドを狙っている訳じゃない、箸休めみたいに特定のキャラを攻略することもあるみたいなんだ。

「特にいまは葉月を攻略しようとしている。」

放送で教師に呼び出された大上君を見送りながら僕は考え込む。彼の話が正しいとするなら姫宮さんが望むエンドを迎えない限り何度もこの世界は巻き戻される。

「芦屋メイ」として逸脱した行為を取っても取らなくても巻き戻しが起きるというのならば、これから僕はどうすれば良いのだろうか。

八方塞がりのなかで僕は無性に魔王に会いたくなった。彼が居てくれたら僕の悩みなんて簡単に吹き飛ばしてくれるんじゃないかって、募る恋しさに僕は膝を抱えた。

「君にいますぐ会いたいよ、ハニー。」

慰めるように喉を鳴らした芝衛門を抱き締め顔を埋めた僕は、だから空き教室の入り口で震える手を握り締めていた葉月には気づかなかったんだ。

「···お前は誰に恋い焦がれているんだメイ?」

悩んでも時は流れる。僕にとって待ち望んでいたもの。第三の関門、石塔戦のときが訪れたのだ。

放課後の課外授業、あやかし退治。何時かのようにヒロインを庇い葉月が石塔にぶつかり流れ出した血が石塔を汚す。それに合わせて強烈な瘴気が吹き荒れるなか僕は石塔に近づく。

「メイ!」

「葉月たちは姫宮さんと先生たちを呼んできてくれ!!」

「ふざけるな!!俺にお前を犠牲にしろと言うのか?!」

声を荒げる葉月に僕は笑う。大丈夫、僕は会いたい人に会いに行くだけなんだ。だから怖いことなんてなにもない。

生徒会メンバーに引き摺られていく葉月を見送り、結界を張って石塔から溢れ出た魔物を閉じ込め、鮮烈な光りが走るなか咄嗟に伏せた目を開いた僕が見たのは。

艶めく巻き毛の黒髪を掻き上げ、白磁の如き相貌に滴るような蜜の瞳を細めてルージュを引いた唇に蠱惑的な笑みを浮かべた豊満な体つきをした美しい、美しい「女性」だったんだ。

「よくぞ我が封印を解いたと褒めてやろう。」

しかして絶望せよ、我を謀り封じたる報いを受けるがよい。我は魔王「山本五郎左衛門」なり。笑いながら高らか告げた女性に僕は膝を着いた。

「違う。」

ポツリと涙が浮かぶ。止めどなく溢れ出した涙が頬を伝い、これまで僕を支えていた柱が脆くも崩れ落ちるその音を聞いたような気がしたんだ。

「違う!!僕が会いたかったのは貴女じゃない!!!」

「うむ?」

会いたかった、会いたくて、貴方に会うことだけが。魔王にもう一度会うことだけが僕を支えていた唯一の柱だったんだ。

貴方に会って謝りたかった。約束したのに貴方の側を離れたことを、一人にしないと約束したのに破ってしまったことを。

何度も巻き戻して、この世界に居る魔王が僕が知る彼ではないと分かっていた。それでも僕は魔王に会って、謝って。それからもう一度ともに生きていくことを魔王に許して欲しかった。

魔王、僕が愛した人。貴方が居ない世界で耐えられないのはきっと僕の方だった。

子供のように声を上げて泣く僕に魔物である女性が、山本五郎左衛門が近づく。殺されるかもしれないと頭の片隅で冷静な僕が言う。けれどもなにもかもが億劫で目蓋を閉じた僕の頬を山本は掴み。

「女の涙は武器!そう簡単に流すものではなくってよ?」

お姉さんが話を聞いてあげるから泣き止みなさいな。優しく涙を拭う山本に僕は目を丸くすることになる。

不可視の結界を張らせ石塔に腰かけた山本は空咳をひとつ溢す。

「改めて私は山本五郎左衛門、地獄を治める魔王が一人よ。」

百年前に神野悪五郎と魔王の頭を巡って争っていたんだけど悪五郎の奴の手引きで人間に封じられていたのよね。山本の言葉に僕は可笑しいなと首を傾げた。

「騙し討ちで石塔に封じられていたのは魔王、神野悪五郎だったはずなんだけど。」

「···なにか込み入った事情があるみたいだしお姉さんに話して見ない?」

その前にと僕は改めて山本を見る。石塔から現れた絶世の美女、側に侍るように控える魔物たちからして彼女もまた「魔王」であることは間違いないだろう。不意に魔王が言っていたことが口から溢れた。

「ということは貴女がショタコンの山本五郎左衛門ってことになるのか?」

「それ誰が言ってた?」

ひくりと口の端をひきつらせ額に青筋を浮かべた山本。魔王こと神野悪五郎ですと正直に話すとあのオカマ野郎と拳を握る。

「お生憎さまだけど私はショタコンじゃないわ!」

「違うの?」

「ええ安心して!だって私はショタもロリも両方イケるペドフィリアだもの!!」

ちなみに魔物の私からしたら老若男女すべての人間がショタでロリよ!!

「その言葉でなにを安心出来るっていうんだい!?」

かくして解き放ってはいけなかったような気がしてならない山本が世に放たれることになった訳だが。

山本いわく魔力を根こそぎ悪五郎に奪われたからもう悪さなんて出来ないらしいのだけれど。

「大人しくお姉さんに身を委ねて?ちょーっとこのメイド服を着てお写真を撮るだけだから!!」

「そう言ってこの間も変なポーズばかり取らせたじゃないか!!もう二度とその手には乗らないんだからね!」

あのとき撮った写真が机に出ていたばかりに勉強会で屋敷に来ていた八千代ちゃんと葉月に見られて顔から火を吹くかと思うぐらい恥ずかしかったんだからね。

葉月なんてそれから一週間も僕と目を合わせてくれなかったんだぞ。メイド服片手に迫る山本から逃げようと自室の壁際にまで後退した僕に彼女は微笑んだ。

「そっかー、それじゃあ悪五郎の小さかったときのエピソードは聞きたくないかー。」

「···魔王の?」

「アイツとは幼馴染みっていうのかしら?昔から悪さをするときは手を組んでたのよねー。」

だから若かりし日の尖りまくったアイツのエピソードを山ほど知ってたりするんだな。聞きたくないかな悪五郎の初恋物語と笑う山本にこれで最後だからねと半泣きでメイド服をひったくった。

(そこまで恥ずかしがるなら式神に着せれば良いのにこの子ってば律儀よねぇ。)

人間が大好きで大っ嫌いなアイツ。悪五郎が恋をした唯一の少女。この少女の話によればこの世界は姫宮皐月という少女により巻き戻しが起きるという。

少女と話しあい恐らく悪五郎もまた巻き戻しの影響があり、なぜか百年前の封じらる前にまで戻り本来封じられるはずだった自分の代わりに山本を封じこめたのだろうと推測している。

気になることは悪五郎に一巡目の記憶があるかどうかだ。一巡目の記憶があるなら少女に会いに来る筈だ。

だが少女の前に悪五郎が現れなかった。

(でもそれだと自分の代わりに私を封じたということに矛盾を生むのよね。)

確かに山本は悪五郎を騙し討ちしようとしていたが、それに気づかれるような真似はしなかった。それこそ自分が封じられると事前に知っていなければ回避することは不可能だったはずだ。

(悪五郎には間違いなく一巡目の記憶があると見て良い。)

だからこそこの少女は言葉にこそしないが怯えているのだ。悪五郎はもう自分のことなどはどうでもよくて愛想を尽かしたんじゃないかって。

恥ずかしげにメイド服を着た少女を抱き締め頬擦りしながら早く出てこないとぶんどってやるんだからと山本は鼻を鳴らした。

葉月の様子が変だ。同じクラスということもあって頻繁に顔を合わせていた葉月、けれど石塔戦以来どうにも精彩さに欠くような気がしてならないのだ。

「土御門君がメイちゃんの前で可笑しいのはデェフォルトだよ?」

「八千代ちゃん。」

お昼休み教室の机をくっつけてお弁当を食べていた八千代ちゃんがタコの形に切ったウィンナーにフォークを突き刺して笑う。

「とは言っても確かに最近の土御門君は変だよね。」

八千代ちゃんはおもむろに中庭に面していた教室の窓を開け放ち姫宮さんたちと昼食を取っていた葉月に声をかけた。

「土御門くーん!メイちゃんが君にお弁当を作ってきたけれど一緒に食べなーい?」

「···芦屋が?」

「皐月を置いてどこに行くの葉月君?」

座っていたベンチから葉月は立ち上がりかけた、だが上着の裾を掴んだ姫宮を見て頭を押さえながら八千代ちゃんの誘いを断り生徒会メンバーの輪に戻っていく。

「普段の土御門君だったらメイちゃんが自分のためにお弁当を作って来たらいちもにもなく絶対に戻って来るのに。」

「そこんところ律儀だからね葉月は。」

と言っても僕のお弁当にそこまでの価値があるのだろうかと首を傾げると土御門君にとってはお金を積んでも食べたいプレミアものだよと八千代ちゃんは忍び笑いを浮かべた。

「だから今の土御門君は可笑しい。」

だってメイちゃんのこと芦屋って呼んでた。普段は分家と本家の関係で同じ名字である僕とメイちゃんを区別するためだって言って絶対に名字で呼んだりしないのに。

そのとき僕は確かに胸騒ぎを感じていた。いま思えば僕は葉月になにが起きていたのか確かめておけば良かったんだ。

窓辺で佇む芦屋を焦点の定まらない目で追う葉月を後ろから抱き締め姫宮皐月は笑う。

「ダメよ貴方は私の虜なんだから、あんな詰まらない女より私を、私だけを見ていれば良いの。」

後になって僕は葉月たちが姫宮さんに彼女の血を混ぜた食べ物を摂取させられ、自分の良いなりになるよう隷属させられていたことを知る。けれど僕がそのことに気づいたときにはすべてが手遅れだったんだ。

卒業を控えた春、運命のプロムナードの日を僕は迎えることになる。婚約破棄されることが分かっているとは言っても一応のパートナーである葉月に恥を掻かせる訳にはいかない。

クローゼットの前で悩んでいると一着のドレスが目に入る。繊細な金糸で刺繍が施された漆黒のドレス。

それは一巡目で魔王が用意してくれたものに似ていて、思わず袖を通して姿見の前に立つ。

「もうそろそろパーティーの時間じゃないかなメイ君?」

「山本!」

僕は壁をすり抜けて入って来た山本にドレスを用意してくれて助かったよと笑みを浮かべ壁時計に目をやると慌てて部屋を飛び出した。

「んん?確かにドレスは用意してたけど。」

私が用意したドレスはクローゼットに置かれたままのようだがね。山本は頭を掻きながら首を傾げた。

僕はこの日に婚約破棄を言い渡され。失意のなかで「魔王」に操られて姫宮さんを傷つけたことで葉月に殺される。

けれど僕は一巡目のときのように葉月に恋をしていないから失意を抱くことはないし、「魔王」にだって操られてはいない。ましてや死ぬつもりもない。

となるとまた巻き戻しかなとプロムナードの会場控え室で葉月を待つ。僕が「芦屋メイ」から逸脱した行為をしなくても姫宮さんが納得するエンドを迎えない限り巻き戻しが起きる。

だとしたら大上君が言うようにハーレムエンドを迎えないとこの世界は何度でも巻き戻されるのだ。ということはハーレムエンドを姫宮さんが望む限りは葉月の恋は報われない訳で。

僕には魔王が居る、とは言ってもかつて恋した人の恋路の険しさに眉をしかめずにはいられなかった。

その葉月に僕は最近顔を会わせていない。会いに行こうとはしたんだ。けれどその度に奇妙な邪魔が入るのだ。

それに加えて大上君以外の生徒会役員が仕事を放棄したことですっかり忙殺されて。

(結局葉月とは昼食に誘ったあの日から顔を会わせないまま今日を迎えてしまったな。)

「メーイちゃん!」

「八千代ちゃん?」

笑いながら手を振る八千代ちゃんに僕は首を傾げた。八千代ちゃんは確かプロムナードには不参加だったんじゃ。僕の疑問に八千代ちゃんは嫌な予感がしたからねと口許を引き結ぶ。

「今回の「姫宮皐月」は様子が可笑しいんだ。」

「゛今回゛の「姫宮皐月」?」

八千代ちゃんにその言葉の意味を問いかけようとしたとき人のどよめきが沸き上がる。その途端に肌を粟立たせる異様な気配に気づき顔を上げる。

「芦屋メイ!今日この時をもって君との婚約を破棄させて貰おう!」

葉月と腕を組んだ姫宮さんを中心に勢揃いした生徒会役員。彼らはそれぞれがあやかし退治に使う武器を構えて僕を睨み。

「芦屋さんが国家転覆を謀る魔王の僕であることは分かっています!」

だから大人しく殺されてくれますよね。頬に両手を添えて嗜虐の色を湛えた目を潤ませ姫宮皐月は葉月たちに号令を出す。

「襲って!!切り裂いて!!殺して!!」

控え室の入り口に凭れるように傷だらけになった大上君が息を切りながら姿を見せて必死に叫ぶ。

「逃げろ芦屋さん!!そいつらは傀儡にされて姫宮に操られているんだ!!!」

僕は咄嗟に側に居た八千代ちゃんを突き飛ばし生徒会役員の前に飛び出した。

立花弥生が剛弓から放つ無数の矢を咄嗟に控え室に据えられた机を返して影に隠れ、黒須無月と在月が笛で操る蟲の大群を結界で押し留める。だがそこで僕が張った結界を日本刀で風間卯月が切り飛ばし間合いを詰めて。

『お姉さんがこの子には指一本触れさせないわ!』

「すまない、助かったよ山本!」

足下の影から飛び出した山本が扇で風間の太刀と鍔競り合う。安堵して気が緩んだわずかな隙を突き予備動作なく放たれた狐火に僕は壁際にまで吹き飛ばされ息を詰まらせた。

咳き込みながら近づいてくる葉月に僕は叫ぶ。

「目を覚ませ葉月!!」

周りを見ろ葉月、このままだと控え室に居る生徒たちが巻き添えになってしまう。何時もの君なら絶対に無関係の生徒たちを巻き込んだりしない筈だ。

「僕はどうなっても構わない、だから、だからお願いだ!!目を覚ましてくれ葉月!!!」

「··る、さい、うるさい、俺はお前を殺さなければいけないんだ!殺さないとお前は!!お前は!!!」

俺を置いて行ってしまうじゃないか。

血の涙を流しながら掲げられた手から部屋を埋め尽くすほどの狐火を生み出し、振り落とされた手にあわせて咄嗟に張った結界を突き破りながら押し寄せる狐火に僕は目を閉じた。

「ダメよう?人様の愛しい愛しいダーリンに手を出したりなんかして。」

馬に蹴られたってしらないんだから。チョコレートのように甘いテノールが耳を打つ。ざわめきが鳴り止み、僕を焼き尽くすべく放たれ、不自然に空中に留まる狐火を避けながら。

「彼」は思わず伸ばした僕の手を掴んで引き寄せた。

「会いたかったわダーリン!!」

「魔王?」

望月のような黄金色に輝く目を細めて魔王は。神野悪五郎は喜悦を滲ませるような笑みを浮かべて僕を抱き締め、パチリと指を鳴らし止めていた時を戻し、飛来した狐火を腕の一振りで消して見せた。

「やっぱり一巡目の記憶があったんじゃない!来るのが襲いのよ悪五郎の癖に!!」

風間卯月の太刀を弾き飛ばして勢いよく蹴り上げ意識を刈り取ると顔を怒らせながら駆け寄って来た山本に魔王は鼻を鳴らした。

「アタシだって好きで遅れてきた訳じゃないわよこの厚化粧オバケ!!」

「どぅあれが厚化粧だオカマ詐欺野郎!!」

「アンタ以外に居ないでしょうこのおブス!!」

「あったま来た!今度こそ封印してやるからそこに直りなさい!!」

「あら?アタシに魔力を奪われたお馬鹿さんは誰だったかしらねぇ??」

ぎゃんぎゃんと言い争う二人に置き去りにされる僕たち。なんとなく口を挟めないでいるなかで僕は魔王の服の裾を引く。

「君は本当に魔王なのかい?」

「アタシ以外でダーリンに触れる奴がいたら八つに裂いて腸を引き摺り出してるわよぅ?」

百年このときを待っていたわ、待って待ち続けてダーリンが生まれたときすぐにでも拐おうとしたわ。けれど出来なかったのよ。ダーリンを拐おうとすると巻き戻しが起きたから。

それでも諦めきれなくて幾百、幾千、幾万と巻き戻しに挑んで。

「重大な逸脱行為と見なされてこの世界から弾き出されてしまったのよねぇ。」

驚いたわよ、なにせ弾き出されたかと思えばこの世界がゲームになっている世界に行き着いたんだから。お陰でこの世界に反撃する手段を思い付いたのだけれども。

「この世界がゲームだというのなら結末を書き換えてしまえば良い!」

大掛かりな改変はこの世界を滅ぼしかねない、だからアタシは攻略ルートを増やしたの。ダーリンが、芦屋メイが死なずに済むルートをね。

まさかゲーム会社もゲームクリエイターのなかに魔王が紛れ込んでいるなんて思いもしなかったんじゃないかしら。

「ゲームの結末を書き換えたあとはこの世界に戻る手段を探して、ようやく戻ってこれたときに真っ先にダーリンに会いに行ったわ。」

けれどまさか軽い気持ちで石塔に山本を封じたことで同じ「魔王」だからかこの世界はアタシの代役として山本を扱い出して、それが原因でダーリンに接触出来なくなるなんて思わなかったのよ!

ダーリンの「魔王」はアタシだけなのに、口惜しげにハンカチを噛む魔王に僕の頬を涙が伝った。

「ど、どどどうして泣くのダーリン?!!」

「魔王に嫌われた訳じゃなかった、魔王は僕を助けようとしてくれていたんだね。」

溢れ出た涙を隠すように魔王の胸元に顔を埋めて肩を震わせた僕を魔王は掻き抱くように強く抱き締める。

「···バカね。アタシがメイを嫌う訳ないじゃない。」

魔王は僕を抱き締めたまま隙を見計らっていた姫宮さんに笑う。

「キャラクターから逸脱した行為を取れば時間が巻き戻ることに例外はないわ、更に重大な逸脱行為をすればこの世界から弾き出されてしまう。」


だからこそ姫宮皐月。アンタが自分の血を、吸血鬼の血を使い生徒会役員を操ったことは「姫宮皐月」というキャラクターから逸脱した行為となるわ。

魔王の言葉を引き金にしたように姫宮さんの身体は砂のように崩れ始める。それに伴い正気に戻った生徒会役員が敵意を込めた目で彼女を睨む。

「いや、嫌、イヤよ!イヤァ!!?あたしは愛されたい!愛されたかっただけよ!!なのになぜあたしだけが、あたしだけが消えなくちゃいけないの?!!許さない、許さないわそんなこと!!」

消えるならあんたも巻き添えにするわ芦屋メイ。

崩れ落ちる身体を引き摺り、鋭く尖った牙を剥き出しにして迫った姫宮さんから庇うように。

僕の前に立ちはだかって怒りの形相を隠すことなく葉月が青白い狐火で焼き払ったことで姫宮さんは呻き声ひとつ出せず灰と化した。

「葉月?」

「お前は俺の婚約者なんだ、婚約者を助けるのは当然のことだろ?」

「そこでメイちゃんが好きだから姫宮さんを許せなかったって言えば良いのに。」

やっと口を挟めたと笑う八千代ちゃんに葉月が顔を赤くして、それから魔王に向き直って、何時もの。自信に満ち溢れた笑みで魔王に高らかに告げた。

「そちらの事情はだいたい分かった。だが俺は諦めるつもりはないからそのつもりでいろ魔王!」

「躾のなってない子犬に負けてあげるほどアタシは甘くはないわよぅ?」

睨みあう二人に口を挟めずにいると地響きと共に世界に亀裂が入り出す。

「ここで言い負かしてやりたいところだけどヒロインが消えたことでようやく世界が改変の波に晒され始めたようね。」

やっとアタシの「書き換え」が追い付いたみたいね。亀裂から走る光に視界が奪われ、剥離した床に引き裂かれた魔王に手を伸ばす。

「また、会えるよね!?」

「今度はアタシからメイに会いに行くわ。」

それを最後に僕の意識は暗転し、気がつくと僕は千代さんの腕のなかで赤ん坊になっていた。僕が魔王が行った改変の意味を知ったのは高校生になったとき。

「今日からこのクラスを担当することになった神野悪五郎よ!」

気軽にあっちゃんって呼んでちょうだいな。教壇の前に立ち僕に向かってウィンクした魔王に僕は笑う。

本当に君って奴は変わり者の魔王だ。けれど、そんな君だから僕は君から離れられないんだ。

「大好きだよ魔王。」

「あら残念ね?アタシは愛しているわよダーリン!」

 
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