蝶の羽ばたきと魔王さま!

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僕らはきっと似た者同士

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さて皆さん魔術というと先ずは何を頭に思い浮かべますか?

お伽噺のように箒で空を飛ぶことや杖を使って物を宙に浮かせたり或いは大鍋で怪しい液体を煮込みながら高笑いをしたり圧倒的な魔力を示すように魔方陣を空一杯に展開して隕石を雨霰と降らせると言うのが端的に言ってしまえば魔術に関する一般的なイメージではないだろうか。

事実この世界の魔法使いは箒ではないが空を飛ぶことが出来るし杖も使う人は使っていて大鍋でくつくつ薬湯を作ったりはするので大方の魔術に関するイメージはある意味では正しいと言えよう。

なお魔方陣を展開して隕石を降らすことに関しては隕石を引き寄せることは可能だが流石に任意の場所に落とすのは私でも至難の技だとグラナートが言っていたのでそれは除外するとして

「大鍋を煮込む姿の影響からかしら。」

辺りを見渡せば一面緑が広がる広大な森林と頭上から射し込む木漏れ日の合間から無数の鳥達のかん高い声が響き渡った。

「魔術師と言うともっとインドアのイメージがあったのだけれど――――」

案外魔術師もアクティブらしいと授業の一環で連れて来られた森の中で彼女ベルンシュタインは半ば遠い目で呟いた。






王立ブルーメ学園魔術科の一年生はその日講師である女性によって講堂に集められ一塊になっていた。

講師である女性は年齢を窺わせない相貌と魅力的なラインを描いた身体に黒の布地に金糸の細やかな刺繍がなされたローブを身に纏っている。

彼女はゴーテル女史と言い魔術科の主任講師の一人である。

傍らには何故か騎士科の客員講師でもある隻眼の王国騎士団の団長ヴォルフガングが控えていた。

「さて集まって貰った皆さんにはこれからタリスマンを各自で作って貰いたいと思っています。」

そう言ってたおやかな笑みを浮かべるゴーテル女史に授業のひとつとしてタリスマンを作ることになっていたことは前日から知らされてはいたものの全員が全員頭に疑問符を浮かべた状態で女史を見詰めて首を傾げた。

タリスマンとはアミュレットなどとも呼ばれる護符の一種であり魔道具のひとつだ。

魔術師が魔力の増幅器として用いるのがポピュラーな使用法だが使い方次第では魔除けにも精霊を呼び出す道具にもなる便利なものではある。

しかし一概に作るとは言ってもタリスマンに用いられる材料は宝石に始まり金属や羊皮紙にユニコーンの角や猛獣の牙にハーブと言った植物など様々なものがある。

その上に講堂には材料になりうるものは何一つなかったのだ。

「うんうん君達の疑問は最もです。」

ざわざわと困惑する学生らにゴーテル女史は何も無から有を産み出せとは言わないと空中から背丈ほどの螺旋を描き絡み合う蛇が装飾された杖を取り出して力強く一閃してみせる。

すると足元から俄に木の床が消え失せると共に講堂の何処か停滞した冷たい空気が一変して強い風が吹き抜けまるで森の中にいるような日の温かさを含んだ空気が全身を包んだ。

「まるで、じゃなくて実際に此処は学園から遥かに東にあるレーベンと言う森の中だよベルンシュタイン君?」

パチリと驚愕から覚め辺りを見渡しているとゴーテル女史は楽しげに良い反応だと微笑んだ。

「さて君達は前日に寮の提示板をきちんと見ていたかな?」

その言葉と自分達を取り巻く森の木々にまさかと顔をひきつらせた。

提示板に貼られた紙には森で過ごすのに必要なものを持ってくるようにと言う謎の指示が書かれてあったとゴーテル女史を見ると案の定この森の中からタリスマンに作るのに必要な材料を採ってきて貰うと言葉が続いた。

此処レーベンの森は王国の宮廷魔術師によって手入れされているのもあってタリスマンに必要なものがおおよそ揃っていると
ゴーテル女史は戸惑う学生らに告げて杖を空中に浮かばせると椅子代わりにそこに座りこれから午後過ぎまでタリスマンの材料を集めてくるように指示を出した。

「とは言ってもユニコーンの角や猛獣の牙だとか言ったものは魔術師の入り口に立ったばかりの君達には流石に望まないから安心してね。」

ユニコーンは見た目に反してとても凶暴だから例え純潔の乙女であっても近づかないようにとローブを翻しゴーテル女史はそれじゃあ頑張ってねぇと笑って頭上高くに飛び上がり空へと消えていった。

「――――ってアイツはまた肝心なこと言わねぇで行っちまいやがった!?」

それまで静観を決めていたヴォルフガングは役目を押し付けられたとがしがしと頭を掻くと溜め息混じりに二人一組で行動することや万が一の時に備えて騎士科の学生らが何人か森に常駐していることを告げた。

「という訳で午後になったらコイツを目印に戻って来い。」

そう最後に背に聳える巨大なオークの樹を叩きヴォルフガングは付け加え各自散開と手を叩いた。

(二人一組になれとは言われましたが。)

次々と親しい者とペアになって森の中に踏み入れていく同級生を見ながら声を掛けれるほど親しい者がいないことに今更気づきベルンシュタインは思わず考え込んだ。

入学式の一件以来人から避けられていたこともあって彼女には親しいと呼べる者がこの場には殆どいなかった。

(特段一人でも困らなかったのもあってかついつい此処まで来てしまったけれど本来学園は交友関係を築く場所でもある筈)

此処はひとつ勇気を出して誰かを誘おうと顔を上げると薄紫の髪に愛嬌のある顔をした女子生徒と艶やかな金髪に夜明けの青を閉じ込めたような瞳と意志の強そうな眉をした女子生徒の二人が目に入る。

薄紫の髪をした女子生徒は彼女がこの世界がゲームだと認識していた頃の『花の誓い、石の囁き』のヒロインであるシュトゥルムフートだ。

(シュトゥルムフート嬢も魔術科でしたのね。)

そこではてとベルンシュタインは首を傾げることになる。

確かに『花の誓い、石の囁き』でもシュトゥルムフートは魔術科の生徒だとされていたが彼女が今まで実際に魔術科で授業を受けている姿をベルンシュタインは見たことがなかったのだ。

(ですからすっかり他の学科に所属したとばかり考えていたのだけれど。)

そう言えばレーベンの森でタリスマンを作ると言うのが『花の誓い、石の囁き』の中でイベントとしてあったようなと思い出しまさかシュトゥルムフートはイベントに絡む時以外は授業に出ていないのではと疑いが内心でもたげ良く良く彼女を見ていると髪と同色の薄紫の瞳とかち合った。

途端奇妙なほどに怒りを滲ませ愛嬌のある顔を歪めながらベルンシュタインを睨み出すシュトゥルムフートに彼女は何かしたかしらと目を瞬かせた。

ともすればギラつき焼けつきそうなシュトゥルムフートの視線からベルンシュタインを庇ったのはもう一人の女子生徒だった

視線を遮るようにベルンシュタインの前に立った女子生徒は君は確かベルンシュタイン嬢だよねと彼女を見詰めて微笑んだ。

微かに薫る薔薇の香りと玲瓏な美貌をしたその人はご一緒しても構わないかと洗練された仕草で彼女に問い掛けた。

「実は僕は実家の諸事情でつい最近まで休学していて復学の際に改めて魔術科の一年に入り直したばかりなんだ。」

だからというかまだ魔術科には親しい者がいなくてねと躊躇いがちに口にして微かに恥じらいを見せる彼女に親しみを感じたベルンシュタインは私でよろしければと思わず彼女の手を取ると彼女は安堵したように見た目よりも存外に幼い笑みを溢して小さく頷く。

「僕はローザ・レーゲン・フォン・ブラウと言う。」

気軽にローザと呼んでくれと笑う彼女にブラウ家は確か公爵家ではなかったかと目眩を覚えた。

レーゲン・フォン・ブラウ家とは肥沃な平野と豊かな森林を領地に持つことで有名である。

主な産業は農耕で特に質の良い薬草が取れることで東にある魔術国家と国境が接していることから貿易を通して長きの友好関係を魔術国家とは築いているという。

また神魔大戦時は戦で焼き出され故郷を追われた多くのエルフや獣人を匿っていたとされておりブラウ家の領地は今も多くの亜人種が人間と肩を並べて共存している。

現ブラウ家の先祖もそうしたエルフの一人でありローゼ・レーゲン・フォン・ブラウはエルフの血を引くご令嬢でありボーイッシュな言葉遣いと立ち振舞いから女生徒らに青薔薇の君とも呼ばれている。

そして『花の誓い、石の囁き』ヒロインであるシュトゥルムフート嬢のライバルであり。

王太子ルートでは王族を除き最も玉座に近い地位にあることから敵対関係にもなる言わば悪役と呼ばれる人物でもあった。

「頻りに首を傾げたりしてどうかしたのかいベル?」

ローザ嬢の呼び掛けに慌てて何でもないと苦笑を溢し私は用意していたポーチから予め森での活動と聞いて用意したものを取り出していく。

ポーチから森での活動と聞いて用意した白手にスコップと鋏や採取したものを入れる小さな籠などを次々と出していればローザ嬢は感嘆の声を出した。

「異空間収納の魔術が掛けられていたのか。」

道理で身軽な出で立ちでいたんだねと感心するローザ嬢に流石魔術国家と交流があるだけあると一目でポーチのからくりを看破した彼女に頷いた。

心配性の従兄弟兼幼馴染みがポーチを渡して来のだと説明しながら前日にいきなり窓から入ってきたグラナートを思い出しベルンシュタインは乾いた笑みを浮かべた。

最後に貝の入れ物に入った軟膏を取り出して靴底へと塗っているとローザ嬢が声を上げた。

「それはもしや!」

微かに興奮の光を目に宿しローザ嬢はこれは魔女の軟膏ではないかと身を乗り出してベルンシュタインの手を掴んだ。

「良くご存知ですわね、ローザ様。」

「ローザで構わないよ、僕も貴女をベルと呼んだのだし。」

その方がなんだか親しい感じがするからとはにかむ彼女に促されローザと呼ぶと最初の笑みとは比べようもない晴れやかに歯を見せて笑う。

「あっ、えっとごめん驚いたかな?」

親にも良く令嬢が歯を見せて笑うなとか令嬢らしくしろと注意されるんだが何分男兄弟八人に小さい頃から揉まれたせいか気を抜くと兄弟みたいに男の振る舞いをしてしまうと悄気かえるローザに対してベルンシュタインは小さく噴き出した。

悄気かえる姿がなんだか酷く愛らしかったからだ。

「ベル?」

「ごめんなさい、ただ私はどちらかというと今の笑みの方がなんだかとても親しみを感じるの。」

「本当かい!!」

途端はしゃぐように笑い出すローザに苦笑を溢し軟膏でしたわねと彼女の手にそれを渡した。

「魔女の軟膏の実物を僕は初めて見たよ。」

「まあ、そうなのですか?」

魔術国家と交流ある彼女なら見たことがあるのではと首を傾げるとこんな高価なもの滅多に市場に出ないとローザは力説する

「もしかしてこれも従兄弟兼幼馴染み殿が入手を?」

「何でも冒険者ギルドで依頼されたダンジョンを攻略したら手に入ったとかで。」

靴底に塗ればどんな悪路でも簡単に歩けるとグラナートから渡されたと言えばローザはまさかの便利グッズ扱いと天を仰いだ

本来魔女の軟膏とは空を飛ぶための秘薬だとされており下手をすれば小さな領地ぐらい買える品なのだと道々ローザに聞かされることになるのだがそれはまた別の話である。

「商談的な意味で今度ベルのお馴染み殿に会わせて欲しいよ」

うちひしがれるローザに笑いながら今はタリスマンの材料探しですよと背中を押した。

軟膏の効果からかさくさく進むと探索を二人で行なっているとローザがこれなんか良いんじゃないかとひとつの樹を見上げた

「これはヴァホルダーですね。」

ローザが見つけたのはヴァホルダーまたはジュニパーと呼ばれる針葉樹の一種で腎臓や肝臓の働きを助ける他に消毒や殺菌の効果があり長じて解毒薬の力があると言われている。

魔術においてはその香りは場の浄化作用があると言われており教会などに良く飾られているものだ。

一般的な使用法は主に果実から取る精油と枝葉を焚きしめることだがジビエなどの狩猟で手に入った野生の鳥獣の肉を調理する際に癖のある風味を緩和させる目的でスパイスとして使われることもあると言えば驚いたようにローザが目を瞬かせた。

「貴族の子女にしては野草に詳しいね。」

「山育ちですの。」

そう切り返せばローザはそれを言うと僕なんて森育ちだよと愉快げに肩を竦めて見せた。


「次は私が見つけましたわ。」

「それは僕も知ってるよ、確かフェンヒェルだよね。」

糸状の鮮やかな黄緑色の枝先に黄色の蕾を着けた植物を茂みから見つけローザにベルンシュタインは見せた。

フェンヒェルは秋には茶褐色の楕円の実を着けるもので若い葉や種子は甘い香りと微かに苦味があり消化促進と消臭作用とヴァホルダーと同様に此方も解毒薬として用いられる。

また悪霊を追い払う力があると言われており家の扉にこれを飾ることで魔除けになるが多くは魚料理やピクルスなどの風味づけに使われたり球根の部分を野菜としてサラダや煮物にスープの具材として扱われることが多い。

互いに競いながら暫く茂みを掻き分けていると細かい縮れのある長楕円の葉を着けた腰ほどの高さをした独特の香りを漂わせるハーブを見つけた。

「香りからして先ずザルバイであることに間違いないね。」

「万能薬のザルバイですね。」

ザルバイとはセージのことで医者、料理人、台所、地下室と人も場所も貧富の差も問わず役に立つハーブと言われており料理や装飾に使われる以外に高い殺菌力や解熱及び浄血作用から古くから薬として使用されてきた。

セージもまた魔除けの力があると言われているが最もポピュラーな利用方法は乾燥させた葉をハーブティーにしたり香辛料として肉料理に使うことだろう。

更に森の奥に踏み入れると鮮やかな薄紫の芳香を放つ小さな花を見つけ膝を着き採取用の鋏で幾つか手に取った。

この花はタイムと言って強力な殺菌及び抗菌作用があり古くは防腐剤として用いられたハーブである。

此方の世界でタイムは「戦士の贈り花と」されており勇気の象徴として戦場に赴く男性に女性がお守りとしてタイムを入れた香袋を渡す風習がある。

また勇気の象徴であることからタイムは悪夢を防いでくれるとも言われている。

この他に肉料理とスープに良く香り付けに使用されておりパセリ、ローレル、エストラゴン等と共に鍋に入れられているのを良く見かける。

ふと顔を上げると菊に良く似た赤い花を見つけ此方も採取して丁寧に籠に入れた。

「小さい頃にこれを使った軟膏を母と作って父と幼馴染みに贈ったことがあります。」

「僕も上の兄様達に作らされたことがあるよ!」

中央が白く端が赤い花弁のこれはアキレアと言い空き地や道端でも良く見掛ける花ではあるが兵士の傷薬と言われるほどに止血作用があり火傷や切傷にはアキレアで作った軟膏を塗るとたちどころに治るとされている。

「兄上に贈ると言いますと。」

「うちは長男と三男を除いて全員王立騎士団所属なんだ。」

騎士団だからか単にそそっかしいだけか良く傷をこさえて帰郷する兄らにせっつかれ作らされるのだとローザは苦笑を溢した

切り傷の薬以外にアキレアの茎などは天候を占う際に用いられることがあるがアキレアの真価は強力な魔を祓う力があることだろう。

また花言葉が真心であることから戦士の贈り花としてタイムと共に男性に贈られることもあるとか。

なおアキレアは食べると胡椒に良く似た風味がすることから刻んでサラダに掛けてアクセントにしたりビールの醸造の際にホップの代わりに使われる時もある。

暫く土に汚れつつ採取をしていると季節外れに花を着けたセントジョンズワートを見つけた。

拓けた場所と良く射し込む陽射しの恩恵だろうか茎の斑点を擦ると赤い液を滲ませるセントジョンズワートは解毒や止血作用があることから切傷や火傷に効果があると言われセントジョンズワートを浸したオリーブオイルは外用薬として扱われる。

また茎から染み出る液が赤いことから神聖視されており特に心の闇を払うと言われており長じて他者に掛けられた呪術を解く効果がある。

残念ながら食用には適してはいないが花弁が五枚葉であることがペンタグラム(五芒星)を表すとして魔術においては良く用いられているそうな。

そろそろ休憩にしようかと考えている森の最深部に来たのか植生が変化してファーンの葉を良く見るようになったと辺りを注意深く見渡した。

ファーンはシダのことで日当たりの良い場所にはと目を凝らせばやはりアドラーフェルンがあった。

アドラーフェルンは日本では春にお馴染みの野草であるワラビのことで丸い姿を地面から覗かせている。

ワラビは燃やすと蛇や悪しき魔が退散するとされており良く故郷の古老らが春先に山へ分け入る時にこれを良く燃やしているのを見掛けたものだ。

それから成長したワラビの茎を切ると模様があるのだが切る位置によって模様が変化することから未来の夫や妻の頭文字をこれで占うという。

また聖なる樹として知られるオークに樹形が似ていることから魔除けになるともされ特に幸運を呼ぶ力があると言われている

なおワラビは馬が食べると中毒を起こすので絶対に家畜には食べさせてはいけない植物の一種である。

人間でも十分に灰汁抜きをしないと中毒になるし食べ過ぎてもやはり中毒になるので注意が必要だ。

「よしベル此処等で休憩にしようか。」

これ以上森の深くに入るとユニコーンの生息地に侵入することになるらしいよと警告の為に立てられたと思しき看板を見つけたローザが軽く手を挙げた。

「丁度タリスマンの材料も十分採りましたからね。」

膝に着いた土を落とすとタイムを採取した辺りまで戻って休憩をとることにした。

ポーチから敷物を取り出して折角の屋外ですからと首を傾げるローザに軽食にと用意したものをポーチから取り出した。

現れたバスケットに入っているのは二時間ほどじっくり煮込んだ鹿モモ肉をみずみずしいベビーリーフとトマトにチーズの三種を一緒に胡椒とにんにくを利かせたシーザードレッシングを掛けて黒パンで挟んだサンドウィッチだ。

次に火の魔石が入った手の平ほどのガスバーナーに良く似た器具を地面に置きポーチから取り出した小さなフライパンにオリーブオイルを回してウィンナーとベーコンを軽く炒める。

次に卵を二個取り出して牛乳大さじ二杯とバターにチーズを加えて焼き最後に塩コショウを振りかけて卵がとろみを帯びたらスクランブルエッグの出来上がり。

フライパンから今度は小鍋を用意しワインを注ぐとアルコール良く飛ばしてから林檎半欠けにグレープフルーツとレモンを切り鍋に入れてひと煮立ちさせると森の探索で冷えた身体に嬉しいホットワインが完成する。

「これはまた随分と美味しそうだね。」

驚きながら様子を窺っていたローザにカップに注いだホットワインを渡すと僕も御相伴に預かっても良いのと目を輝かせた。

「その為に用意したのだから勿論ですよ。」

「じゃあ遠慮なく頂こうかな。」

実はさっきから腹の虫が煩くて仕方なかったと笑うローザの声に被さるように二人分の腹の音が響く。

「ベルも腹ペコだったんだね。」

ベルンシュタインは自分のお腹を押さえながら恥ずかしながらとローザに笑みを浮かべた。






(そう言えばすっかり採取に夢中で忘れていたけれどヒロインであるシュトゥルムフート嬢のイベントはどうなったかしら)

ホットワインを口にしながらすっかり忘却の彼方にやっていたことをベルンシュタインが思い出した矢先のことだった。

突如として森の奥深くからかん高い悲鳴が轟いたのである。

(こういうのをフラグと言うのかしらね。)

悲鳴に驚き思わず食べていたサンドウィッチを喉に詰まらせたローザの背中を慌てて撫でながらも嫌な予感が脳裏に過る。

「気のせいじゃなければユニコーンの生息地がある方向から悲鳴がしなかったかい?」

咳をしながら同じように嫌な予感に顔をひきつらせたローザとベルンシュタインは顔を見合わ見てみぬ振りは出来ないかと手早く片付けを行い悲鳴がした方向に駆け出した。

藪を掻き分け茂みを飛び越え木々の隙間を縫い二人がそこで目にしたのは不自然に鬣が乱れたユニコーンが鼻息荒く一人の女生徒を睨み据えているところだった。

怒れるユニコーンから怯えるように尻餅を着きながら後ろに下がる女生徒はシュトゥルムフート嬢その人だった。

「まさか彼女はユニコーンの角を折ろうとしたのか!?」

シュトゥルムフート嬢が手に持ったナイフを見てローザが何処か呆れを含んだ言葉を口にしたことでベルンシュタインは思い出したと思わず額を押さえた。

イベントでは授業の一環で連れてこられたレーベンの森でシュトゥルムフートは本来はローザとペアを組み採取を行うのだがその際に更に良い材料をと求めたローザが講師の言いつけを破りユニコーンの生息地に踏み込んでしまうのだ。

運良く眠っているユニコーンから角を一欠片入手したところでローザは目を覚ましたユニコーンの怒りにより攻撃を受けそうになりシュトゥルムフートがそれを庇い彼女を助けたところでイベントのメインヒーローに助けられ以降そのメインヒーローを攻略するルートが開くというのがこのイベントの全容だった

(そう確か二学年上の先輩がメインヒーローとしてシュトゥルムフート嬢を助けた筈だ。)

しかし実際の現実ではローザはベルンシュタインとペアを組み採取にしても彼女はわざわざ講師の言いつけを破るような無謀なことはしなかった。

まさかよりにもよってその帳尻がシュトゥルムフート嬢の意図せぬ行動で合わされるなんてと溜め息混じりに彼女を見ればナイフを持った手とは反対の手にユニコーンの鬣と思しき銀の毛束が確りと握られていあ。

(あらまあ根本からバッサリいったのね。)

それを証明するかのようにユニコーンの鬣は一部見ていて悲しくなるほどにどうしようもなくハゲていた。


(そりゃあユニコーンも怒るわなぁ。)

そこで『花の誓い、石の囁き』におけるヒロインだったシュトゥルムフート嬢は虫も殺せない動物を愛する心優しき乙女だったようなとベルンシュタインは違和感を感じ首を傾げた

(果たして心優しき乙女がナイフ片手にユニコーンを丸坊主にするかしら?)

沸き上がる違和感にけれども今はそんな場合じゃないと焦りを滲ませたローザの横顔に思い直してユニコーンを刺激しないよう小声で彼女に耳打ちする。

「合図をしたら私がユニコーンを惹き付けますのでローザはその隙にシュトゥルムフート嬢を救出してください。」

「ユニコーンを惹き付けるなんてベル危険だよッ!?」

「確かに危険ですが授業の始めにヴォルフガング団長がおっしゃっていたではありませんか。」

――――この森には騎士科の学生が常駐していると。

「彼が駆け付ける僅かな時間さえ稼げば良いのです。」

それぐらいなら私でもどうにかなると震える拳を握り締めることで押さえて笑い一瞬ユニコーンの気が緩んだ時を見計らいローザ達とは反対の場所に駆け出し指笛を高く響かせた。

「それに馬の扱いなら誰にも負けない自負がありますわ!」

呼吸を乱し此方に向けて勢い良く馬首を巡らしたユニコーンから素早く身を翻し馬にとって死角となる目の位置に滑り込み嘶くユニコーンの背中に飛び乗り脚の力だけで体勢を維持し鬣を手綱代わりに掴む。

案の定彼女という異物に身を激しく震わせ跳ね上がって落とそうとするユニコーンの想像以上の激しい拒絶を受けるもこれぐらい厳しい山野に育てられた故郷の馬に比べたら微風に等しいと果敢に笑う。

(とはいってもあまり長くは持ちませんわね。)

手綱もなく馬銜もない裸馬を調教もせずに操るのはそれほどまでに難しいことだからだ。

ましてや優美な見た目に反し凶暴なユニコーン相手では多く見積もっても御しきれるのはあと数分が限度だろう。

(――――けれど彼なら私が稼いだこの僅かな機会を見逃さずに必ず駆けつけてくれると信じている!!)

その時一際高くユニコーンが嘶き空中に蹄を掻きベルンシュタインの身体が浮き上がる。

(しまたッ手が緩んで身体がずり落ちる!?)





全ての音が遠くなり景色が動きを止める――――

     『天よ地に堕ちろ』

その刹那朱色の光を放つ魔方陣がベルンシュタインとユニコーンを中心に浮かび低く甘く通るテノールが静かに耳を打った。

『――――地よ天を捕らえて彼のものの檻となせッ!!』

空から音もなく夜を凍らせたような艶のある黒髪を踊らせ地に降り立ち彼は石榴のような朱色の瞳を細めた。

呪文の詠唱と同時に身動きを封じられたユニコーンにグラナートはなんら躊躇することなくその角を掴んで勢い良く頭を下げさせた。

「ユニコーンは急所である角を掴めば例え純潔の乙女ではなくとも動きを止めることが出来る。」

ギリギリと音が出るほどにユニコーンの角を掴みグラナートはベルンシュタインに笑みを浮かべた。

「ベル貴女は時折無茶をし過ぎだ。」

その笑みで言葉でベルンシュタインは漸く全身の力を抜きユニコーンの背中に凭れ安堵の息をつく。

「無茶をした自覚はあるけれど。」

安堵した途端に押し寄せる緊張と微かな恐怖に身体を強張らせる彼女に歩みよりグラナートはその頬に触れ額に掛かる髪を耳に掛けてやるとベルンシュタインは眉を下げて笑った。

「その無茶もグラナートが必ず来てくれるって信じていたから出来たのよ。」

その言葉にグラナートは目を瞬かせると口元を手で覆い貴女は狡いなと小さく呟いた。

「そう言われてしまえば私は貴女の無茶を見逃すしかないと言うのに。」

けれどもそんな無自覚に狡いところさえ愛しくて仕方ないのだからと彼は笑いユニコーンの背からベルンシュタインを降ろし腕に抱き抱えると遅れてやって来たゴーテル女史とヴォルフガングの元へと向かった。





「それにしてもなんだか君に美味しいところを持っていかれた気分だよ僕は。」

ゴーテル女史に採取したタリスマンの材料であるハーブについて採点されているベルンシュタインとグラナートを見比べてローザは苦笑を溢す。

どうやら他の学生らは既に学園に引き上げた後らしくレーベンの森にはヴォルフガングとゴーテル女史の二人とローザとベルンシュタインそしてグラナートの三人が残るのみである

「なにちょっとした意趣返しだ。」

短時間とは言え彼女を独占したことに少しばかり嫉妬したのだと表情を変えることなく告げた彼にローザは思わず目を見張る

「君はそんな涼しい顔をしておきながら良く恥ずかしいことをなんのてらいもなく言えるね。」

「惚気に顔は関係ないだろう。」

(ということは惚気であることについては自覚しているのか。)

ローザはゴーテル女史と話し終わったのか此方に駆け寄るベルンシュタインとグラナートの二人を見比べて決めたとばかりにひとつ頷いた。

「二人とも此処でただ別れるのは惜しい。」

だから僕と友達にならないかと快活に笑い二人の腕を掴んだローザに二人は暫し間を置いた後に見事に正反対の表情を浮かべてみせたという。





はしゃぐローザと嫌がるグラナートに微笑むベルンシュタインの三人を遠くから見守るゴーテルにヴォルフガングは変わったトリオが出来たなと軽く肩を叩いた。

「甥御の嫌がり具合をなんだか楽しんでいないかなヴォルフガング君や?」

「いやいや俺は楽しんでいるというよりかは珍しくアイツが年相応な態度をしていることに喜んでいるんだよ。」

それに本当に嫌なら今頃シュバルツ嬢だけ連れてアイツはさっさとこの場から消えているさと隻眼を細めるヴォルフガングに確かにねぇとゴーテルは容易に想像出来ると苦笑を溢した

それにしてもと一つ塊になってまろぶように今を謳歌する三人の学生らにゴーテルは眩しいものを見るように微笑みを浮かべ言祝ぐようにこの出会いに幸あれと祈りながら杖を振るい無数の季節の花々を彼ら三人へと降らした。
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サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

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