蝶の羽ばたきと魔王さま!

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去ったはずの一難が更なる一難を連れてくる

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悪意とはシュガーポットに落とされた一滴の毒と似ている。

シュガーポットに一度落ちてしまえば毒の有無は毒を入れた者が毒を入れたと自ら名乗り出ない限りはシュガーポットの中に本当に毒が有るかどうかは全ての砂糖を口に含まない限り知ることは出来ないのである。

口に含んで初めて砂糖の中に毒があったことを知るように人は悪意にその身が曝されてから漸く初めてそこに悪意の存在があったと知るのだ。




先ずは状況を整理しようとベルンシュタインは自分の手首を縛りつける酷く丈夫そうな縄と自分を麻袋か何かだとでも言うように肩に担ぎ運ぶ見知らぬ男とを見比べてどうしてこうなったと顔をひきつらせた。

(私を一体何処へ連れて行こうと言うのか。)

暗闇の中でどんどん遠ざかっていく街並みを視界に納めながらもベルンシュタインは事のあらましをつぶさに思い出していた

彼女はその日寮母から今まで空席だった相部屋の相手が決まったと知らされて慌ただしく歓迎の準備を朝から進めていた。

今日と明日は講義がないこともあって存分に用意が出来ると彼女は鼻歌混じりに魔術の勉強も兼ねて無機物である箒を魔力で動かしながら部屋の掃除を進める。

特段散らかしていた訳ではないが部屋は綺麗であるに越したことはないと新鮮なミルクを注いだ金の小皿と角砂糖を用意した

『エルダーの仔らよビャクシンの門を抜けて現れ出でよ。』

――――我が求むるは清き流れに揺蕩う汝波の乙女なり。

ふわりと淡い水の匂いと共に金の小皿の上に片手ほどのベールを被り青の花嫁衣装にその身を包んだ少女らが現れ輪を作る。

《未だ幼き我等がフェイ魔術師ミルクと砂糖と引き換えに君は一体何を願う?》

「木桶に水を満たしてウィンディーネ。」

呼び出した水の精霊が足元に置いた木桶へと水を満たしたのを確認すると雑巾を浸して絞り拭き掃除を始める。

そして部屋を隅々まで拭き清めると改めて部屋を見渡して額に滲んだ汗を拭った。

(確か寮母の方が夕方頃に一度顔見せに相手が訪ねて来るとおっしゃっていたわね。)

得心行くまでとはいかないものの幾分綺麗に片付いた部屋に次はどうしようかと思案した時のことだ。

木桶に水を満たしていたウィンディーネが肩に乗り小さな手をベルンシュタインの耳に当て禍福は糾える縄の如しと囁いた。

《気をつけなさい我等が幼きフェイの子よ。》

「ウィンディーネ?」

《表裏切り裂く鋼の光、悪しきを憎むアマダンの火》

それが貴女を守るものと額にキスをして微笑みを浮かべながら消え去るウィンディーネに首を傾げていると軽快なノック音が部屋に響き渡った。

予定の時間にはまだ早いようなと疑問を浮かべつつ部屋の扉を開けたベルンシュタインはけれども直ぐに笑みを浮かべて声を弾ませた。

「ローザ!」

「つい夕方まで待ちきれなくて会いに来てしまったよ!」

艶やかな波打つ麦穂に良く似た金の髪と一見冷たい印象を与える玲瓏な美貌ながら存外に人懐っこい笑みを浮かべた少女が彼女に抱き着いたのだ。

「ということは寮母の方がおっしゃっていた相部屋の相手はローザだったのね?」

「うん、君と相部屋になる相手がまだ決まっていないと聞いて立候補したのさ。」

本当はギリギリまで秘密にして驚かせたかったんだけれど。

「早く君に会いたくて堪えきれずに来てしまった!」

照れ臭そうに頬を掻くローザに私を喜ばせてもお茶ぐらいしか出ませんよと熱くなる頬を押さえてベルンシュタインはローザを部屋の中へと招き入れた。

浮き足だつ心のままにベルンシュタインは部屋に備え付けられた簡易キッチンで湯を沸かしてローザの為にお茶を淹れる。

「好みが分かれるかもしれないけれどよろしかったら飲んでみて下さいな。」

彼女がローザに出したお茶は金属製のポットで黒茶と呼ばれる茶葉を濃く煮出してカップに注ぎ小鍋で溶かしたバターとミルクに塩とそれから香辛料を一つまみずつ入れたものでバター茶と呼ばれるものだ。

ベルンシュタインの故郷においてバター茶は良く飲まれていお茶のひとつである。

「バター茶か、不思議な香りがするね。」

もっぱら慶事の時に出されているのだが慣れた者はいざ知らず初見では癖が強かったかとローザを見れば躊躇いなくバター茶を口に含むと彼女は甘いと目を輝かせ綻ぶように笑った。

どうやら口にあうかという心配は杞憂だったらしいとベルンシュタインは胸を撫で下ろして微笑んだ。

暫くローザと授業のことや街で流行っている甘味について談笑しているとローザは思い出したようにタリスマンは上手く作れたみたいだねと壁に掛かった花輪を見咎めローザは笑う。

「はいお陰様で無事に作ることが出来ました。」

例の野外授業の後に彼女らはゴーテル女史から追加の課題としてタリスマンと呼ばれる護符を複数作るようにと言いつけられていた。

ローザに促されベルンシュタインは壁から花輪を取り外した。

花輪は三日三晩夜明けの朝日と昇り始めたばかりの月明かりに晒したタイムとアキレアの花を火蜥蜴が噴く焔で鋳溶かし作った古い金貨の糸を使って束ね更に魔力を込め編み込んだものだ

「なんとか課題の提出期限までに完成して良かったわ。」

そこでローザは首を傾げて不思議そうに彼女に問いかけた。

「僕はてっきりグラナートに贈る品だとばかり思っていたよ」

だってこの護符って好きな人に贈ることで有名じゃないかと事も無げなく告げたローザにベルンシュタインは目を瞬かせると
言われた言葉を理解するや瞬時に顔を真っ赤にして狼狽した。

「もしかしてベルは知らずに作ったのかい?」

タイムとアキレアは傷薬としての薬効と高い魔除けの力から戦士の贈り花と言われる縁起物のひとつとして戦地に赴く男性に女性が贈る花である。

転じてこれらを護符とすれば強力な魔除けの効果が生まれるのだが材料が男性に女性が贈る花であるためか意中の相手に渡す護符として有名なんだとローザは語る。

「見本の通りに作ったのだけれど、」

その言葉にベルンシュタインは机から慌てて一冊の本を取り出して本の通りに作ったのだとローザに見せた。

その本は護符を作るときに参考にするようにとゴーテル女史から彼女に手渡されたものだったのだがローザは本のタイトルを見て苦笑を溢す。

「うんこれってその道では有名な恋の指南書バイブルだよ!」

ゴーテル女史にすっかりからかわれたねと快活に告げるローザにベルンシュタインは膝から崩れ落ち顔を覆って身悶えた。

無言で打ち震える彼女にローザはまさかこの調子で実はまだ付き合っていないとか言わないよねと何の気なしにからかい混じりに問いかけた。

「え?」

「うん?」

きょとりと目を瞬かせたベルンシュタインにローザは深刻な顔持ちで君達のアレは無自覚だったのかいと眉間を押さえた。





(ローザに聞かれるまで考えてもみなかったわ。)

ベルンシュタインは温くなったお茶を淹れ直すためにキッチンに一人立ちながら君達は恋人同士だとばかり思っていたと苦笑を溢したローザを思い出し頬を掻く。

思えばグラナートの傍に居ることが当たり前になっていて自分達の関係性について深く考えてこなかったとベルンシュタインは目を伏せた。

彼女の心の中にはまだ小さく痩せっぽっちで孤独を何よりも恐れているのに自ら孤独の淵に沈めようとする紅い目の男の子が住んでいたから。

(けれども私は確かにグラナートを愛している。)

幼き頃よりベルンシュタインにとってグラナートは何を差し置いてでも守りたいと願う愛しい存在だった。

それは今も微塵足りとて変わりはなくまた変えるつもりもない

例え彼にどんなに凄惨な過去があったとしても繋いだ手を決して離すまいと誓うほどに彼女はグラナートを愛していたが。

(男女として愛しているかまでは考えたことがなかったのよね)

頭を抱えようとして手の内で存在を主張するものに気づいてベルンシュタインは目を落とし嘆息した。

「護符を手に持ったままだったのを忘れていたわ。」

鮮やかな芳香を放つ赤と薄紫の花輪を見ながらベルンシュタインはまさかこれが恋人に贈る護符だとはと思わず唸った。

(私はグラナートを一人の男性として愛しているのかしら?)

その内に問いかけた言葉はベルンシュタインの心臓を大きく跳ねらせて切ない痛みを俄にもたらした。

(私はもしかしたら自分でも気づかない内にグラナートに恋をしていたのかもしれない。)

跳ねた心臓の意味が分からないほどベルンシュタインは鈍感ではなかったがそれを認めてしまうと無自覚のままに今までグラナートにしてきたあれやこれやが途端に恥ずかしいことのように思えて彼女は思わず花輪を胸に掻き抱き顔を埋めた。

(もしもこれをグラナートに贈ったら彼は喜んでくれるかしら)

その籠められた意味を知ったならば彼はどんな顔をするだろうかとベルンシュタインは逸る心臓を押さえて首を傾げた。

―――――まさにその時不穏な影が忍び寄ったのだ。

「ローザ?」

頬を撫でる風に気づき振り返った彼女が目にしたのは外側から破られた窓と意識を失い床に倒れるローザ。

「一体何があったのローザ!?」

倒れたローザに駆け寄ったベルンシュタインの首筋に鋭利な刃物が押し付けられ低く押し殺した声が頭上より降りかかる。

「――――ッ!」

「命が惜しければそのまま静かにしていることだな。」

大人しく着いてきて貰おうかベルンシュタイン・ユーベレン・フォン・シュバルツ!!

咄嗟に振り返った彼女が見たのは剥き出しになった首筋に絡み合う白と紫の鳥兜の花を刺青に入れた男と。

――――ナイフの柄を振りかぶり彼女の頭へと叩きつけようとする姿だった。





それから気がつけば彼女はこうして手足を拘束されて荷物のように首筋に刺青を入れた男に担がれていたのだ。

(あれからどれだけの間気絶していたのかしら。)

既に暗い夜の帳が辺りに落ちていることから意識を失ってからかなりの時間が経っていたらしい。

そのことに内心で頭を抱えながらも意識を失う前に見た友の力なく床に倒れた姿にベルンシュタインはローザは無事だろうかと唇を噛み締めた。

(それにこれって間違いようもなく誘拐よね。)

人目のない裏路地を幾つも抜けながら迷いなく何処かを目指す刺青の男と縛られた手足を見比べてベルンシュタインはじわりと嫌な汗と共に最悪の想定に背中を震わせた。

誘拐だと仮定して何のために私を拐うのかしらと彼女は恐怖から錆び付きそうな思考を懸命に働かせる。

彼女を名指しで呼んだことから彼女の身元を知っていて拐った可能性が高いと推測を立て彼女はしかし内心で首を傾げる。

(誘拐だとして私を拐って何の益があるというのだろう。)

彼女は辺境伯と言えども王家に遠縁ながら連なる貴族の娘。

それを見越しての営利目的の誘拐という線もない訳でないが学園には探せば彼女よりも遥かに高位の貴族の子弟らが居る。

ただの金銭目的の誘拐ならば拐うのがベルンシュタインではなくとも良かった筈だ。

(となると営利目的の誘拐ではない可能性も出てきたわね。)

営利目的ならば利用価値ありと見なして暫くは生かされるだろうが何らかの怨恨による誘拐であればベルンシュタインをこのまま生かしておくとは思えない。

その事実に焦燥で思考が焼かれようとした刹那ベルンシュタインは自分を担ぐ男のズボンからはみ出るようにして顔を覗かせた花輪が目に入った。

金の糸を使っていることから花輪が金目のものにでも見えたのだろうか。

(実際はただの護符なのだけれど。)

はたとなんでこんなことにも気づかなかったのとベルンシュタインは顔を上げて額を押さえた。

「ああ、もうなんて迂闊だったのかしら!」

「貴様殺されたくなければ静かにしていろ!!」

刺青の男が彼女に声を張り上げるよりも早くベルンシュタインは指先を命一杯伸ばして花輪を男のズボンから抜き取ると笑みを浮かべた。

「いいえ生憎とただで死んであげるつもりはありませんわ!」

貴方がどこまで私を知っているのかわからないけれど私をただのか弱い娘だからと手を縛っただけだったのは計算ミスね。

「なにをッ!?」

手の内にグッと力を込めベルンシュタインは花輪に籠められるだけの魔力を注ぎ込む。

「私はこれでも魔術師の端くれよ!!」

翠の髪、碧の目、緑の指、汝は母なる緑蔭の守護者――――

『破邪の矢を番えて放てドリュアデス!!』

腕に絡み付くように花輪は枝葉を伸ばし弦を張った弓となり幾つもの強烈な閃光と熱量を伴い勢い良く光の矢を空に放った。

人は暗闇に目を慣らした状態で閃光のような光を目に突然受けると一時的に視力を失うとされている。

空中に投げ出され背中から地面に放り投げられたことで痛みにベルンシュタインは思わず呻く。

目を押さえて地面に這いつくばる刺青の男を背にそれでも脚が無事なら逃げれると痛みに萎えかける気力を振り絞る。

走る痛みに堪えながら魔術を放った際に余波から焼け切れた縄を無理矢理千切り足首の拘束を解くと直ぐ様立ち上がって彼女はその場逃げようとした。

「どういうことだ、聞かされていた話しと違うぞッ!!」

だがそれは暗がりから姿を現した刺青の男の仲間らしき者達によって阻まれることにな。

数は目視出来る範囲だけで八人以上何れも仄かな街灯が照らし出した姿からはいずれも二色の鳥兜の花が絡み合った刺青が首筋にあることが確認出来る。

「こうなれば計画は変更だ。」

我等が姫様の当初に掲げたご要望通りにこのふざけた女は此処でバラすと地面にたばかっていた刺青の男が霞む目を細めながら声を荒げた。

抜け目なく間合いを詰める男達にここまでなのかと諦めがひたひたと這い上がる。

(私は此処で殺されてしまうのだろうか。)

暗がりでも分かるほどに研ぎ澄まされた刃物を構える男らにけれどもベルンシュタインは目をつり上げて身構える。

(いいえ、いいえ諦めてたまるものですか!!)

手にした最早形を留めぬ花輪を握り締めてベルンシュタインは恐怖を撥ね付けた。

(――――私は彼をグラナートを置いて死ぬわけにはいかないのだから!!)

何よりも彼女はその胸に抱えたグラナートへの想いに漸く気付いたばかりなのだ。

(まだグラナートに好きだと言うことすら伝えていないのに。)

「こんなところで死ぬつもりはない!」

包囲が狭まれ刺青の男らが肉薄せんと地を蹴るより早く火の爆ぜる音と甘く響き渡る蠱惑的なテノールの声音がベルンシュタインの耳を打った。

『これなる焔はアマダンの裁き、なれば罪ありし者を灰塵となすものなりッ!!』

包囲する刺青の男の魔の手を遮るように朱色の魔法陣が足元を照らし黒い焔が地より出でるとベルンシュタインを守るように円を描いて囲い込む。

「お前はッ!?」

刺青の男達の背後から音もなく闇から浮き上がるようにして身を現した人物にベルンシュタインは息を飲んだ。

「貴様らは誰の許可を得て彼女に触れようとしている?」

夜を煮凝らせた漆黒の髪と長身痩躯の身だが近寄れば驚くほどに実用的でしなやかな筋肉がついている事を彼女は知っていた

「グラナート!!」

音もなく宙から背丈を遥かに超える巨大なハルバードを取り出して柄を掴むと月の光を受けて白銀に輝くそれをゆうるりと下段に構えながら一切の隙なくこちらへと悠然と歩み寄る。

鋭い猛禽のような眼差しに嫣然とした笑みを口元に浮かべて他を圧するような気迫を放つ彼に刺青の男達は身体を強張らせた

男達を一睨みで圧迫し動きを縫いとめながら悠々と賊の間を抜けグラナートはベルンシュタインを見詰め怪我はないかと問う

「逃げる時に背を打った程度で怪我らしい怪我はないわ。」

「背、を?」

いっそ凶悪なまでにいよいよもって彼の笑みは深まりその気迫は険しいものに変わっていく。

「どうして此処に居ると分かった!?」

それよりも貴様は学園を留守にしていたはずだと刺青の男らの内誰かが驚愕そのままに問うとグラナートはベルンシュタインを背に庇い親切な自称友人がわざわざ知らせてくれたからなとハルバードを中段に構え直すとましてや城下の街並みぐらい頭に入れているとクツリと嘲笑ってみせた。

「故にどこを通りどこで仲間と合流するかは察しがつく。」

先回りするのは酷く容易だったとグラナートは紅玉のような瞳に暗い光を宿らせ踵をならしながら歩き出す。

「ベルンシュタインが無事であるのならば腕の一本で済ませてやるつもりだったが――――」

彼の構えたハルバードから黒焔が怪しく迸ると月が消えたと錯覚するような殺気が辺りに充ち満ちて。

「彼女を痛め付けてなおも害するというのであれば相応の処罰をしなければいけないようだ。」

烈迫の気迫と共に賊を薙ぎ払うべく降り下ろされたハルバードに呼応するように焔が宙を駆けた。





「駆けつけるのが遅くなってすまない。」

学園の要請で駆けつけた王国騎士団に悉く意識を失った刺青の男らの処遇を任せ月明かりを背に学園へ帰る道すがら労るように差し出された手にそっと手を重ねながらベルンシュタインは首を振った。

「貴方が来てくれた、それだけで十分よ。」

「それならば何故貴女は泣いている?」

重ねた手を強く握り身体を引き寄せられグラナートに涙に濡れた指を見せられたことでベルンシュタインは漸く自分が泣いていたのだと気づき目を瞬かせた。

「もっと早くに私が駆けつけていれば貴女をこんなにも怖い目に会わせることもなかったはずだ。」

すまないと悔やむように回した腕に力を込めたグラナートにベルンシュタインは私が泣いているのは安堵したからだと彼を見上げて微笑んだ。

「グラナートが助けに来てくれたから私はこうして安心して泣くことが出来るの。」

「それではまるで私が貴方を泣かせたみたいだな。」

苦笑を溢しグラナートは涙を流すベルンシュタインのまなじりを撫でながら貴女を今度こそ失うかと思ったと瞳を揺らす。

その瞳は初めて出逢った時に見せた幼く孤独に怯え寄る辺を失った子供のそれだったから。


ベルンシュタインはグラナートに貴方の前からいなくなったりしないと決意を込めて真っ直ぐに彼を見上げた。

「私は死んだりしないわ。」

――――いいえ死ぬわけにはいかなかったのよ。

「賊も確かに怖かったけれど私はきっと貴方を置いていくことの方がなによりも怖かった。」

貴方に好きだと言うことを伝えずに死ぬことが怖かったのだ。

「グラナート、私は貴方を一人の男性として愛している。」

だからどうか私から戦士の贈り花を受けとってくれますか。

「その意味を貴女は知っているのか?」

グラナートから向けられるひたすらなまでに熱い視線を受けながらベルンシュタインは強く強く頷く。

「参ったな―――」

顔を片手で覆いグラナートは嘆息する。

その溜め息の意味を計りかね顔を俯かせ怯えるように肩を震わせるベルンシュタインの頬に手を添えグラナートは背を屈め触れるだけの口付けを落とし貴女にまた私は先を越されてしまった様だと溢れる程の笑みを浮かべた。

「ベルンシュタインどうか私の妻となってはくれないか。」

とくりと鳴った胸の高まりからベルンシュタインは目を反らすことなく彼へと満面の笑みで微笑んだ。

「どうか末永くグラナートの側に居させてね。」




学園に戻ると部屋の前であれからずっとベルンシュタインの帰りを酷く気を揉んで待っていたローザに出迎えられる事になる

「心配したんだよベルッ!!」

彼女は意識を取り戻すと直ぐ様ベルンシュタイン奪還の為に学園中を奔走し授業の一貫で冒険者ギルドからの依頼をこなしていたグラナートを呼び戻すと公爵家の権威をフルに活用して学園から王国騎士団に彼女の捜索願いを出させたのだ。

無事で良かったとベルンシュタインを抱き締めようとしたローザにけれどもグラナートは無言でそれを引き剥がし阻止をした

「触るなベルが減る。」

「あのね抱き着いたくらいでベルが減るわけないだろう!?」

間髪入れずにローザはグラナートに君は本当にベルのことになると面白いくらい狭量になるよねと突っ込みを入れた。

「自分の妻に抱き着く輩には同性と言えど狭量にもなろう。」

「おおっとなんかヤバめな単語が耳に飛び込んで来たあ!?」

色々あったのよと苦笑を溢すベルンシュタインに何があったらそんな愉快なことになるのさと彼女に詰め寄るローザ。

廊下の壁に背を預けグラナートが二人を眺めていると騎士の正装に身を包み数名の部下を引き連れヴォルフガングが報告をしに来たと顔を覗かせた。

「報告する前に悪い話と良い話のどちらから聞きたい?」

疲れたように肩を叩きながらヴォルフガングは悪い話も良い話も大した差はないがなと溜め息を吐き出す。

「では折角だ、悪い話から聞こうか。」

先ず悪い話だが捕らえた賊には予め犯行理由と主犯格について口にしようとすると自害するよう予めギアスが掛けられていた

「それと例の魅了の魔術の形跡が今回もまた検出された。」

「魅了の魔術が?」

報告書の束をヴォルフガングはグラナートに投げ渡すと検死に付き合わせた宮廷魔術師から以前の魅了の魔術と今回の魅了の魔術を掛けた術師は同一人物だと報告を受けたと付け足した。

「誰にそんなもんを掛けられたか口を割らせたいところだが」

「いずれにしても死人に口なしか。」

真っ赤なルージュでゴーテルと署名された報告書に目を通しながらグラナートはヴォルフガングに話の続きを促した。

次に良い話だが賊が首筋に入れていた鳥兜の刺青の意匠がとある貴族の紋章と酷似していることが分かった。

「賊と貴族の関係については今部下に探らせている所だ。」

貴族かと思案するように考えこむグラナートにそれにしてもとヴォルフガングは顎を指で擦りながらまじまじと見詰める。

「しかしまあなんだ今回はシュバルツ嬢が無事で良かったじゃねぇか。」

「そうでなければ私はこの国ごと賊を始末していただろうよ」

肌が粟立つ程どこまでも落ちていきそうな奈落の様な眼差しとぽつりと溢されたグラナートのその言葉が未だに賊を差し向けた相手に対し煮えたぎる怒りを抱いていることを物語っていた

(まったく相も変わらずに過激な奴だ。)

しかしそこでヴォルフガングはニヤリと笑みを浮かべてグラナートの肩に腕を回した。

「それでシュバルツ嬢とはどうなんだ、グラナート。」

「それで、とは?」

部下から聞いた話だが色々とシュバルツ嬢と話し込んでいたらしいじゃねえかと額を突き合わせる。

「愛の告白ぐらい済ませたか?」

変なところで勘がいい奴めとグラナートはため息をつきながら無言でハルバードを取り出すとヴォルフガングに問答無用で振り下ろす。

「おいおいおい図星だからって手前ぇの伯父さんに武器を向けるか普通よ!?」

「可愛い甥のお茶目な攻撃ぐらい受けてみせろ伯父上殿。」

キィンと高く鍔ぜり合いながら殺気で爛々と輝く紅い眼に背筋がぞくぞくするとヴォルフガングは顔をひきつらせる。

「お茶目の要素が一切見受けられないぞ我が甥御ッ!?」

バチリとグラナートの足下から這い上がる黒い焔に本気になりかけていやがると冷や汗が伝い落ちた。

ハルバードを受けた剣を素早く押し上げ弾き飛ばしヴォルフガングは間合いを取るとお前のその本性をシュバルツ嬢は知っているのかと腕の痺れを振って払った。

「私が本性を悟られるようなヘマをするとでも?」

(あっ、こういうつ奴だったわ。)

嫣然と弧を描いた口元を隠すことなくグラナートは微笑んだ。

「ってもシュバルツ嬢なら今更お前のそのおっかない本性を知ったぐらいじゃ逃げ出したりはしないと思うがねぇ。」

その言葉に知っているさと足元から這い上がる焔を霧散させながらグラナートは心配げに彼を見ていたベルンシュタインに小さく苦笑を溢す。

私の過去に怯むことなく私をその過去含めて愛すると言ってくれた彼女なら今更私の本性を知ったところで逃げ出しはすまい

「だが時期尚早に明かせば彼女とて流石に怖がるやもしれん」

誰に恐れられようとも構わないがベルに恐れられのだけは嫌だからな。

「私とて心底好いた相手に嫌われたくはないからな。」

そう年相応に若者らしい顔つきで彼を呼ぶベルンシュタインの元へと向かうグラナートにヴォルフガングは然り気無くまた惚気ていきやがったと腕を組む。

「あっそう言えばベルがグラナートに告白したそうですよ。」

そんなヴォルフガングにひょこんと髪を跳ねらせながらベルンシュタインから仔細を聞き出したローザがご存知でしたかと首を傾げた。

響き渡るヴォルフガングの絶叫からベルンシュタインの耳を塞ぎ聞き流しながらグラナートは密かに此方を伺う人間に殺気を飛ばした。

(それで隠れているつもりか?)

どんなに上手く姿を隠してはいても身に纏う醜悪な悪意の衣は脱げないようだとグラナートは笑う。

身を翻し慌てて駆け去る薄紫色の髪の女を敢えて見逃しながら彼は必ず貴様に辿り着くと標的を見定めるように目を細めた。

「その首を洗って待っているといい。」

シュトゥルムフート・マルモァ・ツー・ヴァイス!!

「貴様が敵に回したのはユーベレン・フォン・シュバルツの魔王たる私だ。」

――――贖いのその時まで怯えながら眠るがいい!!

そうしてグラナートは鳥兜【シュトゥルムフート】の名を持つ女に向けてシュガーポッドの毒は掴んだと獰猛な笑みを浮かべたのだった。
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