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第二話 夢見るエリシャと、ピオミルと第二王子の出会い
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五年前――
わたくしの婚約が調い、すでに二人の関係に深い溝ができたあとのこと。同居していたピオミルさんがわたくしのところへやってきて言いました。
「お姉さま、私も王子様にお会いしたいわ」
「ピオミルさん、わたくしはあなたの姉ではないと何度言ったら――」
「ねえ、いいでしょう? 今度はいつお会いするの?」
ギース殿下に会いたいといっても、ピオミルさんの身分ではお目通り叶うものではありません。エストルム邸に住んでいるとはいえ、家族ではないのですから。ええ、ですからお姉さまと呼ばないでと何度も……。
お父様であるシュトルポジウム侯爵、通称ポジウム侯が愛妻メルセデュースを亡くしたのは、わたくしが10歳の時でした。太陽のような笑顔溢れる母を失くした邸には悲しみが溢れ、皆暗い顔をして過ごしていました。
そんなある日、お父様はパニラさんとその娘のピオミルさんを連れて帰ってきて、面倒をみるようにと執事のヴァルデマールさんに言い残し、すぐに出かけていきました。
邸の者たちは、皆戸惑いながらも、主人の言うことに従い、二人を迎え入れました。その時は後妻になるのかと、わたくしも含め皆が思っていたのですが、そのような手続きはされず今にいたります。つまりただの同居人。お父様がなぜお二人を連れてきたのかは謎のままです。
それまでは家庭第一で、出勤時に妻と子どもたちと離れるのを毎日毎日渋って見せるので、少し面倒な愛妻家として有名でした。ああ、見せるといっても見せかけなわけではなく、本気で出勤するのを嫌がっていたのです。方々にご迷惑をおかけしておりました。
そんなお父様が、お母様を亡くされてからは仕事の鬼と化しました。国事騎士団の団長という地位にいるということもあり、他国とのあれこれに率先して飛び出していってしまい、数ヶ月帰らないことはざらにあります。たまに帰っても、成長と共にお母様に似てくるわたくしとは、なかなか顔を合わせてもらえませんでしたね。国王陛下に挨拶して城で仕事してすぐまたどこかへ……今もそうです。後妻かと思われたパニラさんと会うわけでも、養女にするのかなんなのかのピオミルさんと遊んでやるわけでもありませんでした。お二人に関してはいったいどういうおつもりなのか、家の者一同首をひねったものです。
そんなこんなで過ごしていた14歳の頃、わたくしと第二王子ギース様の婚約が結ばれて一年が経つので、お茶会を開くことになりました。月一回、いやいや(内心)顔合わせをしていたので、改めてそのような会を設ける必要もないと思いましたが。ギース様のお母上である側妃ジャデリア様がどうしてもとおっしゃいましたので、面倒だから嫌だなんて理由しかなかったので断り切れませんでした。
お茶会はエストルム邸で行われます。
準備万端当日を迎え、天候にも恵まれたため、ホール続きの庭も使ってのガーデンパーティとなりました。色とりどりの花や飾りつけがとてもきれいでした。流石我が家の皆さん。素晴らしいセッティングがなされたお茶会のあとには、もちろん特別手当と休暇をとってもらいました。
「きゃっ」
「あっ……」
パーティ開始から少しして、皆が談笑しているところでした。わたくしはジャデリア様と庭園にある花の花言葉について談義していたところです。
「まあ、ギース?」
「ピオミルさん?」
婚約一年祝いの私的なパーティでしたので、ただの居候ピオミルさんも参加していたのです。どうしてもとゴネましたので。それならお母様も、とパニラさんも誘いましたが、「私は……いいです……」と扉越しに辞退したそうです。娘と違って母親は、ほとんど部屋からも出てこないで、ああでもよく商会を呼んでいるようなのでお買い物は好きみたいですけどね。大人しい方です。ピオミルさんは王子様に会いたいと言っていたので、会えてよかったですね。
「す、すみません王子様」
「ああ、いや……」
ピオミルさんがギース様にぶつかって、グラスの中身をぶちまけてしまったようです。普段のわたくしに対するギース様の態度から推測すると、不敬だ不敬だと騒ぎ立て突き飛ばしてもおかしくない状況でしたが、なんだか歯切れの悪いギース様。
いったいどうしたのか、と二人に近づいてみると、
「あっ」
「っ!」
わざとらしく、わざととしか見えない動きでピオミルさんがギース様にしな垂れかかります。
「王子様……ごめんなさい、目まいが……」
「だい、じょうぶか?」
「まあ、心配してくださるのですね! ありがとうございます」
「…………少し休んだほうが、いいのではないか?」
「そうですね、あっちに四阿があるので……」
「ああ、いいな。そこまで付き添おう」
やけに密着した状態で、二人は庭の奥へ進んでいきました。椅子ならここにもたくさん出していますけれど?と思いました。
二人の姿が見えなくなったところで、一連の流れを見て石化していたジャデリア様は、己を取り戻し、扇子を広げ口元を隠しわたくしに問いました。
「エリシャ様、あの娘は?」
「お父様がお連れになった女性のお子さんで、ピオミルさんです」
「ポジウム侯が?」
「はい。一つ年下の……」
この日、ギース様は初めての浮気を堪能されたようです。
なぜ知っているかって?
ピオミルさんが事あるごとに報告してくるのです。ギース様は何々が好きだとか、どうしてあげると喜ぶだとか、こんな仕草にいちころ、だとか。つまり、全部筒抜けです。この日もそうでした。婚約者に向かって、ギース様と手と手を取り合って見つめ合ったの、とかなんとか嬉しそうに話してきました。
その後も、そんなこと知りたくもないのですが、いくら言ってもピオミルさんには通じないようで、途中で諦めて彼女の気が済むまで話させてそれらすべてを右から左に受け流すことにしました。もちろん時間のムダにならないよう、ピオミルさんが話始めたら『今日の復習明日の予習』の時間がきた、と思って過ごしています。
「……つまり?」
「そう、つまり、その頃からギース様はピオミルさんがお気に入りなので、このままいけばわたくしとの婚約はなくなると思っていますわ」
「しかしさすがに、平民はないだろう」
「あら、ギース様は臣籍降下なさる時に公爵位を賜るのでしょう? それなら問題はありませんわよね?」
「まあ、王弟公爵にはがんじがらめになるような規則はないが……」
「平民でも妻になれるでしょう」
「前例はないがな」
「一件落着です」
思い合っている二人が結ばれて、めでたしめでたし。ピオミルさんも、公爵夫人となって社交界に戦慄のデビューですわ。前例は作るもの、おめでとうございます。身分差どうのこうのは言われること間違いなしですが、愛し合う二人にはそんなもの、スパイスでしかないでしょう。
「それで、エリシャはどうする」
「わたくしですか?」
婚約破棄の先はあまり考えていませんでした。新しい嫁ぎ先を探していただくのもいいけれど、なにせお父様は家に寄り付かないので期待できません。女官として出仕することもできるでしょうし、勤め人もいいですわね。冒険者なんてどうかしら? 剣術は得意だし、魔法も、水魔法の腕には自信がありますし、癒しと攻撃どちらも使えるので向いているのでは? 世界中を旅して美味しいものを食べて……いいかもしれませんわね。
「んー……夢が広がりますわ」
「……それはなによりだ」
まだ見ぬ未来へ夢と希望を抱いて、エリシャ・エストルム、一歩一歩ゆっくりと進んでいきたいと思います。
わたくしの婚約が調い、すでに二人の関係に深い溝ができたあとのこと。同居していたピオミルさんがわたくしのところへやってきて言いました。
「お姉さま、私も王子様にお会いしたいわ」
「ピオミルさん、わたくしはあなたの姉ではないと何度言ったら――」
「ねえ、いいでしょう? 今度はいつお会いするの?」
ギース殿下に会いたいといっても、ピオミルさんの身分ではお目通り叶うものではありません。エストルム邸に住んでいるとはいえ、家族ではないのですから。ええ、ですからお姉さまと呼ばないでと何度も……。
お父様であるシュトルポジウム侯爵、通称ポジウム侯が愛妻メルセデュースを亡くしたのは、わたくしが10歳の時でした。太陽のような笑顔溢れる母を失くした邸には悲しみが溢れ、皆暗い顔をして過ごしていました。
そんなある日、お父様はパニラさんとその娘のピオミルさんを連れて帰ってきて、面倒をみるようにと執事のヴァルデマールさんに言い残し、すぐに出かけていきました。
邸の者たちは、皆戸惑いながらも、主人の言うことに従い、二人を迎え入れました。その時は後妻になるのかと、わたくしも含め皆が思っていたのですが、そのような手続きはされず今にいたります。つまりただの同居人。お父様がなぜお二人を連れてきたのかは謎のままです。
それまでは家庭第一で、出勤時に妻と子どもたちと離れるのを毎日毎日渋って見せるので、少し面倒な愛妻家として有名でした。ああ、見せるといっても見せかけなわけではなく、本気で出勤するのを嫌がっていたのです。方々にご迷惑をおかけしておりました。
そんなお父様が、お母様を亡くされてからは仕事の鬼と化しました。国事騎士団の団長という地位にいるということもあり、他国とのあれこれに率先して飛び出していってしまい、数ヶ月帰らないことはざらにあります。たまに帰っても、成長と共にお母様に似てくるわたくしとは、なかなか顔を合わせてもらえませんでしたね。国王陛下に挨拶して城で仕事してすぐまたどこかへ……今もそうです。後妻かと思われたパニラさんと会うわけでも、養女にするのかなんなのかのピオミルさんと遊んでやるわけでもありませんでした。お二人に関してはいったいどういうおつもりなのか、家の者一同首をひねったものです。
そんなこんなで過ごしていた14歳の頃、わたくしと第二王子ギース様の婚約が結ばれて一年が経つので、お茶会を開くことになりました。月一回、いやいや(内心)顔合わせをしていたので、改めてそのような会を設ける必要もないと思いましたが。ギース様のお母上である側妃ジャデリア様がどうしてもとおっしゃいましたので、面倒だから嫌だなんて理由しかなかったので断り切れませんでした。
お茶会はエストルム邸で行われます。
準備万端当日を迎え、天候にも恵まれたため、ホール続きの庭も使ってのガーデンパーティとなりました。色とりどりの花や飾りつけがとてもきれいでした。流石我が家の皆さん。素晴らしいセッティングがなされたお茶会のあとには、もちろん特別手当と休暇をとってもらいました。
「きゃっ」
「あっ……」
パーティ開始から少しして、皆が談笑しているところでした。わたくしはジャデリア様と庭園にある花の花言葉について談義していたところです。
「まあ、ギース?」
「ピオミルさん?」
婚約一年祝いの私的なパーティでしたので、ただの居候ピオミルさんも参加していたのです。どうしてもとゴネましたので。それならお母様も、とパニラさんも誘いましたが、「私は……いいです……」と扉越しに辞退したそうです。娘と違って母親は、ほとんど部屋からも出てこないで、ああでもよく商会を呼んでいるようなのでお買い物は好きみたいですけどね。大人しい方です。ピオミルさんは王子様に会いたいと言っていたので、会えてよかったですね。
「す、すみません王子様」
「ああ、いや……」
ピオミルさんがギース様にぶつかって、グラスの中身をぶちまけてしまったようです。普段のわたくしに対するギース様の態度から推測すると、不敬だ不敬だと騒ぎ立て突き飛ばしてもおかしくない状況でしたが、なんだか歯切れの悪いギース様。
いったいどうしたのか、と二人に近づいてみると、
「あっ」
「っ!」
わざとらしく、わざととしか見えない動きでピオミルさんがギース様にしな垂れかかります。
「王子様……ごめんなさい、目まいが……」
「だい、じょうぶか?」
「まあ、心配してくださるのですね! ありがとうございます」
「…………少し休んだほうが、いいのではないか?」
「そうですね、あっちに四阿があるので……」
「ああ、いいな。そこまで付き添おう」
やけに密着した状態で、二人は庭の奥へ進んでいきました。椅子ならここにもたくさん出していますけれど?と思いました。
二人の姿が見えなくなったところで、一連の流れを見て石化していたジャデリア様は、己を取り戻し、扇子を広げ口元を隠しわたくしに問いました。
「エリシャ様、あの娘は?」
「お父様がお連れになった女性のお子さんで、ピオミルさんです」
「ポジウム侯が?」
「はい。一つ年下の……」
この日、ギース様は初めての浮気を堪能されたようです。
なぜ知っているかって?
ピオミルさんが事あるごとに報告してくるのです。ギース様は何々が好きだとか、どうしてあげると喜ぶだとか、こんな仕草にいちころ、だとか。つまり、全部筒抜けです。この日もそうでした。婚約者に向かって、ギース様と手と手を取り合って見つめ合ったの、とかなんとか嬉しそうに話してきました。
その後も、そんなこと知りたくもないのですが、いくら言ってもピオミルさんには通じないようで、途中で諦めて彼女の気が済むまで話させてそれらすべてを右から左に受け流すことにしました。もちろん時間のムダにならないよう、ピオミルさんが話始めたら『今日の復習明日の予習』の時間がきた、と思って過ごしています。
「……つまり?」
「そう、つまり、その頃からギース様はピオミルさんがお気に入りなので、このままいけばわたくしとの婚約はなくなると思っていますわ」
「しかしさすがに、平民はないだろう」
「あら、ギース様は臣籍降下なさる時に公爵位を賜るのでしょう? それなら問題はありませんわよね?」
「まあ、王弟公爵にはがんじがらめになるような規則はないが……」
「平民でも妻になれるでしょう」
「前例はないがな」
「一件落着です」
思い合っている二人が結ばれて、めでたしめでたし。ピオミルさんも、公爵夫人となって社交界に戦慄のデビューですわ。前例は作るもの、おめでとうございます。身分差どうのこうのは言われること間違いなしですが、愛し合う二人にはそんなもの、スパイスでしかないでしょう。
「それで、エリシャはどうする」
「わたくしですか?」
婚約破棄の先はあまり考えていませんでした。新しい嫁ぎ先を探していただくのもいいけれど、なにせお父様は家に寄り付かないので期待できません。女官として出仕することもできるでしょうし、勤め人もいいですわね。冒険者なんてどうかしら? 剣術は得意だし、魔法も、水魔法の腕には自信がありますし、癒しと攻撃どちらも使えるので向いているのでは? 世界中を旅して美味しいものを食べて……いいかもしれませんわね。
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