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第二十九話 イロメー副団長の独白
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※イケメンロンゲメガネなのでイロメー副団長と、リノがそう心で呼んでいる。(四話参照)
この目で見てきた団長、シュナイダー・エストルムはたいそうな愛妻家だった。
結婚当初から、厳密には結婚前からだが、とにかくメルセデュース夫人を愛していて、人前だからとか関係なく愛を囁いているような人だ。子供が生まれてからは、もちろん子供も溺愛していた。長男エドガー様は、仕方ないなあというように付き合っていたが、次男のエーレンデュース様は、いつも冷たい目で見ていたな。そしてエリシャ様がお生まれになると、それはもう大変な溺愛っぷりだった。
エリシャ様は、成長と共にメルセデュース夫人に似ていった。
団長は、愛妻と愛娘が同じような表情を作るといってだらしなく溶けた顔を騎士団内でもさらしていた。
それが、夫人を亡くしたあと、一変することになる。
早く帰りたがっていた日々、どうやって机に縛りつけようか四苦八苦していたが、その必要がなくなった。
目に入れても痛くないほど可愛がっていたエリシャ様を、見るのがつらいと言うようになった。
家に帰りたくない、と騎士団の詰所に泊まるようになった。
王都に居たくない、と他国とにらみ合いの続く国境を渡り歩くようになった。
たまに報告のため帰還しても、陛下に挨拶をするだけで、またすぐに王都を出てしまう。
私は副団長なので、共に国境に行くこともあったが、団長に付き従うばかりではなく、王都内でも仕事をしていた。
そのときに、エストルム邸を訪れたことがある。
すでに長男エドガー様は近衛騎士となり家を出ていた。次男エーレンデュース様は、宰相家に移り住んでいる。
有能な使用人たちがいるので心強いが、エリシャ様はエストルム邸でおひとりで暮らしていた。以前護衛騎士に採用したリノ・カートナーとはとても仲良くやっているようなので安心した。
この日も、エリシャ様にご挨拶をしたあとは、リノと話し込んでいた。
「変わりないか」
「イロm……あ、シーザー副団長」
「いろ?」
「なんでもないっす。エリシャ様は、元気ですよ」
「そうか……」
「あ、副団長は何か知りませんか? あのパニラとピオミルって女のこと」
「女?」
聞けば、メルセデュース夫人が亡くなってから一年ほど経ったある日、団長が女性を連れてきたらしい。面倒をみてやってくれ、とエストルム邸の執事ヴァルデマールさんに言い残し、すぐに国境へとんぼ返りしたとか。
「その頃は確か、ボルティとの国境警備に行っていたはずだが……」
「ボルティなら、駐屯地はアドゥアナですか……なんか、現地で見繕った愛人ってことですか?」
「いや、愛人など……団長は、夫人がお隠れになった喪失感をどこぞの女性で慰めようなどと考えもしないだろう」
確かに、駐屯地には女性が出入りすることはある。主に色事で収入を得ている者たちだ。そういった女性たちを好んで相手を頼む兵ももちろんいるが、団長はもともとどれだけ戦地に滞在しても奥様至上主義だったし、亡くなられたからといって次、なんて器用な人間じゃない。
「母親のほうは、ほとんど接点もないし、おとなしいもんなんでいいんですけど、娘がエリシャ様にちょっかい出してくるんですよ」
「エリシャ様に?」
「はい。おねえさまばかりずるいとかなんとか言って。調べたところ、籍を入れたという事実もなくて、旦那様もここには来ないんで手紙は出すんですけどね、返答なし。お手上げ状態」
「そうか……」
「副団長ならさすがに、まったく会わないってこともないでしょう?」
「ああ、そうだな。聞いておこう」
「頼みます」
謎の母娘、パニラとピオミルの真相を明らかにするため、半年ほど王都に戻っていない団長に会いに、海沿いの町イルンへ向かった。
フェレンセ国とのにらみ合いが続くこの地でも、大きな争いは起こっておらず、緊迫感はあるが静かなものだった。私は駐屯地にいる団長のもとへ馬で駆けていった。
「団長」
「ギルテシュか」
「お久しぶりです」
「嫌味か? ……わかっている」
国からの書類を渡し、国内情勢について報告を済ませてから、カートナーに言われたエストルム邸の現状について話そうとした。
「先日、エリシャ様にお会いしました」
「エっ!?!?!?」
「だ、だんちょーー」
「!”#$%&’()=PLKJH」
直球過ぎたか、団長は驚きと恐怖が浮かんだ顔で、訳の分からないことを叫んでテントを飛び出して行ってしまった。これは下手をうった。その後も、顔を合わせると仕事の話はするが、家の話をしようとすると野生のカンかなにかで察知され逃げられてしまう。一週間ほど滞在し、会話を試みたが、ついぞエストルム邸の話をすることはできなかった。
そして、イルンでの仕事も片付けてしまったので、私は王都に帰還した。
カートナーには、話すことができなかった旨をしたため手紙に記し、部下に届けさせた。それを受けとったカートナーが、ぼそっと「役立たずメガネ」といっていたと報告を受けた。メガネは関係ないだろう。
その後も、ピオミルという、娘のほうがエリシャ様になんやらかんやらと手を出そうとしていることを報告してくるカートナー。エストルム邸の使用人たちはもちろん護衛も含め優秀なので、大した事態にはなっていなかったが、そんな危険思想の持ち主と同じ屋敷に住み続けるのも気の毒でならない。ヤツの暴言とエリシャ様は、関係ないからな。
なんとかエリシャ様と引き離せないかと思ってはいたが、団長に断りもなく追い出すこともできないし悩むばかりだった。
そして、ついに開戦かというほど緊迫した状況になってしまったジダール海峡に行くことになり、すでに布陣している団長に今度こそ話を、と決意し計画を進めた。
この目で見てきた団長、シュナイダー・エストルムはたいそうな愛妻家だった。
結婚当初から、厳密には結婚前からだが、とにかくメルセデュース夫人を愛していて、人前だからとか関係なく愛を囁いているような人だ。子供が生まれてからは、もちろん子供も溺愛していた。長男エドガー様は、仕方ないなあというように付き合っていたが、次男のエーレンデュース様は、いつも冷たい目で見ていたな。そしてエリシャ様がお生まれになると、それはもう大変な溺愛っぷりだった。
エリシャ様は、成長と共にメルセデュース夫人に似ていった。
団長は、愛妻と愛娘が同じような表情を作るといってだらしなく溶けた顔を騎士団内でもさらしていた。
それが、夫人を亡くしたあと、一変することになる。
早く帰りたがっていた日々、どうやって机に縛りつけようか四苦八苦していたが、その必要がなくなった。
目に入れても痛くないほど可愛がっていたエリシャ様を、見るのがつらいと言うようになった。
家に帰りたくない、と騎士団の詰所に泊まるようになった。
王都に居たくない、と他国とにらみ合いの続く国境を渡り歩くようになった。
たまに報告のため帰還しても、陛下に挨拶をするだけで、またすぐに王都を出てしまう。
私は副団長なので、共に国境に行くこともあったが、団長に付き従うばかりではなく、王都内でも仕事をしていた。
そのときに、エストルム邸を訪れたことがある。
すでに長男エドガー様は近衛騎士となり家を出ていた。次男エーレンデュース様は、宰相家に移り住んでいる。
有能な使用人たちがいるので心強いが、エリシャ様はエストルム邸でおひとりで暮らしていた。以前護衛騎士に採用したリノ・カートナーとはとても仲良くやっているようなので安心した。
この日も、エリシャ様にご挨拶をしたあとは、リノと話し込んでいた。
「変わりないか」
「イロm……あ、シーザー副団長」
「いろ?」
「なんでもないっす。エリシャ様は、元気ですよ」
「そうか……」
「あ、副団長は何か知りませんか? あのパニラとピオミルって女のこと」
「女?」
聞けば、メルセデュース夫人が亡くなってから一年ほど経ったある日、団長が女性を連れてきたらしい。面倒をみてやってくれ、とエストルム邸の執事ヴァルデマールさんに言い残し、すぐに国境へとんぼ返りしたとか。
「その頃は確か、ボルティとの国境警備に行っていたはずだが……」
「ボルティなら、駐屯地はアドゥアナですか……なんか、現地で見繕った愛人ってことですか?」
「いや、愛人など……団長は、夫人がお隠れになった喪失感をどこぞの女性で慰めようなどと考えもしないだろう」
確かに、駐屯地には女性が出入りすることはある。主に色事で収入を得ている者たちだ。そういった女性たちを好んで相手を頼む兵ももちろんいるが、団長はもともとどれだけ戦地に滞在しても奥様至上主義だったし、亡くなられたからといって次、なんて器用な人間じゃない。
「母親のほうは、ほとんど接点もないし、おとなしいもんなんでいいんですけど、娘がエリシャ様にちょっかい出してくるんですよ」
「エリシャ様に?」
「はい。おねえさまばかりずるいとかなんとか言って。調べたところ、籍を入れたという事実もなくて、旦那様もここには来ないんで手紙は出すんですけどね、返答なし。お手上げ状態」
「そうか……」
「副団長ならさすがに、まったく会わないってこともないでしょう?」
「ああ、そうだな。聞いておこう」
「頼みます」
謎の母娘、パニラとピオミルの真相を明らかにするため、半年ほど王都に戻っていない団長に会いに、海沿いの町イルンへ向かった。
フェレンセ国とのにらみ合いが続くこの地でも、大きな争いは起こっておらず、緊迫感はあるが静かなものだった。私は駐屯地にいる団長のもとへ馬で駆けていった。
「団長」
「ギルテシュか」
「お久しぶりです」
「嫌味か? ……わかっている」
国からの書類を渡し、国内情勢について報告を済ませてから、カートナーに言われたエストルム邸の現状について話そうとした。
「先日、エリシャ様にお会いしました」
「エっ!?!?!?」
「だ、だんちょーー」
「!”#$%&’()=PLKJH」
直球過ぎたか、団長は驚きと恐怖が浮かんだ顔で、訳の分からないことを叫んでテントを飛び出して行ってしまった。これは下手をうった。その後も、顔を合わせると仕事の話はするが、家の話をしようとすると野生のカンかなにかで察知され逃げられてしまう。一週間ほど滞在し、会話を試みたが、ついぞエストルム邸の話をすることはできなかった。
そして、イルンでの仕事も片付けてしまったので、私は王都に帰還した。
カートナーには、話すことができなかった旨をしたため手紙に記し、部下に届けさせた。それを受けとったカートナーが、ぼそっと「役立たずメガネ」といっていたと報告を受けた。メガネは関係ないだろう。
その後も、ピオミルという、娘のほうがエリシャ様になんやらかんやらと手を出そうとしていることを報告してくるカートナー。エストルム邸の使用人たちはもちろん護衛も含め優秀なので、大した事態にはなっていなかったが、そんな危険思想の持ち主と同じ屋敷に住み続けるのも気の毒でならない。ヤツの暴言とエリシャ様は、関係ないからな。
なんとかエリシャ様と引き離せないかと思ってはいたが、団長に断りもなく追い出すこともできないし悩むばかりだった。
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