88 / 101
第二章 外国漫遊記
第五十話 看守シャルル・シュヴェーヌマン
しおりを挟む
俺はフィレンセとイーパの国境を守る警備のひとり、フィレンセ人のシャルル・シュヴェーヌマンだ。毎日毎日、不法入国者に目を光らせている。
警備という仕事柄、鍛錬は欠かさないし定期的に危機管理講座もきちんと受講している。だから体力はあるし精神的にも安定しているはずなんだが、どうにも胃腸が弱いのが弱点だ。
ある日、凡人じゃないオーラを持った男が、馬車の御者台に座っているのを見つけたんだ。どうみても、馬車の中に乗るほうだろあんた、ってやつだ。
よく見ると、敵国の公爵だってのに絵姿売り上げナンバー5入り常連の、ルシエンテス公爵だった、間違いない。災いの種を見つけてしまった、胃が痛い。
妻はイケメンが好きで、いろいろな絵姿を集めている。大っぴらには売られていないが、ジャービーの王様とか王太子とか、戦争やってる国の人間の絵姿もこっそり売っているところがある。ルシエンテス公爵の絵姿も、そこで買ってきたんだ。妻に頼まれてな。
だから、間違うはずがない。
しかしよく見ても、絵にそっくりだ。こんなイケメンほんとうにいるわけないだろうと呆れていたものだが、ほんとうにいるんだな。
と、感心している場合じゃない。仕事をしなければ。
「グイスト・ルシエンテス公爵だな。敵国の王弟だ、拘束させていただく」
胃が痛いのを我慢して、意を決して声をかけた。相手は敵国の王弟公爵、しかもA級冒険者ライセンスを持っている実力者だ。警戒心最大で、何かあっても太刀打ちできるほどの実力はないが、何があってもすぐ動けるようにしていた。だが公爵一行は、拍子抜けするほどあっさりと白旗を上げた。
といっても、おとなしくする条件で、縄もつけさせないし荷物も取り上げないことを約束させられた。胃の痛みを感じて腹を押さえていたら、今度は腸にも異変をきたした。トイレにはまだ行けない。
さすがにあの気迫に対抗できる力量の持ち主は、こんな国境警備隊の中にはいなかったから、荷物を検めることはできなかった。
公爵の連れの、やたらと顔がいい冒険者の男と、目が覚めるような美人。どちらの絵姿も妻が喜びそうだから、絵師をこっそり呼んで、描いてほしいと思うくらいの心の余裕はあった。連行し、敵国の公爵をどうしたものかと首都に判断を仰ぐ封書を送ったあとは、すぐにトイレに駆け込んだけどな。
もうひとり、もうひとりいた気がするんだけどなぁ。
記録では四人となっている。自分が書いたものだし間違いないだろう。
しかし実際、朝食を届けに行ったら牢には三人しかいなかった。
脱獄するったって、きっとあの人たちは牢くらい簡単にやぶれるんだろうけど、どこも壊れていないしひとりだけ逃げたってのもおかしい。みんなで逃げればいいだろう? よくわからない状況だったが、確かに四人目のことはほぼ記憶にないし、勘違いと言われたらそうかもって思ってしまうくらいだ。
だから、きっと三人だったんだろう。
そう思い、記録を三人に書き直していたところで、牢の方々から暇なのでトランプがないか聞かれた。夜勤警備が暇なときによくみんなでやるので、トランプは机にしまってある。それを持って行ったところ、大富豪をやりたいけど三人ではつまらないから混ざるように言われた。
上はほかの連中に任せて、鉄格子越しにその輪に加わっていたのだが、なぜだろう、鉄格子の中のほうが優雅だし居心地がよさそうだった。
しばらく大富豪を続けていたが、なんでかこの美人しか勝たん。まるでイカサマをしているのかってくらい、美人しか大富豪にならん。
まあ俺もそこまで強いわけじゃないから俺はいいんだが、すごい強そうなのに毎回負けるこの公爵が怪しい、なんて思っていたら、上からどたどた降りてくる足音が聞こえた。
「大変だ…第二王子殿下がいらして、おふたりの釈放をお命じになられている」
「おふたり? 今度はふたりか??」
「ああ、王子殿下と王女殿下の恩人だそうだ」
「それならエリシャと私だ」
「え、ちょ、俺は?」
まさか恩人を投獄していただなんて、俺の胃は…いや胃どころか首は大丈夫か?
警備という仕事柄、鍛錬は欠かさないし定期的に危機管理講座もきちんと受講している。だから体力はあるし精神的にも安定しているはずなんだが、どうにも胃腸が弱いのが弱点だ。
ある日、凡人じゃないオーラを持った男が、馬車の御者台に座っているのを見つけたんだ。どうみても、馬車の中に乗るほうだろあんた、ってやつだ。
よく見ると、敵国の公爵だってのに絵姿売り上げナンバー5入り常連の、ルシエンテス公爵だった、間違いない。災いの種を見つけてしまった、胃が痛い。
妻はイケメンが好きで、いろいろな絵姿を集めている。大っぴらには売られていないが、ジャービーの王様とか王太子とか、戦争やってる国の人間の絵姿もこっそり売っているところがある。ルシエンテス公爵の絵姿も、そこで買ってきたんだ。妻に頼まれてな。
だから、間違うはずがない。
しかしよく見ても、絵にそっくりだ。こんなイケメンほんとうにいるわけないだろうと呆れていたものだが、ほんとうにいるんだな。
と、感心している場合じゃない。仕事をしなければ。
「グイスト・ルシエンテス公爵だな。敵国の王弟だ、拘束させていただく」
胃が痛いのを我慢して、意を決して声をかけた。相手は敵国の王弟公爵、しかもA級冒険者ライセンスを持っている実力者だ。警戒心最大で、何かあっても太刀打ちできるほどの実力はないが、何があってもすぐ動けるようにしていた。だが公爵一行は、拍子抜けするほどあっさりと白旗を上げた。
といっても、おとなしくする条件で、縄もつけさせないし荷物も取り上げないことを約束させられた。胃の痛みを感じて腹を押さえていたら、今度は腸にも異変をきたした。トイレにはまだ行けない。
さすがにあの気迫に対抗できる力量の持ち主は、こんな国境警備隊の中にはいなかったから、荷物を検めることはできなかった。
公爵の連れの、やたらと顔がいい冒険者の男と、目が覚めるような美人。どちらの絵姿も妻が喜びそうだから、絵師をこっそり呼んで、描いてほしいと思うくらいの心の余裕はあった。連行し、敵国の公爵をどうしたものかと首都に判断を仰ぐ封書を送ったあとは、すぐにトイレに駆け込んだけどな。
もうひとり、もうひとりいた気がするんだけどなぁ。
記録では四人となっている。自分が書いたものだし間違いないだろう。
しかし実際、朝食を届けに行ったら牢には三人しかいなかった。
脱獄するったって、きっとあの人たちは牢くらい簡単にやぶれるんだろうけど、どこも壊れていないしひとりだけ逃げたってのもおかしい。みんなで逃げればいいだろう? よくわからない状況だったが、確かに四人目のことはほぼ記憶にないし、勘違いと言われたらそうかもって思ってしまうくらいだ。
だから、きっと三人だったんだろう。
そう思い、記録を三人に書き直していたところで、牢の方々から暇なのでトランプがないか聞かれた。夜勤警備が暇なときによくみんなでやるので、トランプは机にしまってある。それを持って行ったところ、大富豪をやりたいけど三人ではつまらないから混ざるように言われた。
上はほかの連中に任せて、鉄格子越しにその輪に加わっていたのだが、なぜだろう、鉄格子の中のほうが優雅だし居心地がよさそうだった。
しばらく大富豪を続けていたが、なんでかこの美人しか勝たん。まるでイカサマをしているのかってくらい、美人しか大富豪にならん。
まあ俺もそこまで強いわけじゃないから俺はいいんだが、すごい強そうなのに毎回負けるこの公爵が怪しい、なんて思っていたら、上からどたどた降りてくる足音が聞こえた。
「大変だ…第二王子殿下がいらして、おふたりの釈放をお命じになられている」
「おふたり? 今度はふたりか??」
「ああ、王子殿下と王女殿下の恩人だそうだ」
「それならエリシャと私だ」
「え、ちょ、俺は?」
まさか恩人を投獄していただなんて、俺の胃は…いや胃どころか首は大丈夫か?
143
あなたにおすすめの小説
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした
ハリネズミの肉球
恋愛
気づけば私は、“悪役令嬢”として断罪寸前――しかも、乙女ゲームのクライマックス目前!?
容赦ないヒロインと取り巻きたちに追いつめられ、開き直った私はこう言い放った。
「……まぁ、別に婚約者様にも未練ないし?」
ところが。
ずっと私に冷たかった“婚約者様”こと第一王子アレクシスが、まさかの豹変。
無関心だったはずの彼が、なぜか私にだけやたらと優しい。甘い。距離が近い……って、え、なにこれ、溺愛モード突入!?今さらどういうつもり!?
でも、よく考えたら――
私だって最初からアレクシスに興味なんてなかったんですけど?(ほんとに)
お互いに「どうでもいい」と思っていたはずの関係が、“転生”という非常識な出来事をきっかけに、静かに、でも確実に動き始める。
これは、すれ違いと誤解の果てに生まれる、ちょっとズレたふたりの再恋(?)物語。
じれじれで不器用な“無自覚すれ違いラブ”、ここに開幕――!
本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。
アイデア提供者:ゆう(YuFidi)
URL:https://note.com/yufidi88/n/n8caa44812464
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
【完結】すり替えられた公爵令嬢
鈴蘭
恋愛
帝国から嫁いで来た正妻キャサリンと離縁したあと、キャサリンとの間に出来た娘を捨てて、元婚約者アマンダとの間に出来た娘を嫡子として第一王子の婚約者に差し出したオルターナ公爵。
しかし王家は帝国との繋がりを求め、キャサリンの血を引く娘を欲していた。
妹が入れ替わった事に気付いた兄のルーカスは、事実を親友でもある第一王子のアルフレッドに告げるが、幼い二人にはどうする事も出来ず時間だけが流れて行く。
本来なら庶子として育つ筈だったマルゲリーターは公爵と後妻に溺愛されており、自身の中に高貴な血が流れていると信じて疑いもしていない、我儘で自分勝手な公女として育っていた。
完璧だと思われていた娘の入れ替えは、捨てた娘が学園に入学して来た事で、綻びを見せて行く。
視点がコロコロかわるので、ナレーション形式にしてみました。
お話が長いので、主要な登場人物を紹介します。
ロイズ王国
エレイン・フルール男爵令嬢 15歳
ルーカス・オルターナ公爵令息 17歳
アルフレッド・ロイズ第一王子 17歳
マルゲリーター・オルターナ公爵令嬢 15歳
マルゲリーターの母 アマンダ・オルターナ
エレインたちの父親 シルベス・オルターナ
パトリシア・アンバタサー エレインのクラスメイト
アルフレッドの側近
カシュー・イーシヤ 18歳
ダニエル・ウイロー 16歳
マシュー・イーシヤ 15歳
帝国
エレインとルーカスの母 キャサリン帝国の侯爵令嬢(前皇帝の姪)
キャサリンの再婚相手 アンドレイ(キャサリンの従兄妹)
隣国ルタオー王国
バーバラ王女
実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~
空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」
氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。
「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」
ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。
成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
悪役令嬢は調理場に左遷されましたが、激ウマご飯で氷の魔公爵様を餌付けしてしまったようです~「もう離さない」って、胃袋の話ですか?~
咲月ねむと
恋愛
「君のような地味な女は、王太子妃にふさわしくない。辺境の『魔公爵』のもとへ嫁げ!」
卒業パーティーで婚約破棄を突きつけられた悪役令嬢レティシア。
しかし、前世で日本人調理師だった彼女にとって、堅苦しい王妃教育から解放されることはご褒美でしかなかった。
「これで好きな料理が作れる!」
ウキウキで辺境へ向かった彼女を待っていたのは、荒れ果てた別邸と「氷の魔公爵」と恐れられるジルベール公爵。
冷酷無慈悲と噂される彼だったが――その正体は、ただの「極度の偏食家で、常に空腹で不機嫌なだけ」だった!?
レティシアが作る『肉汁溢れるハンバーグ』『とろとろオムライス』『伝説のプリン』に公爵の胃袋は即陥落。
「君の料理なしでは生きられない」
「一生そばにいてくれ」
と求愛されるが、色気より食い気のレティシアは「最高の就職先ゲット!」と勘違いして……?
一方、レティシアを追放した王太子たちは、王宮の食事が不味くなりすぎて絶望の淵に。今さら「戻ってきてくれ」と言われても、もう遅いです!
美味しいご飯で幸せを掴む、空腹厳禁の異世界クッキング・ファンタジー!
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる