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第八話 緑の妖精王の力
しおりを挟むエルメンヒルデは動揺していた。幼い頃からよくしてもらっていた王が、あの頃の体貌とは、患った2年ほど前からすっかり変わってしまっていた。
急な知らせで呼ばれるくらいだ、もう長くはないということだろう。
エルメンヒルデは、握った王の手に顔を寄せる。
「陛下、戻りましたわ。」
「……ああ」
「っ、陛下! わ、わたくし、会えましたの。妖精王に、会えましたのよ?」
「……そう、か…」
王はエルメンヒルデの言葉に、ゆっくりと、微かにだが笑顔を見せた。
『もう最後かもしれない』と、エルメンヒルデの頭によぎる。
すると、姿を消してついてきていた妖精王が、エルメンヒルデの後ろからひょこっと頭を出してこう言った。
「なんだ、この国の王は毒に侵されているのか?」
「ユストゥス様……ど、毒とは?」
「えっ、だ、誰だ!」
いきなり姿を現す妖精王に、ハルトヴィヒは大いに驚いた。
妖精王は、王の症状を見るなり毒と断言したのだ。
「ハルトヴィヒ様。こちらこの度深淵の森よりおいでくださいました、妖精王ユストゥス様ですわ。」
「妖精王……実在したのか。」
「はい。念願叶って、会えましたわ。」
「そうか……それは、ほんとうによかったな。」
「はいっ……」
笑みを浮かべるエルメンヒルデ。ハルトヴィヒは、思わず頭を撫でた。
「しかし妖精王よ。毒とはいったい?」
「ああ、ダチュラの毒であろう。だいぶ蓄積しているな。」
「毒……。陛下のこの症状は、毒によるものだったのですね。」
エルメンヒルデは妖精王から王へ視線を戻す。蓄積している、ということは毒を日常的に摂取していたということだろう。
それはつまり、今このときこの王が、毒殺されようとしているということだ。
「……ハルトヴィヒ様。ダチュラに心当たりはございますか?」
「ああ、それなら庭園にある。王宮に在るもののリストは、こちらにも回ってくるから確かだ。」
「庭園に……。」
緑の妖精王が言うのだから間違いないのだろう。しかも王宮内という、ごく身近にその毒の素がある。だが、ダチュラの毒といえば、現在それに効く薬はない。
傷を回復する魔法はあるが、解毒魔法は存在しない。
摂取量が少なければまだ、今からその毒を口にしないよう気をつければ回復しただろう。しかし容体を見るに末期……毒とわかっても、なすすべはなかった。
エルメンヒルデはハルトヴィヒから視線を王付きの侍女に移す。その表情には困惑の色が見えた。
「陛下が口にされるのは、水やお食事、あとは薬くらいかしら?」
「え、ええ。はい……。」
「お食事は、どなたが?」
「陛下は体を起こすのも大変おつらいようですので、寝たまま食べれるようなものを……王妃様か、側妃様がいらして口にしていらっしゃいます。あとは、第一王子殿下はいらっしゃいませんが、第二王子殿下はいらっしゃるときが、あります。」
「そうですか……」
「で、ですが! 毒味は王の間に入ってから行われますし、王妃様も側妃様も、ご自身が食べて見せてから陛下の口に運ばれています!」
毒味はされていた。つづけて、「自分と交代でくる侍女もそれは確認している」と彼女は言う。
エルメンヒルデは考える。
王宮の庭園は誰もが入れる場所ではない。
――そこに毒の花が咲いている。
王の部屋といえばさらに入室に制限がかかる。
そして、食事は妃と共にすることが多かった。
「とりあえず、治療したほうがいいのではないか?」
エルメンヒルデの思考を遮るように、妖精王は言う。彼女は、思ってもいなかった言葉に大変驚いた。
「治療……っ?! で、できるのですか?」
「私は緑の妖精王だ。植物の毒を消すなど容易い。」
「妖精王っ、お願いできるか?!」
「お願いしますっ……!」
妖精王は、エルメンヒルデとハルトヴィヒの願いを聞き入れ、王の体に手をかざし魔法力を流していく。
すると、魔法力が体に入ったことで毒が押し出され黒い靄となって出てきた。
「その靄には触れないで。毒だよ。」
「は、はい。」
「すごいな……。」
靄が抜けるに比例してみるみると王の顔色が良くなっていく。靄はしばらく空中に滞留したが、黒から色が抜け、光になって消えていく。毒として出てきた靄を浄化して、無害になったものが空気中に溶け込んでいっているのだ。
エルメンヒルデとハルトヴィヒは、その幻想的な光景をしばらく見ていた。
「……う………」
「父上っ」
「陛下!」
ゆっくりと目を開ける王。それに気づいてハルトヴィヒは寝台に乗り上げた。エルメンヒルデは心配そうに後ろから覗き込んでいる。
「ハルト……わたし、は……」
「父上、具合はいかがですか? どこか、違和感は……」
「具合……いや、いいな。久しぶりに、思考がはっきりしている。それに体も――」
王は、久しぶりに自力で起き上がり、異常がないかどうか手のひらを見たり肩を回したりして確認する。
「ついでに体力も回復しておいたよ。」
「あなた、は?」
「妖精王ユストゥス様です。」
「妖精王? では……!」
王はハルトヴィヒからエルメンヒルデに視線を移した。
「ええ。会えましたわ。」
「そうか……、そうか! よかった、エルメンヒルデ!」
王は自分のことのように喜んだ。
毒を取り去り体力も回復させたことから、痩せてしまってはいるが、口調や思考はしっかりしている王に安心するハルトヴィヒとエルメンヒルデ。
しかしこれで終わったわけではない。
毒を盛られたということは、毒を盛ったものがいるということだ。
「だいたい絞れますけれど……。」
「ああ、そうだな。」
「陛下が亡くなって得をする人物、ですわね?」
「いや……私は方々から恨みも買っているから一概には言えんだろう。」
王はよぎる可能性を振り払い、悲しげにつぶやいた。
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