【完結】妃が毒を盛っている。

井上 佳

文字の大きさ
19 / 50

第十九話 愛しの彼女を追いかけて

しおりを挟む


この国の第一王子であるジークムントは、馬車に揺られていた。政務をすべて放り出して西へ向かっているようだ。放り出されても大して困らないものばかりだったのが幸いだ。そもそもジークムントに重要書類は回ってこないのだが。

西といえば、ヘルシン症が発症したアーヘン村がある方角である。

そう、第一王子はデューレン辺境伯領へ向かったエルメンヒルデ一行を追っているのだ。


「旅先で、あいつがいないうちに私といればエルメンヒルデも……ふっ。」


よからぬことを企んでいるようだ。ことハルトヴィヒが居なくても、エルメンヒルデにはややこしいのが何人もついているのだから手を掠めることすら難しいというのに。まあ妄想は自由だが。


間もなく中継の町に着く頃、1日遅れで出発した第一王子はまだ見ぬエルメンヒルデとの再会を心待ちにしていた。


「アムマインに着きます。」

「おお、そこにエルメンヒルデはいるのか。」

「いえ、我々は1日遅れて出発しております。シュティルナー侯爵令嬢たちは薬草を届けるためにも早い移動馬車を使っているようですので、おそらくもうコブレンの町も過ぎた頃かと。」

「なんだと? 」


呑気に女の尻を追いかけている第一王子とは違って疫病対策に動いているエルメンヒルデたちは乗り心地よりもスピード第一の馬車でデューレンを目指しているので1日の差でかなり先まで進んでいるのだ。


「ではいつ追いつくのだ。」

「お、おそらくデューレン辺境伯領に着いたらご一行も休息を取ると思われますので……」


つまりは目的地に着くまで追いつくことはないということだった。


第一王子は苛立っていた。一応お忍びなので王家の乗り心地の良い豪奢な馬車は使えない。かといって質素な馬車に乗るなんてプライドが許さない。結局、王家の紋章が入っていない、ぎりぎり見栄えのする市街用の馬車に乗ってきたので、長旅には向いていないし乗り心地はよくない。

2日かけて着いたアムマイン。しかしさらに目的地まであと5日はかかるのだ。

王子なら国内と言わず周辺諸国の地理くらい当然のように頭に入れているかと思いきや、この王子が詳しいのは王都の中心街くらいだ。なので、そもそもデューレン辺境伯領までの道のりが一週間ほど掛かると知らないで出発したのだ。

そんな第一王子を乗せた馬車の御者も、護衛でついて来ざるを得なかった王宮騎士団の第三近衛隊の面々も、正直うんざりしていた。
王子の目的が、辺境の地の疫病の対策だとしたら見直したところだが、彼の目的は女を口説くこと。しかも弟である第二王子の婚約者だ。誰が喜んで随行したがるものか。

しかし、近衛の中には第一王子が次期王と信じて疑わない、王妃・第一王子派のものが混ざっていた。
そのものたちは、第一王子がやることは正しいと信じ込んでいるので、今回のエルメンヒルデ奪還作戦に乗り気だった。自分が役に立つぞ、と意気込んでいる。

アムマインの地に着くと、宿の一番いい部屋を取りくつろぐ王子。挙句には身分は当然伏せるが、商売女を呼んでお楽しみのようだ。それに呆れながらも近衛の一部は、部屋の前や宿の周りを警戒する任務に就くのだった。



翌朝――。

二日酔いでぐだぐだの第一王子を無理矢理馬車に詰め込んで出発する一同。まだ寝かせろと言う王子に、これ以上遅れるとデューレンでも合流出来ない可能性があると言ったら渋々了承した。


そして王都出発から5日後。
第一王子一行はやっとデューレン辺境伯領に到着したのだった。


「なに? もう発っただと?」

「ええ。持ってきていただいた物資をこちらで下ろして、アーヘンへ。ありがたいことです……。」


第一王子が来た、と慌てて対応するデューレン辺境伯家の長男ウッツ。ちなみに辺境伯はアーヘンの地で疫病を抑え込むため各地を奔走している。今はエルメンヒルデたちとアーヘン村に向かったあとだった。


「ではすぐに向かおう。」

「第一王子殿下が疫病対策に乗り出してくださっているなんて、この地の一同は感動します。」

「ああ……そうか。」


まさかここまで女を口説くために来たとはさすがに言いづらい第一王子は、適当に相槌を打った。


「ジークムント様。これより先はヘルシン症が発症している地になります。今までの町のようにはいきませんが、よろしいですか?」

「なに? そうなのか?」

「はい。宿に泊まれるとは限りませんし、我々も薬草を持って行きますので重篤化することはほぼありませんが、発症する可能性はあります。」

「そ、そうなのか?」

「そうです。もちろん護衛の我々も、御者も、発症の可能性があり、発症したらしばらく任務には就けません。」

「そんな馬鹿な! 仕事を放棄すると言うのか!」

「いえ、そもそも病にかかったものに休息が与えられるのは国法でも決まっていることですので。」

「……そうなのか?」

「はい。」


近衛の隊長がそう言うと、第一王子はしばらく考えてから、とんでもないことを言い出した。


「…………では、ここで帰りを待とう。」

「は?」


安全で快適なデューレン家の屋敷でエルメンヒルデを待ち伏せすることにしたらしい。
しかし、それはあまりにも勝手すぎるしはっきり言って邪魔なので、近衛隊長はなんとか王子を連れ帰ろうと思案した。


「ここには年頃の女性もいないですし。」

「む?」

「ええ、辺境伯家は男子ばかりですし夫人は高齢。侍女も皆、子どもが成人しているような年齢です。」

「む。」

「それに、ここまで病が広がらないとも限りません。」

「むむ?」

「決して安全ではありません。」

「むむ。」


近衛隊長の言葉に、どんどん顔が曇っていく第一王子だった。

結局、病にかかるのが嫌だったようで、第一王子は王都に帰還することになった。
出迎えたウッツ・デューレンは、話は聞こえていなかったがわざわざ来てくれた王子が何故か蜻蛉返りするというので、頭の中は疑問符だらけだった。



こっそり王宮を抜け出してきた第一王子。

エルメンヒルデを口説くため追ってきた第一王子。

結局、疫病が怖くてしっぽを巻いて逃げ帰る結果となった。

宿泊地で酒や食事や女を堪能するという、ただの小旅行だったようだ。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】偽物と呼ばれた公爵令嬢は正真正銘の本物でした~私は不要とのことなのでこの国から出ていきます~

Na20
恋愛
私は孤児院からノスタルク公爵家に引き取られ養子となったが家族と認められることはなかった。 婚約者である王太子殿下からも蔑ろにされておりただただ良いように使われるだけの毎日。 そんな日々でも唯一の希望があった。 「必ず迎えに行く!」 大好きだった友達との約束だけが私の心の支えだった。だけどそれも八年も前の約束。 私はこれからも変わらない日々を送っていくのだろうと諦め始めていた。 そんな時にやってきた留学生が大好きだった友達に似ていて… ※設定はゆるいです ※小説家になろう様にも掲載しています

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

卒業パーティーのその後は

あんど もあ
ファンタジー
乙女ゲームの世界で、ヒロインのサンディに転生してくる人たちをいじめて幸せなエンディングへと導いてきた悪役令嬢のアルテミス。  だが、今回転生してきたサンディには匙を投げた。わがままで身勝手で享楽的、そんな人に私にいじめられる資格は無い。   そんなアルテミスだが、卒業パーティで断罪シーンがやってきて…。

悪役令嬢、資産運用で学園を掌握する 〜王太子?興味ない、私は経済で無双する〜

言諮 アイ
ファンタジー
異世界貴族社会の名門・ローデリア学園。そこに通う公爵令嬢リリアーナは、婚約者である王太子エドワルドから一方的に婚約破棄を宣言される。理由は「平民の聖女をいじめた悪役だから」?——はっ、笑わせないで。 しかし、リリアーナには王太子も知らない"切り札"があった。 それは、前世の知識を活かした「資産運用」。株式、事業投資、不動産売買……全てを駆使し、わずか数日で貴族社会の経済を掌握する。 「王太子?聖女?その程度の茶番に構っている暇はないわ。私は"資産"でこの学園を支配するのだから。」 破滅フラグ?なら経済で粉砕するだけ。 気づけば、学園も貴族もすべてが彼女の手中に——。 「お前は……一体何者だ?」と動揺する王太子に、リリアーナは微笑む。 「私はただの投資家よ。負けたくないなら……資本主義のルールを学びなさい。」 学園を舞台に繰り広げられる異世界経済バトルロマンス! "悪役令嬢"、ここに爆誕!

【完結】政略婚約された令嬢ですが、記録と魔法で頑張って、現世と違って人生好転させます

なみゆき
ファンタジー
典子、アラフィフ独身女性。 結婚も恋愛も経験せず、気づけば父の介護と職場の理不尽に追われる日々。 兄姉からは、都合よく扱われ、父からは暴言を浴びせられ、職場では責任を押しつけられる。 人生のほとんどを“搾取される側”として生きてきた。 過労で倒れた彼女が目を覚ますと、そこは異世界。 7歳の伯爵令嬢セレナとして転生していた。 前世の記憶を持つ彼女は、今度こそ“誰かの犠牲”ではなく、“誰かの支え”として生きることを決意する。 魔法と貴族社会が息づくこの世界で、セレナは前世の知識を活かし、友人達と交流を深める。 そこに割り込む怪しい聖女ー語彙力もなく、ワンパターンの行動なのに攻略対象ぽい人たちは次々と籠絡されていく。 これはシナリオなのかバグなのか? その原因を突き止めるため、全ての証拠を記録し始めた。 【☆応援やブクマありがとうございます☆大変励みになりますm(_ _)m】

今度は悪意から逃げますね!

れもんぴーる
ファンタジー
国中に発生する大災害。魔法師アリスは、魔術師イリークとともに救助、復興の為に飛び回る。 隣国の教会使節団の協力もあり、徐々に災害は落ち着いていったが・・・ しかしその災害は人的に引き起こされたものだと分かり、イリークやアリス達が捕らえられ、無罪を訴えても家族までもが信じてくれず、断罪されてしまう。 長期にわたり牢につながれ、命を奪われたアリス・・・気が付くと5歳に戻っていた。 今度は陥れられないように力をつけなくちゃ!そして自分を嵌めた人間たちや家族から逃げ、イリークを助けなければ! 冤罪をかけられないよう立ち回り、災害から国民を守るために奮闘するアリスのお話。え?頑張りすぎてチートな力が? *ご都合的なところもありますが、楽しんでいただけると嬉しいです。 *話の流れで少しですが残酷なシーンがあります。詳しい描写は控えておりますが、苦手な方は数段飛ばし読みしてください。お願いします。

お言葉ですが今さらです

MIRICO
ファンタジー
アンリエットは祖父であるスファルツ国王に呼び出されると、いきなり用無しになったから出て行けと言われた。 次の王となるはずだった伯父が行方不明となり後継者がいなくなってしまったため、隣国に嫁いだ母親の反対を押し切りアンリエットに後継者となるべく多くを押し付けてきたのに、今更用無しだとは。 しかも、幼い頃に婚約者となったエダンとの婚約破棄も決まっていた。呆然としたアンリエットの後ろで、エダンが女性をエスコートしてやってきた。 アンリエットに継承権がなくなり用無しになれば、エダンに利などない。あれだけ早く結婚したいと言っていたのに、本物の王女が見つかれば、アンリエットとの婚約など簡単に解消してしまうのだ。 失意の中、アンリエットは一人両親のいる国に戻り、アンリエットは新しい生活を過ごすことになる。 そんな中、悪漢に襲われそうになったアンリエットを助ける男がいた。その男がこの国の王子だとは。その上、王子のもとで働くことになり。 お気に入り、ご感想等ありがとうございます。ネタバレ等ありますので、返信控えさせていただく場合があります。 内容が恋愛よりファンタジー多めになったので、ファンタジーに変更しました。 他社サイト様投稿済み。

奪われ系令嬢になるのはごめんなので逃げて幸せになるぞ!

よもぎ
ファンタジー
とある伯爵家の令嬢アリサは転生者である。薄々察していたヤバい未来が現実になる前に逃げおおせ、好き勝手生きる決意をキメていた彼女は家を追放されても想定通りという顔で旅立つのだった。

処理中です...