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後編:夫人のお菓子が食べたい王太子と侯爵の攻防
しおりを挟む「すまなかったね、サナーリア夫人。」
「いえ。こちらこそすみません。」
「驚かせたお詫びに、財務省までエスコートさせてくれ。」
「王太子殿下にそのような……」
「いや、是非。そのバスケットも持とう。」
「そう、ですか。ではお願いいたしますね。」
これ以上断るのは逆に失礼にあたると思い、夫人は王太子の提案を受け入れた。
バスケットを渡し、自身の右手を王太子に預けエスコートを任せた。
「サナーリア様、それはまずいのでは……」
「でもホルガー、王太子殿下のご好意を無下にはできないわ。」
「しかし、もし誰かに見られ侯爵の耳に入ったらどうするんです?」
「それは、そうだけど……」
「侯爵からは王太子殿下だろうと国王陛下だろうと近づけるなと言われてるんですよ。」
「でもこれ以上お断りしても、ほらしつこい方だから……はいと言うまで解放していただけないわ。」
「そう、ですね。すごい量の手紙来てましたもんね。」
「え? 手紙?」
「あ、いや、なんでもないです。」
「ねえ君たち、聞こえてるよ?」
王太子は夫人をエスコートしながら歩いているのだからすぐ隣にいるわけで、夫人と護衛がいくら声を潜めても全部聞こえている。
「え、ねえホルガー君。手紙って私が夫人宛に送ったもののこと?」
「あー、いや、まあ、そうですね。」
「まさか夫人には届いていないのか?」
「あー、まあ、それは、侯爵に聞いてください。私はただの護衛なので、居ないものと。」
「今さら!」
そう言ってホルガーは一歩、いや三歩下がった。そう、名前まで呼ばれちゃって今さらも今さらだが、気配を消してついていくことに決めたのだ。
「ありがとうございました。」
「ああ、いやこちらこそ悪かったね。」
「いえ。……王太子殿下、よろしかったらこちら、おひとつお召し上がりください。」
夫人は少し思案して、バスケットから小さな箱をひとつ取り出し王太子に渡した。どうやってお菓子が欲しいと切り出そうかと思っていたが、夫人の方から差し出してくれた。
受け取った箱を開けてみると、そこには王太子が夢にまで見た欲してやまないチョコレイトが並んでいたのだった。
「これ、は」
「ナマチョコレイトです。以前、とても気に入っていただけたようでしたので、よろしかったらお持ちくださいませ。」
そのとき、箱の中身を見て感動している王太子とバスケットを受け取り持ち直している夫人のいるすぐ横の扉が開いた。
「サナーリア」
「シュワルツ様。お疲れ様でございます。」
「ああ。君も。差し入れかな?」
「はい。皆さんに。」
「……皆さんに、ね。少し予定より遅かったけど、問題はない?」
「はい。大丈夫です。」
「そうか。ありがとう。配っておくよ。」
「いえそんな、シュワルツ様のお手を煩わせてしまっては本末転倒ですわ。わたくしが行ってまいります。お邪魔しても?」
「……ああ、そうだな。ありがとう。頼むよ。」
バスケットを受け取ってあわよくば独り占めしようとした侯爵だったが、夫人の気遣いによりその目論みは失敗した。
仕方ないので夫人を省内に通した侯爵は、そこに居た王太子に声をかけた。護衛は夫人について行った。
「王太子殿下は何用で?」
「ああ、いや、夫人を見掛けたのでね。何かあってはいけないと、ここまで案内させてもらった。」
サッとチョコレイトの箱を隠すと、なんともなしにそう嘯いた。侯爵はもちろん王太子が何かを隠したことに気づいたが、大したことはないと判断しそれは黙認した。
「ところで侯爵。」
「何でしょう。」
「私の出した夫人宛の手紙を着服していないか?」
「何を仰います。」
「先ほど、夫人とホルガー君の会話を聞いたらどうやら夫人は私の手紙の存在を知らないようなんだが。」
「当たり前でしょう。」
「え?」
「妻に届いた手紙は、一度私がすべて目を通し必要ないと思われるものは省いています。」
「……え?」
「貴方の手紙には、いつも菓子が食べたいとしか書かれていない。ですから、不要と判断し処分しています。」
「…………え?」
もう言葉もない王太子。
夫人の様子が気になるのか、侯爵は一礼すると省内へ戻って行った。
暫くして、執務室に戻った王太子はさっそく夫人から頂戴したナマチョコレイトを口に入れ舌鼓を打った。
「しかし、夫人は大変だな。あんな男に惚れられて……ナマチョコレイトの礼もあるしな。何かの折には力になると手紙を……手紙は、駄目か。」
念願のナマチョコレイトを食べれたことに喜びもひとしおだが、思い出す侯爵の独占欲や執着に、身震いする王太子だった。
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