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侯爵夫人の日常
しおりを挟むわたくしはサナーリア。生まれはザバラン子爵家です。幼少の頃に少し家に問題があったので、伯父のデイドストーザ伯爵に引き取られ養子になりました。
そして今は、シュワルツ・ゼルガ侯爵様と結婚が成り、サナーリア・ゼルガ侯爵夫人です。
わたくしは毎日、旦那様であるシュワルツ様の腕の中で目覚めます。
朝食も一緒にいただきます。たまに、足腰にどうにも力が入らないときは、そのままベッドでいただくこともあります。
その後は、シュワルツ様がお仕事でお出かけなさいますので、家の執務を終えられるまでにお弁当を作り、お見送りいたします。
「今日は、お出かけの予定も、来客の予定もありませんわ。」
「ん、わかった。」
お見送りの時に、その日一日の予定を伝えておきます。何かあったときのため、わたくしの行動を把握しておく必要があるそうです。夫婦ですものね。
「サナーリア……。」
「いってらっしゃいませ。」
毎日のことですが、旦那様はなかなかお出かけになりません。わたくしとの別れを惜しんでくださっているようですが、ほんの数時間のことです。潔く行っていただきたいですわ。
「キスしてくれたら行く。」
「でも旦那様。先週は、それでやっぱり行かないと言い出したのではございません?」
「それ、は……そうだけど。でも、キスしたい。ね?」
「シュワルツ様……やめてください皆さんの前でっ」
「かわいい。ね、ほら……。」
またそうやってからかうんですから!
このあいだはキスしたら行くと仰ったのに、いざして差し上げたら、もっと、もっとだ、と言ってなかなか終わらなかったんですのよ?
挙句そのまま担ぎ上げられて寝室へ運ばれてしまいましたから、「キスしたら行く」は信じてはいけないと学びましたわ。
「ほらほら、いってらっしゃいまし。」
「サナーリアは、寂しくないの?」
「わたくしはこう見えても、お邸でやることがたくさんありますのよ? 仕事をしていればあっという間の時間ですわ。」
「そうだけど……」
「シュワルツ様は、お仕事が終わったらまっすぐ帰ってきてくださいますもの。寂しいですけれど、ほんの少しの我慢です。」
我慢です、でポーズを付けたら、何やら震え出したシュワルツ様に抱きしめられまた担ぎ上げられそうになったので、慌ててホルガーを呼びました。
「いや、やめてくださいよ巻き込むの……。」
そう言いながらもシュワルツ様を離してくれます。ホルガーは、いやいやでも必ず助けてくれるのです。
「ホルガー……」
「いやっ、はい……。えっと、とりあえずさっさと仕事行きましょう?」
護衛にまで言われてしまっていますね。ほかの使用人たちにも冷たい目で見られているのに気づいたシュワルツ様は、渋々、邸を出ていきました。
シュワルツ様がお出かけなられると、わたくしはわたくしでやることがありますのでそれに取り掛かります。
各家のお茶会の参加可否のお返事を書いたり、何事かのお礼状をしたためたり、侯爵家でお茶会をする予定があれば準備することは山のようにあります。家同士のお付き合いもいろいろありますから、季節のご挨拶だとか記念日の贈り物だとか、内容も様々です。
忙しいのは、そういった家のことに加えて、こちらに嫁いでからは剣術を習っているからです。先生はホルガーです。
なぜ剣術かと言いますと、社交シーズンは王都にいますが、夏が終わる頃から冬までは領地に帰ります。
ゼルガ侯爵領は暗黒地に隣接していますから、スタンピードが起きたときに少しでもお手伝いできるように……お手伝いは無理でも、自身を鍛えておけば、シュワルツ様の不安事を少しは減らせるのではないかと思い至ったわけです。
「怪我しないでくださいね。」
「いいのよ少しの怪我くらい。」
「よくないって! サナーリア様に傷ひとつつけたら、侯爵にどんな目にあわされるか……!」
「大丈夫です。」
そう、なんだかんだシュワルツ様はわたくしに甘いので、例え怪我をしても、怒らないでくれと言えば怒らない。だから、ホルガーの安全は保証されていますのよ。
訓練を終え、旦那様にお渡ししたものと同じお弁当を食べてから少し休憩します。
「そうだわ、フィーネ。」
「はい、奥様。」
「来週の、フルリネ嬢のお茶会だけど、手土産はドルーチエミのチョコレイトにするわ。」
「そうですか。手配しておきます。」
「よろしくお願いしますね。ああ、それから――」
と、結局休憩と言いつつも何かしらの予定のあれこれをしてしまうのは悪い癖ですわ。まあ、頭は動かしても体は休まっていますから、よしとしましょう。
午後は邸を見て回り、皆に不便がないか確認していきます。道具が足りなくなっていないか点検したり、新しい家財魔道具が開発されたから取り入れてみたと見せていただいたり、皆で使い方を習ったりもしますのよ。ほかにも、庭に出て季節の花々の話を聞いたりお手入れの仕方を教えていただいたり、とても充実しています。
そしてそのまま、使用人の皆さんと三時のお茶を楽しみます。ティータイムに皆さんと同じテーブルを囲むことで、いろいろな話が聞けるのが楽しいですわ。とくに、執事のローレンツさんとキッチンのパウラさん夫婦の騎士団にいる息子さんの恋愛事情が、今のわたくしのお気に入りです。今度王宮を訪ねてみようかしら。
それも終えると、一時間ほどですが魔道具を使用した戦闘訓練をつけてもらい、そして、お帰りになるシュワルツ様をお迎えする準備をします。
軽く湯を浴びて、髪やドレスがあっという間に整えられます。侯爵家の侍女たちはとても優秀ですわ。ほんとうに、あっという間ですもの。
「サナーリア」
「シュワルツ様、お帰りなさいませ。」
「ああ、ただいま。」
いつもいつもですが、シュワルツ様はお帰りになると、とても熱い目で見つめてきます。そしてたっぷりと時間をかけて抱擁してくださいます。こんなとき、ああ幸せだな、と思います。忙しくしていてあっという間でも、離れていて寂しかったんだなって、思います。
「右腕は大丈夫?」
「えっ?」
「怪我をしただろう。」
「なぜ、」
「強く打ったら痣になってしまうね……。」
「いえ、そこまでではありませんでしたわ。」
「ほんとうに? 大丈夫?」
「はい。大丈夫です。」
「……あとで見せてね?」
「ええ。」
実は魔道具戦闘訓練をしていたときに、出力を誤って後方に吹き飛ばされてしまい右側で受け身を取っていたのです。
着替えるときに確認してもらいましたが、とくに痕にはなっていなかったとのことでした。
あら? シュワルツ様はなぜご存知なのかしら? ああ、それは、邸のことですもの。誰かが報告したのね。心配かけてしまって申し訳ないですわ。
そして夕食を取り、ダイニングでくつろぎ今日の出来事を話します。
「さすが、剣筋がいいのは家系かな?ホルガーが褒めていたよ。」
「ありがとうございます。なにせ『英雄』の孫ですから。」
「おじい様はお元気かな?」
「ええ。たまに騎士団に顔を出しに来ると、義父が言ってました。顔だけ出したら口を出さずに帰ってほしいって。」
「ははっ。目に浮かぶな。」
そして、夜の入浴は、だいたい二人で一緒にしています。体中隅々まで洗ってくださるので、なんだかくすぐったいです。今日は打ち付けた右腕に異常がないか、それはもう、穴があくのではないかというくらい見られ、確認されました。
湯から上がり、夜着を着て寝室に行きます。
まあいつもはその、すぐにベッドに誘われることがほとんどですけれど、今日は余程心配なのか、体に負担がかからないようにわたくしにはすぐ休むようおっしゃいました。
「私は一杯飲んだら眠るよ。先にお休み。」
「はい。おやすみなさい、シュワルツ様……。」
「うん。おやすみサナーリア。」
くちびるに軽く、おやすみのキスをしてくださいます。わたくしは、疲れていたのか、そのあとすぐに眠りに落ちました。
だから、そのあと、シュワルツ様が何をしていたかなんて、わたくしは知りません。
明日も起きたらシュワルツ様の腕の中にいるのかな、と思うと……とても幸せです。
~~~~~
ここで一旦、このシリーズはおしまいです。ありがとうございました。
初めての作品なので各キャラに思い入れがあり、ぽつぽつと短編更新するかもしれませんので、その時はまたよろしくお願いします!
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