堅物上司の不埒な激愛

結城由真《ガジュマル》

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 夢のような一夜が明け、目覚めた頃にはベッドに課長の姿はなかった。
 もう帰ってしまった? と不安になって、慌ててルームウェアを羽織りリビングへ出る。
 
「おはようございます」

 そこにはキッチンに佇む彼の姿があって、ホッと胸を撫で下ろすと同時に少し照れてしまう。

「お、おはようございます! すみません、寝坊して……」

「僕も今起きたところです。朝食を作ろうと思ったのですが、勝手なことするのもどうかと悩んでしまって」

「そんなっ! お気遣いありがとうございます。課長はゆっくりしててくださいっ」

「………………」

「………………」

 ……めちゃくちゃ堅い。
 昨日あんなに過激な夜を過ごしたとは思えないくらいに。
 目が合うと課長の顔がボッと赤らんで、私も全身が熱い。
 初心者すぎて、これからどんなふうに課長と接したらいいかわからず、くすぐったい気持ちに鼓動が弾む。

「と、とりあえずコーヒー淹れますね! 課長は座っててください」

 ケトルにペットボトルの水を入れようと課長に背を向ける。
 正直言ってまだ直視できない。
 寝起きの課長はインナーのTシャツ姿で、どことなく色気を醸し出している。
 胸の突起が微かにシャツから浮かび上がっているのを見逃さなかった変態の私。

「ひゃあっ!」

 突然後ろから抱き包まれて、奇声が漏れる。
 昨日と同じ課長の匂いと温もりに、心臓がバクバクするのに心地良い。

「……もう名前呼んでくれないの?」

 突然のくだけた口調と甘い囁きの威力は果てしない。
 心臓が持っていかれる!

「あの……」

「昨日は呼んでくれたのに」

 ちょっと拗ねるように言って、私の両手に自分の手を重ねる課長。
 思わせぶりにゆっくりと撫でられ、首筋にキスされると、ゆうべの続きのような甘い空気に変わる。

 ……彼氏の課長、こんなに甘いんだ。
 普段の堅物とは思えないほど情熱的で、愛らしくて。

「大嗣さん……」

 蕩けるような心地のまま振り仰ぎ彼を見つめると、ちゅっと触れるだけのキスをくれた。

「かなめ、好きだよ」

 こんなに愛情表現が大きな人だと思わなかった。
 深く濃厚なキスが始まり、夢中になって舌を絡ませる。

 今日が日曜日で良かった。
 爽やかな朝とは思えないくらいたっぷりイチャイチャして、順番にシャワーを浴びて朝食をとったのはもう11時過ぎ。
 お昼ご飯になっちゃいましたね、とまたお互い敬語に戻りながら、初めての朝を味わった。

「そういえば、かなめさん本が好きなんですね」

 大嗣さんがリビングにある本棚を眺め微笑んだ。

「ライトなものばかりですが、読書は好きです。あと漫画も」

 そういえば彼と近づくキッカケになったのも、本を拾ってもらった時だ。
 ……結構際どい描写のTL漫画!
 思い出した瞬間、血の気が引いて、冷や汗が噴き出た。

「ちょっと見てもいいですか?」

「はい、っあ、えっと! ちょっと待っ……」

 おもむろにダイニングの席から立ち上がり、本棚に近づく課長のあとを追う。
 いかがわしい本も並べてあったっけ!?
 あまりにも過激なものはカバーがかけてあるはずだけど!
 こんなことなら前もって隠しておくんだった!

 狼狽する私に気づかずに、大嗣さんは嬉しそうに「これ、僕も読みました」なんて健全に笑う。
 しかし下の方に視線が移った瞬間、彼の目が止まった。

 見つめているのは、ピンクの背表紙のコーナー。

『ドSな彼に調教されたい』

『嫉妬強めな束縛上司に服従します』

 見るからにアレなタイトルのラインナップに、「終わった……」と白目を剥く。

「かなめさん、こういうの好きなんですか?」

 至極真面目にそんなことを尋ねる大嗣さんに、「妄想の世界です!」と更に墓穴を掘ってしまう。

「……わかりました」

 何がわかったのかさっぱりわからないけれど、大嗣さんは何故か納得したように頷くのだった。
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