堅物上司の不埒な激愛

結城由真《ガジュマル》

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「課長ー! お疲れさまでーす!」

「山ちゃんっ」

 慌てて引き止めるも時既に遅しで、突然の山ちゃんの乱入にポカンと目を見開いているハジメさん。
 ハナさんは肝が据わっているのか、特に動じることもなくグラスに口をつけ始めている。
 彼女の奥にいる大嗣さんは、山ちゃんの後から恐る恐る近づいた私と視線が合うなり立ち上がった。

「かなめさん!?」

 大嗣さんはかなり動揺しているようで、勢い余って自身の手前にあった赤ワインのグラスを倒してしまう。
 少量だけど赤ワインはテーブルにこぼれて、隣のハナさんは声を上げて立ち上がりテーブルから離れた。

「すみません……」

 焦って倒れたグラスを戻す様子は、いつものクールな姿とは真逆で新鮮だけど、少し心配になってくる。
 こういう時こそオカンの出番だ。
 もしもの時の為に多めのティッシュやゴミ袋を常備してある。

「大丈夫ですか」

 直ぐさま大嗣さんの隣に駆け寄りテーブルを拭いていると、大嗣さんは頬を赤らめて「すみません」と謝る。

「服は汚れてないですか? あ、」

 大嗣さんのスーツに目がいった拍子にティッシュを床に落としてしまい、私と大嗣さんは咄嗟にしゃがんだ。
 そして同時に頭をテーブルにぶつけ、「イテッ」と呟きがハモる。

 顔を上げて目を合わせた瞬間、なんだか可笑しくなってどちらからともなく笑った。

「ふふ」
「ふふ」

 彼の安堵した笑顔を見たらさっきまでの嫉妬心はどこかへ消え失せて、いつもの和やかな温かさが胸に広がっていく。

「あの……」

 笑い合っていた様子を三人が傍観していることに気づき、慌てて立ち上がり頭を下げた。

「すみません、偶然見かけたもので……」

 チッと小さく舌打ちするハジメさん。
 ハナさんはキョトンとして、「たいちゃんの職場の方ですか?」と聞いた。
 そこですかさず山ちゃんが口を開く。

「はい! 私は鎌田課長の部下です! こっちの望月さんは、課長の……」

 そこで突然、山ちゃんの通勤バッグからスマホの音が鳴る。
 瞬時に目の色が変わり、スマホを取り出した山ちゃんは目を潤ませて私を見た。
 ……嫌な予感がする。

「せんぱーい! 拓真から謝罪来ました! インスタやめたって! 私一筋だってぇー」

「よ、よかったね!」

 冷や汗をかきながら苦笑する私に、山ちゃんは更に驚くべきことを口にした。

「それで……仲直りデートに誘われて……ごめんなさい、私……」

「だ、大丈夫! 楽しんできて!」

 心の中では『山ちゃーん! 今帰らないで!』と叫びながらも、喜びの絶頂にいる山ちゃんを止めることなんてできない。

「先輩神ぃー! ありがとうございます! じゃあ、皆さん! ごゆっくり!」

 そう言ってそそくさと去っていく山ちゃんを、ハジメさんとハナさんはハテナマークを浮かべながら見送った。

「………………」

 取り残された私はどうしたら……。

「かなめさん、こっちどうぞ」

 何故か嬉々として頬をピンクに染めた大嗣さんが、置いてあった鞄を端に移動させてから私を手招きする。

「い、いえ。私は……」

「いいじゃないですか。一緒に飲みましょ」

 ハナさんは天真爛漫に微笑んでハジメさんの隣に座り、私にも座るように促す。
 ぎこちない空気の中、大嗣さんに腕を引かれるまま腰を下ろすしかなかった。
 
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