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閑話
目指す道(高城視点)(3)
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森生が鞄を置くと、和泉が自分の背後で自分の番を紹介する。一体なんの集いなのだろう。横浜病院の森生が本院までやってくることは本当に稀だ。
「森生先生、こちらメルト製薬のMRの新堂朔耶さん。新堂さん、横浜の分院のアルファ・オメガ科の森生颯真先生です」
あくまでビジネスライクな紹介。
森生と新堂は初対面なのかと驚きつつ、裕哉は今更なのだがタブレットのデータに集中しようと意識した。
「森生先生、初めまして。メルト製薬東京中央営業所の新堂と申します。お噂はかねがねうかがっております」
「誠心医大の森生と申します。どうぞよろしくお願いします」
名刺を交換する様子が感じられた。
なんでこんなところで名刺を交換しているのか、裕哉には全く分からなかった。
それでは始めましょうかという和泉の言葉で三人はソファーセットに腰掛けた様子だった。
「はい、こちらで資料を用意しております」
背後から新堂の声。
「森生先生からお問い合わせがあった件、米本社からも回答がありましたのでこちらの資料に纏めました」
しばし紙をめくる音がする。
なんの話をするのだろうか。裕哉は気になって、目の前の仕事に集中できなくなってきていた。
「すごいですね」
森生が一言発した。
「ここまで有用性が高いとは思わなかったな」
それに和泉が答える。
「先日、米本社がアメリカの医薬品食品局……FDAに承認申請した、開発コード番号ML055……フェロモンコントロール剤グランスの、今入手できるデータです」
グランス……。聞いたことない名前だ。
裕哉は内心で首を傾げる。
今、フェロモンコントロールって言っていなかったか。抑制剤とは違うのか?
「まだあまり注目されていないから、話題にもなっていないんだよな。ここまで分かれば、何となくどういうものなのか分かるが……」
「これはすごいですよね」
「森生先生もそう思う?」
「ですよねえ。これ、使い方次第でまさにコントロールですよ。うまく行えば、発情期をこれまで以上にきめ細かくコントロールできますよね」
なんでこれ注目されてないんだ? と和泉が頭を捻る。
新堂の苦笑した声がした。
「たぶんあまり市場規模の拡大が見込めないためだと思います。メーカーとしては旨味がないのだと……」
あーなるほどと医師二人が納得した声を上げる。
「でも、これは和泉先生、もし日本で上市されれば……」
上市されれば……どうなのだ。
裕哉は自身に問いかける。
「ペア・ボンド療法が可能かもしれません」
森生の言葉に、二人が言葉を失った。
ペア・ボンド療法……。どこかで聞いたことがある。
思わず、裕哉は急いでブラウザを立ち上げ、データベースを検索していた。
裕哉が必死に検索している間にも会話が進む。
皆、「ペア・ボンド療法」がどんなものか知っているらしい。悔しい。完全に勉強不足だ。
「かもしれませんね。これまでフェロモン管理は抑制剤だけでは難しかったですが、これがあれば」
「新堂君、番がいるオメガのデータはある?」
「あ、はい。データとしては少ないんですが」
「私にも見せてもらえます?」
「森生先生、こちらです」
裕哉はデータベースに辿り着く。
ペア・ボンド療法。オメガのなかに残る番関係の形跡をあらた強い番関係で塗り替える、番を亡くしたオメガへの治療法。概念はあるものの、現在の抑制剤ではフェロモン治療のコントロールが不十分で、新たな分野の薬剤開発が期待されている……。
「このなかで、番と死別しているオメガの数とか抽出できないかな」
「ちょっと……学術に問い合わせます」
「おそらくこの規模ならば、本当少ないと思うから、数例でもいい」
「承知しました」
「まずは番を亡くしたオメガですね」
「ですね」
医師ふたりが頷いている。この二人は何を考えているのか。
唐突に裕哉は気が付く。
和泉先生が耳を澄ませておけって、こういうことかと。
とたんに顔に熱が集まり、火照ってきた。
猛烈に恥ずかしくなってきたのだ。
自分は、なんて奢ったことを考えていたのだろう。
背後の三人は常にアンテナを張り、それぞれプロの仕事をしている。二人はアルファ、一人はオメガだが、そこに性差はまったく関係ない。アルファ・オメガ科の医師であり、薬剤師でMRであるだけだ。ぞれぞれの専門性を背景に、新たな医療の可能性について議論を重ねている。
自分はこんなところでくすぶっている訳にはいかない。
確かに、アルファ・オメガ科を選んだのは、アルファの医師が少ないという消極的な理由にすぎないが、背後の、専門家の交わす議論に加わり、きちんと自分の知見を重ね、見解を主張できるような医師になりたいと痛切に思う。
裕哉は拳をぎゅっと握る。
アルファ、ベータ、オメガなんて関係ないのに。
「高城」
不意に和泉に呼びかけられる。
裕哉が振り返る。すると、和泉の鋭い視線にさらされた。
「話が気になるなら、こちらに来い」
和泉がこちらを気にしていたのが意外で、この尊敬する人に見捨てられていなかったという安堵も手伝って、その言葉が、すとんと裕哉の腹に落ちる。
自分のつまらないコンプレックスなど、お見通しだったのか、この人は……。
「なんて顔してるんだよ」
和泉が苦笑した。
「早く患者のデータを出せ。お前にとってはここで話を聞いているだけで勉強になる」
裕哉はタブレットを手に、立ち上がる。
「は……はい!」
この人が担当指導医でよかった、と裕哉は思った。この人の背中を追いかければ間違いはない。自分が理想とする医師像に近づくことができる。それはアルファでもベータでも関係ないのだと、裕哉は初めてそう思うことができたのだった。
【了】
୨୧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈୨୧
今回は、少し青春小説風?に、高城君が医師として化けた瞬間のお話を書いてみました。時間軸としては「懐かしき思い出」はこれより後のお話です。和泉先生も、朔耶と会うとデレるばかりではなく、ちゃんと仕事(後進育成)をしているのです。書きたかったのはそこです!←
「FORBIDDEN」はメルト製薬のライバル企業、森生メディカルの社長を主人公にして、二人のアルファがオメガの主人公を構い尽くすという禁断要素満載のお話です。
今回の話に出てきた新薬「グランス」や「ペア・ボンド療法」など、お仕事絡みの話もたっぷりあり、メルト製薬や和泉も大いに絡んでいるお話で、アルファポリスでもいずれ連載しようかなとは考えております。
現在はムーライトノベルス、エブリスタ、フジョッシーにて連載中です。
作品はここでひとまず完結です。
お付き合いくださりありがとうございます。
「森生先生、こちらメルト製薬のMRの新堂朔耶さん。新堂さん、横浜の分院のアルファ・オメガ科の森生颯真先生です」
あくまでビジネスライクな紹介。
森生と新堂は初対面なのかと驚きつつ、裕哉は今更なのだがタブレットのデータに集中しようと意識した。
「森生先生、初めまして。メルト製薬東京中央営業所の新堂と申します。お噂はかねがねうかがっております」
「誠心医大の森生と申します。どうぞよろしくお願いします」
名刺を交換する様子が感じられた。
なんでこんなところで名刺を交換しているのか、裕哉には全く分からなかった。
それでは始めましょうかという和泉の言葉で三人はソファーセットに腰掛けた様子だった。
「はい、こちらで資料を用意しております」
背後から新堂の声。
「森生先生からお問い合わせがあった件、米本社からも回答がありましたのでこちらの資料に纏めました」
しばし紙をめくる音がする。
なんの話をするのだろうか。裕哉は気になって、目の前の仕事に集中できなくなってきていた。
「すごいですね」
森生が一言発した。
「ここまで有用性が高いとは思わなかったな」
それに和泉が答える。
「先日、米本社がアメリカの医薬品食品局……FDAに承認申請した、開発コード番号ML055……フェロモンコントロール剤グランスの、今入手できるデータです」
グランス……。聞いたことない名前だ。
裕哉は内心で首を傾げる。
今、フェロモンコントロールって言っていなかったか。抑制剤とは違うのか?
「まだあまり注目されていないから、話題にもなっていないんだよな。ここまで分かれば、何となくどういうものなのか分かるが……」
「これはすごいですよね」
「森生先生もそう思う?」
「ですよねえ。これ、使い方次第でまさにコントロールですよ。うまく行えば、発情期をこれまで以上にきめ細かくコントロールできますよね」
なんでこれ注目されてないんだ? と和泉が頭を捻る。
新堂の苦笑した声がした。
「たぶんあまり市場規模の拡大が見込めないためだと思います。メーカーとしては旨味がないのだと……」
あーなるほどと医師二人が納得した声を上げる。
「でも、これは和泉先生、もし日本で上市されれば……」
上市されれば……どうなのだ。
裕哉は自身に問いかける。
「ペア・ボンド療法が可能かもしれません」
森生の言葉に、二人が言葉を失った。
ペア・ボンド療法……。どこかで聞いたことがある。
思わず、裕哉は急いでブラウザを立ち上げ、データベースを検索していた。
裕哉が必死に検索している間にも会話が進む。
皆、「ペア・ボンド療法」がどんなものか知っているらしい。悔しい。完全に勉強不足だ。
「かもしれませんね。これまでフェロモン管理は抑制剤だけでは難しかったですが、これがあれば」
「新堂君、番がいるオメガのデータはある?」
「あ、はい。データとしては少ないんですが」
「私にも見せてもらえます?」
「森生先生、こちらです」
裕哉はデータベースに辿り着く。
ペア・ボンド療法。オメガのなかに残る番関係の形跡をあらた強い番関係で塗り替える、番を亡くしたオメガへの治療法。概念はあるものの、現在の抑制剤ではフェロモン治療のコントロールが不十分で、新たな分野の薬剤開発が期待されている……。
「このなかで、番と死別しているオメガの数とか抽出できないかな」
「ちょっと……学術に問い合わせます」
「おそらくこの規模ならば、本当少ないと思うから、数例でもいい」
「承知しました」
「まずは番を亡くしたオメガですね」
「ですね」
医師ふたりが頷いている。この二人は何を考えているのか。
唐突に裕哉は気が付く。
和泉先生が耳を澄ませておけって、こういうことかと。
とたんに顔に熱が集まり、火照ってきた。
猛烈に恥ずかしくなってきたのだ。
自分は、なんて奢ったことを考えていたのだろう。
背後の三人は常にアンテナを張り、それぞれプロの仕事をしている。二人はアルファ、一人はオメガだが、そこに性差はまったく関係ない。アルファ・オメガ科の医師であり、薬剤師でMRであるだけだ。ぞれぞれの専門性を背景に、新たな医療の可能性について議論を重ねている。
自分はこんなところでくすぶっている訳にはいかない。
確かに、アルファ・オメガ科を選んだのは、アルファの医師が少ないという消極的な理由にすぎないが、背後の、専門家の交わす議論に加わり、きちんと自分の知見を重ね、見解を主張できるような医師になりたいと痛切に思う。
裕哉は拳をぎゅっと握る。
アルファ、ベータ、オメガなんて関係ないのに。
「高城」
不意に和泉に呼びかけられる。
裕哉が振り返る。すると、和泉の鋭い視線にさらされた。
「話が気になるなら、こちらに来い」
和泉がこちらを気にしていたのが意外で、この尊敬する人に見捨てられていなかったという安堵も手伝って、その言葉が、すとんと裕哉の腹に落ちる。
自分のつまらないコンプレックスなど、お見通しだったのか、この人は……。
「なんて顔してるんだよ」
和泉が苦笑した。
「早く患者のデータを出せ。お前にとってはここで話を聞いているだけで勉強になる」
裕哉はタブレットを手に、立ち上がる。
「は……はい!」
この人が担当指導医でよかった、と裕哉は思った。この人の背中を追いかければ間違いはない。自分が理想とする医師像に近づくことができる。それはアルファでもベータでも関係ないのだと、裕哉は初めてそう思うことができたのだった。
【了】
୨୧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈୨୧
今回は、少し青春小説風?に、高城君が医師として化けた瞬間のお話を書いてみました。時間軸としては「懐かしき思い出」はこれより後のお話です。和泉先生も、朔耶と会うとデレるばかりではなく、ちゃんと仕事(後進育成)をしているのです。書きたかったのはそこです!←
「FORBIDDEN」はメルト製薬のライバル企業、森生メディカルの社長を主人公にして、二人のアルファがオメガの主人公を構い尽くすという禁断要素満載のお話です。
今回の話に出てきた新薬「グランス」や「ペア・ボンド療法」など、お仕事絡みの話もたっぷりあり、メルト製薬や和泉も大いに絡んでいるお話で、アルファポリスでもいずれ連載しようかなとは考えております。
現在はムーライトノベルス、エブリスタ、フジョッシーにて連載中です。
作品はここでひとまず完結です。
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完結おめでとうございます(^O^)
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朔耶くんが来ると場が和みますね。イチャイチャしてなくてもそんな甘い雰囲気になるんだろうなあ。高城先生、いたたまれなくなりそうだけど頑張って!
ゆーちさん、ありがとうございます。
颯真先生のご登場です✨喜んでいただけて、なによりです。
そうなんです。並々やならない強い信念でアルファオメガ科のドクターになった方ですが、高城先生を刺激しそうですよね(颯真先生は何も思ってなさそうですが)
そこに朔耶と和泉先生で、おっしゃる通り居た堪れない感じしますが、高城先生見守ってあげてくださいませ😌
モブ女子視点、最高ですね。私もここで働きたくなります。なんなんでしょう、二人の会話!甘さがダダ漏れ。思わず耳がダンボになってしまいますね。好みをしっかり把握して次の新作メニューの参考にしたくなるのも分かります。ずっと通ってほしいですものね。
ゆーちさん、ありがとうございます。
モブ視点最高ですよね(私も同感です)わたしもダンボ耳のモブになってこんな甘い空気を堪能したいです🥰
ずっと通ってほしいので、メニュー開発には余念がないでしょうね!また彼女視点の話を書きたくなります。
いつもありがとうございます❣️