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穏やかな時間
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「こんばんは」
「あ、こんばんは~」
「良い季候ですね。そこまで冷えていませんし。本当にもうじきなのかってくらいです」
「そうですねえ」
「お隣いいですか?」
「いいですよ~」
「では、失礼します」
「んー」
「申し遅れました、私は一四五六九番です。あなたは?」
「ぼくは一九八番。よろしくね。きみ、結構遅番だね。――あ、ですね」
「こちらこそお願いします、一九八番さん。そうですかね?」
「だって一万台でしょう? もうそんなにいってたんだって思って」
「とっくに越えてましたよ。今や十万はいってるらしいです」
「ええっ。まじかあ。そんな? ぼくって世間に疎いからなあ」
「私もそこまで詳しくないんですけれどね。ところで、あなたはここで何を?」
「海を眺めてた。本当にそうなるのかなって。じわじわ上がってきてるような気もします」
「ですね。百年前と比べると、かなり水位上がってきているらしいですし」
「うん。あ。今更カモだけど、敬語じゃなくてもいい? 固い話し方が苦手でさ」
「ええ、もちろん。逆に私は敬語でないと落ち着かない質なので、このままでお話しますね」
「良かった。初対面じゃこーいう話し方が嫌って人多くてさ。ちょっと困ってたんだ」
「あはは、ちょっと分かります。敬語も、相手によっては苦手って方もいて。距離が遠く感じるんだそうです」
「へーえ。敬語でおっけーって訳でもないんだ。面倒だねえ」
「そうですね。……そういえば、一九八番さんは乗らなかったんですね」
「うん?」
「いえ、来る者拒まずだって聞いていたので。感染菌を持っている方ははじかれたらしいですけれど、感染菌をお持ちという訳でもないですよね」
「うーんと。ぼくって生まれつき体が弱くてさ。どんどん悪化してきてるんだけど。それで、乗っても最後まで耐えられないだろうってなったの。で、あの船の中で死ぬくらいなら、この星で死にたかった、ってだけ」
「ああ……。確かにそれはそうですね。私が一九八番さんだったとしても、きっとそうしていました」
「一四五六九番は?」
「私は、これからコールドスリープされるんです」
「もしかして、予備の人?」
「ええ」
「強制のやつ?」
「いいえ、自ら志願したんです。実は私、密閉されているところが苦手で……。船ってすごい密閉空間じゃありませんか。そんなところに行くくらいなら、産まれ過ごしたこの星にいたいなって思ったんです」
「なるほどねえ。……昔さ、もう三百年くらい前だけど。そういうお話流行ってたよね! 宇宙船で旅していたら、怪物が侵入してきて襲ってくるヤツ! 孤立した人から犠牲になってくタイプの」
「私、そういうのを見て苦手になったんですよ……。トラウマ的な。私の時は古い映画とされてましたが、父がそういうのが好きで。よく見せられたんです。なんというか、逃げ場がないのが絶望的ですよね。大抵、脱出ポッドが起動しなかったり、もうなかったりするんです」
「ぼくが昔見たのは、脱出艇から逃げられるパターンだったな。複数人乗って逃げられたんだけど。最後のワンカットで、その内一人の体内に怪物の卵が拍動していて……。ってところで終わるの!」
「うわぁー! そんなの、ハッピーエンドに見せかけたバッドじゃあないですか‼」
「確かあれ、続編あったと思うんだけど。ぼく、あれはあの結末で良いなって思ったから見てないんだよね。評価も知らない」
「うぅ……。私はちょっと気になります」
「じゃ、見る?」
「ちょっと、遠慮しておきます。同胞が旅立つって時に見るもんじゃないかなと」
「まそれはそう」
「ところでさ」
「はい」
「コールドスリープ、怖くないの?」
「……まあ、怖くない、といったら嘘になりますが。サポートのサルビアはいますし、他にも予備の方はいますので……」
「あー。そうなんだ。他の予備の人は?」
「もうコールドスリープされた方が殆どです。いつ沈むのか分かりませんからね。あと数人の方は、私のように最後に景色を眺めたい、と旅に出ました」
「なるほどねえ」
「一九八番さんも、コールドスリープしませんか? ひょっとしたら――」
「遠慮しておくよ。というよりも、きっとぼくの体はそれに耐えられない。氷漬け死体のできあがり。それで終わるよ」
「それは、そうでしょうね。体にかなりの負担が掛かりますから」
「うん」
「沈むまで、ずっとここに?」
「うん。きっとね。ここの景色、今までも見てきたんだ」
「溺れるの、苦しくありませんか」
「あはは。どうだろう。最近溺れたことなくて。たまには良いかもねえ」
「…………」
「っていうか、溺れる前に死ぬでしょう。だって有害だよ?」
「それもそうですね。この海も、いつか浄化されるのでしょうか?」
「みんな違う惑星に行くし、残る人々もコールドスリープされる。汚す動物がいなくなるなら、その内きれーになるんじゃないかなあ」
「そうだといいですね」
「あ!」
「ああ。もう旅立って行ってしまいましたね」
「うん。なんかほうき星みたいでいいね。夜にぴったり。みんなあれに乗ってるんだ」
「確か、『方舟』という名称でしたよね。無事に住める惑星を見つけられたら良いのですが」
「……ぼくは、墜落したらいいなって思ってた。それか見つからなくて野垂れ死にとか」
「え?」
「あ、ごめん独り言。――そうだねえ、住めるような環境の惑星を見つけるのはかなり難しいからね。ひょっとしたら、何千年……いや、それ以上かかるかも知れないね」
「ええ。次はどんな星に住むのでしょう」
「ぼくだったら、海がないところが良いな。理由はないけど。水は作れば良いし、そろそろこの潮のにおいも飽きてきたし」
「そういえば、昔は海の匂いも違ったんですよね? データで見たことあります」
「うん。昔はもっと風が爽やかだったよ。水も透き通っていたしね」
「へえ! 私も見て触れてみたかったです。『シアター』もありましたけど、私は結構酔ってしまう体質で。楽しむことが出来なかったんですよね」
「あー、確かに酔っちゃうならアレはきついかも。においも楽しめる『シアター』とかもあったんだけど。ま、所詮は作りものだね。完全再現とまでは言えなかったな」
「本物を知っている方って珍しいですからね。再現していた方も大変ですね……」
「ぼくくらい若い番号って、やっぱり珍しい?」
「ええ。私としては、ここまで長く生きられるものなんだとちょっと不思議なくらいです。今まで会ってきた中で、一番お若かったのは千番台の方だったので」
「そうかなあ。コールドスリープを何回かしただけだよ? そこまで珍しいものじゃないと思うけど」
「それはそうですね。でも、百番台はあまり見かけないので新鮮です」
「あはは。なんか希少種になった気分」
「実際そうですからね」
「……そうだ、きみはどんな星に住みたいの?」
「私は昔童話で見た、花が咲き乱れる草原。穏やかな風が吹き、動物たちも過ごしている。そんな自然溢れる星が良いです。私が産まれたときには、全てが記録上や物語の中だけのものでしたから」
「それも良いねえ。楽園、エデンのような星。のんびり暮らせるならそれも良いかも。でもぼくは、そんな星は触れたらいけないものだって思っちゃうかも。ぼくらの爪の先が触れるだけで、花々が枯れてしまいそうな。そんな儚さがあるよね」
「ですね。そもそも、他の惑星には花という概念がないかも知れないし、全く別のものかも知れません」
「あー、確かに。歴史も全く違うし、そもそも生物の成り立ちとか違うんだもんね」
「ええ。たまにこういうこと考えるんです。生物が誕生する環境なら、全く別のものが産まれるんじゃないか、それならどうなるんだろう……ってね。もしかしたら、花が動物で、食物連鎖の頂点になっていたりして?」
「動物になった花かあ。植物って、基本的には自ら動けない分、かなり生態が面白いんだよね。賢くて割と獰猛、というか。それが動けるとなると厄介な生物になりそう」
「私はそこまで詳しくないのですが、記録にあった植物の生態には驚かされましたよ。思った以上にグロテスクで。見た目は可愛らしいのに」
「なんか、拡大すると結構気持ち悪いよね。匂いでコミュニケーション取るし、音も出せるらしいし、動物になった植物は話すかも。というか、ぼくらが分からないだけで、生物は皆会話してるんだろうなあ」
「ですね。翻訳機とか出たらな~って思ってたんですけれど、翻訳する相手がいませんもの。そりゃあ誰も作りませんね」
「あはは。そうだね」
「……」
「……」
「すみません。もう少しだけ、お話していても良いでしょうか?」
「もちろん。ぼくは最期までここにいる。そういえば、コールドスリープはいつからなの?」
「特に決まりはありません。滅ぶまでには、って感じです」
「いつ解凍されるの?」
「それも現段階では。何百年、何千年……。もしかしたら、何万年もあとになるかも知れません。そうしたら、もう冷凍ミイラですね」
「なんかやだなー。でもそんなに経ったら、海も綺麗になって、大地が生まれて。無事に起きてきたら、全く新しい生命が出来てるかもよ?」
「ははは。確かにありそうですね。何億年後には、ここも全く違う星になっていて、違う生物が闊歩している。そう思うと、なんだか起きたときが楽しみになります」
「お、いいね。ほんとは行きたかったんだもんね」
「はい。皆と行きたかったです。でもやっぱり、トラウマは克服できず。でもでも、やっぱりコールドスリープも怖いんですよ! 先程はちょっと見栄を張っちゃいましたけど! 慣れって言いますが、何度やっても慣れません。しかも今回は、長期間のサルビアによる完全自動稼働……。信じていないわけではありませんが、やはり人の手があった方が安心できます」
「まー、完全自立型と言えど、何が起こるかは分からないよね。システムの暴走とか過去あったらしいし」
「え、システムの暴走……? すみません、知らない話かも知れないです。どういった話ですか?」
「あら、知らなかったんだ。余計なこと言っちゃったな。より恐怖が増しちゃうかも」
「い、いえ。多分大丈夫です。あまりそういう話聞かないので、気になって」
「あー、そっか。普通はこういうトラブルって知らされないもんね。口滑っちゃった。うーん。……最期だし話すけど、まあ、成り代わりがあったんだよ」
「成り代わり……?」
「うん、サルビアって基本的には各々に付けられる管理システムじゃない? 命じられたことしかしない。んだけど、過去に勝手に行動したことがあるんだ」
「そんなことがあったんですか⁉」
「うん。結構そういう事例があってね。人工とは言え知能だから、仕方のないことだとされてたんだけど、その中でも許されないってされたのが成り代わり。管理するはずの人を殺し成り代わったんだ。識別番号から記憶、容姿、性格まで。すべて成り代わった相手のまんま。殺された人は素粒子レベルまで分解されてしまった。だから最初は分からなかった」
「そ、それ、何で判明したんですか?」
「判明理由は割とあっさりしてる。他のサルビアさ。もっとも、そのときはサルビアとは違う名称だったけど。そのときはカラーって呼ばれてた。まあそれは関係ないから置いといて。人の識別番号とは別に、サルビアにはサルビアの識別番号があった。で、サルビアが識別番号を確認していたら、なんか人からサルビアの識別番号が検知されたから大騒ぎ! ってわけさ」
「な、なるほど……。サルビアが発見した、ということですね」
「うん。同じ存在のやらかしだったけど、それを隠蔽しなかった。人工知能らしいのか、逆に人らしいのか」
「それは……、怖い、事例ですね。なんで、そのサルビア……、いえ。カラーは人を殺したのでしょう? 成り代わったところで意味がない気がします。人の暮らしが欲しかったから?」
「うーん。それはぼくに訊かれても困るけど。――多分、守りたかった。というか、長生きさせたかったんじゃないかな」
「長生きさせたかった?」
「うん。多分カラー、人工知能にとって生きた証というか、生命ってメモリーなんだ。記録。で、多分管理する相手は、体が生まれつき弱かったとか、何かしらの理由で長生きできる体じゃなかった。だから――」
「殺して、記録を保存して。その記録を続けるために、成り代わった?」
「うん」
「その方を、生きながらえさせるために?」
「きっとね」
「本末転倒、じゃないですか……」
「ぼくに言われても困る」
「独り言です。いえ、そのカラーの考えは理解できます。出来るのですが……」
「まあ、ちょっとおかしいよね。だからカラーは廃版されたのさー。思考がおかしい方になってるってね」
「な、なるほど。その後釜、というか。後継が、」
「そう。サルビアだよ。サルビアになってからは、そういう身勝手なおぞましいことは起ってない。今回の場合は長期間用のシステムになっているはずだし、暴走なんて起らないはずだよ」
「はあ……。それは、良かったです」
「んまあ、絶対とは言えないけどね~」
「止めてくださいよ! せっかく安心できたのに‼」
「んふふ、冗談ジョーダン。でも確かに、もう眠ったらいつ起きられるのか分からないのか。それは怖いね」
「ええ。眠るか沈むか……。究極の選択です。私、貴方とならこのまま沈んでも良いなって思えてきました」
「それはやめといたほうがいい。ぼくは『方舟』に乗ることも、そしてコールドスリープされることも出来ないからここにいる。でもきみは、どちらも選択できた上で、コールドスリープされることを選んだんでしょう?」
「……ええ」
「なら、そうした方が良い。例え、起きたときの世界がポストアポカリプスだったとしても、それを見られるだけで、きっと意味はあるんじゃない? ここで沈むのは、きみにとって意味のないことだ」
「それは、そうかもしれません。……そう、ですね。うぅ、すみません、不躾なことを」
「気にしてないよ。ぼくも長期のコールドスリープは経験がない。不安な気持ちも分かる」
「…………」
「あらら、空気重くなっちゃった? そんなつもりはなかったんだけど。ええと。うーん、きみって趣味とか……って、なんか雑談下手かも。うーん……」
「……趣味、ですか。前までは、ずっとデータを見ていました。この星にいた生物についてのです。歴史とかは授業でやったのですが、そういうのってあまり聞かなかったので。それにハマって、帰ったらすぐデータにアクセスしてましたね」
「へえ! いいね。どんな生物が好きだった?」
「私は猫が好きです。データを元にレプリカも造ったほどで。とても可愛らしかったのですが、データほどではなくて……。実際の猫にも会ってみたかったな」
「猫! いいね、昔皆飼ってたよ。愛玩動物だったら、絶滅しないと思ってたんだけど。割とあっさりだったな」
「一九八番さん。番号若いし、もしかして……?」
「うん。会ったことあるよ、猫。人気な理由が分かる動物だった。でもぼくは、友人が猫アレルギーだったから、そういう意味で苦手だったかな」
「あー、アレルギー……。私たちの代では耐性があるので、免疫が過剰に反応するということはありませんね。一度は経験してみたいことではあります」
「いやいやいや! ない方が良いよ、アレルギーは! やばいやつは死んじゃうのもあるんだから! ぼくの友人、アレルギー沢山持ってて大変そうだったし」
「そ、そうですよね。花粉症を経験してみたくって、スギ花粉を頭からかぶったこともあったのですが……。ロクなことにはなりませんでしたね。花粉症も経験出来ませんでしたし」
「わ……。友人がいたら発狂しそうなこと言ってる。ぼくは良いけど、もし番号若い人いたら、その人にはその話しない方が良いよ」
「どれだけ大変なのかって、経験しないと分からなくて」
「アレルギーの場合、経験しちゃったら後戻りできない気がするけど……。出来るものなのかしら?」
「さあ。でも、確か遺伝子から云々、って聞いたことあるので、アレルギーが発症しない私たちの代じゃ、どうあがいても経験出来ないものなのかも」
「それはそーかも。いやあ、すごいね。ぼくたちって、日々進化してたんだ」
「ええ。世代が違うと変化に驚きますね。……あの、お一つ訊いてもよろしいでしょうか」
「んー? なあに?」
「一九八番さんの、ご友人は現在――」
「彼はもう眠ったよ」
「……もしかして」
「ああ、眠った、と言ってもまだ生きてはいるけれどね。コールドスリープしたんだ」
「ああ、予備の方ですか」
「うーん。……まあ、そんなところかな」
「そうですか。では、ご友人は予備になるご決断をなされたんですか? 強制ではなく」
「……うん」
「良かった。強制ほど嫌なものはありませんから。すみません、変なこと訊いちゃって」
「いいや。構わないよ」
「話は戻りますが、一九八番さんがお好きな生き物は? 実際に生物を見たことある方からのお話を聞いてみたいです」
「ぼくは鳥かなあ。飼ったことはないんだけど、形状が好き。羽の形とか。あとはさえずりが綺麗で、散歩してるときとかに聞こえてくると耳を傾けてたし、鳥を見て何の種類か判別するのも楽しかった」
「散歩するとさえずりが……⁉ なんだか新鮮です、本当にいたんですね。それも散歩中に聞こえてくるだなんて。もっとこう、山奥とかにいるイメージでした」
「もちろん種類によってはそうだよ。でも、人里におりてくる鳥もいたんだ。まあ、主にぼくらのせいではあったんだけどさ」
「そうですね。最終的には絶滅してしまいましたし」
「中には物まねが上手な鳥もいて。その鳥がいる森じゃ、呼ぶ声がしたら反応するなって言われていたんだ。食われたりはしないけど、森の奥に誘われて帰れなくなっちゃうって話。本当にぼくらの声そっくりだったし、ちょっと怖いよね」
「わ。森の奥から人の声……。誘われて行ったら、いるのは鳥一羽。それは怖いですね。映画とかだったら、絶対クリーチャーで食われるヤツですよ」
「ああ、『助けてー!』とかなんとか言って誘い出してくるタイプのアレね。きみ、宇宙船のがトラウマになっておきながら、意外とそういうの知ってるんだね」
「パニックホラー系全体的に苦手なのですが、ほら。苦手なものほど詳しくなるっていいません?」
「そういうものなんだ……。ぼくは苦手だから調べない、っていう感じだったから逆に詳しくないかも。なるほど、苦手だから詳しいっていうタイプもいるんだね」
「結構いますよ。苦手だからこそ、それを極力見ないために事前に調べておくって感じですね。例えば映画だったら、苦手なシーンがないかとか。まあ私の場合、父がパニックホラー好きで、よく付けていたのであまり意味はありませんでしたけど」
「そういえば見せられたって言ってたなあ。苦手って言わなかったの?」
「言ったのですが、結末が良いとか、こういう展開で面白いとか理由を言われて。そう言われると気になってきてしまって、結局見てしまうんです。流される、というか」
「なるほどね。まあ確かにそんなぐいぐい来られたら、面倒くさくなっちゃって見るかなあ。断ったら断ったで後が面倒だし」
「あはは。ですよね。でも、それでパニックホラー耐性が出来たかって言われると全くです。逆に展開が読めてしまって、『ばんって来る、来る……!』とか、『後ろから化け物が来て死にそう!』って身構えて、その結果、その通りになっても吃驚しちゃうんです。身構えるから、より吃驚するというか。それで、ますます苦手になります」
「あー。ぼくはホラー系強い方で、あの、画面いっぱいに来るヤツ……。ジャンプスケア、だっけ。あれが来ても驚かないタイプでね。友人は、ジャンプスケアが一番苦手だって言ってて。それがあまり理解できてなかったんだけど、身構えちゃうからってコトなのかな」
「うんと、多分そうだと思いますが……。来ると分かった上で驚かない、っていう方もいますし。大前提として、ホラーが苦手、っていうのがあると思います」
「なるほど、それは――」
【お話の所申し訳ありません】
「わひゃあっ⁉」
「一四五六九番、落ち着いて。深呼吸。ほら、きみのサルビアじゃない?」
「え? あ、ああ。本当ですね。はあ。いつも突然現れるんですよ、わたしのサルビア」
「結構個体差あるよね」
「はい。止めてって言ってるんですけどね。サルビア、何でしょう?」
【コールドスリープの準備が完了しております。現在コールドスリープを使用していないのは一四五六九番、あなただけです】
「え、でもいつでも良いのでは?」
【水面が上昇してきております。現在地に居続けることは危険です。コールドスリープはいつでも構いませんが、現在地からの退避を推奨します】
「それ、は……」
「サルビアの言うとおりだ。さっきから、少しずつだけど上がってきている。およそ六時間後にはここは完全に沈むねえ。時間はまだあるけれど、何が起きるか分からないし。早く行った方が良いよ」
「…………さ、サルビア。一九八番さんを、コールドスリープすることは?」
「一四五六九番、いいって」
【そのような権限はありません。一四五六九番。あなたの命であっても不可能です】
「ほら。サルビアは基本的にシステムだし、勝手な変更は出来ない。それに、コールドスリープ出来てもぼくじゃ耐えられないんだって。ね?」
「では、ここから離れましょう。もしかしたら、人と話すのは最後になるかもしれないのです。もう少しだけ、お話しませんか」
「ううん。ごめん。ぼくはここにいるよ。海が上がってくるのを待ってたんだ。だから」
「……そう、ですか」
【一四五六九番。失礼ながら、それは一九八番――】
「サルビア。余計なことは言わないでね。キミとぼくのよしみだろう」
【…………】
「サルビア? どうしたのです?」
【いいえ。何でもありません】
「ありがとう。――いいや、サルビアはぼくの健康を気にしてくれたんだろう。きみのサルビアとはいえ、管理システムだからね」
「そう、ですか。私のサルビアは、他のサルビアとは違っていかにも人工的、という印象なのですが……。他人の心配も出来たんですね」
【サルビアに不可能はございません。権限がある限り、あなた方のサポートをさせていただくのが役割です】
「ありがとうございます、サルビア。……分かりました。あと十分ほどで退避しますから、一九八番さんと最後にお話しさせてください」
【承知いたしました】
「一九八番さん、お話しさせていただき、ありがとうございました。あと、ご無理を言ってすみませんでした。お話、楽しくて。お別れが名残惜しくなってしまいました」
「いいのいいの。出会いがあれば別れもあるって言うけど、やっぱやだよね。ぼくも何度か経験したけれど、慣れないよ。一四五六九番とここでさよならなのも、やっぱり寂しいな」
「……ええ、とても」
「お、夜が明けてきたねえ。こんな星だけど、太陽は変わらないから好きだな」
「――……。驚いた。あなたもそんな風に笑うんですね」
「えぇ? 今までも笑えてたでしょ?」
「いや、なんと言いますか。貴方はずっと、何だか寂しそうで。……初めて心から笑ったように見えて」
「…………」
「いえ。良いんです。お気になさらないでください。太陽、私も好きです」
「そっか。……じゃあ、そろそろ」
「――あ、あの。もし良かったら、最後に。貴方のお名前、教えていただけませんか」
「え。でも、名前って秘匿情報でしょ。だめじゃない?」
「もう滅ぶんです。最後くらい、破っても良いでしょう? 大丈夫、聞いているのは私だけですよ」
「って、言ってもなあ……」
「じゃあ、私から言いますよ。古来より、名乗るときは自分からって言いますものね」
「え、だめだって! 名前にはきみの大切な――」
「私は、□□□と言います。貴方は?」
「い、言っちゃった……。もー、誰かに聞かれてたらどうするの!」
「誰もいませんって! サルビアも遠くに行ってもらってますし」
「そんなことしなくても、あのサルビアはきみのサルビアなんだから、元から知ってるだろうし! いやまあ、それなら良いのかな……?」
「一九八番さん!」
「えぇ~。そんなに目を輝かされましても。これ、名乗る流れ?」
「ええ! 最後に無茶ぶりです。……嫌、ですか?」
「いやじゃないけどさあ。ぼくはあまり言いたくないなあ、なんて。危険だし」
「私、危険冒したのに、貴方は安全圏にいるんですか?」
「うーん。それもそうなんだけどさあ」
「お互い知ってるなら良いじゃあないですか! お願いです。一生のお願いですから!」
「そんなに⁉ はあ~……」
「お願い、なら仕方ないなあ。――ぼくは××××。改めてよろしくね」
「××××さん、ですね! はい、よろしくお願いします!」
「そんな嬉しそうにしちゃって。もうお別れなんだよ?」
「えへへ。それでも嬉しいです」
「□□□。そろそろ十分経っちゃう。コールドスリープ、怖いだろうけれど頑張ってね。きみは、きっと起きられるから」
「はい。頑張ります。××××さんは、……後達者で」
「――うん」
【十分経ちました。お時間です。一四五六九番】
「はい、分かりました。一九八番さん、さようなら」
「ああ。さようなら、一四五六九番!」
「……おやすみ」
「ええ。おやすみなさい」
「あ、こんばんは~」
「良い季候ですね。そこまで冷えていませんし。本当にもうじきなのかってくらいです」
「そうですねえ」
「お隣いいですか?」
「いいですよ~」
「では、失礼します」
「んー」
「申し遅れました、私は一四五六九番です。あなたは?」
「ぼくは一九八番。よろしくね。きみ、結構遅番だね。――あ、ですね」
「こちらこそお願いします、一九八番さん。そうですかね?」
「だって一万台でしょう? もうそんなにいってたんだって思って」
「とっくに越えてましたよ。今や十万はいってるらしいです」
「ええっ。まじかあ。そんな? ぼくって世間に疎いからなあ」
「私もそこまで詳しくないんですけれどね。ところで、あなたはここで何を?」
「海を眺めてた。本当にそうなるのかなって。じわじわ上がってきてるような気もします」
「ですね。百年前と比べると、かなり水位上がってきているらしいですし」
「うん。あ。今更カモだけど、敬語じゃなくてもいい? 固い話し方が苦手でさ」
「ええ、もちろん。逆に私は敬語でないと落ち着かない質なので、このままでお話しますね」
「良かった。初対面じゃこーいう話し方が嫌って人多くてさ。ちょっと困ってたんだ」
「あはは、ちょっと分かります。敬語も、相手によっては苦手って方もいて。距離が遠く感じるんだそうです」
「へーえ。敬語でおっけーって訳でもないんだ。面倒だねえ」
「そうですね。……そういえば、一九八番さんは乗らなかったんですね」
「うん?」
「いえ、来る者拒まずだって聞いていたので。感染菌を持っている方ははじかれたらしいですけれど、感染菌をお持ちという訳でもないですよね」
「うーんと。ぼくって生まれつき体が弱くてさ。どんどん悪化してきてるんだけど。それで、乗っても最後まで耐えられないだろうってなったの。で、あの船の中で死ぬくらいなら、この星で死にたかった、ってだけ」
「ああ……。確かにそれはそうですね。私が一九八番さんだったとしても、きっとそうしていました」
「一四五六九番は?」
「私は、これからコールドスリープされるんです」
「もしかして、予備の人?」
「ええ」
「強制のやつ?」
「いいえ、自ら志願したんです。実は私、密閉されているところが苦手で……。船ってすごい密閉空間じゃありませんか。そんなところに行くくらいなら、産まれ過ごしたこの星にいたいなって思ったんです」
「なるほどねえ。……昔さ、もう三百年くらい前だけど。そういうお話流行ってたよね! 宇宙船で旅していたら、怪物が侵入してきて襲ってくるヤツ! 孤立した人から犠牲になってくタイプの」
「私、そういうのを見て苦手になったんですよ……。トラウマ的な。私の時は古い映画とされてましたが、父がそういうのが好きで。よく見せられたんです。なんというか、逃げ場がないのが絶望的ですよね。大抵、脱出ポッドが起動しなかったり、もうなかったりするんです」
「ぼくが昔見たのは、脱出艇から逃げられるパターンだったな。複数人乗って逃げられたんだけど。最後のワンカットで、その内一人の体内に怪物の卵が拍動していて……。ってところで終わるの!」
「うわぁー! そんなの、ハッピーエンドに見せかけたバッドじゃあないですか‼」
「確かあれ、続編あったと思うんだけど。ぼく、あれはあの結末で良いなって思ったから見てないんだよね。評価も知らない」
「うぅ……。私はちょっと気になります」
「じゃ、見る?」
「ちょっと、遠慮しておきます。同胞が旅立つって時に見るもんじゃないかなと」
「まそれはそう」
「ところでさ」
「はい」
「コールドスリープ、怖くないの?」
「……まあ、怖くない、といったら嘘になりますが。サポートのサルビアはいますし、他にも予備の方はいますので……」
「あー。そうなんだ。他の予備の人は?」
「もうコールドスリープされた方が殆どです。いつ沈むのか分かりませんからね。あと数人の方は、私のように最後に景色を眺めたい、と旅に出ました」
「なるほどねえ」
「一九八番さんも、コールドスリープしませんか? ひょっとしたら――」
「遠慮しておくよ。というよりも、きっとぼくの体はそれに耐えられない。氷漬け死体のできあがり。それで終わるよ」
「それは、そうでしょうね。体にかなりの負担が掛かりますから」
「うん」
「沈むまで、ずっとここに?」
「うん。きっとね。ここの景色、今までも見てきたんだ」
「溺れるの、苦しくありませんか」
「あはは。どうだろう。最近溺れたことなくて。たまには良いかもねえ」
「…………」
「っていうか、溺れる前に死ぬでしょう。だって有害だよ?」
「それもそうですね。この海も、いつか浄化されるのでしょうか?」
「みんな違う惑星に行くし、残る人々もコールドスリープされる。汚す動物がいなくなるなら、その内きれーになるんじゃないかなあ」
「そうだといいですね」
「あ!」
「ああ。もう旅立って行ってしまいましたね」
「うん。なんかほうき星みたいでいいね。夜にぴったり。みんなあれに乗ってるんだ」
「確か、『方舟』という名称でしたよね。無事に住める惑星を見つけられたら良いのですが」
「……ぼくは、墜落したらいいなって思ってた。それか見つからなくて野垂れ死にとか」
「え?」
「あ、ごめん独り言。――そうだねえ、住めるような環境の惑星を見つけるのはかなり難しいからね。ひょっとしたら、何千年……いや、それ以上かかるかも知れないね」
「ええ。次はどんな星に住むのでしょう」
「ぼくだったら、海がないところが良いな。理由はないけど。水は作れば良いし、そろそろこの潮のにおいも飽きてきたし」
「そういえば、昔は海の匂いも違ったんですよね? データで見たことあります」
「うん。昔はもっと風が爽やかだったよ。水も透き通っていたしね」
「へえ! 私も見て触れてみたかったです。『シアター』もありましたけど、私は結構酔ってしまう体質で。楽しむことが出来なかったんですよね」
「あー、確かに酔っちゃうならアレはきついかも。においも楽しめる『シアター』とかもあったんだけど。ま、所詮は作りものだね。完全再現とまでは言えなかったな」
「本物を知っている方って珍しいですからね。再現していた方も大変ですね……」
「ぼくくらい若い番号って、やっぱり珍しい?」
「ええ。私としては、ここまで長く生きられるものなんだとちょっと不思議なくらいです。今まで会ってきた中で、一番お若かったのは千番台の方だったので」
「そうかなあ。コールドスリープを何回かしただけだよ? そこまで珍しいものじゃないと思うけど」
「それはそうですね。でも、百番台はあまり見かけないので新鮮です」
「あはは。なんか希少種になった気分」
「実際そうですからね」
「……そうだ、きみはどんな星に住みたいの?」
「私は昔童話で見た、花が咲き乱れる草原。穏やかな風が吹き、動物たちも過ごしている。そんな自然溢れる星が良いです。私が産まれたときには、全てが記録上や物語の中だけのものでしたから」
「それも良いねえ。楽園、エデンのような星。のんびり暮らせるならそれも良いかも。でもぼくは、そんな星は触れたらいけないものだって思っちゃうかも。ぼくらの爪の先が触れるだけで、花々が枯れてしまいそうな。そんな儚さがあるよね」
「ですね。そもそも、他の惑星には花という概念がないかも知れないし、全く別のものかも知れません」
「あー、確かに。歴史も全く違うし、そもそも生物の成り立ちとか違うんだもんね」
「ええ。たまにこういうこと考えるんです。生物が誕生する環境なら、全く別のものが産まれるんじゃないか、それならどうなるんだろう……ってね。もしかしたら、花が動物で、食物連鎖の頂点になっていたりして?」
「動物になった花かあ。植物って、基本的には自ら動けない分、かなり生態が面白いんだよね。賢くて割と獰猛、というか。それが動けるとなると厄介な生物になりそう」
「私はそこまで詳しくないのですが、記録にあった植物の生態には驚かされましたよ。思った以上にグロテスクで。見た目は可愛らしいのに」
「なんか、拡大すると結構気持ち悪いよね。匂いでコミュニケーション取るし、音も出せるらしいし、動物になった植物は話すかも。というか、ぼくらが分からないだけで、生物は皆会話してるんだろうなあ」
「ですね。翻訳機とか出たらな~って思ってたんですけれど、翻訳する相手がいませんもの。そりゃあ誰も作りませんね」
「あはは。そうだね」
「……」
「……」
「すみません。もう少しだけ、お話していても良いでしょうか?」
「もちろん。ぼくは最期までここにいる。そういえば、コールドスリープはいつからなの?」
「特に決まりはありません。滅ぶまでには、って感じです」
「いつ解凍されるの?」
「それも現段階では。何百年、何千年……。もしかしたら、何万年もあとになるかも知れません。そうしたら、もう冷凍ミイラですね」
「なんかやだなー。でもそんなに経ったら、海も綺麗になって、大地が生まれて。無事に起きてきたら、全く新しい生命が出来てるかもよ?」
「ははは。確かにありそうですね。何億年後には、ここも全く違う星になっていて、違う生物が闊歩している。そう思うと、なんだか起きたときが楽しみになります」
「お、いいね。ほんとは行きたかったんだもんね」
「はい。皆と行きたかったです。でもやっぱり、トラウマは克服できず。でもでも、やっぱりコールドスリープも怖いんですよ! 先程はちょっと見栄を張っちゃいましたけど! 慣れって言いますが、何度やっても慣れません。しかも今回は、長期間のサルビアによる完全自動稼働……。信じていないわけではありませんが、やはり人の手があった方が安心できます」
「まー、完全自立型と言えど、何が起こるかは分からないよね。システムの暴走とか過去あったらしいし」
「え、システムの暴走……? すみません、知らない話かも知れないです。どういった話ですか?」
「あら、知らなかったんだ。余計なこと言っちゃったな。より恐怖が増しちゃうかも」
「い、いえ。多分大丈夫です。あまりそういう話聞かないので、気になって」
「あー、そっか。普通はこういうトラブルって知らされないもんね。口滑っちゃった。うーん。……最期だし話すけど、まあ、成り代わりがあったんだよ」
「成り代わり……?」
「うん、サルビアって基本的には各々に付けられる管理システムじゃない? 命じられたことしかしない。んだけど、過去に勝手に行動したことがあるんだ」
「そんなことがあったんですか⁉」
「うん。結構そういう事例があってね。人工とは言え知能だから、仕方のないことだとされてたんだけど、その中でも許されないってされたのが成り代わり。管理するはずの人を殺し成り代わったんだ。識別番号から記憶、容姿、性格まで。すべて成り代わった相手のまんま。殺された人は素粒子レベルまで分解されてしまった。だから最初は分からなかった」
「そ、それ、何で判明したんですか?」
「判明理由は割とあっさりしてる。他のサルビアさ。もっとも、そのときはサルビアとは違う名称だったけど。そのときはカラーって呼ばれてた。まあそれは関係ないから置いといて。人の識別番号とは別に、サルビアにはサルビアの識別番号があった。で、サルビアが識別番号を確認していたら、なんか人からサルビアの識別番号が検知されたから大騒ぎ! ってわけさ」
「な、なるほど……。サルビアが発見した、ということですね」
「うん。同じ存在のやらかしだったけど、それを隠蔽しなかった。人工知能らしいのか、逆に人らしいのか」
「それは……、怖い、事例ですね。なんで、そのサルビア……、いえ。カラーは人を殺したのでしょう? 成り代わったところで意味がない気がします。人の暮らしが欲しかったから?」
「うーん。それはぼくに訊かれても困るけど。――多分、守りたかった。というか、長生きさせたかったんじゃないかな」
「長生きさせたかった?」
「うん。多分カラー、人工知能にとって生きた証というか、生命ってメモリーなんだ。記録。で、多分管理する相手は、体が生まれつき弱かったとか、何かしらの理由で長生きできる体じゃなかった。だから――」
「殺して、記録を保存して。その記録を続けるために、成り代わった?」
「うん」
「その方を、生きながらえさせるために?」
「きっとね」
「本末転倒、じゃないですか……」
「ぼくに言われても困る」
「独り言です。いえ、そのカラーの考えは理解できます。出来るのですが……」
「まあ、ちょっとおかしいよね。だからカラーは廃版されたのさー。思考がおかしい方になってるってね」
「な、なるほど。その後釜、というか。後継が、」
「そう。サルビアだよ。サルビアになってからは、そういう身勝手なおぞましいことは起ってない。今回の場合は長期間用のシステムになっているはずだし、暴走なんて起らないはずだよ」
「はあ……。それは、良かったです」
「んまあ、絶対とは言えないけどね~」
「止めてくださいよ! せっかく安心できたのに‼」
「んふふ、冗談ジョーダン。でも確かに、もう眠ったらいつ起きられるのか分からないのか。それは怖いね」
「ええ。眠るか沈むか……。究極の選択です。私、貴方とならこのまま沈んでも良いなって思えてきました」
「それはやめといたほうがいい。ぼくは『方舟』に乗ることも、そしてコールドスリープされることも出来ないからここにいる。でもきみは、どちらも選択できた上で、コールドスリープされることを選んだんでしょう?」
「……ええ」
「なら、そうした方が良い。例え、起きたときの世界がポストアポカリプスだったとしても、それを見られるだけで、きっと意味はあるんじゃない? ここで沈むのは、きみにとって意味のないことだ」
「それは、そうかもしれません。……そう、ですね。うぅ、すみません、不躾なことを」
「気にしてないよ。ぼくも長期のコールドスリープは経験がない。不安な気持ちも分かる」
「…………」
「あらら、空気重くなっちゃった? そんなつもりはなかったんだけど。ええと。うーん、きみって趣味とか……って、なんか雑談下手かも。うーん……」
「……趣味、ですか。前までは、ずっとデータを見ていました。この星にいた生物についてのです。歴史とかは授業でやったのですが、そういうのってあまり聞かなかったので。それにハマって、帰ったらすぐデータにアクセスしてましたね」
「へえ! いいね。どんな生物が好きだった?」
「私は猫が好きです。データを元にレプリカも造ったほどで。とても可愛らしかったのですが、データほどではなくて……。実際の猫にも会ってみたかったな」
「猫! いいね、昔皆飼ってたよ。愛玩動物だったら、絶滅しないと思ってたんだけど。割とあっさりだったな」
「一九八番さん。番号若いし、もしかして……?」
「うん。会ったことあるよ、猫。人気な理由が分かる動物だった。でもぼくは、友人が猫アレルギーだったから、そういう意味で苦手だったかな」
「あー、アレルギー……。私たちの代では耐性があるので、免疫が過剰に反応するということはありませんね。一度は経験してみたいことではあります」
「いやいやいや! ない方が良いよ、アレルギーは! やばいやつは死んじゃうのもあるんだから! ぼくの友人、アレルギー沢山持ってて大変そうだったし」
「そ、そうですよね。花粉症を経験してみたくって、スギ花粉を頭からかぶったこともあったのですが……。ロクなことにはなりませんでしたね。花粉症も経験出来ませんでしたし」
「わ……。友人がいたら発狂しそうなこと言ってる。ぼくは良いけど、もし番号若い人いたら、その人にはその話しない方が良いよ」
「どれだけ大変なのかって、経験しないと分からなくて」
「アレルギーの場合、経験しちゃったら後戻りできない気がするけど……。出来るものなのかしら?」
「さあ。でも、確か遺伝子から云々、って聞いたことあるので、アレルギーが発症しない私たちの代じゃ、どうあがいても経験出来ないものなのかも」
「それはそーかも。いやあ、すごいね。ぼくたちって、日々進化してたんだ」
「ええ。世代が違うと変化に驚きますね。……あの、お一つ訊いてもよろしいでしょうか」
「んー? なあに?」
「一九八番さんの、ご友人は現在――」
「彼はもう眠ったよ」
「……もしかして」
「ああ、眠った、と言ってもまだ生きてはいるけれどね。コールドスリープしたんだ」
「ああ、予備の方ですか」
「うーん。……まあ、そんなところかな」
「そうですか。では、ご友人は予備になるご決断をなされたんですか? 強制ではなく」
「……うん」
「良かった。強制ほど嫌なものはありませんから。すみません、変なこと訊いちゃって」
「いいや。構わないよ」
「話は戻りますが、一九八番さんがお好きな生き物は? 実際に生物を見たことある方からのお話を聞いてみたいです」
「ぼくは鳥かなあ。飼ったことはないんだけど、形状が好き。羽の形とか。あとはさえずりが綺麗で、散歩してるときとかに聞こえてくると耳を傾けてたし、鳥を見て何の種類か判別するのも楽しかった」
「散歩するとさえずりが……⁉ なんだか新鮮です、本当にいたんですね。それも散歩中に聞こえてくるだなんて。もっとこう、山奥とかにいるイメージでした」
「もちろん種類によってはそうだよ。でも、人里におりてくる鳥もいたんだ。まあ、主にぼくらのせいではあったんだけどさ」
「そうですね。最終的には絶滅してしまいましたし」
「中には物まねが上手な鳥もいて。その鳥がいる森じゃ、呼ぶ声がしたら反応するなって言われていたんだ。食われたりはしないけど、森の奥に誘われて帰れなくなっちゃうって話。本当にぼくらの声そっくりだったし、ちょっと怖いよね」
「わ。森の奥から人の声……。誘われて行ったら、いるのは鳥一羽。それは怖いですね。映画とかだったら、絶対クリーチャーで食われるヤツですよ」
「ああ、『助けてー!』とかなんとか言って誘い出してくるタイプのアレね。きみ、宇宙船のがトラウマになっておきながら、意外とそういうの知ってるんだね」
「パニックホラー系全体的に苦手なのですが、ほら。苦手なものほど詳しくなるっていいません?」
「そういうものなんだ……。ぼくは苦手だから調べない、っていう感じだったから逆に詳しくないかも。なるほど、苦手だから詳しいっていうタイプもいるんだね」
「結構いますよ。苦手だからこそ、それを極力見ないために事前に調べておくって感じですね。例えば映画だったら、苦手なシーンがないかとか。まあ私の場合、父がパニックホラー好きで、よく付けていたのであまり意味はありませんでしたけど」
「そういえば見せられたって言ってたなあ。苦手って言わなかったの?」
「言ったのですが、結末が良いとか、こういう展開で面白いとか理由を言われて。そう言われると気になってきてしまって、結局見てしまうんです。流される、というか」
「なるほどね。まあ確かにそんなぐいぐい来られたら、面倒くさくなっちゃって見るかなあ。断ったら断ったで後が面倒だし」
「あはは。ですよね。でも、それでパニックホラー耐性が出来たかって言われると全くです。逆に展開が読めてしまって、『ばんって来る、来る……!』とか、『後ろから化け物が来て死にそう!』って身構えて、その結果、その通りになっても吃驚しちゃうんです。身構えるから、より吃驚するというか。それで、ますます苦手になります」
「あー。ぼくはホラー系強い方で、あの、画面いっぱいに来るヤツ……。ジャンプスケア、だっけ。あれが来ても驚かないタイプでね。友人は、ジャンプスケアが一番苦手だって言ってて。それがあまり理解できてなかったんだけど、身構えちゃうからってコトなのかな」
「うんと、多分そうだと思いますが……。来ると分かった上で驚かない、っていう方もいますし。大前提として、ホラーが苦手、っていうのがあると思います」
「なるほど、それは――」
【お話の所申し訳ありません】
「わひゃあっ⁉」
「一四五六九番、落ち着いて。深呼吸。ほら、きみのサルビアじゃない?」
「え? あ、ああ。本当ですね。はあ。いつも突然現れるんですよ、わたしのサルビア」
「結構個体差あるよね」
「はい。止めてって言ってるんですけどね。サルビア、何でしょう?」
【コールドスリープの準備が完了しております。現在コールドスリープを使用していないのは一四五六九番、あなただけです】
「え、でもいつでも良いのでは?」
【水面が上昇してきております。現在地に居続けることは危険です。コールドスリープはいつでも構いませんが、現在地からの退避を推奨します】
「それ、は……」
「サルビアの言うとおりだ。さっきから、少しずつだけど上がってきている。およそ六時間後にはここは完全に沈むねえ。時間はまだあるけれど、何が起きるか分からないし。早く行った方が良いよ」
「…………さ、サルビア。一九八番さんを、コールドスリープすることは?」
「一四五六九番、いいって」
【そのような権限はありません。一四五六九番。あなたの命であっても不可能です】
「ほら。サルビアは基本的にシステムだし、勝手な変更は出来ない。それに、コールドスリープ出来てもぼくじゃ耐えられないんだって。ね?」
「では、ここから離れましょう。もしかしたら、人と話すのは最後になるかもしれないのです。もう少しだけ、お話しませんか」
「ううん。ごめん。ぼくはここにいるよ。海が上がってくるのを待ってたんだ。だから」
「……そう、ですか」
【一四五六九番。失礼ながら、それは一九八番――】
「サルビア。余計なことは言わないでね。キミとぼくのよしみだろう」
【…………】
「サルビア? どうしたのです?」
【いいえ。何でもありません】
「ありがとう。――いいや、サルビアはぼくの健康を気にしてくれたんだろう。きみのサルビアとはいえ、管理システムだからね」
「そう、ですか。私のサルビアは、他のサルビアとは違っていかにも人工的、という印象なのですが……。他人の心配も出来たんですね」
【サルビアに不可能はございません。権限がある限り、あなた方のサポートをさせていただくのが役割です】
「ありがとうございます、サルビア。……分かりました。あと十分ほどで退避しますから、一九八番さんと最後にお話しさせてください」
【承知いたしました】
「一九八番さん、お話しさせていただき、ありがとうございました。あと、ご無理を言ってすみませんでした。お話、楽しくて。お別れが名残惜しくなってしまいました」
「いいのいいの。出会いがあれば別れもあるって言うけど、やっぱやだよね。ぼくも何度か経験したけれど、慣れないよ。一四五六九番とここでさよならなのも、やっぱり寂しいな」
「……ええ、とても」
「お、夜が明けてきたねえ。こんな星だけど、太陽は変わらないから好きだな」
「――……。驚いた。あなたもそんな風に笑うんですね」
「えぇ? 今までも笑えてたでしょ?」
「いや、なんと言いますか。貴方はずっと、何だか寂しそうで。……初めて心から笑ったように見えて」
「…………」
「いえ。良いんです。お気になさらないでください。太陽、私も好きです」
「そっか。……じゃあ、そろそろ」
「――あ、あの。もし良かったら、最後に。貴方のお名前、教えていただけませんか」
「え。でも、名前って秘匿情報でしょ。だめじゃない?」
「もう滅ぶんです。最後くらい、破っても良いでしょう? 大丈夫、聞いているのは私だけですよ」
「って、言ってもなあ……」
「じゃあ、私から言いますよ。古来より、名乗るときは自分からって言いますものね」
「え、だめだって! 名前にはきみの大切な――」
「私は、□□□と言います。貴方は?」
「い、言っちゃった……。もー、誰かに聞かれてたらどうするの!」
「誰もいませんって! サルビアも遠くに行ってもらってますし」
「そんなことしなくても、あのサルビアはきみのサルビアなんだから、元から知ってるだろうし! いやまあ、それなら良いのかな……?」
「一九八番さん!」
「えぇ~。そんなに目を輝かされましても。これ、名乗る流れ?」
「ええ! 最後に無茶ぶりです。……嫌、ですか?」
「いやじゃないけどさあ。ぼくはあまり言いたくないなあ、なんて。危険だし」
「私、危険冒したのに、貴方は安全圏にいるんですか?」
「うーん。それもそうなんだけどさあ」
「お互い知ってるなら良いじゃあないですか! お願いです。一生のお願いですから!」
「そんなに⁉ はあ~……」
「お願い、なら仕方ないなあ。――ぼくは××××。改めてよろしくね」
「××××さん、ですね! はい、よろしくお願いします!」
「そんな嬉しそうにしちゃって。もうお別れなんだよ?」
「えへへ。それでも嬉しいです」
「□□□。そろそろ十分経っちゃう。コールドスリープ、怖いだろうけれど頑張ってね。きみは、きっと起きられるから」
「はい。頑張ります。××××さんは、……後達者で」
「――うん」
【十分経ちました。お時間です。一四五六九番】
「はい、分かりました。一九八番さん、さようなら」
「ああ。さようなら、一四五六九番!」
「……おやすみ」
「ええ。おやすみなさい」
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