【完結】純血の姫と誓約の騎士たち〜紅き契約と滅びの呪い〜

来栖れいな

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第九章:永遠の途 ― 祈りは光に還る ―

第153話・香りの残る部屋で

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窓の外では、風が枝を揺らしていた。
光がカーテンの隙間から差し込み、床を淡く照らす。

その光を、ただ見つめていた。
何分、何時間そうしていたのか――分からない。

気づけば、足が動いていた。
扉を開け、廊下へと出る。

理由はなかった。
けれど、閉ざされた部屋の空気が、少しだけ息苦しく感じられたのかもしれない。

古城の廊下には、静かな風が流れていた。
どこかで扉が開いていたのだろう。
淡い花の香りが、微かに漂ってくる。

その香りに導かれるように、階段を下り、扉を抜けた。

外の空気は、少しひんやりとしている。
中庭の花々が風に揺れ、光の粒を纏っていた。

ルナフィエラは足を止め、ぼんやりとその景色を見つめる。

「……きれい」

口からこぼれた言葉は、まるで自分のものではないようだった。
心からそう思ったわけではない。
けれど、視界の奥に広がる色だけが、確かにそこに存在していた。

花びらが一枚、風に乗って頬に触れる。
その感触も、もう曖昧だ。

ルナフィエラは石畳の縁に腰を下ろした。
手のひらに伝わる冷たさが、わずかに現実を知らせてくれる。

しばらく、何も考えずにいた。
ただ、風と花と光だけが、彼女の時間を満たしていく。


やがて、昼の終わりを告げる風が、花々の間を抜けていく。
中庭を包んでいた陽の光が少しずつ傾き、影が長く伸びはじめた。

ルナフィエラは、ずっと同じ場所に座っていた。
悲しみでも、安堵でもない。
ただ、静かな空白。

ルナフィエラは立ち上がった。
長い銀髪が夕焼けを受けて淡く光る。

「……戻ろう」

誰に言うでもなく呟いた声が、風に溶けていった。
足取りはゆっくりと、けれど迷いはなかった。

古城の扉を押し開けると、冷えた空気の中に、かすかな香りが漂っている。
それは――紅茶の香り。

いつの間にか、消えていたはずの匂い。
けれど今、確かに鼻先をかすめた。

「……ヴィクトル?」

思わず、名前がこぼれる。
整然と磨かれた床も、埃ひとつない廊下も、すべてが彼の面影をそのまま留めていた。

廊下を進むにつれて、胸の奥が静かに疼く。
何百年も前に止まったはずの時間が、今、少しだけ動いた気がした。

部屋に入ると、机の上には一通の手紙。
端は擦り切れ、文字の上には薄い指の跡。
何度も触れ、何度も折り直されたその紙を、ルナフィエラはそっと手に取った。

「……また、読んでしまうね」

柔らかな微笑みが、わずかに唇をかすめる。
そして――静かに封を開けた。


外は雪が降っていた。
窓の向こう、白に沈む森を見つめながら、ルナフィエラは手の中のカップにそっと息を吹きかける。

「……冷たい空気の匂い、好き」

「ええ。でもルナ様の指先が冷える前に、温まってください」

ヴィクトルが穏やかに言い、ポットを傾ける。
琥珀色の紅茶がカップに満ちていくたび、香ばしい湯気がゆらゆらと立ち上った。

ユリウスは暖炉のそばで本を閉じ、静かに2人へ目を向ける。

「外はもう吹雪だ。……今日の茶は、少し強めだね」

「ええ。ルナ様が少しでも体を温められるようにと」

ヴィクトルの手元は正確で、慎重で、どこまでも優しかった。
ルナフィエラは紅茶を受け取り、両手で包み込む。

「ヴィクトルの淹れる紅茶って、ほんとに温かいね。
……心まで、温まる気がする」

その言葉に、ユリウスがわずかに微笑んだ。

「不思議だよ。寒い季節ほど、ルナの声があたたかく聞こえる」

ルナフィエラは照れたように笑い、カップの縁に口を寄せる。

「ユリウスも飲んで。冷めちゃうよ」

「もちろん」

彼はゆっくりと口をつけ、ほっと息を漏らした。

「……たしかに、温かい。
こうして3人で過ごせる冬が、もう何度目だろうな」

「数えきれません」

ヴィクトルが穏やかに応じる。

「けれど、いくつ重ねても――こうして笑っていられることが、何よりの贅沢です」

彼女は少しだけ目を伏せて、静かに頷いた。

「……私も、そう思う。
2人がいてくれるから冬でも、寒くない」

彼女の言葉に、ユリウスの視線が柔らかく揺れる。
ヴィクトルも微かに微笑んだ。
その笑みの奥に、言葉にならない痛みを隠しながら。
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