純血の姫と誓約の騎士たち〜紅き契約と滅びの呪い〜

来栖れいな

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第九章:永遠の途 ― 祈りは光に還る ―

第157話・あなたに、もう一度

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古城の空気は、いつもと変わらず静かだった。
けれど、その静けさの奥には――もう二度と戻らない声がひとつ、確かに消えていた。

ルナフィエラは長い夜を越え、ようやく立ち上がった。
袖を整え、ひとつ深く息を吐く。
涙の跡はまだ残っていたが、その目元には微かな光が宿っているように見えた。

扉を叩く音がした。

「……ユリウス?」

入ってきた彼の手には、二通の封書があった。
淡い赤の封蝋には、見慣れた紋章。
――ヴィクトルのものだった。

「彼の部屋を整理していたら、見つけた。
一通は、生活の記録。もう一通は……ルナ宛てだ」

ユリウスがそっと封書を差し出す。
ルナフィエラは震える指先で受け取り、しばらく言葉を失った。

蝋を割る音が、静寂に溶けて響く。
淡い紙の香りに、かすかにヴィクトルの匂いが混じっている気がした。

――手紙は、穏やかな筆致で始まっていた。


『ルナフィエラ様へ
この手紙を読まれているということは、私はもう、あなたの傍にはいないのでしょう。

けれどどうか、泣かないでください。
あなたが笑っていてくれたなら、それだけで――私は救われます。

あの夜、紅の儀式の炎に包まれ、
あなたの名が途絶えたと知った時、世界が音を失いました。

それでも私は、探しました。
息をするように、祈るように。
あなたがどこかで生きていると信じて。

100年の旅でした。
孤独で、寒く、果てしなく長い時間。
でも、そのすべてが報われた瞬間がありました。

森の奥で、あなたが光に包まれて立っていた。
あの時のことを、今でも鮮明に覚えています。
声も出せず、ただ見惚れてしまいました。

その瞬間に、私は悟ったのです。
――ああ、自分はこの方のために生まれたのだ、と。

あなたの笑顔が、私の呼吸でした。
あなたの無事が、私の鼓動でした。
あなたの存在が、私のすべてでした。

仕えることは誇りでした。
けれど、それ以上に――あなたを“愛して”いました。
どうしようもなく、どうにもならないほどに。

あなたの笑う横顔を見れば、心が満たされ、
泣く姿を見れば、自分が代わりに壊れてしまえばいいと思った。
あなたが痛めば、私も痛んだ。
あなたが安らげば、世界が静まった。

あなたの世界に“私”という存在が少しでも意味を持てたのなら、それが私の人生の答えです。

でも、私には限りがあります。
同じ種の血を分けながら、あなたほど長くは生きられない。
あなたを残して逝くことが、この上なく恐ろしく、悔しく、悲しい。

だから、私はせめて“あなたの暮らし”を守ろうと思いました。
茶葉の配合、衣の管理、魔法の維持。
それらは全部、あなたがひとりになっても困らないように。
……いえ、違いますね。
私が、あなたのいない未来を考えられなかったのです。

あなたを残して逝くという現実に、少しでも抗いたかった。
せめて、手を離したあとも――
この古城のどこかに、私のぬくもりが残るようにと願いました。

あなたは、もう十分に強く、優しい人です。
あなたの笑顔は、何よりも美しい。
けれど、もし時々、寂しくなったら思い出してください。

あなたを見つけた日の私を。
あなたの名を呼んだ日の私を。

私の心は、あの瞬間から今も、変わっていません。

……どうか、どうか、あなたが幸せでありますように。

そして、もしももう一度、生まれ変わることができるのなら――
今度は“騎士”ではなく、“ただの男”として、あなたに出会いたい。
名前を呼び、手を取り、あなたと同じ時間を生きたい。

あなたが笑ってくれるなら、それが私の永遠です。

あなたを、心から、愛しています。

――ヴィクトル』


手紙を読み終えたあと、ルナフィエラは何も言わなかった。
ただ、紙を胸に抱きしめたまま、静かに息をしていた。

その指先が、わずかに震えている。
かすかに微笑んだ唇が、震えるように動いた。

「……ヴィクトル」

その名を呼ぶ声が、空気に溶ける。
涙が、頬を静かに伝った。

窓の外では、雪が舞っていた。
まるで、彼の想いがまだこの世界に降り続いているかのように。
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