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第三章:堕ちた月、騎士たちの誓約
第24話・繰り返される搾取
しおりを挟む――どれくらいの時間が経ったのか、もうわからない。
暗闇の中を、沈んでいくような感覚。
どこまでも深く、冷たく、何もない空間。
(……ここは……どこ……?)
意識がぼやける。
視界は霞み、音は遠い。
それでも、時々、酷く痛みが走るたびに、半ば強制的に”引き戻される”。
「まだ大丈夫だ」
「純血種は強いんだろ?」
冷酷な声が、どこか遠くから響く。
彼らの話す言葉は、もうまともに聞き取れない。
シュッ……!
また、腕に針が刺さる。
じくじくと流れ出る温かい血の感覚だけが、唯一確かなものだった。
(……あぁ……また……)
自分の体の中から何かが奪われていく感覚。
何度も繰り返され、もう慣れてしまったはずなのに。
それでも、ただただ、寒くて、痛くて、苦しい。
「おい、顔色が悪いぞ」
「いや、元から悪いか?」
誰かが軽く笑っていた。
もう、何を言われても感情が動かない。
(……いや……違う……)
動かないんじゃない。
もう、感情を動かす気力すら、残されていないんだ。
(……疲れた……)
血が抜かれるたび、思考が削られる。
もう何も考えたくない。
このまま静かに消えてしまえたら――
「……ここらが限界か」
その言葉が、ふと耳に届いた。
(……え?)
「惜しいが、ここで止める」
(……止まる……?)
霞む意識の中で、その言葉だけがはっきりと聞こえた。
止まる――
終わる――
もう、血を抜かれなくて済む――?
「どうしてです?」
「馬鹿を言うな。これは“商品”だぞ。」
(……商品……?)
「死なせるわけにはいかない」
(……生きる……?)
ようやく、止まる。
この苦しみが、終わる――
そう思ったのに、次の言葉がそれを砕いた。
「この女はまだ利用価値がある」
(……違う……)
「向こうもな、血だけ抜かれた死体を欲しがってるわけじゃないんだ」
「生きている純血種。それこそが貴族たちの望むものだ」
(……そういうこと……)
止まるんじゃない。
ただ、殺させないだけ。
この地獄は、終わるどころか、 これからも続く。
(……結局、私は……)
絶望が、心の奥底からじわりと広がる。
助かるわけじゃない。
逃げられるわけじゃない。
―― ただ、“利用価値があるから”生かされるだけ。
希望が砕ける音が、頭の奥で響いた気がした。
(……もう……嫌……)
喉が詰まる。
声にならない叫びが、胸の奥で爆ぜる。
寒くて、痛くて、苦しくて――
「次の“採取”は、また後でやるとしよう」
その言葉が遠くで聞こえた瞬間、ルナフィエラの意識は、また深い闇へと落ちていった。
——————
――静寂。
どこまでも深く、果てしない闇。
光はない。音もない。何もない。
ただ、沈んでいく。
落ちて、落ちて、落ち続ける。
どれだけ落ちても、底なんて見えない。
(……ここは……どこ……?)
もう、考えることすら億劫だった。
冷たい暗闇が、まるで私を溶かしていくように絡みつく。
痛みも、寒さも、何もかもが遠ざかっていく。
声を出そうとしても、もう出せない。
まつ毛すら動かす気力がない。
(……もういいよね……)
もう、頑張らなくてもいいよね?
もう、耐えなくてもいいよね?
私はただ、“いるだけ” の存在だった。
気づけばいつも独り。
誰かに求められることもなく、ただ、生きているだけの存在。
でも―― みんなと出会えた。
ヴィクトル。
ユリウス。
シグ。
フィン。
彼らは私を 「ルナ」として見てくれた。
孤独な私に、あたたかい時間をくれた。
あの場所は、少しだけ心地よかった。
(……幸せだったな……)
ほんの一瞬でも、私は 「ここにいてもいい」 と思えた。
でも――。
今、私はここにいる。
深く、冷たい暗闇の中で、ただ沈んでいる。
(……苦しい……)
(……辛い……)
(……痛い……)
助けて。
誰か、助けて。
――いや、違う。
(……もう、助からなくてもいい……)
こんなに苦しくて、辛くて、痛いのなら、もういなくなってもいいよね?
こんなにも冷たい闇が、私を包み込んでくれるのなら……
何も考えなくていいのなら……
(――いっそ、このまま、消えてしまいたい。)
だって、生きているのは辛いだけだから。
痛みが続くくらいなら、何も感じなくなった方がいい。
(……きっと、みんな、助けようとしてくれてる……)
でも、もう待つのが辛い。
探してくれているのかもしれない。
私を助けようと、動いてくれているのかもしれない。
それでも、もう、耐えられない。
生きていることが苦痛でしかない。
生きることに意味が見いだせない。
また奪われて、また傷ついて、それでも生きろというの?
もう、これ以上、傷つきたくない。
もう、いやだ。
もう、何もしたくない。
何も考えたくない。
何も感じたくない。
ただ、深く、静かに、この闇に沈みたい。
――いなくなりたい。
それが、きっと一番楽な道だから。
ルナフィエラの意識は、ゆっくりと、深い暗闇へと完全に沈んでいった――。
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