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小話①
4人と過ごす満月の夜
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窓から差し込む陽の光が、静かに部屋を照らしていた。
ルナフィエラはソファーに腰掛け、手元の本に視線を落としながら、心の奥で微かな違和感を覚えていた。
――少し、だるい。
身体の奥に眠る倦怠感が、ゆるやかに広がっていく。
だが、それを表に出すつもりはなかった。
前回の満月の夜のように、皆に心配をかけたくない。
大丈夫。
少し静かにしていれば、すぐに落ち着くだろう。
そう思いながら、ページをめくる手をゆっくりと動かす。
しかし、ふと顔を上げると、いつの間にかシグとユリウスが傍にいた。
ルナフィエラの両隣に座るようにして、彼らは静かに彼女を見ている。
「……?」
問いかけるよりも先に、ユリウスが口を開いた。
「ルナ、熱を測れ」
低く静かな声だったが、それが命令であることは明白だった。
「平気だから」
ルナフィエラは微笑んで、そっと本を閉じる。
「ただ、少し読書していただけだよ。体調は――」
言い終わる前に、シグが無言で手を伸ばした。
ルナフィエラの額にそっと触れ、そのまま彼の手のひらで、熱を確かめる。
「シグ?」
名前を呼ぶと、彼はただ目を伏せ、いつものように何も言わない。
だが、そのまま手を離さず、静かに体温を測る仕草を続けた。
「……微熱だな」
ユリウスが、シグの確認を受けて淡々と告げる。
「部屋に戻って休もう」
「……まだ戻りたくない」
ルナフィエラは、そっとシグの肩に頭を寄せた。
彼の肩越しに感じる体温が、心地よく、安心感をくれる。
シグは何も言わず、ただそのまま受け入れるように座り続けた。
「もう少し、ここにいたい」
彼女の囁くような声に、ユリウスが一度だけ軽く息をつく。
「……ならせめて、これくらいは許してくれ」
そう言って、ユリウスはルナフィエラの手を取った。
指を絡めることなく、ただしっかりと、安心させるように包み込む。
「ありがと、ユリウス」
ルナフィエラはそっと微笑み、目を閉じる。
シグの肩の温もりと、ユリウスの手のぬくもりに包まれながら、彼女は静かに、穏やかな時間を過ごした。
——————
夜の帳が下り、夕食を終えたルナフィエラは静かに歩いていた。
今日は満月の夜。
夕方までは何とか平気だったが、今はもう、倦怠感が身体を包み込んでいる。
――少し、息が重い……。
それでも歩けないほどではないと、ルナフィエラは意識を集中させていた。
一歩、また一歩と進む。
しかし、廊下を進む途中、ふと視界が霞んだ。
「……っ」
足元がふらつく。
重力が思ったより強く感じる。
倒れそうになった瞬間――
「ルナ様」
鋭い声が響くよりも早く、ルナフィエラの身体は強く、けれど優しく支えられた。
「……ヴィクトル」
彼の逞しい腕が、しっかりと彼女を支えている。
支えるだけではなく、次の瞬間には躊躇いなく、ルナフィエラの身体を抱き上げた。
「無理をなさらないでください」
その短い言葉には、強い意志が込められている。
「……歩けるよ」
そう言いながらも、ルナフィエラはもう抗う気力を持てなかった。
心地よい体温に包まれたまま、ただヴィクトルの腕の中に身を預ける。
「僕も行く!」
フィンがヴィクトルの隣に並び、三人はそのままルナフィエラの部屋へ向かった。
⸻———
ベッドにそっと下ろされ、フィンの温かな治癒魔法が優しくルナフィエラを包み込む。
「……どう?」
フィンがルナの顔を覗き込む。
「うん……少し楽になった」
微熱は消えないが、倦怠感は幾分か和らいでいる。
「ならよかった!」
フィンは笑顔を見せるが、その表情は少し寂しそうだった。
「ルナ、今回はちゃんと僕たちを頼ってよ」
「……いつものことだから」
フィンの魔法で楽になったとはいえ、これまで何度も経験した症状。
だからこそ、一人でやり過ごせる。
「大丈夫、私は――」
「だめ!」
フィンが強く遮った。
「頼ってくれなきゃ困るよ」
彼の声は真剣だった。
「僕たちはルナのことを守りたいし、支えたいんだよ。一人で大丈夫なんて言われたら、僕、悲しい」
その言葉に、ルナフィエラは少し目を見開く。
「……ごめんね」
「謝ることじゃないよ。でも、無理はしないで」
フィンは優しく笑いながら、ルナフィエラの髪をそっと撫でた。
「今夜はしっかりお休みください。ルナ様のことは、私たちが見守ります」
ヴィクトルが静かにそう言うと、ルナフィエラは小さく微笑んだ。
「……ありがとう」
静かに目を閉じながら、ルナは満月の夜の静寂の中、仲間の存在を改めて感じていた。
静かな夜の空に、丸い月が浮かんでいた。
ルナフィエラの体調は、微熱から次第に高熱へと変わっていく。
額には滲む汗、呼吸は浅く、苦しそうにベッドの上で身じろぎをする。
――こんなに悪化するのは久しぶりだ。
フィンと出会ってからというもの、毎日治癒魔法で魔力の乱れを整えていた。
だからこそ、以前のような酷い体調不良にはならずに済んでいた。
けれど――今回は違った。
攫われて身体が衰弱したせいか、満月の影響を受けやすくなっていたのだろう。
全身の魔力が不規則に揺れ、制御が効かなくなっている。
「……ルナ様」
ヴィクトルがルナフィエラの熱を確かめるように額に手を当てる。
「魔力の乱れがひどい……。今夜は誰も部屋から出るな」
鋭い瞳がそう命じると、誰も異論を唱えなかった。
当たり前のように、ここにいることが前提だったから。
⸻
フィン――治癒魔法で苦痛を和らげる
「僕の魔法で熱を下げようとしたけど……」
治癒魔法をかけても、すぐに高熱がぶり返してしまう。
魔力の乱れが強すぎて、すぐに不安定な状態に戻ってしまう。
それでも、ルナフィエラが少しでも楽になれるよう、何度も魔力を送り込んだ。
「大丈夫、大丈夫だからね……」
フィンは何度も優しく魔法をかけ続ける。
額に手を添えながら、優しく魔力を流し込む。
治る保証はないけれど、せめて痛みや苦しさだけでも和らげたい。
「……苦しくないようにするから、だから、頑張って」
「僕がいるから……絶対、大丈夫だからね」
祈るように、何度も。
⸻
ヴィクトル――冷静に魔力の流れを整える
「ルナ様の魔力の流れを抑える必要がある」
ヴィクトルはルナフィエラの手を取り、掌に自分の魔力を流し込んだ。
力の乱れを制御し、暴走を最小限に抑えるために。
「深く呼吸してください。少しでも、楽になるように」
静かで落ち着いた声。
その響きが、不思議と安心感を与えた。
魔力の乱れが少しずつ落ち着く。
「私が側におります……安心なさってください」
それは、いつか彼が誓った忠誠の言葉のようでもあった。
⸻
ユリウス――魔力の流れを観察し、的確に指示を出す
「ルナの魔力、波が荒い……フィン、お前の魔法、間隔を少し開けろ」
ユリウスはルナフィエラの魔力の動きを注意深く観察し、的確に状況を把握していた。
「無理に抑え込むと逆に暴走する。今は、ゆっくり落ち着かせるのが優先だ」
鋭い視線でルナフィエラの状態を見つめながら、必要な処置を指示する。
ルナフィエラが小さく苦しげに眉を寄せると、彼は一瞬、唇を噛んだ。
「……お前が、これ以上辛い思いをしなくていいようにする」
淡々とした口調の中に、強い決意が滲んでいた。
⸻
シグ――無言で寄り添い、魔力を安定させる
シグは、何も言わなかった。
ただ、そっとルナフィエラの額に手を添え、魔力を静かに流し込む。
それは、余計な干渉をせず、ただ波を整えるような優しい流れだった。
「……っ」
ルナフィエラの手が、弱々しくシグの袖を握る。
「……シグ……」
その声に応えるように、シグはルナフィエラの手を包み込んだ。
「ここにいる」
低く静かな言葉が、ルナフィエラの心を落ち着かせた。
――苦しいけれど、ひとりじゃない。
彼らがそばにいてくれることが、何よりの安心だった。
⸻
夜は長く、苦しい時間が続いた。
けれど、ルナフィエラは一人ではなかった。
彼女のそばには、迷いなく支え続ける4人がいた。
満月が沈み、夜が明けるころ――
ルナフィエラの魔力の乱れは、ゆっくりと静まっていった。
——————
東の空がゆっくりと白み始めるころ、部屋の中に漂っていた緊張感がようやく和らいだ。
ルナフィエラの荒れていた魔力は静まり、高熱も落ち着きを見せていた。
夜通し看病を続けた4人は、それぞれぐったりしながらも、ようやく訪れた穏やかな時間に安堵の息をついた。
「……長い夜だったな」
ユリウスが疲れたように額を押さえながら、ぼそっと呟く。
「でも……ルナの魔力も、熱も落ち着いたみたいだね」
フィンがほっとしたようにルナフィエラの頬に触れ、安心したように微笑んだ。
「何度も、無理をしないよう申し上げたはずですが……」
ヴィクトルは静かに言いながらも、心の底から安堵しているのが見て取れた。
ルナフィエラの寝顔を見つめる目は、昨夜の険しさとは打って変わって穏やかだった。
シグは無言でルナフィエラの額にそっと手を当て、熱が下がったのを確かめると、ようやく僅かに息をついた。
そして――
「……ん……」
微かに揺れるまつげが、ゆっくりと持ち上がる。
「……みんな……?」
かすれた声が静寂を破った。
一斉に彼女へと向けられる視線。
「ルナ、目が覚めたんだね!」
フィンが真っ先に顔を覗き込んだ。
「お加減はいかがですか?どこか、まだ苦しいところは?」
ヴィクトルも姿勢を正しながら問いかける。
「……ううん、もう大丈夫……」
ルナフィエラはまだ少し熱が残っているのか、ゆっくりと瞬きをしながら答えた。
「そっか……よかったぁ……」
フィンは心底ほっとしたように、どさっとその場に座り込む。
「お前な……本当に…心配させすぎだろ」
ユリウスは疲れたようにため息をついたが、その表情はどこか柔らかい。
「……ごめんね?……心配、かけた?」
ルナがゆっくりと周りを見回す。
そこには、明らかに疲れ切った4人がいた。
「全員、朝まで寝ずに付き添っていたんだ。……心配してないと思うか?」
ユリウスが淡々と言うと、ルナフィエラは驚いたように目を見開いた。
「……そっか……みんな、ずっと……」
彼女の胸にじんわりと温かいものが広がる。
昨夜の記憶は朧げだったが、誰かがそばにいてくれたことははっきりとわかる。
「ありがとう……本当に」
ぽつりとこぼれた言葉に、4人は静かに、しかし確かに頷いた。
「当然だ」
一斉に重なる声に、ルナフィエラは思わずくすっと笑った。
そして、ゆっくりと身体を起こそうとした、その時――
「お待ちください」
ヴィクトルの声が響き、次の瞬間にはルナフィエラの肩がそっと押さえられていた。
「まだ横になっていてください。無理をなさると、また熱がぶり返します」
「でも……もう起きられるよ?」
「ダメです」
いつもの穏やかな声よりも、少し強い調子だった。
ヴィクトルの紅の瞳は、まっすぐにルナフィエラを見つめている。
ルナフィエラは一瞬だけ躊躇ったが、彼の表情があまりにも真剣だったので、すぐに諦めた。
「……水が飲みたい」
そう言うと、ヴィクトルは頷き、すぐに枕元に置かれていた水の入ったカップを手に取った。
「支える」
その言葉と共に、シグが無言でルナフィエラの背に手を回し、ゆっくりと上半身を起こした。
シグの支えで安定した姿勢を取ると、ヴィクトルが慎重にカップを傾ける。
「少しずつ、ゆっくりと」
彼の手は冷静で、まるで儀式のように丁寧だった。
ルナフィエラは促されるままに、喉を潤すようにゆっくりと水を飲む。
「……ん、ありがとう」
コップが離れたあと、シグはそのままルナフィエラをそっと寝かせ、ヴィクトルは静かにカップを戻した。
「もう少し、休んでいてください」
「……うん」
彼らの確かな優しさに包まれながら、ルナフィエラは再び瞼を閉じた。
夜が明け、長い夜がようやく終わる。
もうしばらく、この優しい時間に包まれていたくて――。
ルナフィエラはソファーに腰掛け、手元の本に視線を落としながら、心の奥で微かな違和感を覚えていた。
――少し、だるい。
身体の奥に眠る倦怠感が、ゆるやかに広がっていく。
だが、それを表に出すつもりはなかった。
前回の満月の夜のように、皆に心配をかけたくない。
大丈夫。
少し静かにしていれば、すぐに落ち着くだろう。
そう思いながら、ページをめくる手をゆっくりと動かす。
しかし、ふと顔を上げると、いつの間にかシグとユリウスが傍にいた。
ルナフィエラの両隣に座るようにして、彼らは静かに彼女を見ている。
「……?」
問いかけるよりも先に、ユリウスが口を開いた。
「ルナ、熱を測れ」
低く静かな声だったが、それが命令であることは明白だった。
「平気だから」
ルナフィエラは微笑んで、そっと本を閉じる。
「ただ、少し読書していただけだよ。体調は――」
言い終わる前に、シグが無言で手を伸ばした。
ルナフィエラの額にそっと触れ、そのまま彼の手のひらで、熱を確かめる。
「シグ?」
名前を呼ぶと、彼はただ目を伏せ、いつものように何も言わない。
だが、そのまま手を離さず、静かに体温を測る仕草を続けた。
「……微熱だな」
ユリウスが、シグの確認を受けて淡々と告げる。
「部屋に戻って休もう」
「……まだ戻りたくない」
ルナフィエラは、そっとシグの肩に頭を寄せた。
彼の肩越しに感じる体温が、心地よく、安心感をくれる。
シグは何も言わず、ただそのまま受け入れるように座り続けた。
「もう少し、ここにいたい」
彼女の囁くような声に、ユリウスが一度だけ軽く息をつく。
「……ならせめて、これくらいは許してくれ」
そう言って、ユリウスはルナフィエラの手を取った。
指を絡めることなく、ただしっかりと、安心させるように包み込む。
「ありがと、ユリウス」
ルナフィエラはそっと微笑み、目を閉じる。
シグの肩の温もりと、ユリウスの手のぬくもりに包まれながら、彼女は静かに、穏やかな時間を過ごした。
——————
夜の帳が下り、夕食を終えたルナフィエラは静かに歩いていた。
今日は満月の夜。
夕方までは何とか平気だったが、今はもう、倦怠感が身体を包み込んでいる。
――少し、息が重い……。
それでも歩けないほどではないと、ルナフィエラは意識を集中させていた。
一歩、また一歩と進む。
しかし、廊下を進む途中、ふと視界が霞んだ。
「……っ」
足元がふらつく。
重力が思ったより強く感じる。
倒れそうになった瞬間――
「ルナ様」
鋭い声が響くよりも早く、ルナフィエラの身体は強く、けれど優しく支えられた。
「……ヴィクトル」
彼の逞しい腕が、しっかりと彼女を支えている。
支えるだけではなく、次の瞬間には躊躇いなく、ルナフィエラの身体を抱き上げた。
「無理をなさらないでください」
その短い言葉には、強い意志が込められている。
「……歩けるよ」
そう言いながらも、ルナフィエラはもう抗う気力を持てなかった。
心地よい体温に包まれたまま、ただヴィクトルの腕の中に身を預ける。
「僕も行く!」
フィンがヴィクトルの隣に並び、三人はそのままルナフィエラの部屋へ向かった。
⸻———
ベッドにそっと下ろされ、フィンの温かな治癒魔法が優しくルナフィエラを包み込む。
「……どう?」
フィンがルナの顔を覗き込む。
「うん……少し楽になった」
微熱は消えないが、倦怠感は幾分か和らいでいる。
「ならよかった!」
フィンは笑顔を見せるが、その表情は少し寂しそうだった。
「ルナ、今回はちゃんと僕たちを頼ってよ」
「……いつものことだから」
フィンの魔法で楽になったとはいえ、これまで何度も経験した症状。
だからこそ、一人でやり過ごせる。
「大丈夫、私は――」
「だめ!」
フィンが強く遮った。
「頼ってくれなきゃ困るよ」
彼の声は真剣だった。
「僕たちはルナのことを守りたいし、支えたいんだよ。一人で大丈夫なんて言われたら、僕、悲しい」
その言葉に、ルナフィエラは少し目を見開く。
「……ごめんね」
「謝ることじゃないよ。でも、無理はしないで」
フィンは優しく笑いながら、ルナフィエラの髪をそっと撫でた。
「今夜はしっかりお休みください。ルナ様のことは、私たちが見守ります」
ヴィクトルが静かにそう言うと、ルナフィエラは小さく微笑んだ。
「……ありがとう」
静かに目を閉じながら、ルナは満月の夜の静寂の中、仲間の存在を改めて感じていた。
静かな夜の空に、丸い月が浮かんでいた。
ルナフィエラの体調は、微熱から次第に高熱へと変わっていく。
額には滲む汗、呼吸は浅く、苦しそうにベッドの上で身じろぎをする。
――こんなに悪化するのは久しぶりだ。
フィンと出会ってからというもの、毎日治癒魔法で魔力の乱れを整えていた。
だからこそ、以前のような酷い体調不良にはならずに済んでいた。
けれど――今回は違った。
攫われて身体が衰弱したせいか、満月の影響を受けやすくなっていたのだろう。
全身の魔力が不規則に揺れ、制御が効かなくなっている。
「……ルナ様」
ヴィクトルがルナフィエラの熱を確かめるように額に手を当てる。
「魔力の乱れがひどい……。今夜は誰も部屋から出るな」
鋭い瞳がそう命じると、誰も異論を唱えなかった。
当たり前のように、ここにいることが前提だったから。
⸻
フィン――治癒魔法で苦痛を和らげる
「僕の魔法で熱を下げようとしたけど……」
治癒魔法をかけても、すぐに高熱がぶり返してしまう。
魔力の乱れが強すぎて、すぐに不安定な状態に戻ってしまう。
それでも、ルナフィエラが少しでも楽になれるよう、何度も魔力を送り込んだ。
「大丈夫、大丈夫だからね……」
フィンは何度も優しく魔法をかけ続ける。
額に手を添えながら、優しく魔力を流し込む。
治る保証はないけれど、せめて痛みや苦しさだけでも和らげたい。
「……苦しくないようにするから、だから、頑張って」
「僕がいるから……絶対、大丈夫だからね」
祈るように、何度も。
⸻
ヴィクトル――冷静に魔力の流れを整える
「ルナ様の魔力の流れを抑える必要がある」
ヴィクトルはルナフィエラの手を取り、掌に自分の魔力を流し込んだ。
力の乱れを制御し、暴走を最小限に抑えるために。
「深く呼吸してください。少しでも、楽になるように」
静かで落ち着いた声。
その響きが、不思議と安心感を与えた。
魔力の乱れが少しずつ落ち着く。
「私が側におります……安心なさってください」
それは、いつか彼が誓った忠誠の言葉のようでもあった。
⸻
ユリウス――魔力の流れを観察し、的確に指示を出す
「ルナの魔力、波が荒い……フィン、お前の魔法、間隔を少し開けろ」
ユリウスはルナフィエラの魔力の動きを注意深く観察し、的確に状況を把握していた。
「無理に抑え込むと逆に暴走する。今は、ゆっくり落ち着かせるのが優先だ」
鋭い視線でルナフィエラの状態を見つめながら、必要な処置を指示する。
ルナフィエラが小さく苦しげに眉を寄せると、彼は一瞬、唇を噛んだ。
「……お前が、これ以上辛い思いをしなくていいようにする」
淡々とした口調の中に、強い決意が滲んでいた。
⸻
シグ――無言で寄り添い、魔力を安定させる
シグは、何も言わなかった。
ただ、そっとルナフィエラの額に手を添え、魔力を静かに流し込む。
それは、余計な干渉をせず、ただ波を整えるような優しい流れだった。
「……っ」
ルナフィエラの手が、弱々しくシグの袖を握る。
「……シグ……」
その声に応えるように、シグはルナフィエラの手を包み込んだ。
「ここにいる」
低く静かな言葉が、ルナフィエラの心を落ち着かせた。
――苦しいけれど、ひとりじゃない。
彼らがそばにいてくれることが、何よりの安心だった。
⸻
夜は長く、苦しい時間が続いた。
けれど、ルナフィエラは一人ではなかった。
彼女のそばには、迷いなく支え続ける4人がいた。
満月が沈み、夜が明けるころ――
ルナフィエラの魔力の乱れは、ゆっくりと静まっていった。
——————
東の空がゆっくりと白み始めるころ、部屋の中に漂っていた緊張感がようやく和らいだ。
ルナフィエラの荒れていた魔力は静まり、高熱も落ち着きを見せていた。
夜通し看病を続けた4人は、それぞれぐったりしながらも、ようやく訪れた穏やかな時間に安堵の息をついた。
「……長い夜だったな」
ユリウスが疲れたように額を押さえながら、ぼそっと呟く。
「でも……ルナの魔力も、熱も落ち着いたみたいだね」
フィンがほっとしたようにルナフィエラの頬に触れ、安心したように微笑んだ。
「何度も、無理をしないよう申し上げたはずですが……」
ヴィクトルは静かに言いながらも、心の底から安堵しているのが見て取れた。
ルナフィエラの寝顔を見つめる目は、昨夜の険しさとは打って変わって穏やかだった。
シグは無言でルナフィエラの額にそっと手を当て、熱が下がったのを確かめると、ようやく僅かに息をついた。
そして――
「……ん……」
微かに揺れるまつげが、ゆっくりと持ち上がる。
「……みんな……?」
かすれた声が静寂を破った。
一斉に彼女へと向けられる視線。
「ルナ、目が覚めたんだね!」
フィンが真っ先に顔を覗き込んだ。
「お加減はいかがですか?どこか、まだ苦しいところは?」
ヴィクトルも姿勢を正しながら問いかける。
「……ううん、もう大丈夫……」
ルナフィエラはまだ少し熱が残っているのか、ゆっくりと瞬きをしながら答えた。
「そっか……よかったぁ……」
フィンは心底ほっとしたように、どさっとその場に座り込む。
「お前な……本当に…心配させすぎだろ」
ユリウスは疲れたようにため息をついたが、その表情はどこか柔らかい。
「……ごめんね?……心配、かけた?」
ルナがゆっくりと周りを見回す。
そこには、明らかに疲れ切った4人がいた。
「全員、朝まで寝ずに付き添っていたんだ。……心配してないと思うか?」
ユリウスが淡々と言うと、ルナフィエラは驚いたように目を見開いた。
「……そっか……みんな、ずっと……」
彼女の胸にじんわりと温かいものが広がる。
昨夜の記憶は朧げだったが、誰かがそばにいてくれたことははっきりとわかる。
「ありがとう……本当に」
ぽつりとこぼれた言葉に、4人は静かに、しかし確かに頷いた。
「当然だ」
一斉に重なる声に、ルナフィエラは思わずくすっと笑った。
そして、ゆっくりと身体を起こそうとした、その時――
「お待ちください」
ヴィクトルの声が響き、次の瞬間にはルナフィエラの肩がそっと押さえられていた。
「まだ横になっていてください。無理をなさると、また熱がぶり返します」
「でも……もう起きられるよ?」
「ダメです」
いつもの穏やかな声よりも、少し強い調子だった。
ヴィクトルの紅の瞳は、まっすぐにルナフィエラを見つめている。
ルナフィエラは一瞬だけ躊躇ったが、彼の表情があまりにも真剣だったので、すぐに諦めた。
「……水が飲みたい」
そう言うと、ヴィクトルは頷き、すぐに枕元に置かれていた水の入ったカップを手に取った。
「支える」
その言葉と共に、シグが無言でルナフィエラの背に手を回し、ゆっくりと上半身を起こした。
シグの支えで安定した姿勢を取ると、ヴィクトルが慎重にカップを傾ける。
「少しずつ、ゆっくりと」
彼の手は冷静で、まるで儀式のように丁寧だった。
ルナフィエラは促されるままに、喉を潤すようにゆっくりと水を飲む。
「……ん、ありがとう」
コップが離れたあと、シグはそのままルナフィエラをそっと寝かせ、ヴィクトルは静かにカップを戻した。
「もう少し、休んでいてください」
「……うん」
彼らの確かな優しさに包まれながら、ルナフィエラは再び瞼を閉じた。
夜が明け、長い夜がようやく終わる。
もうしばらく、この優しい時間に包まれていたくて――。
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神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~
狭山ひびき
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