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第四章:紅き月の儀式
第45話・紅き月が昇る前に
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夜が更けるごとに、空の月はじわじわと赤く染まり始めていた。
かつては静かな白光を放っていたそれが、今はまるで血のように、滲むように色を変えていく。
――紅き月。
その名が意味するものを、誰もが本能的に恐れていた。
「……っ……ぅ……」
ベッドの上、ルナフィエラは浅く苦しげな呼吸を繰り返していた。
額にはびっしりと汗が滲み、頬は熱で赤く染まり、視線は定まらない。
全身を突き上げるような激しい痛みが、容赦なく体を蝕んでいた。
「ルナ……!」
フィンが駆け寄り、治癒魔法と氷嚢で熱を下げようとする。
だが、魔力の乱れは日に日に酷くなるばかりで、治癒も薬も追いつかない。
「また……ごめんな、さい……」
か細い声が震える。
「迷惑……ばかり、かけて……」
「ルナ。僕たち、誰もそんなふうに思ってないよ。心配なのは……君のことだから」
その声は優しかったが、隠しきれない焦りが滲んでいた。
「治癒ではどうにもならん。魔力そのものが暴走してる。体に負荷がかかりすぎてるんだ」
シグが低く呟き、壁に拳を打ちつける。
その音にさえ、ベッドの上のルナがぴくりと肩を揺らした。
「シグ、静かに。彼女を驚かせないで」
ユリウスが小声で諭すと、シグは舌打ちを飲み込んで壁にもたれかかる。
その目は焦燥に満ち、何度もルナの方へと視線を向けていた。
昼夜を問わず、4人の騎士たちは交代で看病にあたっていた。
けれど、どれほど献身を尽くしても、彼女の命の火は風前の灯だった。
(……知ってる。わかってるの)
ルナは、意識の底でぼんやりと考えていた。
(このままじゃ、私は死ぬ)
未覚醒のままでは、紅き月の魔力に身体が耐えられない。
暴れる力を内に抱え、崩れながら生きているようなものだ。
――覚醒しなければ、生きられない。
それは直感で理解していた。
でも、だからこそ――恐ろしかった。
(だって、覚醒すれば……)
ふいに、視界が赤黒く染まる。
遠い記憶の底、幼い頃の光景がよみがえる。
紅き月が満ちた夜。
赤く照らされた大広間の中で、狂ったように叫ぶ声。
目を血走らせた親族たちが、互いを、家臣を、使用人を斬り伏せていく姿。
血が、床に川のように広がっていく。
自分の名を呼んで走ってきた侍女が、次の瞬間には目の前で斬り裂かれる。
何もできず、ただ震えながら物陰に隠れていた。
生き残ったのは、彼女ひとりだけだった。
「……っ……!」
意識が浮上し、ルナは息を呑む。
胸がきゅう、と締めつけられる。
(また、あんなことになったら……?)
もし覚醒して、あの時のように力が暴走したら。
自分が、大切な人たちを――この手で。
「……ヴィクトル……」
震える声で名を呼ぶと、そっと彼の手が髪に触れた。
「……ルナ様。少し、眠ってください」
穏やかで、優しい声。
けれど、その奥にあるのは、彼女を失うかもしれないという確かな焦燥だった。
(怖い……でも……)
逃げてはいけない。
それだけは、分かっていた。
「……やはり、紅き月の影響か」
書物を手にしたユリウスが呟く。
重く綴られた古文書の中には、かつて同じような症状を抱えた者たちの記録が記されていた。
「魔力の器が未成熟なまま、紅き月の波動を受ければ……その身は崩壊し、魂は焼き尽くされる。覚醒するか、死ぬか――」
ページを閉じた音が、部屋に冷たい静寂を呼び込んだ。
「じゃあ、覚醒させるしかねぇってことか」
シグが唸るように言い、部屋の中の空気がさらに重くなる。
「……」
窓の外。空の月は、さらに紅さを増していた。
運命の夜が、静かに近づいている。
——————
紅き月の夜が近づくにつれ、ルナフィエラの容態は悪化の一途を辿っていた。
日々繰り返される痛みに、彼女の身体は限界に近づいていた。
そんな折。
その男は、何の前触れもなく古城を訪れた。
「……久しいな、ヴィクトル」
扉の向こうに立っていたのは、ヴィクトルの父――ヴァンパイアの中でも特に高位にして、王家との深い繋がりを持っていた重鎮だった。
その冷たい眼差しと、理知的な佇まいは、息子であるヴィクトルとよく似ていた。
「……父上。どうして、こちらに?」
「理由は一つ。お前が保護している“姫様”の容態を聞き及んだ。今のままでは助からん」
静かに、しかし圧倒的な威圧感を纏って彼は続けた。
「目的は一つだ。紅き月の儀式――姫様を救う唯一の手段が、整った」
「……!」
「ついて来い、ヴィクトル。お前の手で、姫様を連れてくるのだ」
その言葉に、部屋の空気が凍りつく。
背後から聞こえるのは、ユリウスの鋭い声だった。
「待ってください。なぜ、ヴィクトルだけなのです?我々も同行します」
「お断りする」
ヴィクトルの父は即座にそう言い切った。
「これは、我々ヴァンパイアの問題だ。他種族の者に立ち入らせるわけにはいかん。――理解してもらおう」
その声音は柔らかくさえあったが、その場の誰もが、“拒絶”の色をはっきりと感じ取っていた。
「……そんな理屈で納得しろと?」
シグが一歩踏み出しかけたが、ユリウスが手で制する。
「ヴィクトル」
ユリウスは静かに問いかける。
「……お前は、本当にこの申し出を信じていいと思っているのか?」
ヴィクトルは、一瞬だけ目を伏せた。
揺れる心が、その瞳の奥に確かにあった。
しかし――
「……父は、私に嘘はつかない」
きっぱりとそう言って、ヴィクトルはルナの部屋へと向かう。
彼女を救える――その言葉を、信じたかった。
その願いが、すべてを見えなくしていた。
かつては静かな白光を放っていたそれが、今はまるで血のように、滲むように色を変えていく。
――紅き月。
その名が意味するものを、誰もが本能的に恐れていた。
「……っ……ぅ……」
ベッドの上、ルナフィエラは浅く苦しげな呼吸を繰り返していた。
額にはびっしりと汗が滲み、頬は熱で赤く染まり、視線は定まらない。
全身を突き上げるような激しい痛みが、容赦なく体を蝕んでいた。
「ルナ……!」
フィンが駆け寄り、治癒魔法と氷嚢で熱を下げようとする。
だが、魔力の乱れは日に日に酷くなるばかりで、治癒も薬も追いつかない。
「また……ごめんな、さい……」
か細い声が震える。
「迷惑……ばかり、かけて……」
「ルナ。僕たち、誰もそんなふうに思ってないよ。心配なのは……君のことだから」
その声は優しかったが、隠しきれない焦りが滲んでいた。
「治癒ではどうにもならん。魔力そのものが暴走してる。体に負荷がかかりすぎてるんだ」
シグが低く呟き、壁に拳を打ちつける。
その音にさえ、ベッドの上のルナがぴくりと肩を揺らした。
「シグ、静かに。彼女を驚かせないで」
ユリウスが小声で諭すと、シグは舌打ちを飲み込んで壁にもたれかかる。
その目は焦燥に満ち、何度もルナの方へと視線を向けていた。
昼夜を問わず、4人の騎士たちは交代で看病にあたっていた。
けれど、どれほど献身を尽くしても、彼女の命の火は風前の灯だった。
(……知ってる。わかってるの)
ルナは、意識の底でぼんやりと考えていた。
(このままじゃ、私は死ぬ)
未覚醒のままでは、紅き月の魔力に身体が耐えられない。
暴れる力を内に抱え、崩れながら生きているようなものだ。
――覚醒しなければ、生きられない。
それは直感で理解していた。
でも、だからこそ――恐ろしかった。
(だって、覚醒すれば……)
ふいに、視界が赤黒く染まる。
遠い記憶の底、幼い頃の光景がよみがえる。
紅き月が満ちた夜。
赤く照らされた大広間の中で、狂ったように叫ぶ声。
目を血走らせた親族たちが、互いを、家臣を、使用人を斬り伏せていく姿。
血が、床に川のように広がっていく。
自分の名を呼んで走ってきた侍女が、次の瞬間には目の前で斬り裂かれる。
何もできず、ただ震えながら物陰に隠れていた。
生き残ったのは、彼女ひとりだけだった。
「……っ……!」
意識が浮上し、ルナは息を呑む。
胸がきゅう、と締めつけられる。
(また、あんなことになったら……?)
もし覚醒して、あの時のように力が暴走したら。
自分が、大切な人たちを――この手で。
「……ヴィクトル……」
震える声で名を呼ぶと、そっと彼の手が髪に触れた。
「……ルナ様。少し、眠ってください」
穏やかで、優しい声。
けれど、その奥にあるのは、彼女を失うかもしれないという確かな焦燥だった。
(怖い……でも……)
逃げてはいけない。
それだけは、分かっていた。
「……やはり、紅き月の影響か」
書物を手にしたユリウスが呟く。
重く綴られた古文書の中には、かつて同じような症状を抱えた者たちの記録が記されていた。
「魔力の器が未成熟なまま、紅き月の波動を受ければ……その身は崩壊し、魂は焼き尽くされる。覚醒するか、死ぬか――」
ページを閉じた音が、部屋に冷たい静寂を呼び込んだ。
「じゃあ、覚醒させるしかねぇってことか」
シグが唸るように言い、部屋の中の空気がさらに重くなる。
「……」
窓の外。空の月は、さらに紅さを増していた。
運命の夜が、静かに近づいている。
——————
紅き月の夜が近づくにつれ、ルナフィエラの容態は悪化の一途を辿っていた。
日々繰り返される痛みに、彼女の身体は限界に近づいていた。
そんな折。
その男は、何の前触れもなく古城を訪れた。
「……久しいな、ヴィクトル」
扉の向こうに立っていたのは、ヴィクトルの父――ヴァンパイアの中でも特に高位にして、王家との深い繋がりを持っていた重鎮だった。
その冷たい眼差しと、理知的な佇まいは、息子であるヴィクトルとよく似ていた。
「……父上。どうして、こちらに?」
「理由は一つ。お前が保護している“姫様”の容態を聞き及んだ。今のままでは助からん」
静かに、しかし圧倒的な威圧感を纏って彼は続けた。
「目的は一つだ。紅き月の儀式――姫様を救う唯一の手段が、整った」
「……!」
「ついて来い、ヴィクトル。お前の手で、姫様を連れてくるのだ」
その言葉に、部屋の空気が凍りつく。
背後から聞こえるのは、ユリウスの鋭い声だった。
「待ってください。なぜ、ヴィクトルだけなのです?我々も同行します」
「お断りする」
ヴィクトルの父は即座にそう言い切った。
「これは、我々ヴァンパイアの問題だ。他種族の者に立ち入らせるわけにはいかん。――理解してもらおう」
その声音は柔らかくさえあったが、その場の誰もが、“拒絶”の色をはっきりと感じ取っていた。
「……そんな理屈で納得しろと?」
シグが一歩踏み出しかけたが、ユリウスが手で制する。
「ヴィクトル」
ユリウスは静かに問いかける。
「……お前は、本当にこの申し出を信じていいと思っているのか?」
ヴィクトルは、一瞬だけ目を伏せた。
揺れる心が、その瞳の奥に確かにあった。
しかし――
「……父は、私に嘘はつかない」
きっぱりとそう言って、ヴィクトルはルナの部屋へと向かう。
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その願いが、すべてを見えなくしていた。
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