純血の姫と誓約の騎士たち〜紅き契約と滅びの呪い〜

来栖れいな

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第四章:紅き月の儀式

第47話・魔力の共鳴

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「……このまま、明日の満月まで彼女をここに」

祭壇にルナフィエラを横たえたヴィクトルに、
傍らの父は冷静にそう告げた。

「この魔法陣は、かつて我らが一族が受け継いできた“覚醒の環”。
満月の夜に最大効力を発揮するが――
本番の儀式で力を引き出すためには、
その前に魔法陣と姫の魔力を“馴染ませる”必要がある」

「……馴染ませる?」

「そうだ。
魔力が陣と接続され、共鳴を始めれば、
明日の満月で完全な覚醒が可能になる。
それを行うのが、この“前日”だ」

「……一日中、ここで?」

「そうだ。
眠りの中で、陣の魔力に身を浸し、
身体と力を呼応させる。……それが儀式の前提だ」

説明を終えた父は、淡々とした表情でヴィクトルを見た。

「――さあ、あとは見守るだけだ」

しかしその時、
魔法陣の線が、ゆっくりと光を帯び始めた。

「っ……!」

祭壇の上、ルナフィエラの身体がぴくりと反応する。

彼女の指先が震え、眉が苦悶に歪む。

「ルナ様……!」

ヴィクトルが駆け寄ろうとした瞬間――

「触れるな。今は、外部から干渉すべきではない」

父の声が低く、鋭く響いた。

「……ですが!」

「魔力が陣に適応し始めている。
干渉すれば、共鳴が乱れる」

ヴィクトルは拳を握りしめながらも、ルナフィエラの様子に目を離せなかった。

彼女の胸が浅く上下し、汗が額から流れている。
まぶたは震え、唇がかすかに動く。

「……ぅ、く……ッ……!」

呻き声が漏れた。

次の瞬間――

魔法陣の紋が赤く強く輝き、
ルナフィエラの身体全体に“魔力の流れ”が走った。

見えない圧力が、彼女の身体を内側から押し広げているかのようだった。

「っ、あ……あぁ……ッ!!」

声にならない悲鳴が、喉からこぼれる。
細い腕が震え、身体が無意識にのけぞる。

「……やめてください……これでは……!」

ヴィクトルが一歩踏み出そうとしたその瞬間、
父の腕が静かに前に出された。

「耐えねばならぬ。これを越えねば、姫様は“目覚める”ことはできない」

「……っ……!」

ヴィクトルは歯を噛みしめたまま、拳を握りしめるしかできなかった。

ルナフィエラの身体は、今なお祭壇の上で震えていた。
紅い光に染まるその小さな身体が、崩れてしまわぬようにと――
祈るように、彼はただ見守ることしかできなかった。


長い夜だった。

紅き月が高く昇り、空を真紅に染めながら、
城の最奥――かつての祭壇の間では、
少女の息遣いと、魔法陣の低いうねり音だけが響いていた。

ルナフィエラの身体は、ずっと震えていた。

魔力が暴れるたびに背をのけぞらせ、
血管が透けて見えるほどに肌が張りつめる。

「……ぁ……ッ、は……くっ……!」

呼吸は浅く、瞳は開かずとも、
痛みに耐えていることがその全身から伝わってくる。

ヴィクトルは何度も、手を伸ばしそうになった。
それを父に制されるたび、ただ拳を握り、視線を逸らすこともできずに見守り続けた。

(これが……本当に、救うための儀式なのか)

魔法陣が優しさなど持たないことは明らかだった。
それは“力”の系譜にすぎない。
与える代わりに、奪うことを何のためらいもなく実行する。

ヴィクトルの指が震える。

(俺は……こんな方法しか、選べなかったのか)

その時――

「……ヴィク……とる……?」

かすかに声が響いた。

「っ――ルナ様!?」

ヴィクトルは駆け寄り、彼女の傍に膝をついた。
その目はわずかに開き、焦点は合っていないが、
それでも確かに、彼を探していた。

「……ここ……どこ、なの……?」

「……儀式の場所です。すぐ、終わります。もう少し……」

「……いたい、の……」

「……!」

「からだが……やぶけそうで……こわい……」

その言葉は、刺すように胸に届いた。

ヴィクトルは手を伸ばし、震える彼女の頬に触れる。

「怖くても……私がいます。ずっと、ここにいます。
だから……」

どうか――壊れないで、と言葉にならぬ願いを込めて。

彼女の額に、もう一度、そっと唇を落とした。

「……あったかい……」

ルナの唇がわずかに動き、そして――
また静かに目を閉じた。

そのまま、呼吸は浅く、しかし少しだけ穏やかに戻った。



空が、かすかに明るくなってきた。

長い夜が終わろうとしている。
だが、儀式はまだ始まりに過ぎなかった。
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