【完結】純血の姫と誓約の騎士たち〜紅き契約と滅びの呪い〜

来栖れいな

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第六章:流れる鼓動、重なる願い

第95話・守るつもりで、壊していた

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昼下がりの陽射しが、庭の芝に淡い金を落としていた。

中庭の片隅。
風が通る木陰に、ルナフィエラはぽつんと座っていた。
その隣に腰を下ろしたのはフィン。
少し離れて、木の幹にもたれるようにシグが立ち、
ユリウスは遠巻きに魔法書を手にしながらも、時折こちらへ視線を送っていた。

「ルナ、大丈夫? なんか……顔が暗いよ?」

心配そうにフィンが覗き込む。
ルナフィエラはゆっくりと首を横に振った。

「……ううん………大丈夫、じゃないかも」

ぽつり、と。
言葉がこぼれた瞬間、自分でも驚くほど胸が苦しくなった。

「……ヴィクトルに、嫌われちゃったのかなって……」

その一言に、空気が揺れる。

フィンの目が丸くなる。
ユリウスが本を閉じて、顔を上げる。
シグは視線を逸らさず、ただじっとルナフィエラを見つめていた。

「昨日から、なんとなく距離を取られてる気がして……
今日も、目も合わなくて……」

小さく笑ってごまかそうとしたけれど、
唇はわずかに震えていた。

「私、なにか……したのかな?……思い当たることがなくて…
でも、こんな風にされたの……今までなかったから……」

声がかすれ、最後のほうは自分でも聞き取れないほどだった。

フィンは思わず手を伸ばし、そっとルナフィエラの指先を握った。
ユリウスも静かに歩み寄って、目線を合わせるようにしゃがみ込む。

「ルナ、それはきっと……嫌ったんじゃなくて、好きすぎて、怖くなったんだと思う」

ユリウスの声音は、どこまでも優しかった。

「ヴィクトルのやつ、いろいろ考えすぎなんだ。……そういう奴だろ」

シグの声は淡々としていたが、その中に確かな真意があった。

「……うん…でも……ちょっと、寂しい」

ぽつりと落とされたその一言が、風にかき消される前に。

フィンがそっと、ルナフィエラの手に口づけた。
その仕草に、彼女は小さく目を見開く。

「大丈夫。僕たちは、ちゃんと見てるから」

「お前をひとりにしたりはしねえよ」

「どんなに迷っても、君の気持ちが戻る場所があるように……そばにいるよ」

それぞれの言葉が、静かに、けれど確かにルナフィエラの心に染み込んでいった。
それでも、彼女の瞳は遠くを見つめていた。

そこにいるのは、
どんなときも一番近くにいた、あの人の影。

(ヴィクトル……)


一方その頃——。

場所は静かな回廊。
陽が傾きはじめた頃──3人がルナフィエラの言葉を聞いた少し後。

ヴィクトルは書庫の前で、黙って扉の前に立っていた。
何冊かの書物を抱えながらも、その表情は張り詰め、まるで何かを遠ざけるように硬い。

そこへ、ユリウスとシグが現れる。

「ヴィクトル」

「……ユリウス、シグ」

振り返った彼の表情は、いつもと変わらないように見えた。
だが、その目の奥には、微かに戸惑いの色が宿っていた。

「……ルナのことで話がある」

ユリウスの静かな声が落ちる。
心臓がひとつ、大きく脈打った気がした。

「ルナが……“ヴィクトルに……嫌われたのかな”って、そう言ったんだ」

その言葉に、ヴィクトルの手に持っていた本がずるりと滑りかける。
彼は慌てて抱え直しながら、顔を伏せた。

「ルナが、お前に何を求めてたのか……本当にわかってなかったのか?」

今度はシグが声を落とす。
咎めるよりも、どこか呆れたような、ため息混じりの問いだった。

「お前は、あいつのそばにいてくれる存在だった。……ずっとな」

「……それは……」

ヴィクトルは言葉を飲む。

そうだ。
自分はただ、彼女の幸せを願っていた。
ルナが笑って過ごせるなら、それでいいと。
ユリウスやフィン、シグのように積極的に求めることはなかった。
彼女が選ぶ未来の中に、自分の姿が少しでもあればそれでいいと──

そう思っていたのに。

「傍にいることも、お前はやめたんだ。……それが、どれほどルナを不安にさせたか、考えたか?」

「…………」

目の前の視界が滲むようだった。
書庫の静けさに、遠くから鳥の声が聞こえる。

ふと、視線の先。
庭のほうに目を向けると、中庭にルナフィエラがいた。
すぐそばにはフィンが座っており、何か話しかけている。

ルナフィエラは小さく微笑んだ。
だがその笑みは、どこか寂しげで──
ヴィクトルの胸を締めつけるには、十分だった。

(俺は……主従の関係を守ろうとして……)
(自分の沈黙が、距離が……ルナ様の心を、脅かしていた……)

彼の中で、初めてはっきりと「痛み」として理解された。

独り占めしたいわけじゃない。
自分だけを見てほしいわけでもない。

ただ、彼女が笑ってくれるなら、どんな形でもいいと信じていた。
それが──自分を必要としなくなる日が来ても、見送る覚悟はできていたつもりだった。

けれど。

「……俺のせいで、傷つけてしまったんだな」

ようやく漏れたのは、そう、小さな後悔の言葉だった。
傍にいたはずの自分が、
ルナフィエラの一番の拠り所だったはずの自分が、
彼女の心を壊しかけていた。

それは、どんな覚悟よりも重く、痛かった。
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