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第25話・見守られながら広がる世界
目覚ましのアラーム音が鳴るより早く、琴葉はまぶたを開けた。
心なしか、胸が少し高鳴っている。
数日前に決まった外出。
まだ夢みたいで信じられない気持ちが続いていたけれど――今日は、その当日だった。
洗顔や歯磨きを済ませてリビングに入ると、奏一がすでに待っていた。
体温計と血圧計、それから小さなライト付きのペンが手元に揃えられている。
「琴葉さん、おはようございます。まずは体調を確認させていただきます」
その言葉に、思わず小さく笑みがこぼれる。
やっぱり、いつも通りだ。
でも、今日はその「いつも」が少しだけ嬉しい。
「体温、問題なし。血圧も安定しています。顔色も悪くありませんね」
額にそっと手を当てて、熱感を確認する。
瞳孔の反応も、脈拍も、すべて平常。
「これなら……出かけても大丈夫ですね」
確認を終えた奏一の声は、いつもよりほんの少し柔らかい。
琴葉はその変化を感じながら、そっと頷いた。
朝食はいつもの、胃に優しいバランスの取れたメニュー。
温かなスープ、ふんわり焼かれたパン、野菜のサラダ。
華やかではないけれど、不思議とほっとする味だ。
「食欲も、問題なさそうですね」
食べ終わるタイミングを見計らったように、奏一が言う。
「うん、ちゃんと食べたよ」
「では、そろそろ出発しましょうか」
身支度を整え、ハンカチ・帽子・日傘を確認。
奏一は冷たい麦茶、塩分タブレット、保冷剤まで準備してくれていた。
“念には念を”という彼らしさが滲む。
玄関で靴を履きながら、ふと後ろを振り返ると、奏一が真剣な眼差しで立っていた。
「今日、無理はしないでください」
「……わかってる」
「少しでも体調に違和感があったら、必ず教えてください。すぐ休憩を取ります」
まっすぐな声音。
命を預かっているのだという、真剣さと責任感が滲む。
その真剣さが、何故か嫌じゃなかった。
ちゃんと見てくれている――そう思えた。
「うん。……じゃあ、行こ」
玄関のドアを開けると、外は少し曇り空だった。
日差しはやわらかく、風が心地よい。
天気まで味方をしてくれている気がして、琴葉は小さく息をついた。
車に乗り込み、シートベルトを締める。
助手席から見える景色は、いつもと変わらないはずなのに、今日は少し違って見えた。
それはきっと、心が少し軽くなっているから――そんな気がした。
車で走ること約1時間。
郊外にある植物園は、都心の喧騒から離れた静かな場所にあった。
広々としたエントランスに、花々の香りを運んでくる風。
ガラス張りの温室が朝の光を受けて、淡くきらめいている。
入園チケットを手にした奏一は、自然と琴葉の歩幅に合わせて歩き出した。
足元は舗装されたバリアフリーの道。
両脇には季節の花が咲いていて、眺めるだけで心が弾む。
「……きれい」
ぽつりとこぼれたその声は、独り言のようで、でも心の底からの感嘆だった。
温室の中に入ると、ふわりと湿った空気が肌を包み、甘い花の香りが漂う。
頭上にはつる性の植物が絡み合い、足元には多肉やシダが鮮やかに広がっている。
壁一面のガラスから注ぐ自然光が、緑の葉に反射してきらきらと揺れていた。
琴葉はスマホを手に、いくつかの花を撮影していた。
誰かに見せるためというより、自分のために――そんなふうに見える。
奏一は少し後ろを歩き、琴葉が振り返るたび、小さく頷いて応えていた。
余計な言葉は口にしない。
ただ見守るように、そっと寄り添っていた。
「このお花、SNSで見たことあるかも」
立ち止まり、スマホを向けながらそう呟く。
淡いピンク色の小さな花。
名前は知らないけれど、見た目のかわいらしさに目を奪われる。
「バーベナですね。夏場でも元気に咲く種類です」
「先生、なんでそんなに詳しいの」
「調べました。琴葉さんと来ることになりましたので、答えられるように」
さらりと答えるその口調に、琴葉は少しだけ頬を染めた。
返す言葉が見つからなくて、思わず視線を逸らす。
温室の一角には小さなベンチが設けられていた。
「少し休みましょう」と奏一が促すと、琴葉も素直に頷いてベンチに腰を下ろす。
目の前に広がる緑に囲まれながら、深呼吸を一つ。
少しだけ汗ばんだ額に風が心地よく触れた。
目の前にあるのは、ただの植物たちなのに――
どうしてこんなに、心が落ち着くんだろう。
そしてふと気づく。
隣に座る奏一の存在も、今は同じくらい心地よかった。
心なしか、胸が少し高鳴っている。
数日前に決まった外出。
まだ夢みたいで信じられない気持ちが続いていたけれど――今日は、その当日だった。
洗顔や歯磨きを済ませてリビングに入ると、奏一がすでに待っていた。
体温計と血圧計、それから小さなライト付きのペンが手元に揃えられている。
「琴葉さん、おはようございます。まずは体調を確認させていただきます」
その言葉に、思わず小さく笑みがこぼれる。
やっぱり、いつも通りだ。
でも、今日はその「いつも」が少しだけ嬉しい。
「体温、問題なし。血圧も安定しています。顔色も悪くありませんね」
額にそっと手を当てて、熱感を確認する。
瞳孔の反応も、脈拍も、すべて平常。
「これなら……出かけても大丈夫ですね」
確認を終えた奏一の声は、いつもよりほんの少し柔らかい。
琴葉はその変化を感じながら、そっと頷いた。
朝食はいつもの、胃に優しいバランスの取れたメニュー。
温かなスープ、ふんわり焼かれたパン、野菜のサラダ。
華やかではないけれど、不思議とほっとする味だ。
「食欲も、問題なさそうですね」
食べ終わるタイミングを見計らったように、奏一が言う。
「うん、ちゃんと食べたよ」
「では、そろそろ出発しましょうか」
身支度を整え、ハンカチ・帽子・日傘を確認。
奏一は冷たい麦茶、塩分タブレット、保冷剤まで準備してくれていた。
“念には念を”という彼らしさが滲む。
玄関で靴を履きながら、ふと後ろを振り返ると、奏一が真剣な眼差しで立っていた。
「今日、無理はしないでください」
「……わかってる」
「少しでも体調に違和感があったら、必ず教えてください。すぐ休憩を取ります」
まっすぐな声音。
命を預かっているのだという、真剣さと責任感が滲む。
その真剣さが、何故か嫌じゃなかった。
ちゃんと見てくれている――そう思えた。
「うん。……じゃあ、行こ」
玄関のドアを開けると、外は少し曇り空だった。
日差しはやわらかく、風が心地よい。
天気まで味方をしてくれている気がして、琴葉は小さく息をついた。
車に乗り込み、シートベルトを締める。
助手席から見える景色は、いつもと変わらないはずなのに、今日は少し違って見えた。
それはきっと、心が少し軽くなっているから――そんな気がした。
車で走ること約1時間。
郊外にある植物園は、都心の喧騒から離れた静かな場所にあった。
広々としたエントランスに、花々の香りを運んでくる風。
ガラス張りの温室が朝の光を受けて、淡くきらめいている。
入園チケットを手にした奏一は、自然と琴葉の歩幅に合わせて歩き出した。
足元は舗装されたバリアフリーの道。
両脇には季節の花が咲いていて、眺めるだけで心が弾む。
「……きれい」
ぽつりとこぼれたその声は、独り言のようで、でも心の底からの感嘆だった。
温室の中に入ると、ふわりと湿った空気が肌を包み、甘い花の香りが漂う。
頭上にはつる性の植物が絡み合い、足元には多肉やシダが鮮やかに広がっている。
壁一面のガラスから注ぐ自然光が、緑の葉に反射してきらきらと揺れていた。
琴葉はスマホを手に、いくつかの花を撮影していた。
誰かに見せるためというより、自分のために――そんなふうに見える。
奏一は少し後ろを歩き、琴葉が振り返るたび、小さく頷いて応えていた。
余計な言葉は口にしない。
ただ見守るように、そっと寄り添っていた。
「このお花、SNSで見たことあるかも」
立ち止まり、スマホを向けながらそう呟く。
淡いピンク色の小さな花。
名前は知らないけれど、見た目のかわいらしさに目を奪われる。
「バーベナですね。夏場でも元気に咲く種類です」
「先生、なんでそんなに詳しいの」
「調べました。琴葉さんと来ることになりましたので、答えられるように」
さらりと答えるその口調に、琴葉は少しだけ頬を染めた。
返す言葉が見つからなくて、思わず視線を逸らす。
温室の一角には小さなベンチが設けられていた。
「少し休みましょう」と奏一が促すと、琴葉も素直に頷いてベンチに腰を下ろす。
目の前に広がる緑に囲まれながら、深呼吸を一つ。
少しだけ汗ばんだ額に風が心地よく触れた。
目の前にあるのは、ただの植物たちなのに――
どうしてこんなに、心が落ち着くんだろう。
そしてふと気づく。
隣に座る奏一の存在も、今は同じくらい心地よかった。
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