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第45話・沈黙が、答えだった
ぬるく、静かな沈黙が、部屋に満ちていた。
熱にうかされたようなまどろみの中、琴葉は目を閉じたまま、そっと息を吐く。
現実と夢の境目は曖昧で、思考はうまく形を結ばない。
けれどそのぶん、胸の奥に押し込めていた感情だけが、するすると浮かび上がってきた。
言葉にするつもりなんて、なかった。
本当は、口にしてはいけないと、わかっていた。
それでも――
「……ねぇ……先生は、私のこと……どう思ってるの?」
掠れた声が、ふいに夜の静けさを切り裂く。
まるで、自分の意識より先に本音だけがこぼれ落ちたような問いだった。
ベッド脇の椅子に座っていた奏一の肩が、わずかに揺れる。
一瞬の、長い間。
返事は、ない。
やっぱり――そんなこと聞くんじゃなかった。
胸の奥で後悔が広がりかけた、そのとき。
「……大切な存在ですよ」
静かに落とされた声は、あまりにも穏やかで、あまりにも優しかった。
その優しさが、逆に胸を締めつける。
「……じゃあ……好き?」
再び、掠れた声が零れる。
問うというより、縋るようで。
けれどその奥には、すでに答えを知っている人間だけが持つ、痛みが滲んでいた。
空気が、凍りついたように感じる。
奏一の口から返ってくる言葉は――なかった。
ただ、沈黙。
それは肯定でも否定でもなく、ただ、何も言わないという残酷な選択。
それだけで、琴葉には十分だった。
(……やっぱり、そうだよね)
胸の奥に沈めてきた想いが、ぐらりと揺れる。
(先生が……私なんかを、好きになるわけない……)
視界が滲み、溢れる涙が一滴、頬を伝った。
止めたくても止まらない。
堪えたくても、堪えきれない。
(わかってた。最初から、わかってたのに……)
どうして、聞いてしまったのだろう。
どうして、ほんの少しでも、期待してしまったのだろう。
罪悪感と自己嫌悪が、じわじわと胸を満たしていく。
それでも、涙はこぼれ落ちる。
唇を噛み、琴葉は小さく肩を揺らした。
熱のせいじゃない。
今、この胸を責め立てているのは――恋の痛みだけだった。
***
泣き止まない琴葉を、奏一はただ黙って見つめていた。
握った手を離すこともできず、琴葉は顔をそむけるようにして小さく震えている。
肩を揺らし、声を殺して、それでもこらえきれない涙が頬を伝って落ちていく。
そのひと粒ひと粒が、彼女の心の深さを物語っていた。
(……好きだ)
その想いは、とっくに心の奥底から溢れている。
自覚したあの日から、幾度となく抑え込もうとした。
否定しようとしたこともあった。
ただの患者として接しようとしても、
ただの保護者として接しようとしても、
――感情は、嘘をついてくれなかった。
だが、この想いを口にした瞬間、彼女を「ここ」に縛ってしまうかもしれない。
年齢も、立場も、環境も、彼女にはまだ可能性がある。
それを、自分が奪ってしまうかもしれない。
その恐怖が、いつも口を閉ざしてきた理由だった。
けれど。
(……この涙を、見過ごす方が……)
そう思った瞬間、迷いは消えた。
――この涙を放っておく方が、よほど残酷だ。
奏一は、静かに身を屈める。
震える肩に触れぬよう、そっと琴葉の頬に手を添えた。
「……琴葉さん」
名を呼ぶと、琴葉がゆっくりと顔を上げる。
赤く潤んだ瞳。
悲しみと戸惑いに揺れる、その目を真っ直ぐに見つめたまま――
奏一は、ためらいの一切を捨てるように、彼女の涙を指先で拭った。
そして、ゆっくりと顔を近づけ――
額が触れるか触れないかの距離で、そっと、唇を重ねる。
深くも、激しくもない。
ただ、まっすぐで、優しい口づけだった。
「……好きですよ」
小さく、けれど確かに紡がれた言葉。
「ずっと、……ずっと前から――あなたのことが」
胸の奥から零れ落ちるように、奏一は初めて、その想いを口にした。
熱にうかされたようなまどろみの中、琴葉は目を閉じたまま、そっと息を吐く。
現実と夢の境目は曖昧で、思考はうまく形を結ばない。
けれどそのぶん、胸の奥に押し込めていた感情だけが、するすると浮かび上がってきた。
言葉にするつもりなんて、なかった。
本当は、口にしてはいけないと、わかっていた。
それでも――
「……ねぇ……先生は、私のこと……どう思ってるの?」
掠れた声が、ふいに夜の静けさを切り裂く。
まるで、自分の意識より先に本音だけがこぼれ落ちたような問いだった。
ベッド脇の椅子に座っていた奏一の肩が、わずかに揺れる。
一瞬の、長い間。
返事は、ない。
やっぱり――そんなこと聞くんじゃなかった。
胸の奥で後悔が広がりかけた、そのとき。
「……大切な存在ですよ」
静かに落とされた声は、あまりにも穏やかで、あまりにも優しかった。
その優しさが、逆に胸を締めつける。
「……じゃあ……好き?」
再び、掠れた声が零れる。
問うというより、縋るようで。
けれどその奥には、すでに答えを知っている人間だけが持つ、痛みが滲んでいた。
空気が、凍りついたように感じる。
奏一の口から返ってくる言葉は――なかった。
ただ、沈黙。
それは肯定でも否定でもなく、ただ、何も言わないという残酷な選択。
それだけで、琴葉には十分だった。
(……やっぱり、そうだよね)
胸の奥に沈めてきた想いが、ぐらりと揺れる。
(先生が……私なんかを、好きになるわけない……)
視界が滲み、溢れる涙が一滴、頬を伝った。
止めたくても止まらない。
堪えたくても、堪えきれない。
(わかってた。最初から、わかってたのに……)
どうして、聞いてしまったのだろう。
どうして、ほんの少しでも、期待してしまったのだろう。
罪悪感と自己嫌悪が、じわじわと胸を満たしていく。
それでも、涙はこぼれ落ちる。
唇を噛み、琴葉は小さく肩を揺らした。
熱のせいじゃない。
今、この胸を責め立てているのは――恋の痛みだけだった。
***
泣き止まない琴葉を、奏一はただ黙って見つめていた。
握った手を離すこともできず、琴葉は顔をそむけるようにして小さく震えている。
肩を揺らし、声を殺して、それでもこらえきれない涙が頬を伝って落ちていく。
そのひと粒ひと粒が、彼女の心の深さを物語っていた。
(……好きだ)
その想いは、とっくに心の奥底から溢れている。
自覚したあの日から、幾度となく抑え込もうとした。
否定しようとしたこともあった。
ただの患者として接しようとしても、
ただの保護者として接しようとしても、
――感情は、嘘をついてくれなかった。
だが、この想いを口にした瞬間、彼女を「ここ」に縛ってしまうかもしれない。
年齢も、立場も、環境も、彼女にはまだ可能性がある。
それを、自分が奪ってしまうかもしれない。
その恐怖が、いつも口を閉ざしてきた理由だった。
けれど。
(……この涙を、見過ごす方が……)
そう思った瞬間、迷いは消えた。
――この涙を放っておく方が、よほど残酷だ。
奏一は、静かに身を屈める。
震える肩に触れぬよう、そっと琴葉の頬に手を添えた。
「……琴葉さん」
名を呼ぶと、琴葉がゆっくりと顔を上げる。
赤く潤んだ瞳。
悲しみと戸惑いに揺れる、その目を真っ直ぐに見つめたまま――
奏一は、ためらいの一切を捨てるように、彼女の涙を指先で拭った。
そして、ゆっくりと顔を近づけ――
額が触れるか触れないかの距離で、そっと、唇を重ねる。
深くも、激しくもない。
ただ、まっすぐで、優しい口づけだった。
「……好きですよ」
小さく、けれど確かに紡がれた言葉。
「ずっと、……ずっと前から――あなたのことが」
胸の奥から零れ落ちるように、奏一は初めて、その想いを口にした。
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