病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな

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第46話・やっと、同じ場所で

静かに紡がれたその言葉は、まだ熱の残る夜の空気に、ひどく優しく溶けていった。

目の前で奏一が微笑んでいる。
けれど琴葉の思考は、すぐには現実に追いつかなかった。

(……え……? うそ……)

唇に触れたあの感触も、「好きだ」と告げられたその声も、すべてが夢の中の出来事のように思えてしまう。

心臓が、ぎゅう、と音を立てて縮まった。
呼吸の仕方すら、わからなくなる。

「……せん、せい……?」

震えるような声で呼ぶと、奏一は何も言わず、ただ彼女を見つめていた。

そこにあるのは、いつもの穏やかで落ち着いた眼差し。
けれど、今はそれだけじゃない。

確かにそこには、熱を宿した――
ひとりの男性のまなざしがあった。

「……ほんと、に……?」

そう問いかけた瞬間、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。
けれどその涙は、悲しみの色をしていなかった。

胸の奥に、ぽっと小さな灯がともる。
それがじんわりと広がり、冷えていた心を、ゆっくりと溶かしていった。

(……好きって、言ってくれた)
(わたしのことを……)

どうしても欲しかった言葉。
諦めようとしていた気持ちに、静かに応えてくれた声。

涙は止まらない。
けれどもう、それは苦しさの証ではなかった。

「……っ、先生……わたし……」

琴葉はしゃくりあげながらも、必死に言葉を紡ごうとしていた。
涙に滲んだ視界の向こうで、奏一は何も言わず、ただ待ってくれていた。

急かすこともなく、
逃げることもなく。

握られた手の温もりが、背中をそっと押す。

「……わたしも、先生のこと……好きです」

かすれた声。
それでも、まっすぐな想いだった。

(……やっと、言えた)

この気持ちを伝えたら、ここにいられなくなるかもしれない。
そんな怖さで、ずっと胸の奥に押し込めてきた。

けれど今は――
彼の言葉と、キスが、その不安を溶かしてくれていた。

「……ずっと、言えなかった……でも………」

熱と涙で、言葉は途切れがちになる。
それでも、胸の奥から溢れる感情は止められなかった。

そして次の瞬間――
驚いたように、少し目を見開いたのは、奏一の方だった。

「……え……?」

その声音は、あまりにも素で。
いつもの冷静な医者としての顔ではなく、ひとりの男性としての戸惑いが、そこにあった。

「……気づいて、なかったの?」

琴葉が、少しだけ笑ってそう言うと、奏一は目を伏せ、静かに息をついた。

「……琴葉さんの雰囲気が変わったのは、感じていました。けれど……」

「けれど?」

「……あの日、外出を許可したあたりからの変化が、大きすぎて……」

少しずつ明るさを取り戻していく琴葉の笑顔を、彼は「回復の証」だと受け取っていたのだろう。

まさかその中に、自分への恋心が隠されていたとは――思いもよらず。

「……そう、だったんですね……」

驚きと、ほんの少しの悔しさを滲ませて。

「……申し訳ありませんでした。ずっとそばにいたのに……そんな大切なことに気づけていなかったとは…」

「……ううん、わたしが隠してたの」

「……それでも、見抜くべきでした」

一呼吸、置いてから。

「主治医として、ではなく――
……あなたを好きになった男として」

そう言って、もう一度、琴葉の頬に優しく口づける。

どちらからともなく、ふっと笑みがこぼれた。
泣き腫らした瞳と、赤く火照った頬。

ようやく、ふたりの気持ちが同じ場所にあるのだと、実感する。


けれど――

「……琴葉さん、そろそろ休みましょうか」

奏一が、いつもの穏やかな口調で告げる。
けれどその声には、どこか恋人らしい柔らかさが混じっている。

「……うん。でも……まだ寝れないかも……」

目を伏せながら、琴葉がぽつりとつぶやく。
安心と幸福が一気に押し寄せ、胸の奥がふわふわしていた。

「……それでも、目を閉じて休むだけでも違いますよ」

奏一は静かにベッドの傍らに腰を下ろす。

琴葉は、小さくうなずいた。

彼の手が、そっと額に触れ、微熱を確認するように撫でていく。
その温もりが心地よくて、目が自然と細まった。

「……先生の声、優しすぎて、余計に眠れなくなりそう」

「困りましたね」

苦笑しながらも、奏一の手はそのまま琴葉の髪をやさしく梳いている。
急かすこともなく、何も言わず、ただ彼女が眠るのを待つように。

「……ねぇ、ほんとに、ここにいてくれるの?」

「ええ。夜が明けるまで、ずっと」

その言葉に、琴葉の頬がまた赤くなる。
それはもう、熱だけのせいではなかった。

「……じゃあ、頑張って寝てみる……」

「ええ、いい子です」

奏一はそのまま、ベッドの傍らで静かに見守る。

琴葉は目を閉じ、
彼の声とぬくもりを胸に刻みながら、
少しずつ、眠りの深みに引き込まれていった。

名残惜しさと、確かな幸福の余韻に包まれながら――。
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