病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな

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第49話・ただのスーパーなのに、こんなにも

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微熱も下がり「そうちゃん」呼びがすっかり当たり前になってから、数日後。

その日、大学の講義を早めに終えた琴葉は、校門前に停まる見慣れた車に気づいた。
運転席から降りてきたのは奏一で、彼が迎えに来てくれていたのだ。

「そうちゃん」

声をかけると、彼は穏やかに微笑み、当然のように助手席のドアを開けてくれる。

琴葉は、車に乗り込むとシートベルトを締めながら、わずかに頬をふくらませた。

「……せっかく早く終わったのに、どこも行けないんだよね?」

「ええ。体調を崩したばかりですから、今日はまだ、無理をしない方がいいでしょう」

「……わかってるけど……」

納得はしている。
でも、胸の奥にほんの少し残る物足りなさ。
彼と一緒にいられる時間は嬉しいのに、どこかへ出かけられないのが惜しく感じてしまう。

そんな気持ちを察したのか、奏一は少し考え込むように視線を前に向けたまま、ふと口を開いた。

「……では、スーパーに寄りませんか」

「スーパー?」

「はい。今夜の食事の買い出しが必要でしたので。琴葉さんの食べたいものを作りましょう」

その一言で、ふくらんでいた頬が一気に緩む。

「ほんと? わたしの食べたいもの?」

「ええ」

「やった!」

さっきまでの不満げな様子が嘘のように、琴葉の表情がぱっと明るくなる。
車内に灯ったその笑顔を、奏一はちらりと見やり、静かにハンドルを切った。


昼過ぎのスーパーは、ほどよく賑わっていた。
自動ドアをくぐった瞬間、総菜コーナーから漂ってくる匂いに、琴葉の目がきらりと輝く。

「わ、いい匂い……!」

思わず声が漏れると、奏一が隣で小さく笑った。
普段は大学と家を往復するだけの日々。
こうして並んで買い物をすること自体が、琴葉には新鮮だった。

「そうちゃん、今日ね、ハンバーグ食べたい!」

両手をぎゅっと握って言うと、奏一は少し目を瞬かせてから、素直に頷く。

「わかりました。合いびき肉と玉ねぎ、パン粉……あとは付け合わせも必要ですね」

琴葉はその横で、子どものように売り場を指さしてはしゃぐ。

「わ、このトマトおいしそう! サラダにしたい!」

「では、それも」

次々と食材がかごに入っていく。

――そのかごを持つのは、終始奏一。
琴葉は横から覗き込み、楽しそうに意見を言うだけだった。

果物売り場に差しかかったとき、琴葉は思わず足を止める。

「……ねぇ、そうちゃん! いちごあるよ!」

赤く並ぶ果実に目を輝かせる。

「食べたい!」

「少し時期が早いので高めですが……買いましょう」

ためらいなく手に取るその仕草に、胸がじんと温かくなる。
自分の「食べたい」を、当たり前のように受け止めてくれることが、何より嬉しかった。

さらに、会計前。
彼が自然な手つきでヨーグルトをかごに入れたのを、琴葉は見逃さなかった。

「……あ、それ」

「はい?」

「いつもわたしが食べてるやつ……」

言葉にした瞬間、頬がじんわりと熱くなる。
特別なものでもない、ただの日常の習慣。
それなのに彼はちゃんと覚えていて、何も言わずにかごへ入れてくれていた。

胸がくすぐったくて、どうしようもなく嬉しい。
思わずぎゅっと奏一の袖口を掴み、視線を逸らす。

「……ありがと、そうちゃん」

「どういたしまして」

穏やかに返された声が、耳の奥でやさしく響く。

駐車場まで買い物袋を下げて並んで歩く帰り道。
夕焼けの空の下、袋の中でいちごの赤がちらりと覗いていた。
それを見るだけで、琴葉の胸はまた弾んでしまう。

――今日はただのスーパーなのに。
どうしてこんなに楽しいんだろう。

横に並ぶ彼の存在が、当たり前のようでいて、特別だから。
そう思うと、自然に頬が緩んでしまうのだった。
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