病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな

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第70話・祝われる未来の、少し手前で

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正月が過ぎ、冬休み明けのキャンパスには、
まだ少し眠たげな空気が漂っていた。
薄曇りの空に、冷たい風。
息を吐くたび、白い煙がふわりと立ちのぼる。

「うぅ……始まっちゃったね、学校」

真奈が両手を擦り合わせながら、ぼやいた。

「冬休み、短すぎない? 年末年始なんて一瞬で終わったんだけど」

「ほんとそうだよね。朝、布団から出るのが修行レベルで辛いもん」

綾花が笑いながら言い、3人は校舎の中へと足を踏み入れた。

廊下を歩きながら、ふと綾花が思い出したように口を開く。

「そういえばさ――来年の成人式、どうする?」

「え、もうその話題?」

真奈が顔を上げる。

「だって、振袖の予約もう始まってるよ?着付けも美容室も埋まるの早いんだって」

「うわ、そうなんだ……。でも確かに、そういうのって一年以上前から動くって聞く」

真奈は頭をかきながら苦笑する。

「私はまだ全然決めてないや。カタログ見てるけど、どれも可愛くて選べなくてさ」

琴葉が思わず笑って頷いた。

「色とか柄とか、見てるだけで迷っちゃうよね。
可愛いのもいいし、上品なのもいいし……」

「でも決めないと、着付けの予約も取れなくなるって聞いて、ちょっと焦る」

「早くしないと朝4時集合とかになっちゃうって」

真奈が肩をすくめる。

「え、そんな早いの……?」

琴葉が驚いて目を瞬かせると、綾花が笑ってうなずいた。

「うん。だから私はもう決めちゃった。
地元の呉服屋で試着して、ピンクベースにしたよ。
帯は白と金で、成人式っぽく華やかにって感じ」

「えー!綾花っぽい!」

真奈が嬉しそうに声を上げる。

「絶対似合うよ~!写真できたら見せてね」

「もちろん」

綾花は得意げに笑った。

「琴葉ちゃんは? もう決めてる?」

「ううん、まだ。
カタログとかネットで見てるけど、見れば見るほどわからなくなっちゃって……」

「わかる~それ!」

真奈が勢いよく共感してくれる。

「最初は“絶対赤がいい!”って思ってたのに、見てるうちに水色も可愛いし、白も清楚だし、結局どれも良く見えてくるんだよね」

「そうそう! で、最終的に“全部可愛い”って思考になって終わるの」

琴葉もつられて笑った。

「……でもさ、成人式かぁ」

綾花が少し遠くを見るように呟いた。

「なんか、早いよね。もうそんな歳になるんだなって」

「ね。高校卒業してからあっという間だった」

真奈が頷き、「成人式終わったら、今度は就活を意識しなくちゃだし、色々変わりそう」と言う。

「……そうだね」

琴葉は微笑んだまま、小さく頷いた。
けれど“色々”という言葉の中に、自分の未来を思い描こうとすると、胸の奥がひやりと冷える。

――成人式、就活、結婚、将来。

祝われるはずの節目なのに、
自分だけが立ち止まっているような気がしてしまう。
みんなが「次」を思い描く中で、自分の時間だけが、どこか慎重に扱われている気がした。

奏一の顔が、浮かぶ。
その先に、ちゃんと「続き」がある未来を、
自分はどれくらい描いていいのだろう。

窓の外では、冷たい冬の風が、静かに木々を揺らしていた。

***

そして迎えた週末。
当直明けで奏一は勤務を終え、冬の淡い陽光が差し込む時間にマンションへ戻ってきた。

玄関を開けると、ふわりと味噌のやさしい香りが漂ってきた。

キッチンでは琴葉が、電子レンジの前に立ち、
温め終わりを知らせる音を待っているところだった。

「おかえり、そうちゃん。お疲れさま」

「ただいま戻りました。……何か、準備してくれていたんですか?」

「うん。味噌汁。昨日の残りなんだけど……
火は使ってないよ。レンジで温めただけ」

少しだけ照れたようにそう言って、耐熱カップをそっと持ち上げる。

「それと、おにぎり。冷凍庫に入っていたやつで、もう温め終わってる」

奏一は小さく息をつき、ほっとしたように微笑んだ。

「十分です。ありがとうございます」

奏一は、上着を脱ぎながら彼女の隣に立った。

「何か作ろうかなって思ったけど……
そうちゃんが帰ってくるまで、火を使うのはちょっと怖くて」

「それでいいんですよ。無理しなくて大丈夫です」

そう言って、簡単に昼食の支度を整える。

「ほら、これで十分です」

「ふふ……なんか懐かしい。ちょっと前の朝みたい」

「その時より、ずっと穏やかですけどね」

ふたりの笑い声が、小さな部屋にやさしく響いていた。
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