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第102話・言葉にならない、約束
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ロビーには、穏やかな音楽が流れていた。
白崎夫妻と奏一は、ソファに並んで腰を下ろしている。
琴葉の支度が始まってから、すでにしばらく経っていた。
母は、膝の上で指を組んだりほどいたりを繰り返しながら、何度も壁の時計に視線を送っている。
「……遅いわけじゃないのよね。でも、ちゃんと座れてるかしら」
ぽつりとこぼした言葉に、父が苦笑まじりに肩をすくめた。
「もう子どもじゃないんだ、大丈夫だろう」
奏一も穏やかな声で続けた。
「ええ。落ち着いて進めておられると思いますよ」
「そうよね……そうなんだけど……」
母は小さく息を吐き、また控室の方へ目を向けた。
頭では分かっている。
けれど心のどこかで、娘が無事に着付けまで終えられるかどうか、どうしても気になってしまう。
そんな母の様子に、父が肩をすくめて苦笑する。
「……そこまで気になるなら、様子を見てきたらどうだ」
「……そうね。少しだけ、顔を見てこようかしら」
母は立ち上がり、スタッフに声をかけて控室の方へ向かった。
その背中を見送りながら、父と奏一はそっと視線を交わす。
やがて、ロビーには父と奏一、2人だけが残った。
空調の微かな音と、時計の針が刻む規則正しいリズムだけが、静かに響いている。
しばらくの沈黙のあと、父がゆっくりと息を吐いた。
「……遠野先生。改めて、ありがとう」
「いえ。私の方こそ、この日を一緒に迎えられて光栄です」
父は小さく頷き、視線を窓の外へ向けた。
秋の光が柔らかく差し込み、外の木々を金色に染めている。
「……最初に、この結婚話が出た時は……正直、複雑だったんだ」
穏やかな声の奥に、かすかな苦笑が混ざる。
「年齢のこともある。あの子の身体のことも。
守るためだとしても、“大人たちの思惑”に巻き込みたくなかった。
あの子には、ただ普通の幸せを与えてやりたかった」
奏一は、静かに頷いた。
「だが――院長先生から君の経歴を聞いた時、思ったんだ」
父は、自分の胸に手を添えるようにして、慎重に言葉を選ぶ。
「私は医療のことは詳しくない。
それでも……君が歩いてきた道を聞いて、“この人なら、琴葉を守ってくれる”と、不思議とそう思えた。
むしろ、あの子を守るために積み上げてきたようにさえ見えた」
奏一は一度、静かに目を伏せてから、ゆっくりと顔を上げた。
「……ありがとうございます。
琴葉さんの存在が、私の進む道を決めてくれたのは事実です。
だからこそ、医者として、男として、これから先もずっと守り続けます。どんな形になったとしても」
父はその言葉を噛みしめるように聞き、やがて、穏やかな笑みを浮かべた。
「……あの入籍の話の時な。
君が“卒業してからでいい”と言ったのを聞いて、私は本当にほっとしたんだ。
院長先生は急がせたがっていたが……君は琴葉の歩幅で考えてくれた」
「焦っても、良い未来にはつながりません。
彼女の笑顔を守れるなら、急ぐ理由はありませんから」
短い沈黙。
だが、その沈黙には、安心と信頼があった。
「……ありがとう。本当に、娘を君に託してよかった。
あの子が反抗期で手に負えなかった頃も……
病状で揺れた頃も……
私たちはずっと、未来なんて想像もできなかった」
父の視線が、控室の方へ向けられる。
「でも今、琴葉は……笑っている。
普通に話して、君と穏やかに暮らしている。
それだけで、私たちは救われているんだ」
奏一は深く頭を下げた。
「……こちらこそ。
そのお気持ちに、きちんと応えていけるよう努めます」
その時――
控室の奥から、母の小さな声が聞こえた。
「まぁ……なんて、綺麗なの……」
その一言に、父と奏一は顔を見合わせ、静かに微笑んだ。
「どうやら、上手くいってるようだな」
「ええ。――琴葉さんらしい、良い日になりそうです」
ロビーに流れる音楽の中で、ふたりの笑みはそっと溶け合っていった。
白崎夫妻と奏一は、ソファに並んで腰を下ろしている。
琴葉の支度が始まってから、すでにしばらく経っていた。
母は、膝の上で指を組んだりほどいたりを繰り返しながら、何度も壁の時計に視線を送っている。
「……遅いわけじゃないのよね。でも、ちゃんと座れてるかしら」
ぽつりとこぼした言葉に、父が苦笑まじりに肩をすくめた。
「もう子どもじゃないんだ、大丈夫だろう」
奏一も穏やかな声で続けた。
「ええ。落ち着いて進めておられると思いますよ」
「そうよね……そうなんだけど……」
母は小さく息を吐き、また控室の方へ目を向けた。
頭では分かっている。
けれど心のどこかで、娘が無事に着付けまで終えられるかどうか、どうしても気になってしまう。
そんな母の様子に、父が肩をすくめて苦笑する。
「……そこまで気になるなら、様子を見てきたらどうだ」
「……そうね。少しだけ、顔を見てこようかしら」
母は立ち上がり、スタッフに声をかけて控室の方へ向かった。
その背中を見送りながら、父と奏一はそっと視線を交わす。
やがて、ロビーには父と奏一、2人だけが残った。
空調の微かな音と、時計の針が刻む規則正しいリズムだけが、静かに響いている。
しばらくの沈黙のあと、父がゆっくりと息を吐いた。
「……遠野先生。改めて、ありがとう」
「いえ。私の方こそ、この日を一緒に迎えられて光栄です」
父は小さく頷き、視線を窓の外へ向けた。
秋の光が柔らかく差し込み、外の木々を金色に染めている。
「……最初に、この結婚話が出た時は……正直、複雑だったんだ」
穏やかな声の奥に、かすかな苦笑が混ざる。
「年齢のこともある。あの子の身体のことも。
守るためだとしても、“大人たちの思惑”に巻き込みたくなかった。
あの子には、ただ普通の幸せを与えてやりたかった」
奏一は、静かに頷いた。
「だが――院長先生から君の経歴を聞いた時、思ったんだ」
父は、自分の胸に手を添えるようにして、慎重に言葉を選ぶ。
「私は医療のことは詳しくない。
それでも……君が歩いてきた道を聞いて、“この人なら、琴葉を守ってくれる”と、不思議とそう思えた。
むしろ、あの子を守るために積み上げてきたようにさえ見えた」
奏一は一度、静かに目を伏せてから、ゆっくりと顔を上げた。
「……ありがとうございます。
琴葉さんの存在が、私の進む道を決めてくれたのは事実です。
だからこそ、医者として、男として、これから先もずっと守り続けます。どんな形になったとしても」
父はその言葉を噛みしめるように聞き、やがて、穏やかな笑みを浮かべた。
「……あの入籍の話の時な。
君が“卒業してからでいい”と言ったのを聞いて、私は本当にほっとしたんだ。
院長先生は急がせたがっていたが……君は琴葉の歩幅で考えてくれた」
「焦っても、良い未来にはつながりません。
彼女の笑顔を守れるなら、急ぐ理由はありませんから」
短い沈黙。
だが、その沈黙には、安心と信頼があった。
「……ありがとう。本当に、娘を君に託してよかった。
あの子が反抗期で手に負えなかった頃も……
病状で揺れた頃も……
私たちはずっと、未来なんて想像もできなかった」
父の視線が、控室の方へ向けられる。
「でも今、琴葉は……笑っている。
普通に話して、君と穏やかに暮らしている。
それだけで、私たちは救われているんだ」
奏一は深く頭を下げた。
「……こちらこそ。
そのお気持ちに、きちんと応えていけるよう努めます」
その時――
控室の奥から、母の小さな声が聞こえた。
「まぁ……なんて、綺麗なの……」
その一言に、父と奏一は顔を見合わせ、静かに微笑んだ。
「どうやら、上手くいってるようだな」
「ええ。――琴葉さんらしい、良い日になりそうです」
ロビーに流れる音楽の中で、ふたりの笑みはそっと溶け合っていった。
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片思いの時の胸がキューッと締め付けられるような切なさ、告白してしまった後の後悔と恐怖、私などはずっと昔に忘れてしまっていた気持ちを思い起させてくれました。琴葉ちゃんの気持ちが乗り移ったように一緒に泣きそうでした。
そして返事の代わりに軽く唇を合わせた奏一先生。
素敵なシーンでした。◕‿◕。
思いの通じ合った2人にこれからどんな物語が続いていくのか楽しみです(^^)
年末年始も変わらず毎日同じ時間に更新してくれるれいなさんの人柄にも感激しています(◍•ᴗ•◍)
これからも楽しみにしています(^^)
らん様
再び感想をお寄せくださり、本当にありがとうございます。
琴葉の気持ちに寄り添い、ご自身の記憶や感情と重ねながら読んでいただけたことが伝わってきて、胸がいっぱいになりました。
奏一のあの場面も、そう感じていただけてすごく嬉しいです(〃ω〃)
物語の一場面を、大切に受け取っていただけることは、書き手として何よりの励みです。
変わらず更新を続けられているのも、言葉を届けてくださる方がいるからだと、改めて感じています。
いただいた想いを励みに、これからも一場面一場面を大切に書いていきます。
この物語が、またふと心に触れる時間になれば幸いです(^^)
今、私達が普通に体験しているさまざまなことが、実はすごく貴重なことなんだと思わせてくれます。何というかとても温かで穏やかで優しい気持ちになれる作品です。
ものすごく大きな山場がこの先あるのか分かりませんが(あってほしいようなほしくないような...)、毎日必ず更新してくれるその力量に驚きながら楽しみに読んでいます。
これからも楽しみにしていますので頑張って下さい(^^)
らん様
温かい感想をありがとうございます。
何気ない日常や、当たり前のように過ぎていく時間の中にある気持ちを、そう言って受け取っていただけて、とても嬉しいです(^^)
更新のペースについても触れていただき、励みになります!
琴葉と奏一の日々を、これからも大切に描いていきますので、よろしければ引き続き見守っていただけますと幸いです。