自由を愛する妖精姫と、番にすべてを捧げた竜人王子〜すれ違いと絆の先に、恋を知る〜

来栖れいな

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第10章:辿り着いた、その先で

第182話・討伐の、その先

最深部へ踏み込んだ瞬間だった。

――ぐにゃり、と。

視界が歪む。
空間そのものが、撓んだように揺れた。

「……来たな」

サイファルトの低い声と同時に、幻惑魔法が襲いかかる。

「……っ、やはり強度が上がっています」

ライナーが歯を食いしばる。

これまでとは、明らかに違う。
濃度も、圧も、段違いだった。

思考を鈍らせ、方向感覚を奪い、“ここにいる”という認識そのものを曖昧にしてくる。

だが――

サイファルトは、眉一つ動かさない。

胸元で、微かな光が脈打った。
セレスティアが作ったブローチが、まるで呼応するように輝く。
幻惑が薄れ、濃霧が晴れるように視界が戻る。

魔獣の群れが、四方から押し寄せてきていた。
先ほどまでの比ではない数。
親玉を守るように、円を描いて迫ってくる。

サイファルトは一瞬だけ2人を見る。

「ゼフリス、ライナー」

短く、だが明確な指示。

「群れを一掃しろ。速やかにだ」

「はっ」

「承知」

返事は同時だった。

2人は即座に左右へ散る。
迷いはない。

刃が閃き、血が舞う。
幻惑の影響下にあっても、魔獣たちは弱い。
やはり、命令されて動いているだけの存在だ。

ゼフリスは薙ぎ払い、ライナーは突き崩す。
群れは、見る間に数を減らしていった。

その間に。
サイファルトは、ただ一体を見据えていた。

群れの中心。
最深部に鎮座する存在。

それは――
これまで見たことのない魔獣だった。

異様な輪郭。
歪んだ骨格。
黒く侵食された皮膚の隙間から、瘴気が滲み出ている。

(……似ている)

既視感が、胸の奥に刺さった。

――北の廃墟。

瘴気に塗れ、異様な進化を遂げていた魔獣たち。
あのときと、同じ“気配”。

(瘴気……いや、それだけじゃない)

魔力の質が、歪んでいる。
自然発生とは、到底思えない。

――“与えられた力”だ。

親玉が、こちらを認識した。

ぎょろり、と不自然に開いた瞳が、サイファルトを捉える。
幻惑魔法が、さらに強く放たれた。

だが。

「……無駄だ」

サイファルトは、一歩踏み出す。

魔力が、静かに――
だが圧倒的に、集束していく。

標準は、最初から一つだけ。

(核を潰す)

剣を抜く必要はない。
これは、戦闘ではなく――処理だ。

高出力の魔力が、掌に凝縮される。
空気が震え、森が悲鳴を上げた。

ゼフリスとライナーが、直感的に距離を取る。

次の瞬間。

光が、迸った。

轟音すら、遅れて聞こえる。

一直線に放たれた攻撃魔法が、
魔獣の親玉を――

跡形もなく、消し飛ばした。

爆発は一瞬。
だが、その余波で、周囲の魔獣たちが一斉に崩れ落ちる。

サイファルトは、残滓の漂う空間を見つめながら、低く呟いた。

「……やはり、ただの魔獣ではないな」

瘴気。
歪められた魔力。

そして――
どこか懐かしく、忌まわしい気配。

(世界が、動き始めている)

まだ誰も知らない。
だが、確実に。

***

魔獣討伐は、あまりにも呆気なく終わった。

地に伏した群れの残滓すら、すでに霧散しつつある。
森は完全に沈黙し、不自然なほど静まり返っていた。

ゼフリスが周囲を見渡す。

「……他に反応はありません」

ライナーも同意するように頷いた。

「魔獣の気配は、完全に途絶えています。少なくとも、この周辺には」

討伐は完了している。
依頼としては、これ以上踏み込む理由はない。

――それでも。

サイファルトは、その場から動かなかった。

(……おかしい)

胸の奥に、微かな引っかかりがある。
敵意でも、魔力反応でもない。

もっと曖昧で、説明のつかないもの。
まるで、奥へ行けと囁かれているような感覚。

「……サイファルト様?」

ライナーが声をかける。
だが、サイファルトは答えず、ただ森のさらに奥を見つめていた。

一歩、踏み出す。

目的地があるわけではない。
それでも、足は自然と前へ進んでいた。

歩を進めるほどに、胸が締めつけられる。

理由の分からない焦燥。
苛立ちにも似た、落ち着かない感覚。

(……何だ、この感情は)

懐かしいようで、失ったものを思い出しかけているようで。
説明できない衝動が、内側から込み上げてくる。

ゼフリスとライナーは顔を見合わせたが、問い質すことはしなかった。

主が向かう先に、理由がある。
それを疑うほど、彼らは浅くない。

3人は、無言のまま森の奥へと進んでいく。

やがて。

木々の隙間から、淡い光が差し込んだ。
サイファルトは、そこで足を止める。

「……」

そこに咲いていたのは、一輪の花だった。

蒼銀の花弁。
光を宿したような、静かな輝き。

風に揺れているわけでもないのに、その存在だけが、はっきりと“そこにある”。

初めて見る花だ。
それなのに――

(……知っている)

胸の奥が、ひどくざわめいた。

懐かしい。
恋しい。
二度と戻らない何かを、思い出しそうにほど。
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