自由を愛する妖精姫と、番にすべてを捧げた竜人王子〜すれ違いと絆の先に、恋を知る〜

来栖れいな

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第10章:辿り着いた、その先で

第184話・戻るべき場所

サイファルトは、花から視線を離した。

蒼銀の光は、すでに弱まりつつある。
だが、胸の奥に残された感情だけが、消えなかった。

(……くそ)

無意識に、歯を食いしばった。

自分が、正常でないことは分かっている。
精霊王の感情に当てられ、思考が引きずられているのだ。

それでも。

今、耐えがたいのは――
この場所では、セレスティアを“感じられない”ことだった。

胸の奥が、ひどく騒がしい。
何かが足りない。
確かめずにはいられない。

理由は、要らなかった。
サイファルトは、顔を上げる。

「……戻る」

短い言葉。
ゼフリスが、即座に反応する。

「サイファルト様?」

ライナーも、戸惑ったように視線を向ける。
だが、サイファルトは説明しない。

「討伐は終わった」

事実だけを告げる。

「これ以上、この場に留まる理由はない」

それは、理屈としては正しい。
だが――本音ではない。

(……今すぐ)

セレスティアを、感じたい。

声でも、気配でもいい。
そこにいると、確かめたい。

それだけが、今のサイファルトを支配していた。

「急ぐ」

それだけ告げて、踵を返す。

ゼフリスとライナーは一瞬顔を見合わせ、何も問わず、その背を追った。

***

ガルディスの店は、静まり返っていた。

先ほどまで張り詰めていた空気は、ひとまず落ち着きを取り戻している。
それでも、完全に元通りとは言えなかった。

セレスティアは、椅子に座ったまま、両手を膝の上で握りしめていた。

エルフの話。
世界と妖精の関係。
精霊花という言葉に見せた、あの反応。

考えようとするたび、胸の奥がざわついた。

(……ファル、まだかな)

エドは近くに立っている。
それでも、あの背中がないことが、思っていた以上に心細かった。

――そのとき。

ふっと、空気が揺れた。

音ではない。
気配。

胸の奥が、きゅっと掴まれる。
身体が先に理解してしまった。

(……来た)

扉が開く音がしたのも束の間、迷いなく押し開かれる。

次の瞬間、視界に飛び込んできたのは――
見慣れた、銀の髪。

名を呼ばれるより早く。
サイファルトは、一直線に歩み寄り、セレスティアを引き寄せた。

「……ティア」

ぎゅ、と。
迷いも、加減もない。

強く、強く、抱き締められる。

「……っ」

驚きに、声が漏れた。

「ファル……?」

何が起きたのか分からない。
ただ、腕の力が、いつもより明らかに強かった。

離さない。
逃がさない。

まるで――失うことを、極端に恐れているような。

セレスティアは、一瞬だけ戸惑いながらも、そっとその背に腕を回した。

「……どうしたの?」

小さな声で、問いかける。
返事は、すぐにはなかった。

サイファルトは、額を彼女の髪に押し当て、低く息を吐く。

「……無事か」

それだけだった。

説明も、理由もない。
けれど、その声は、ひどく切実で。

「……ちゃんと、ここにいろ」

まるで、自分に言い聞かせるように。
セレスティアは、胸の奥が、じんと熱くなるのを感じた。

「……うん」

何があったのかは、分からない。

それでも。

この人が、こんなふうに感情を剥き出しにするほどの何かが、外で起きたのだということだけは、分かった。

エドは、少し離れた場所で、その様子を静かに見守っている。

何も言わない。

ただ、主が――
“戻るべき場所に戻った”ことを、確かめるように。

ガルディスも言葉を挟まず、そっと視線を逸らす。
この再会は、誰も邪魔してはいけないものだった。

サイファルトの腕の中で、セレスティアは、ようやく大きく息を吸う。

(……ファルがいる)

さっきまで胸にあった不安が、嘘のように薄れていった。
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